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覚せい剤仙台2

仙台高等裁判所判決/平成19年(う)第103号

理由

1 検察官の控訴趣意は,訴訟手続の法令違反の主張であり,被告人の尿の提出領置手続に違法な点はなく,鑑定書(鑑定書作成者の公判供述を含む。)及び被告人の供述調書等が証拠能力を有することは明白であるのに,原判決は,被告人の尿の提出領置手続の適法性に関する判断を誤った上,憲法35条及び刑事訴訟法218条1項等の適用を誤った結果,鑑定書や被告人の供述調書等の証拠能力を否定して,これを事実認定の用に供しなかったという訴訟手続の法令違反を犯し,その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかである,というのである。
2 そこで,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果を参酌して検討すると,次のような事実が認められる。
(1) 被告人が甲警察署に同行されるまでの経緯について
ア 被告人は,平成17年4月3日(以下,年月日につき,特に明示しない限り,同日を指す。),W運転車両(以下「W車」という。)に乗車し,東京都内から,東北自動車道を利用して北上していた。
 乙県警察高速道路交通警察隊甲分駐隊隊員(以下「高速隊員」という。)であるA巡査部長(以下「A」という。)及びB巡査長(以下「B」という。)は,W車を速度違反で検挙し,午前6時20分ころ,東北自動車道甲南インターチェンジ(以下「南インター」という。)付近の非常駐車帯に同車両を誘導停車させ,Wに対し職務質問を行ったが,同人が免許不携帯であり,人定を確認することができなかったことから,被告人に対しても職務質問をしたところ,被告人は,「山田通」と名乗り,東京都内の住所を言い,昭和44年8月25日生まれである旨答えた。また,Aは,被告人に対しW車の所有者を質問し,被告人は,「知人から二,三日前に借りてきた」旨答えた。さらに,Aは,被告人に対し,W車のボンネットを開けさせ,車体番号を確認するなどした。Aらは,Wの速度違反等の反則切符処理をするため,同人を南インター料金所事務所の建物(以下「料金所建物」という。)内の高速道路交通警察隊甲南分遣所(以下「分遣所」という。)の警察官詰所(以下「詰所」という。)に任意同行した。
 Aらは,W車が盗難車であると疑ったほか,同人の言動や前科照会により覚せい剤取締法違反の前科が判明したこと等から,同人の覚せい剤使用も疑い,甲分駐隊と甲警察署(以下「甲署」という。)に応援要請をし,間もなくして高速隊員のC警部補(以下「C」という。)及びD巡査長(以下「D」という。)が分遣所に臨場した。
 イ 被告人は,歩いて料金所建物に向かい,午前7時2分ころ,被告人の様子を見に行こうとしたDとともに分遣所に入り,Wとは別の詰所の一室に入った。
 A,C及びBは,詰所の一室において,被告人の所持品検査を行ったところ,その所持品の中に他人名義の銀行預金通帳があり,被告人は,同通帳について「昨日拾った」旨答えた。
 Cは,被告人がきょろきょろし,口元が渇き,ほほがこけているなど覚せい剤使用者の兆候を備えていた上,Wに覚せい剤取締法違反の前科があること等から,被告人の覚せい剤使用をも疑い,被告人に袖をまくって腕を見せるよう求め,被告人がこれに応じて両腕の袖をまくると,左腕肘内側に注射痕が認められた。被告人は,これについて点滴の跡である旨答えたが,このころから興奮し始めた。Aらは,被告人に対し,甲署員が到着したら同署へ一緒に行ってもらう旨告げた。被告人は,警察官らに水を求めて飲んだり,尿意を訴えて,1回トイレに入るなどした。
ウ 被告人は,午前7時20分ころ,所持品を持って,料金所建物の外に出たが,Aの指示を受けたBが,被告人に対し「ちょっと待ってください」などと声をかけながらその後追った。そのころ,甲署員のE巡査長(以下「E」という。)及びF警部補が料金所駐車場に到着した。被告人は,「おれは関係ない」と言いながら,料金所駐車場から一般道路に至るまでの自動車専用道路(以下「取付道路」という。)へ向かい,取付道路脇のフェンスを乗り越えて道路外に出て南方に走り出した。Bはフェンスを乗り越え,Eは取付道路を併走して,それぞれ被告人を追跡した。被告人は,料金所建物から約260メートル離れた交差点で信号待ちの軽トラックの荷台に飛び乗ったが,BとEが説得したところ,荷台から降り,更に南方へ走って,選挙事務所に入ろうとし,Eから「入ったら住居侵入ということで現行犯逮捕するぞ」などと言われ,「分かった」と答えて,B及びEに付き添われ,歩いて料金所建物に戻った。
エ 被告人らは,午前7時40分ころ,分遣所に戻り,Eは,詰所において,ドアを開けたまま,被告人と1対1で対応し,他の警察官は詰所の外で待機していた。被告人は,人定質問に対してすぐには答えず,「山田通」などと答えたものの,携帯電話で通話したり,水を飲んだり,喫煙するなどしていた。
オ 午前8時10分ころ,甲署員のG巡査部長(以下「G」という。)及びH巡査長(以下「H」という。)が応援として分遣所に臨場した。Gは,被告人に対し,甲署への任意同行及び尿の任意提出を求めた。被告人は,「分かった」と述べることもあったが,「なぜ警察署に行かなきゃならないんだ」と言い,立ったり座ったりして,任意同行に応じようとはせず,Gは,なおも任意同行を求めて説得し続けた。被告人は,その間も,知人で,当時,暴力団組員であったXらと携帯電話で通話したり,喫煙したり,数回水を飲むなどしていた。また,被告人は,尿意を訴え,Gに付き添われて,料金所建物内のトイレへ行き,大便用個室に入った。なお,午前8時40分ころに甲署員のI警部補が分遣所に臨場していた。
カ 被告人は,午前8時50分ころ,Gに対し,「分かった。行くよ」と言って立ち上がり,料金所建物の外に出たが,捜査用車両に近付くことなく,駐車場を歩いて取付道路方向へ向かった。G,H及びIは,危険防止のためもあって,被告人に対し,「自動車専用道路だから歩いてはだめだ」と告げて,前に立ちはだかり,被告人が「お札を持ってこい」などと言いながら体当たりするように向かってくるや,体を張ってこれを押し返した。被告人は,更に南進しようとし,A及びBも駆け寄り,G,H,I,Bらが被告人の周囲を取り囲んだり,Aが,被告人の前に立ちふさがって胸や腹で押し返すなどしながら,警察署への任意同行などに応じるよう,説得した。被告人は,「警察が嫌いだからおれは行かない」と言い,取付道路を2,30メートル南進した。
キ 被告人は,午前8時52分ころ,携帯電話でタクシー会社に電話し,タクシーを呼んだ。午前9時5分ころ,丙が運転するタクシーが取付道路に到着したが,同人は,被告人が警察官らに取り囲まれ,被告人の前に警察官が立ちはだかる状況を見て関わり合いになるのを恐れ,被告人を乗車させないまま帰った。被告人は,「何でタクシー帰しちゃったんだよ」などと騒ぎ,被告人を取り囲んで説得する警察官らに対し,「警察手帳提示して」「暴行罪で訴えますから」などと言って騒いだ。
ク 被告人は,警察官からなだめるように肩を叩かれたり,腰辺りに手を添えられるなどして,午前9時30分ころ,料金所駐車場の方に戻ったが,縁石に座った。警察官らは,被告人を取り巻き,Gは,被告人に対し任意同行に応じるよう説得を繰り返したが,被告人は,「警察は嫌いだから行かない」などと言って,これに応じないでいた。なお,そのころ,甲署員のJほか1名が,応援として臨場していた。被告人は,午前10時ころ,突如走り出し,南インター料金所の方へ向かい,取付道路を横切って,料金所入口に設置されている船形の防護壁に飛び乗った。A,G及びHは,事故防止等のため,被告人に促すなどして防護壁から降りさせ,Hが被告人の手を引き,Gが背中に手を添えて,料金所駐車場に戻るよう促し,被告人も,歩いて同駐車場に戻った。
ケ 午前10時10分ころ,被告人は,捜査用車両の方に行くよう更に促されると,「警察に行かない」などと繰り返し述べ,少しずつしか移動しない状態となり,警察官らから説得され続けるとともに,周囲を取り囲まれ,後方を詰められるようにして,徐々に歩みを進め,最終的には捜査用車両の助手席側後部座席の前付近にまで至った。
 Gは,捜査用車両の助手席側後部座席ドアを開け,被告人に乗車するよう求めたが,被告人は,乗車を拒否し,全開状態のドアと車体との間に立って,左手でドアを,右手で車体天井を掴むなどして,抵抗の意思を示した。G,H及びIは,被告人の後方に立ち,乗車を拒否する言動を示す被告人に,乗車するよう説得しながら,肩辺りを押したり,離れようとする被告人の背中を押さえて制止するなどした。また,被告人が全開状態のドアを掴んで車両前方に更に押そうとしたことから,Aが,ドアの損傷を防止する意図もあって,ドアを掴んでいる被告人の手を払って外させたりした。午前10時25分ころ,甲署員のK巡査部長(以下「K」という。),L巡査部長及びM巡査が,応援のために料金所駐車場に臨場した。Kは,捜査用車両の運転席側後部座席から体を入れ,手招きしながら,被告人に任意同行に応じるよう説得したが,被告人は,なおも応じないでいた。
コ 被告人が携帯電話で通話していた相手方Xの側にいたYから依頼を受けた暴力団組長Zは,午前10時30分ころ,車を運転して被告人を迎えに料金所駐車場に来たが,警察官らが被告人を取り囲み,そのお尻辺りをぽんぽんと叩いたり,「早く乗りな」と言ったりし,被告人が「任意だろう,なんで行かなくちゃいけないんだ」と声を荒げて言うなどしているのを目撃し,被告人に対し,「まあまあまあ」と声を掛けた。すると,被告人は,落ち着きを取り戻し,Zに頭を下げ「分かった,警察署に行くよ」と言い,午前10時40分ころ,自分から捜査用車両の助手席側後部座席に乗り込んだ。Kが同捜査用車両の運転席側後部座席に,Mが助手席に乗車し,Gがこれを運転して,甲署に向かった。甲署に到着するまでの間,被告人は,ほとんど何も話さず,同行を拒否するような態度を示さなかった。
サ 他方,甲署においては,被告人及びWに対する強制採尿の手続を進めるべく,午前9時15分ころ,丁病院に対し強制採尿実施医師を特定するための依頼をした結果,同医師が特定されたので,強制採尿などの必要性に関する復命書並びに捜索差押許可状及び身体検査令状の請求書の準備をしていたが,職務質問実施現場から被告人が任意同行に応じるとの言動があった旨の報告がなされたため,上記準備作業を中断した。
(2) 被告人が甲署に到着した後の経緯について
ア 被告人らが乗車した上記捜査用車両は,午前11時1分ころ,甲署に到着し,被告人は,Kの先導で同署2階にある広さ約6.4平方メートルの第4取調室(以下「取調室」という。)に入り,取調室奥の椅子に座って,対応したN巡査の求めに応じ,所持品を机の上に出すなどした。午前11時20分ころ,O警部補(以下「O」という。)がN巡査と交替し,被告人と1対1で対応したが,同取調室のドアは閉められた状態であった。Oは,被告人に対し,「覚せい剤使用の容疑で質問する,無理に話す必要はない」旨告げ,人定質問をし,尿の任意提出を求めたが,被告人は,しばらく応答せず,携帯電話を操作し,相手と通話するなどした。被告人は,Oに対し,「これは任意だろう」などとしきりに尋ね,Oは,その都度「そうだ,任意だ」と答えるなどした。被告人は,氏名につき「山田通」と答え,東京都内の住所を言ったが,Oが引継を受けた住所と異なっており,約5分後にOから再度住所を確認され,同じ住所を言えなかった。午前11時30分ころ,P巡査(以下「P」という。)が,取調室に入り,「早く帰してくれ」と繰り返す被告人に,「少し待ってくれ」などと言って説得しつつ,被告人の所持品の中にあった他人名義の通帳につき事情聴取し,Q警部(以下「Q」という。)に対し通帳の盗難確認を依頼するなどした後,そのQに呼ばれて取調室から出た。その後,被告人は,Oに対し,「これ任意だよな,おれ帰る」と言って立ち上がり,取調室のドアの方に向かった。Oは,すぐに立ち上がり,被告人と向き合ってドアの前に立ちふさがり,「覚せい剤使用の容疑で来ているんだから,白黒はっきりさせた方がいいんじゃないか」「他人の通帳についても話を聞かせてくれ」などと言って,取調室に留まるよう説得したが,被告人は,「任意だろう,おれ帰るよ,ふざけんなよ」などと繰り返し怒鳴りながら,ドアの前に立っているOの体を,胸や腹で3,4回押し,Oの背後にあるドアのノブを掴もうと右手を伸ばした。Oは,ドアに何度か背中をぶつけつつも,被告人を胸や腹で押し返し,被告人がノブに伸ばした手を叩いて,ドアを開けるのを阻止し,「落ち着け」などと説得を試みた。PやQも取調室に入り,ドア側に複数の警察官が立ちはだかる形になったことから,被告人が取調室の外に出ることが一層困難になった。被告人は,Pに対し,「任意なんだから,おれはもう帰る」「ふざけんじゃねえよ」などと繰り返し言い,Qは,被告人から「任意か強制か」と問われて,「当然任意ですよ」と言ったほか,「(通帳につき)正直に言わなければだめだよ」と言った後,取調室から出た。O及びPは,ドアの前に立ちはだかりながら,「確認しているんだからもう少し待ってくれ」と被告人を説得し,被告人は,なおも怒鳴って,帰すよう要求したが,5分ほど経った午前11時35分ころ,取調室奥の椅子に戻って座った。
イ Oは,それまでも被告人に対し何度か尿の任意提出を求め,被告人は,これに応じないでいたが,椅子に座ってしばらくすると,O及びPに対し,「腹が痛い,大便くらいさせてくれ」「大便できねえのか」などと,大便をしたい旨言い出した。Pは,被告人に本当に大便をしたいような緊迫感がなかったことから,被告人が採尿をさせないように大便をして尿を全部流してしまうという考えであると認識し,あくまで尿を提出するよう求めた。すると,被告人は,「おしっこをしたら大便させてくれるんだよな」などと言い,これに対しPは,排便と採尿とを交換条件にしたと受け取られないよう,「尿の提出受けますから」とだけ答えた。そうしたところ,被告人は,「漏れちゃう,漏れちゃう」などと,取調室で大便を漏らしてしまう旨言い出し,Pが「漏らしたら漏らしたで,おれが拭くから大丈夫だ」「掃除するから」と言うと,「分かったよ,じゃ出すよ」などと言って,正午より少し前ころ,尿の提出に同意した。
ウ R巡査部長(以下「R」という。)は,Oから被告人が尿の任意提出に応じる旨連絡を受け,大小の容器,任意提出書,検査同意書,所有権放棄書,帯封などの採尿のための用具や書類を準備して,取調室に行き,被告人に「本当におしっこ出すのか」と確認し,「はい」との返事を受けて,トイレに行くよう促した。被告人は,R,O及びPに付き添われて,正午ころ,甲署2階の男子トイレ内に向かった。
 トイレ前には,写真撮影を担当するS巡査長(以下「S」という。)及びT巡査(以下「T」という。)が待機しており,被告人,R,P,S及びTがトイレ内に入った。被告人は,Rから採尿の手順の説明を受け,流しで採尿容器を洗浄し,同容器を逆さまにして水を切り,同容器を持って小便器に歩いて向かったが,着用したベルトを自分で引っ張って切り,「警察が切った」旨言った。その後,被告人は,小便器の前で排尿し,採尿容器に尿を入れた。Rは,その尿が約10ミリリットルと少量であったため,被告人に対し,「もっと出してくれよ」と要求したが,被告人はこれに応じなかったので,Rは,その場で,そのまま帯封手続に進むこととした。被告人は,採尿容器に蓋をし,帯封に「山田通」と署名の上,日付を書き入れ,Pが同容器に帯封で封印した後,被告人自ら帯封に指印して,同容器を警察官に渡した。
エ その直後,被告人は,「じゃ,大便するかんな」と言い,取調室でOやPに対し大便をしたい旨の発言があったことを聞いていなかったRが「本当はおしっこ出んじゃないのか,大便する前にもう一度出してくれ」と言うと,「さっき,大便させるって取調室で言ったんじゃないか」と言って大便用個室に入った。Rは,便意は虚偽であると考えるとともに,更に尿の提出を求めたいと考え,Tとともに「大便したらお前,小便も出ちゃうんじゃねえかよ」と言いながら,被告人の腕を抱えるようにして同個室から引っ張り出した。被告人は,「ふざけんじゃねえよ」と興奮して騒ぎ,Rは,採尿手続を終えることとした。
オ 被告人は,大便をしないまま,R及びPに付き添われて取調室に戻り,尿の任意提出書,所有権放棄書及び検査同意書に「山田通」と署名の上,日付等を書き入れ,指印した。また,被告人は,注射痕を見せるように求められ,右腕については拒否したものの,自分で左腕の袖をまくって見せ,午後零時20分ころ,Sが,被告人の左腕肘内側の写真を撮影した。
 Oは,被告人に対し,尿の検査結果が出るまで更に留まるよう求め,被告人は,インスタント焼きそばを食べたりたばこを吸うなどして過ごしていたが,携帯電話による知人との通話を終えると,Oに対し,「任意だろう,帰る」と言い出して立ち上がり,取調室のドアの方へ歩いて向かい,Oも,立ち上がってドアの前に立ちふさがり,午前中と同様の状態となって,胸と腹とで押してくる被告人を同様の方法で押し返したり,ドアのノブに手を伸ばそうとする被告人の手を叩いたりした。そのような状態が約10分間続いたが,Oが,尿の検査結果が出るまで待つように説得し続けた結果,被告人は,元の椅子に戻って座った。被告人は,午後2時20分ころ,大便をしたい旨申し出て,Oほか1名に付き添われ,2階男子トイレに行き,ドアが10センチメートルほど開いた状態の大便用個室において大便をした。
 被告人は,取調室に戻った後,午後2時30分ころから,椅子に座ったまま1時間程度居眠りをした。
カ 甲署員は,午後3時30分ころ,乙県警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員Uから被告人の尿から覚せい剤の陽性反応があった旨連絡を受け,午後3時35分,被告人を覚せい剤取締法違反(使用)の被疑事実で緊急逮捕し,午後5時15分,甲簡易裁判所に対し,鑑定結果に関する電話通信用紙等を疎明資料として,被告人の覚せい剤取締法違反被疑事実につき逮捕状を請求し,そのころ同逮捕状の発付を受けた。
 甲署員は,翌4日午後3時20分,上記被疑事実につき被告人を乙地方検察庁甲支部に対し送致する手続をし,同支部は,同日午後3時35分,送致を受け,翌5日,甲簡易裁判所に対し,被告人の勾留請求を行い,勾留状の発付を受けて,同日午前11時45分,その執行に着手し,同日午後零時2分,甲警察署留置場に被告人を勾留した。
3 前記各経緯に関する被告人の供述の信用性について(略)
4 以上を前提に,本件手続の各段階ごとに検討する。
(1) 南インターにおける職務質問について
 前記事実に照らすと,Wが免許を携帯しておらず,その人定を確認する必要があったこと,W運転車両が盗難車である疑いがあったこと,Wに覚せい剤取締法違反の前科があることが判明した上,被告人の挙動から覚せい剤使用が疑われる状況にあったことが認められ,被告人に対しては警察官職務執行法2条1項所定の職務質問をすべき要件が備わっていたといえるから,職務質問をしたことについて,違法とすべき点はない。
(2) 甲署への同行について
 前記事実に照らすと,被告人の覚せい剤使用者特有の挙動や注射痕の存在等から,被告人の覚せい剤使用の疑いは一層濃くなったものと考えられるところ,被告人が南インターの料金所建物内から出るなどしており,同所付近は,高速道路を利用する自動車の通行があって,被告人のプライバシーや身体の安全に配慮する必要が認められるから,職務質問を継続し,尿の任意提出を受けるため,警察官らが被告人に最寄りの甲署までの同行を求めたこと自体は,警察官職務執行法2条2項に照らし,相当であったといえる。
 もっとも,被告人は,午前7時20分ころの段階で,甲署への任意同行に拒否的な態度を示していた上,午前8時50分ころに「分かった。行くよ」と言ったものの,それ以降は,警察官に対し反発し,任意同行には応じない態度を強く示しており,警察官らにおいてもそのことが認識できる状況にあったところ,午前10時10分ころから,料金所駐車場において,4,5名の警察官が,被告人の行く手を阻み,その周囲を取り囲むようにして,徐々に捜査用車両に接近させ,なおも任意同行を拒否する被告人を取り囲み,被告人の肩辺りを押したり,捜査用車両から離れようとする背中を押さえて制止するなどの有形力を行使するとともに,同車両付近に約30分間留め置いたことが認められ,午前7時2分過ぎに被告人に対し任意同行を求めてから,既に約3時間40分経過していたことにかんがみると,被告人に対する任意同行を求めるための説得行為としては,その限度を超えたものであり,被告人の移動の自由を相当な時間にわたって奪った点において,任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法といわざるを得ない。
 しかしながら,途中,被告人が任意同行に応じる旨の言辞を示し,被告人と警察官との間で「タクシーで自分で行く」,「警察車両で一緒に行こう」などのやり取りが続いていたことを考慮すると,結果的に,警察官による説得が約3時間40分に及んだのもやむを得なかった面があるということができ,かかる状況からみると,警察官に当初から違法な留め置きをする意図があったとは認められない。また,警察官らが行使した有形力は,被告人の身体を直接的に拘束したり,捜査用車両内に押し込めたりするといった強度なものではない上,被告人において,携帯電話を利用して第三者と連絡を取り合うことができ,現に第三者であるZが臨場し得たなど,比較的行動の自由があったこと,また,不承不承といえども,Zの声掛けを契機に,自己の意思で捜査用車両に乗り込んだことからすれば,その違法の程度は重大なものとはいえない。
(3) 甲署における被告人の尿の提出について
ア 前記事実に照らすと,甲署到着以降,取調室において,被告人が退去の意思表示を繰り返し示していた上,椅子から立ち上がってドアに向かったのを,警察官が立ちはだかり押し返すなどして,物理的に退去することが不能な状況にしたことが認められ,立ちはだかり等の時間が約5分間であるとはいえ,尿の提出を受けるまでに,警察官が南インターにおいて被告人に対し任意同行を求めてから約5時間,甲署に到着してから約1時間経過しているのであって,全体的に見ると,被告人の移動の自由を奪った点において,被告人の尿の提出を求めるための説得行為としては,その限度を超え,任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法といわざるを得ない。
 しかしながら,甲署到着前の段階で被告人が尿の任意提出に応じるかのような言辞も示していたこと及び人定等に時間を要したことを考慮すると,甲署に到着後においても,警察官が,尿の任意提出を求めて説得することとし,その時間が約1時間に及んだのもやむを得なかった面があるということができ,かかる状況からみて,警察官に当初から違法な留め置きをする意図があったとは認められない。また,被告人が,人定に対し氏名及び虚偽の住所を警察官に答えるなどして,その特定を困難なものにした上,所持品中の他人名義の通帳につき盗難確認が必要であった事情も存するのであるから,一定時間被告人を留め置いて職務質問を継続する必要性と緊急性があったといえる。さらに,警察官が行使した有形力は,ドアに向かった被告人の前に立ちはだかって体で押し返した程度であって,被告人の身体を直接的に拘束したり,取調室奥まで押し戻したり,引き戻したりするといった強度のものではない上,約5分間という比較的短時間のものであったほか,その後被告人が自己の意思で椅子に座り,取調室に留まったこと,携帯電話を利用して外部の第三者と連絡を取り合うことができたこと等に照らせば,被告人に対する自由の制約の程度は重大なものとはいえない。
 以上の諸事情に加え,中断はしたものの甲署において強制採尿の手続の準備を進めていたこと,甲署へ到着する前の段階である分遣所においては,被告人は警察官に水を求めてこれを飲み,尿意を訴えてトイレに入っていること,一旦分遣所を出て取付道路に出た後,再度分遣所に戻った際においても,数回水を飲み,尿意を訴えてトイレへ行き,大便用個室に入っていること等に見られるように,盛んに水を飲んではトイレに行き,かつ,大便用個室にも入るなど,排尿や排便については,被告人の申出に応じた対応が取られていること,被告人は,甲署到着後約1時間で尿の提出の同意に至っていることなどの事情に照らせば,警察官において,「我慢の限界に達するまで被告人を留め置いた上,生理作用として尿の排泄を余儀なくさせる」といった,留め置きそのものを採尿に利用する意図,すなわち,令状主義を潜脱する意図があったとも認められない。
 そうすると,その違法の程度は,未だ重大なものとはいえない。
イ なお,原判決は,採尿前における取調室への留め置きの事実を実質的な身柄拘束に当たり違法であるとした上で,更に,「そのような状況において,警察官は被告人に対し,繰り返し尿の提出を求め,被告人が腹痛を訴えて,大便をしたい,トイレに行かせてほしい旨述べたのに対し,Pは,掃除はするからここで漏らしても良い旨告げて,被告人がトイレに行くことすら制限している。また,尿を提出したら大便をさせてくれるかとの被告人の問い掛けに対し,Pは,交換条件にならないよう尿の提出を受ける旨のみを答えたとは述べるものの,実質的には交換条件の提示と評価できる経緯である。そうすると,排泄は生理作用であって不随意のものであることからすれば,Pは,被告人を実質的に拘束してトイレに行くことを認めず,人前で着衣のまま用便することを強制し,それが嫌であれば尿を提出するよう強いたものと,少なくとも客観的には評価されるのであって,被告人は最終的には排尿して尿を提出したと認められるものの,このような経過で尿の提出を受け,これを領置した手続は違法というほかない」「被告人が明確に退去の意思を表明し,行動に移したのに対し,警察官は物理的にこれを阻止していること,大便をするためにトイレに行くことを認めないことは排泄の自由を制限するものとして,人間としての尊厳に関わる重大な権利侵害といえることなどにかんがみると,同警察署への同行から尿の提出まで約1時間であること,警察官らは強制採尿の令状請求も念頭に置いていたものと認められること等の点を考慮しても,上記尿の提出領置の手続の違法は,令状主義の精神を没却する重大なものというべきである」旨結論付けている。
 しかしながら,原判決の上記判断は是認することができない。その理由は,以下のとおりである。
 第一に,前記事実に照らすと,被告人は,警察官から尿の任意提出の求められてこれを拒否し続けるうち,腹痛と便意を訴え唐突に自ら排便と尿の提出とを交換条件とする旨持ちかけたものである上,持ちかけられた警察官は,注意深く,交換条件と受け取られないよう対応して尿の提出を求めたことが認められるのであって,その経緯につき,警察官の側から交換条件を提示したと評価できる客観的状況があったとは認められない。
 また,被告人は,この点につき,陳述書において,「大便ももよおし,お腹が痛くてたまらず,トイレに連れて行けと戸口まで行き,Oからの『じゃあ尿を素直に出すのだな』との問に,頭を一度だけ下に落としたのを,Oは勘違いしたらしく,署員を集め,トイレに行った」旨,あるいは,原審第3回公判において,「取調室で,Oに『大便させてくれ』と伝えたところ,Oから『大便したら,尿も一緒に出ちゃうだろう,だから大便はさせられないよ』と話をされ,取調室で糞尿漏らすわけにもいかないので,『とにかくトイレに行かせてくれ』と言うと,Oから『じゃ,尿を出すんだな』と言われ,『出しませんよ,とにかくトイレに行かせてくれ』と言ったら,それをOが勘違いしたのかもしれないが,『おーい』と他の警察官に声をかけた」旨,すなわち,警察官が勘違いして被告人をトイレに行かせた旨供述しているが,排便と尿の提出とを交換条件として採尿手続に応じた旨の供述とはなっておらず,被告人の主観においても,警察官から交換条件を提示されてやむなくこれに応じたとの意識までは存しなかったことが推認される。
 第二に,前記事実に照らせば,被告人は,退室を阻まれるや,腹痛と便意を訴えて,唐突に排便と尿の提出を交換条件にする旨言い出し,尿を提出することを同意した後は,採尿手続に応じ,その間は腹痛及び便意を訴えず,トイレにおいて大便用個室から引っ張り出された後は,排便するまで約2時間,腹痛も便意も訴えず,各種書類の作成に応じたり,焼きそばを食べたり,たばこを吸ったり,携帯電話で通話するなどして過ごしていたものであり,これらの状況からすると,尿を提出する前の便意が,漏れてしまうほど緊迫したものであったというのは,不自然である。
 そもそも,漏れると訴えていたのが尿意か便意かについて,被告人は,陳述書においては,「尿をもよおした私はトイレに行きたい旨を告げると,尿を出すなら連れてってやる,もらしそうだと私が告げると,Oは,ならば,そこに出せ,俺がそうじしてやるとまで言われた」旨供述していたが,原審第3回公判においては,「用便もよおしたんで,トイレへ行かせてくださいと,その旨,伝えたら,尿を出せばトイレに連れて行ってやると」「じゃ,ここで漏らしますよと言ったんです。そしたらOが私に漏らせと,おれが掃除してやるから漏らせというふうに言われました」「いい大人がね,犬猫じゃあるまいし,そんなところで,しょんべんなんかできるわけないでしょう,しょんべん糞できるわけないでしょう,考えてもの言ってくださいよと,そういう話をしました」「尿じゃなくて大便のほう,先にさせてくれと,そういう旨伝えた」旨,その供述を変遷させているが,その変遷について合理的な理由を説明していない上,先に検討したとおり(前記3の(2)イ),当審においては,変遷の理由の説明すら全く行っていないのであって,漏れるとして訴えたのが尿意か便意か,被告人の言い分自体あいまいである。
 そうすると,被告人の便意の訴えは,真実,漏れるほど緊迫していたのか極めて疑わしいものであったということができるのであり,当時,現場で,虚構を織り交ぜながら警察官に対応し続ける被告人に対し,その説得に当たっていたPにおいて,被告人の便意あるいは尿意に緊迫した状況が見受けられないところから,その便意の訴えが真意に基づかない方便であると認識したことは,不当とはいえない。また,被告人の「漏れちゃう」という言辞に呼応して,Pが「漏らしたら漏らしたで,おれが拭くから大丈夫だ」「掃除するから」と言ったとの点は,上記の事情に照らせば,執拗かつ過度な言辞というほどのものではなく,かつ,尿の提出を強要するような表現でもなかったといえる。
 以上によれば,Pの対応は,全体として尿の任意提出を求める説得の範囲内にとどまるものといえるのであって,被告人の尿の提出それ自体は任意になされたものと評価できる。
(4) 尿提出後の留め置き等について
 前記事実に照らすと,警察官が大便用個室に入った被告人を引っ張り出したことが認められる。この点,担当警察官が,取調室において被告人から大便をしたい旨の発言がなされていたことを知らなかった事情があり,かつ,被告人の提出した尿が少量であったことや,罪証隠滅防止の観点もあったとしても,既に被告人は鑑定が可能な量の尿を提出していること,警察官の行使した有形力が積極的かつ強度なものであったといえることにかんがみると,任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法といわざるを得ない。
 また,前記事実に照らすと,甲署到着以降,繰り返し退去の意思表示を示していた被告人が,採尿後しばらくして,立ち上がってドアに向かったのを,警察官が立ちはだかって押し返すなどしたことが認められるのであるから,尿の検査結果が出るまで待つよう説得を続けていた状況があり,有形力の行使が強度のものではなく,立ちはだかり等の時間が約10分間であるとはいえ,警察官が南インターにおいて被告人に対し任意同行を求めてから5時間30分ほど,甲署に到着してから1時間30分ほど経過していることをも併せ考えると,被告人の移動の自由を奪った点において,任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法といわざるを得ない。
5 本件鑑定書の証拠能力について
 本件における尿の提出領置手続は,被告人を相当時間留め置くなどして行われているのであるから,その適法性については,それに先行する一連の手続の違法の有無,程度をも考慮して判断する必要がある(最高裁昭和61年4月25日判決・刑集40巻3号215頁参照)ところ,前述したとおり,採尿手続前に行われた前記一連の手続には,甲署への任意同行の段階及び同署への留め置きの段階において,任意捜査の域を逸脱した違法な点が存するから,これに引き続いて行われた本件採尿手続も違法性を帯びるといわざるを得ない。
 しかしながら,先行手続の違法の程度は重大とはいえず,尿の提出手続それ自体は任意に行われており,違法がないことからすれば,本件採尿手続が帯びる違法の程度は,未だ重大であるとはいえず,本件尿の鑑定書を証拠として許容することが,将来における違法捜査抑制の見地から相当でないとも認められない。
 なお,尿提出後,更に尿を提出させようとして被告人が大便用個室に入ったのを引っ張り出したり,取調室に留め置いたことは,違法ではあるが,それらは本件鑑定に付された被告人の尿の提出後のものであり,本件尿の提出に影響を及ぼしていないことからすれば,その尿を鑑定した本件鑑定書につき,違法行為の結果収集された証拠として証拠能力を否定することはできない(最高裁平成8年10月29日決定・刑集50巻9号683頁参照)。
 したがって,本件鑑定書については,その証拠能力を肯定することができる。
6 被告人の司法警察員(原審乙第4号証の不同意部分,第5ないし第9号証)及び検察官(原審乙第10,第11号証)に対する各供述調書の証拠能力について
 被告人については,その勾留中に上記各供述調書が録取されているところ,原判決は,「被告人は,緊急逮捕に先立つ4月3日午前11時30分過ぎころにおいて,既に実質的な身柄拘束を受けたと評価されるのであるから,その意味で違法な逮捕が先行していたものとみることができる上,緊急逮捕及び緊急逮捕状発付の判断も,逮捕状請求書の記載から,違法収集証拠としてその証拠能力が否定されるべき尿の鑑定結果に関する資料に基づいてなされたことが明らかであるから,勾留自体が,結果的には,先行する逮捕手続に違法がある上,嫌疑の実質的な疎明を欠く,違法なものであったというべきである。そして,尿の提出領置手続の違法の重大性にかんがみれば,その違法をいわば引き継いだ勾留による身柄拘束下において録取された被告人の供述調書についても,その証拠利用を許容することは,将来の違法捜査を抑制する見地からも相当でないというべきである」として,上記各供述調書の証拠能力を否定している。
 しかしながら,本件緊急逮捕に先行して行われた被告人の任意同行及び警察署への留め置きにおいて,任意捜査を逸脱する違法が存したことが認められるものの,その違法は重大なものとはいえない程度のものである。また,本件尿の鑑定に関する電話通信用紙を疎明資料として緊急逮捕状の請求がなされ,同令状が発付され,更に勾留の裁判がなされているところ,鑑定結果に関する資料の証拠能力は否定されないのであるから,被告人の逮捕及び勾留の手続は,嫌疑の実質的な疎明を欠く違法なものとはいえない。
 そうすると,上記各供述調書は,令状主義の精神を没却するほど重大な違法を帯びるものとはいえず,これを証拠として許容することが,将来の違法捜査抑制の見地から相当ではないともいうことはできない。
 なお,その録取過程に任意性に疑義を抱かせる事情も見当たらない。
 したがって,上記各供述調書については,その証拠能力を肯定することができる。
7 結論
 以上の次第であるから,本件鑑定書及び被告人の供述調書の証拠能力を否定して,本件公訴事実は犯罪の証明がないことになるとして,被告人に無罪の判決を言い渡した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるというべきである。論旨は理由がある。

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