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覚せい剤大阪

大阪地方裁判所判決/平成21年(わ)第4429号

主文

 被告人は無罪。

理由

1 本件公訴事実及び争点等
(1) 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,A,B,C,D及び氏名不詳者らと共謀の上,営利の目的で,みだりに,平成21年7月18日,大阪府所在の関西国際空港において,情を知らない同空港関係作業員らをして,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩の結晶約4,004.17グラム在中の機内手荷物であるスーツケースを,トルコ共和国アタチュルク国際空港発トルコ航空第46便から搬出させ,もって,覚せい剤を本邦に輸入するとともに,同日,上記関西国際空港内大阪税関関西空港税関支署旅具検査場において,上記覚せい剤が上記スーツケース内に隠されている事実を秘して同支署税関職員の検査を受けたが,同職員に発見され,もって,輸入してはならない貨物である覚せい剤を輸入しようとしたが,その目的を遂げなかったものである。」というのである。
(2) 本件につき,被告人は,当公判廷で,「私は本件とは全く無関係であり,覚せい剤の密輸入をA(以下,「A」という。)らと相談したことは一切ない。」などと供述し,弁護人も,被告人と本件の共犯者とされるAらとの共謀の事実を争い,被告人は無罪であると主張している。
 そこで,以下,当裁判所が,被告人がAらと本件覚せい剤営利目的輸入及び禁制品輸入を共謀した事実は認められず,被告人は無罪であると判断した理由について説明する。
2 前提事実
 関係各証拠(以下,〔 〕内の甲若しくは乙又は弁を付した番号は,証拠等関係カード中の検察官請求証拠又は弁護人請求証拠の番号であり,かつ,各書証の欄外に記載されている番号である。また,以下で末尾に掲げている証拠は,その認定にかかる主な証拠である。)によれば,本件当時及びその前後の状況等について,以下の各事実が認められ,これらの事実は当事者間に概ね争いがない。
(1) 被告人の日本での生活状況及び被告人とAとの関係等
ア 被告人は,平成3年ころに出身国であるイラン・イスラム共和国(以下,「イラン」という。)から来日し,平成6年にE(以下,「E」という。)と結婚した。平成7年に同女との間に長男が生まれ,その年の暮れから,家族で山梨にあるEの実家で生活を始めた。その後長女が生まれたが,平成13年ころ,被告人は名古屋で働くと言って,Eの実家を出た〔E及び被告人の各公判供述〕。
イ 平成13年ないし14年ころ,被告人は,名古屋市内の飲食店でAと知り合い,一時期同人との交際は途絶えたものの,平成17年に,同人が経営していた名古屋市内の飲食店で再会した。その後,同人との交際は再び途切れたが,平成20年に,焼鳥屋でアルバイトをしていた同人と再会し,夜の街を遊び歩くなど親交を深めるようになった〔乙3(不同意部分を除く。),A及び被告人の各公判供述〕。
 その間の平成19年ころ,被告人は,ブラジル国籍を有するF(以下,「F」という。)との交際を開始し,平成20年4月に同女との間に1子をもうけた。そして,本件当時は,名古屋市内のアパートで,同女と一緒に生活していた〔F及び被告人の各公判供述〕。
ウ 被告人は,平成21年7月19日から名古屋市内でブティックの経営を始めることを計画しており,その後,同店は開店が延期され同年8月19日に開店した。Aは,同年6月ころから,被告人の依頼によりブティックの内装工事業者の紹介,女性スタッフの採用,チラシの印刷やその配布のための人材確保,商品である服の仕入れ等,同店の開店準備作業を手伝っていた〔弁29,A及び被告人の各公判供述〕。
(2) 年3月ころ,Bは知人であるC(以下,「C」という。)に電話を架け,「外国からカバンを持ってAらによる従前の覚せい剤密輸入の状況等
ア Aは,知人であるG(以下,「G」という。)を誘い,平成20年8月7日,Gとともにトルコに渡航した。同月14日,Gが覚せい剤入りのスーツケースを持って関西国際空港(以下,「関空」という。)に単身帰国したが,その際,被告人は関空に車を運転してGを迎えに行った。同月18日,Aが単身帰国した〔甲20,21,27,28,A及び被告人の各公判供述〕。
イ Aは,知人であるB(以下,「B」という。)に覚せい剤の運び屋の仕事を持ちかけ,これを引き受けたBは,同年9月1日に単身トルコに渡航し,同月6日,覚せい剤入りのスーツケースを持って関空に帰国した。その際,被告人とAは,被告人の運転するレンタカーで関空に赴き,少なくともAがBと接触するなどした〔甲17,21,B,A及び被告人の各公判供述〕。
ウ その後,Aが再びBに覚せい剤の運び屋の仕事を持ちかけたことにより,Bは,平成21年2月6日にトルコに渡航したが,このときは結局覚せい剤を持ち帰ることなく,同月15日に帰国した〔甲21,B及びAの各公判供述〕。
エ 同帰ってくるだけで金になる仕事がある。Cちゃんが行けないなら,他に誰か紹介してくれてもいい。」などと言った。Cは,派遣の仕事を休めない上,カバンの中身が覚せい剤などの違法なもので警察に捕まるかも知れないなどと思ったことから,Bに「おれは行けない。」などと返事をした。しかし,その後もBから,運び屋を紹介するだけで10万円の報酬を支払う旨告げられ,報酬欲しさからこれを引き受けた〔甲25(不同意部分を除く,以下同じ。),Cの公判供述〕。
オ 一方,Aは,知人であるHなる者に紹介された氏名不詳者に覚せい剤の運び屋の仕事を持ちかけ,同人は,同年4月上旬ころトルコに渡航し,同月中旬ころ,覚せい剤を持って関空に帰国した。その際,被告人とAは,被告人の運転するレンタカーで関空に赴いた〔甲18,19,A及び被告人の各公判供述〕。
カ 同年5月2日,Aは,Gを運び屋としてトルコに渡航させ,同月7日,覚せい剤を関空に持ち帰らせた。その際,被告人とAは,被告人の運転するレンタカーで関空に赴いた〔甲18ないし20,27,A及び被告人の各公判供述〕。
(3) 本件覚せい剤密輸入の状況等
ア 平成21年5月中旬ころ,Cは,同じ派遣会社の同僚であったD(以下,「D」という。)に対して「30万円の報酬で海外からカバンを持って帰る仕事」を持ちかけたところ,同人がこれを引き受けたため,Bに対し,「知り合いで行ける人が見つかった。」と伝えた。そこで,BはAに対し,運び屋が見つかったことを報告した〔甲23(不同意部分を除く,以下同じ。),甲25,Aの公判供述〕。
イ 同年7月8日,BからCに対し,Dがトルコに出発する日が7月12日か13日に決まった旨のメールが届き,その後すぐにその日が11日になった旨のメールが届いた。そこで,Cは,Dに電話を架け,7月11日が出発日に決まったことを伝えた上,7月11日出発・同月15日帰国の関空・トルコ間の往復航空券を予約するよう依頼した。その後,Dは,BやAとも直接連絡を取り合い,Aからは「(トルコの)ホテルはこっちで予約する。ガイドをつける。」などと言われた。
 Dは,同月11日に,名古屋駅でAと会い,その際交通費やトルコでの滞在費用等として18万円を受け取り,関空に向かった〔甲11,23,25,26(不同意部分を除く,以下同じ。),D及びAの各公判供述〕。
ウ(ア) Dは,同月12日午前6時ころ(現地時間。以下,特に断りのない限り,時間は日本時間である。)にトルコの空港に到着し,その旨,空港ロビーにおいて携帯電話でAに連絡した。そしてその後,Aの友人であるルーマニア人のIに宿泊先であるイスタンブール市内のホテルまで案内してもらった〔甲23,Aの公判供述〕。
(イ) 同月14日,DがホテルでAと連絡を取った際,Aから,「かばんは翌日の午後1時から4時(いずれも現地時間)の間に渡すから,タクシム広場にあるマクドナルドに行ってほしい。」と言われた。しかし,翌15日の昼ころ(現地時間)には,Aから,かばんが来るのが同月17日になったのでトルコに残ってほしい旨言われ,Dがこれを了承したところ,Aは,「明日トルコ人がマクドナルド前に3300ドルを持ってくるから,取りに行って。」と言った〔甲23〕。
 同月16日の午前中(現地時間),Aから電話で「マクドナルドの出入口の前に行ってくれ。」と言われたことから,Dは同所に赴き,2人組のトルコ人の一人から追加の滞在費用として3300ドルを受け取った〔甲11,23,Aの公判供述〕。
(ウ) 同月17日,AからホテルのDの客室に電話があり,最終的に,同日午後4時ころ(現地時間)タクシム広場にあるマクドナルドでかばんを受け取るという段取りになった。
 Dは,同日午後3時40分ころ(現地時間)にマクドナルドに行き,飲み物を注文して店内で相手が来るのを待っていたが,1時間くらい待っても相手は来なかった。この間,Aから何度か電話があり,Aは,「もうすぐ来るから。早く来させるようにするから。」などと言った。そうしたところ,同日午後5時ころ(現地時間。日本時間午後11時ころ)になって,前日に3300ドルを渡してくれたトルコ人が店内に入ってきて,スーツケースをDの近くに置いた。Dは,ホテルの部屋にそのスーツケースを運び込み,これを開けて上蓋を触るなどして覚せい剤が入っていることを確信した。また,スーツケース内にはチョコレートの箱が6箱くらい入っていた。
 その後,Dは,ホテルをチェックアウトしてアタチュルク国際空港に行き,空港の入口で所持品検査を受けた。その際,検査員の指示によりスーツケースが開けられたが,最終的に覚せい剤が発見されることはなかった。そして,Dは,空港のトイレでチョコレートの箱を捨て,Aに電話で検査の際にスーツケースを開けられたことを伝えるなどした後,スーツケースを空港職員に預け,トルコ航空第46便に搭乗した〔甲23,A及びDの各公判供述〕。
エ(ア) Dの搭乗したトルコ航空第46便は,同月18日午後4時58分に関空に到着した。間もなくDがAに携帯電話で関空に到着した旨を伝えたところ,AがDに対し,「ターンテーブルでかばんを取ったら1回電話をしてくれ。かばんを取ったら電話を繋ぎっぱなしにして,税関の検査を受けてくれ。」などと指示したことから,Dはこれに従い,税関検査を受ける直前の同日午後5時11分にAに電話を架け,これを繋いだままにした(なお,その際の通話時間は29分13秒である。)。
 同日午後5時25分ころ,税関職員がDの携帯品検査を行い,その結果,スーツケース上蓋の底板と外装の空間内から透明ポリシート入りの本件覚せい剤が発見され,Dは逮捕された〔甲9,11,23,24,押収してある覚せい剤,Aの公判供述〕。
(イ) 同日,被告人とAは,被告人の運転するレンタカーで名古屋市内から関空に向かい,午後5時過ぎころに関空に到着した〔甲18,19,A及び被告人の各公判供述〕。
(ウ) Cは,同月16日のDからの電話で帰国が同月18日になるとの連絡を受けていたことから,同日,Dを名古屋駅に迎えに行く準備をしていたところ,同日午後6時過ぎころ,Aの携帯電話から着信があった。Cがこれに架け直したところ,Aから,「Dが捕まったかもしれないので,とりあえず携帯に電話をしてみてくれ。連絡が取れたら俺にも連絡してくれ。」と指示され,同時に,「今後連絡するときはお互いに公衆電話から連絡すること,これまでの着信履歴や発信履歴をすべて消しておくように。」とも指示された〔甲26,C及びAの各公判供述〕。
オ 本件当時及びその前後には,被告人とイランの間,被告人とAの間,並びにA,B,C及びDら本件関係者間では,別紙のとおり,頻繁に電話やメールによるやり取りがなされていた〔甲11(ただし一部に訂正あり。)〕。
3 検察官の主張について
 本件につき,検察官は,大要,①被告人から覚せい剤密輸入の指示を受けてこれを実行した旨のAの公判供述(以下,「A供述」という。)が信用できること,②本件当時,被告人が正業に就いていなかったのに多額の支出をしており,本件以前から覚せい剤の密輸入により利益を得ていたと考えることが自然であること,③Aらとの共謀を否認する旨の被告人の公判供述(以下,「被告人供述」という。)が不自然不合理でその供述の出方に照らしても信用できないことを挙げ,「被告人は,Aを介して,B,C及びDに指示するとともに,海外の密売組織とも連絡を取り合い,本件覚せい剤の密輸入を主導していたものであり,Aとの間で,本件覚せい剤密輸入を共謀したと認められる。」と主張するので,以下,前記前提事実をも踏まえつつ検討する。
(1) A供述について
ア A供述の概要
 Aは,当公判廷において,以下のとおり,被告人から本件覚せい剤密輸入の指示を受けてこれを実行した旨の供述をしている。
(ア) 被告人と覚せい剤との関係等
a 平成20年5月に被告人と再会したころ,当時,被告人は仕事をしておらず,覚せい剤の密売で生計を立てていた。私の経営していた飲食店には覚せい剤の密売人が多く来ていたが,被告人も,覚せい剤の値段について,「今高くなっていて,なかなか手に入らない。」などと言っていた。私自身も知人から頼まれて,被告人から覚せい剤を買ったことがある。
b 同年6月ころ,被告人や私の友人であるJ(以下,「J」という。)から「被告人が火をつけられた。」という電話があり,Jのアパートに行くと,被告人が火傷をしていた。Jは「覚せい剤の密売の客に火をつけられた。」と言っており,被告人からも同様の話を聞いたかもしれない。私は被告人をK病院に連れて行ったが,そこでは対処できず,L病院のほうへ救急車で搬送されたため,私も付き添った。そこでは入院を勧められたが,被告人が帰ると言ったため帰宅した。
(イ) 従前の覚せい剤密輸入の状況等
a 同年7月ころ,被告人から「金になる仕事がある。トルコに行ってカバンを持ち帰る仕事で,報酬は二人で行って一人500万円ずつである。持って帰ってくるものは,エス(覚せい剤)である。」ということを聞いた。そこで私は,知人のGを誘い,同年8月7日に一緒に関空から出国し,トルコへ渡航した。Gには,運ぶものが覚せい剤であることは言ってあった。
 トルコでは,二人一緒だと目立つので別々のホテルを取るようにとの被告人からの指示に従い,別々のホテルを取った。私は被告人から,電話で今後の予定などを指示されていた。Gに対しては,被告人が連絡することもあったし,私もたまに連絡していた。Gが,被告人を指す「X1’’」から連絡があったと話していたため,被告人がGと直接連絡を取っていることが分かった。その時点では,被告人とGは面識がなかった。私がトルコにいるとき,被告人から「カバンが入ってくるのが遅れている。日を延ばして,目立たないように別々に帰ってくるように。」ということを言われた。被告人から「滞在費用を持って行かせる。」と言われ,実際にホテルマンが菓子箱の中に入った2200ドルか2300ドルくらいを持ってきた。覚せい剤を受け取り,Gがそれを持って同月14日に関空に到着し,私は同月18日に帰国した。Gは,「関西国際空港を出てすぐのころ,覚せい剤を報酬350万円と引き替えにX1’’に渡した。」と言っていた。私は被告人から報酬として250万円を受け取った。当初報酬は500万円ずつの約束だったため,私が被告人に対して怒ったところ,被告人は,「次はちゃんとするから。」と言っていた。
 その後,報酬については,被告人が私に500万円を渡し,その中から私の裁量で運び屋に支払って,その残額を私の報酬とすればよい,という取り決めになった。
b 私は,かつて私が経営していた店の客として知り合ったBから,金になるような話がないかと言われていたことから,Bに覚せい剤密輸入の話を持ちかけたところ,Bがこれを引き受けた。そこで,私は被告人にそのことを伝えた上で,Bのパスポートのコピーを渡した。同年9月1日,Bは単身トルコに渡航した。私は被告人からの指示に従い,Bに対して「現地ではX1’’という人間のいうことを聞いてやってくれ。」と伝えていて,実際に被告人とBとが連絡を取っていた。このことは,Bが「X1’’という人間は日本語がうまいな。」と言っていたことから分かった。私からは連絡しないようにと被告人から言われていたため,私はそのようにしていた。
 同月6日に,私,被告人,Jの3人でレンタカーでBを関空まで迎えに行った。Bからスーツケースを受け取った際,私と被告人がいたが,直接カバンを受け取ったのは私である。Bが「カバンの中から携帯電話だけ出して返してくれ。」と言うと,被告人は,「そんな時間ないんだけど。」と言いながら,スーツケースの中から携帯電話を出して返した。報酬については,そのとき被告人が金を持っていなかったので,その場で私がBに10万円を渡し,翌日に残りを支払うという約束をした。実際,翌日に被告人から私が500万円を受け取り,私がBに対して90万円を支払って,残りの400万円が私の取り分として手元に残った。
 同月9日,私は交際相手である中国人女性のM(以下,「M」という。)に見せるため,Bが運び屋をしたときの報酬とGが運び屋をしたときの報酬の残りを写真に撮った。そのとき,Mは中国に帰っていて,私も遅れて中国に行くことになっていた。同月10日から22日にかけて,私は中国に行った。
c 平成21年2月6日にも,覚せい剤の運び屋としてBをトルコに渡航させた。Bを運び屋として使ったのは,以前に一度成功していたし,Bも行きたがっていたからである。Bには80万円を支払う約束をしていたが,現地でBが報酬が安いと言って駄々をこね始めたため,被告人が覚せい剤を持ち帰らなくてよいとの判断をして,同月15日,Bが覚せい剤を持たずに帰国した。この件では,私も報酬をもらっていない。
d 同年4月上旬,知人であるHなる者に紹介された若い子を覚せい剤の運び屋としてトルコに渡航させたが,その子の名前は覚えていない。その子が運び屋になることを被告人に伝え,パスポートの写しも交付した。報酬は100万円の予定であった。4月上旬に渡航させて,同月中旬に帰らせたが,日付までははっきり覚えていない。その子が覚せい剤を持って関空に到着した際,私は被告人とレンタカーで迎えに行った。当日,被告人から私が受け取った250万円の中から100万円を報酬としてその子に渡し,残りの150万円と後日被告人から受け取った250万円を私の取り分として手元に置いた。なお,250万円を受け取った場所は,名古屋の栄あたりの車内であり,その後被告人には黒川まで送ってもらって,そこで別れている。
 私は,受け取った報酬については,ほとんど現金のまま手元に置いていて,銀行等に預けたりはしていない。ただ,報酬が千円札や五千円札ばかりであったり,血が付くなどして汚れていたり,破れるなどしていたときは,銀行の現金自動入出金機で入出金して両替をしていた。同月18日にも,名古屋銀行黒川支店と同銀行味鋺支店の現金自動入出金機において,相次いで約100万円ずつ,両替目的での入出金をした。2回に分けたのは,1回に入出金できる額が100万円だと思ったからである。同月28日や30日にも,同様に両替目的での入出金をしている。
e 同年5月2日,覚せい剤の運び屋として,Gを再びトルコに渡航させた。Gを渡航させることについては,本人が運び屋の仕事があったら行くと言っていたことや,前回何の問題もなかったことなどから,被告人と私との間で決めたものである。Gへの指示連絡については,被告人から私に連絡があり,私がそれをGに連絡するという形をとっていた。同月7日,Gは覚せい剤を持って帰国し,その際,私と被告人の二人でレンタカーで迎えに行ったが,Gと直接会ったのは私だけである。被告人がGに会いに行かなかった理由は覚えていない。その当日に,私が被告人から100万円を受け取り,カバンと引き替えにその中から報酬として70万円くらいをGに支払った。そして翌日,私は被告人から400万円を受け取った。
f 被告人は,運び屋から受け取ったスーツケース等を車で名古屋まで運び,その後スーツケース等が被告人から誰に渡ったかは知らない。
(ウ) 本件覚せい剤密輸入の状況等
a 平成21年5月ころ,Bが,Dのことを「真面目そうで,パスポートを持っていて,仕事があればすぐに行けそうな人だから,トルコへ行く仕事があったら使ってやってくれ。」と言って売り込んできた。そこで私は被告人にそのことを伝えたが,すぐには仕事が入らず,Bから催促の電話があったため,そのことを被告人にもそれとなく伝えていたように思う。同年6月ころ,被告人は,覚せい剤の運び屋の仕事がすぐ入らないことについて,「イランがバタバタしていて,もうちょっと後になる。」ということを言っていたので,そのことをBにも伝えた。
b 同年7月8日午前11時20分,被告人から私に電話があり,「12日か13日出発で,Bにも伝えておいてほしい。」ということを言われた。そこで私は,同日午前11時24分,Bに電話でそのことを伝え,その日に行けるかどうか確認してもらった。その後,同日午前11時36分に旅行会社に電話をして,12日か13日出発の便があるかを確認したところ,早いものでは11日出発の便しか手配できないことが判明した。そこで,同日午前11時43分にBに電話をして,「一番早いのは11日くらいなんだけど,どうかな。」ということを確認した。そして,同日午後零時3分に被告人から電話が架かってきた際,11日出発の便しかないことを伝え,被告人の了解を得た。そこで,同日午後零時5分にBから架かってきた電話で,Bに対して11日出発に決まったことを伝え,そのことをDにも伝えるよう依頼した。
 同日午後3時25分,私はBに電話を架けて,Dに航空機の便の予約をさせることを伝え,同日午後3時38分にBから架かってきた電話でも,便の予約についてのやり取りをした。
c 同日午後8時19分に被告人から架かってきた電話か,もしくは,同月9日午前9時35分に私から被告人に架けた電話で,被告人からチケット代金を立て替えるよう言われたため,同月9日に,現金自動入出金機でチケット代金の振込みをした。そして翌日,被告人が同月19日にオープンを予定していたブティックの店内で被告人から35万円くらいを受け取った。
d 同月10日午後2時35分にDから架かってきた電話で,Dと初めて会話をした。Bを介してやり取りをしていても時間がかかるし,Bのやり方も酷いということで,直接連絡を取ることを決めたものである。Dと話しているときに,Cにも後で電話するよう伝えてほしいと言ったところ,同日午後3時46分にCから電話が架かってきて,Cと初めて会話をした。
e 同月11日午後3時15分にDから架かってきた電話で落ち合うための連絡を取って名古屋駅でDに会い,一緒に食事をした際に渡航費用として18万円くらいを渡した。Bを間に入れるとBが全額を渡してくれるか心配だったため,私自身が直接渡しに行ったものである。その後,新幹線のチケットを買って関空に向かうDを見送った。Dが出発する前の同日午後4時31分に被告人に電話を架けて,「Dがこれから名古屋駅を出る。」ということを伝えた。
f 同月12日午前11時45分,Dから電話で「今空港に着きました。」との連絡があった。現地でDとIが落ち合えるように,私がDやIと連絡を取った。Iには,平成20年8月と平成21年5月にGを運び屋としてトルコに渡航させたときと,同年4月中旬頃に若い子を運び屋としてトルコに渡航させたときにも,現地のガイドをしてもらっている。Iと被告人とは面識はないが,私の判断でIにガイドを依頼した。同日午後2時51分,被告人に電話で「Dが無事ホテルに着いた。」ということを伝えたところ,被告人からは「荷物を受け取る日までは観光させておいて。」と言われた。
g 覚せい剤の受取り予定は,現地時間でいうと同月15日の昼過ぎということになっていた。なお,トルコと日本の時差は6時間であり,トルコのほうが遅れている。同月14日午後7時50分に私から架けた電話か,同日午後9時54分に被告人から架かってきた電話で,被告人から「明日荷物が来るからちゃんと用意してくれ。」ということを言われた。
h 同月15日午後2時25分もしくは同日午後3時47分の被告人からの電話で,「今日にはカバンが届かない。二日延びる。」ということを聞いた。そこで,同日午後4時59分のDからの電話か,もしくは,同日午後5時1分に私からトルコのホテルにいるDに架けた電話で,航空機のチケットを二日延ばせるか旅行会社に聞いてみるよう依頼した。DがNに聞いてくれたが,変更できないと言われたとのことだったため,新しく買い直すことにして,Dに代金を聞いたところ,航空機代とホテルの延泊代,その他滞在費で3000ドルくらいかかるということであった。そこで,同日午後5時43分に被告人に架けた電話か,もしくは,同日午後5時57分の被告人からの電話あたりでその旨を伝えたところ,被告人が「3000ドルでいいのか。」と言ったので,私が「3300ドルにしておいて。」と言うと,被告人は「16日の昼までには,3300ドルを現地の人間にタクシム広場近くのマクドナルドに持って行かせるから。」と言った。その後,同日午後6時8分から午後8時19分にかけての何回かのIに対する電話で,航空機チケットの予約とホテル延泊の段取りを依頼した。
i 追加の滞在費用の受渡しは,現地時間でいうと同月16日の昼ころまでということであった。同日午後2時49分にDが滞在しているホテルに架けた電話,同日午後3時32分にDに架けた電話,同日午後3時37分にDから架かってきた電話あたりで,Dの格好を聞いた。そして,同日午後3時46分にDから架かってきた電話あたりで,追加費用を受け取りに行くよう指示をした。このとき,私は被告人と一緒にいたと思う。同日午後6時9分にIに架けた電話あたりで,Iにチケットを取りに行くよう依頼した。
j 同月17日午前零時34分の被告人からの電話あたりで,チケットが取れたことを報告した。そして,同日午後6時26分に被告人に架けた電話あたりで,被告人から「タクシム広場のマクドナルドに行って待っていてくれ。」ということを言われた。その後,同日午後6時31分と午後6時36分にDの滞在するホテルに架けた電話で,Dから服装を聞き,Dに出発の準備をするよう指示した。同日午後6時51分に被告人に架けた電話では,そのあたりの準備のことについて話したと思う。同日午後8時4分の被告人からの電話あたりで「あと1時間くらいしたら出てくれ。」との指示があり,同日午後8時55分から同日午後9時13分にかけてDの滞在するホテルに何回か架けた電話のあたりで,その旨Dに伝えた。
 関係者間の通話記録に関する捜査報告書〔甲11〕の表は,私が当時使用していたと捜査機関で把握している携帯電話4台の通話履歴等をまとめたものであるが,その内訳は,①被告人とのやり取りに使用したもの1台,②プライベートのもの1台,③Dとのやり取りに使用したもの1台,④プリペイドカードのもの1台,である。Dはよく知らない人間だったので,同人とのやり取りには「とばし」の携帯電話を使用し,被告人とのやり取りには弟名義のものを使用していた。ただ,同日午後9時13分以降は,それまでDとのやり取りに使っていた携帯電話のバッテリーがなくなったか使いづらくなったかの理由で,上記4台の携帯電話とは別にもう1台あったBから借りた携帯電話を使用して,Dと連絡を取り合っていたのではないかと思う。
 Dから「相手が来ないよ。」との連絡があったため,同日午後10時25分に被告人に架けた電話でそのことを伝えた。同日午後10時32分と午後10時50分の被告人からの電話,午後10時52分に被告人に架けた電話は,「そろそろ着く」とか「あと何分くらい」といったことをDに伝えてくれ,との電話だと思う。Dに対しては,その旨伝えた。同日午後11時及び午後11時3分の被告人への電話では,「荷物を受け取った」ということを伝えたと思う。Dのホテルの客室に電話をした際に,Dから「スーツケースのチョコレートをどうする。」と聞かれたため,「どうするか聞いてみるわ。」と答えて,いったん電話を切ったと思う。Dは,私の横の男が「それはいらない。」と言うのを聞いたと言うかも知れないが,そのとき私は自宅に一人でいたので,そのようなはずはない。その後,被告人に電話でチョコレートをどうしたらいいか聞いたところ,被告人は,「いらないね,捨てて,なしで帰ってきて。」と言ったので,私からDにその旨伝えた。同日午後11時7分,午後11時12分の被告人からの電話で,スーツケースの中のチョコレートのことなどを聞いたと思う。
k 同月18日午前1時26分から午前1時28分にかけてのDからの電話では,「チョコレートを捨てる場所は空港に着いてからでもいい。」「空港に着いたら電話をくれ。」などの指示をした。同日午前2時41分と午前2時42分のDからの電話は,「これから飛行機に乗る。」という連絡だと思う。
 同日午後零時20分の被告人からの電話で「今から迎えに行く。」と言われ,午後2時前に,被告人が私の自宅にレンタカーで来て,一緒に関空に向かった。その道中,午後5時3分にDから「着いた」との電話があり,その後の午後5時11分のDからの電話は繋いだままにしておいた。関空の駐車場に車を止めたが,途中でDとの電話が切れて,その後繋がらなくなった。私と被告人は,Dがたぶん捕まったということで,急いで関空から帰った。この間,「どうして今日は下の方(到着ロビー)まで行かなかったんだ。」と被告人から言われた。被告人は,本当はDがカバンを持って出ているのではないかと疑っており,私がそのようなことは画策していないということで喧嘩になった。同日午後6時14分の被告人に対する電話は,途中のパーキングエリアかどこかで,どこにいるのか分からなくなって架けたものであり,同日午後6時49分のCに対する電話は,証拠隠滅を指示したものである。
(エ) 本件後の状況等
a Dが捕まった後,私はDと連絡を取るのに使った「とばし」の携帯電話を捨てた上,自分の家にあった荷物を被告人が借りていたOに移し,そこで住むようになった。
b 私は,Dが捕まった後も,前記ブティックの開店準備を手伝っていた。同年8月11日から16日にかけては,被告人と一緒に中国にブティックで売る服を仕入れに行った。同店の開店準備の手伝いで,被告人から報酬はもらっていない。被告人は,「店がうまいこといったら,それなりのお礼はするから。」と言っていた。
イ A供述の信用性
 以下,A供述の信用性は極めて高いとして検察官が指摘する点について検討する。
(ア) 関係者間の通話状況について
a 検察官は,特に,平成21年7月8日,同月15日,同月16日,同月17日の通話状況を例にとり,本件において,①被告人を起点として,A,B,C,Dというように順次指示・連絡が伝わっており,各通話のタイミングも短時間の間隔をおいて連続的に行われている,②被告人とイランとの通話が,AがB以下の者に指示・連絡をする直前などのタイミングでなされている上,被告人・A間の通話と極めて近接した時間に連続的に行われているとして,A供述はこうした通話状況と整合していると主張するところ,検察官の前記主張は通話記録〔甲11,弁39〕等に照らし首肯できる部分もそれなりにみられる。しかし,以下のとおり,本件関係者間の通話状況を仔細にみると,必ずしもA供述と整合しない点も少なからず存するということができる。
(a) 平成21年7月8日の通話状況
 A供述によれば,午前11時36分のAからNへの電話で11日出発の便しか手配できないことが判明したとのことであるが,Aがそのことを被告人に伝えて了解を得たのは,午後零時3分の被告人から架かってきた電話においてであるというのであって,運び屋の出発日という重要な事項についての連絡を,判明した時点でA自らが被告人に電話を架けて伝えようとした形跡がみられないことは不自然である。
(b) 同月15日の通話状況
 A供述によれば,午後2時25分か午後3時47分の電話で被告人から覚せい剤の受取日の変更(延期)について聞かされたというが,同日のそれより前の時間帯に,被告人が(イランに所在するなどの)本件関係者との間で通話をし,受取日の変更を把握した形跡が窺われないこと〔弁39〕は,覚せい剤取引日の変更という密輸入の成否に直結する重要事項の連絡状況としてはかなり不自然というべきである。
(c) 同月17日の通話状況
 A供述によれば,午後6時26分に被告人に架けた電話あたりで,覚せい剤の受取り場所を指示されたとのことであるが,被告人からそのような指示があったのだとすれば,むしろ被告人のほうからAに電話を架けるのが自然であるといえる。
 また,A供述によれば,午後8時4分の被告人からの電話あたりで,「あと1時間くらいしたら出てくれ」と言われたということであるが,AがDにこれを伝えたのは,それから50分以上が経過した午後8時55分から午後9時13分にかけてトルコのホテル(Dの滞在先)に架けた電話においてであるというのであって,こうした時間の経過はあまりに悠長にすぎるきらいがあって,不自然であるといわざるを得ない。
 さらに,A供述によれば,午後10時25分のA・被告人間の通話は,「相手がまだ来ない」というDの言葉の連絡であり,午後10時32分,午後10時50分,午後10時52分の被告人・A間の通話は,「そろそろ着く」とか「あと何分くらい」といった連絡であるというのである。そうすると,「相手がまだ来ない」ことを伝える電話の19秒後から,被告人からイランの同一番号に電話がほぼ間隔なく6回連続して架けられ〔弁39〕(これは,通話中に切れてしまったためかけ直したものとみるのが自然である。),その最後である午後10時30分の被告人からイランへの電話のわずか17秒後に,被告人からAに対し,「そろそろ着く」とか「あと何分くらい」という連絡がなされたということになるが,現地にいる覚せい剤の譲渡人がその取引場所にいつ着くのかといったことは,当然現地であるトルコの人間と連絡を取らなければ分からないことであって,仮に被告人がイランの人間を通してトルコの密売相手と連絡を取るとすれば,被告人からイランになされた通話の後にイランからトルコへの通話があり,その後にイランから被告人への通話がなされなければ情報伝達が成り立たないことになる。しかしながら,上記の通話記録の流れからすれば,イラン・トルコ間の通話が入る時間的間隔がほとんどないことになってしまう。
 加えて,A供述によれば,Dからの問い合わせを契機として午後11時7分か午後11時12分の電話あたりで被告人にスーツケースの中のチョコレートの箱をどうするかを尋ねたというのであるが,これらはいずれも被告人からAに架けられた電話であることに照らすと,A供述とは整合していない。(d) 同月18日の通話状況
 A供述等によれば,午前1時26分以降午前2時42分までのDからの電話で,トルコの空港に到着した旨,及び同空港での所持品検査を無事通過した旨の報告がAにあったと認められるが,その後,A・被告人間の電話連絡は同日午後零時20分になって被告人側からなされているにすぎず,Aは直ちに被告人にその連絡をしていないことは明らかである。覚せい剤搬出先の空港での所持品検査を運び屋が無事通過したという事柄の重要性に照らせば,「時間が遅かったので被告人には連絡しなかった」とのAの公判供述はにわかに信用しがたいところである。
b 以上に加え,①本件当時,被告人とAとの間では,ブティックの開店準備等の件でも少なからぬ通話がなされていたことはAも当公判廷で認めていること,②後述するとおり,本件では,覚せい剤密輸入に関してAと連絡を取り合っていた可能性の高い被告人以外の第三者の存在が強く窺われるところ,A供述によれば,Aは,本件の通話記録に表れていない「とばし」の携帯電話を所持しており,Dとの間の連絡の一部に実際にその携帯電話を使用しているのであって,Aがこの携帯電話を使用して覚せい剤関係者と疑われる上記被告人以外の者と連絡を取り合っていた可能性が否定できないことをも併せれば,検察官の指摘する通話状況は,被告人の本件覚せい剤密輸入への関わり方に関するA供述を必ずしも十分に裏付けるものとまではならないというべきである。
(イ) 被告人名義でのレンタカーの貸出状況,ETC利用履歴,関係者の出入国履歴及びAが受けた報酬の写真について
 検察官は,A供述がこれらに関する客観的証拠〔甲16ないし19,21,28等〕と整合していることは同供述の信用性が高い証左であると主張するが,これらは,本件関係者の客観的な行動等を裏付けるものであっても,被告人がAに本件覚せい剤密輸入に関する指示をしたことと直接関わるものではなく,したがって,必ずしもこの点についてのA供述の信用性を支えるものとはいえない。かえって,被告人のレンタカーの貸出状況及びETCの利用状況について仔細にみてみると,被告人は本件覚せい剤密輸入の当日を含めAの供述する平成20年9月6日以降の4回にわたる覚せい剤密輸入当日にいずれもレンタカーを借りて名古屋市内から関空に赴いていることが認められるものの,被告人はそのすべてにつき,自己の居住するマンションの1階にあるP名古屋丸の内北店において,自己名義で運転免許証番号や山梨県内の住所等も明らかにして借り受けている(なお,Aが平成21年4月中旬と供述する覚せい剤の輸入日は,同月16日であることが窺われる。)のであり,とりわけ平成21年中の3回は,妻であるE名義のETCカード(これは当時の被告人の使用車両であるハマーのETC車載器に挿入されていたものである。)を関空料金所の通過に際して使用していたことが認められるところ〔甲17ないし19〕,これらの事実は,被告人が関空に赴く際に,その記録が残ることを何ら意に介していないこと,ひいては,覚せい剤密輸入に関する違法性の意識なくして行動していたことの証左であるとすら考えられ,本件のような大量の覚せい剤密輸入の首謀者であれば採るはずの慎重な行動と全く相容れない事情というべきである。
(ウ) A供述の具体性・迫真性,捜査段階からの供述経過等について
 検察官は,A供述が具体的で迫真性に富み,捜査段階からもほぼ一貫した供述をしているなどとして,これらはA供述の信用性を高める事情であると主張する。
 しかしながら,後述するように,本件では被告人以外にAに覚せい剤密輸入に関して指示を与えていた第三者が存在した可能性が強く窺われるのであるから,その者からなされた指示を被告人からなされたものと置き換えて供述すれば,実際には被告人から指示を受けていなかったとしても,全体として具体的で迫真性のある供述をすることは必ずしも難しいこととは思われない。また,Aが逮捕された翌日に被告人が逮捕されていることなどの経過に照らすと,Aは,自分が逮捕された直後に共犯者として被告人の名前を出したことが窺われ,それ以降の供述を当公判の証言時まで維持してきたことが認められるとはいえ,Dの逮捕からAの逮捕までは約1か月の期間があったことにも照らせば,その間,Aとしては,自分がいずれ逮捕される可能性は容易に予想しうるところであって,逮捕後にどのような弁解供述をするかにつき,十分考える時間的余裕があったといえるから,逮捕後間もない捜査段階からの供述の一貫性の点も,それ自体ではA供述の信用性を大きく高める事情とはなり難い。
 なお,検察官において,Aが自ら経験しなければ語り得ない内容を自発的かつ具体的に証言しているとして例示する事情(覚せい剤密輸入の報酬の両替状況,被告人の火傷の理由等)も,必ずしも被告人から一連の覚せい剤密輸入の指示を受けたというAの供述部分の信用性と直結するものではない。
(エ) D及びCの各公判供述との関係について
検察官は,Aの供述はD及びCの各公判供述と符合していると主張する。
a なるほど,この三者の各供述間には相応の対応関係が認められるものの,その符合部分の存在は,被告人が本件の首謀者であって,Aを通じて関係者に密輸入に関する指示をしていたことにつながる事情とみることは困難である。かえって,以下のような問題点が存在する。
b まず,Dは,当公判廷において,「平成21年7月17日午後5時ころ(現地時間)にタクシム広場のマクドナルドでトルコ人からスーツケースを受け取り,ホテルに持ち帰ってその中身を確認すると,チョコレートの箱が6箱くらい入っていて自分の荷物を入れることができなかったため,Aに電話で相談した。すると,Aは,『ちょっと待って。』と言って,私の質問について誰かに相談している感じだった。そのとき,別の人の声が聞こえた。内容までは覚えていないが,男の人の声だったと思う。その声を聞いて,上の人がいるのかと想像した。電話の向こうが静かだったので,そのときにAのいたところは部屋の中という感じがした。Aが『ホテルの窓から捨てて。』と言ったので,やってみたけれども捨てることはできず,そのことをAに伝えたところ,Aは,『空港に行ってからトイレに捨ててきて。』と言った。」旨供述している(以下,「D供述」という。)。
 D供述の信用性についてみると,①Dは,本件の共犯者ではあるが,上記公判供述の当時には,懲役8年及び罰金450万円の判決が既に確定していたこと,Aらとの特段の確執等も見受けられないことなどからして,あえて虚偽の供述をする動機は見出せない。②その供述内容をみても,具体的かつ詳細であって迫真性があり,不自然不合理な部分は見当たらないし,③分からないことや推測にわたることはその旨率直に述べるなど,真摯な供述態度を看て取ることができる。以上によれば,D供述の信用性は高いといえる(なお,Dがスーツケースを受け取ったマクドナルドからホテルまでは歩いて10分程度の距離であること〔A供述〕からすると,Dがスーツケースを開けた時刻は日本時間の午後11時過ぎころということになるが,その前後の被告人とAとの通話状況に照らすと〔甲11〕,当時,被告人がAと一緒にいたとは考え難いことから,Dが聞いたとするA以外の男の声は,被告人のものではなかったとみるべきである。)。
 したがって,上記のD供述に反する「Dに電話でチョコレートのことを聞かれたときには,自宅に一人でいた」旨のA供述は信用できず,本件では被告人以外に覚せい剤密輸入に関してAに指示を与えていた第三者の存在が強く窺われるということができる。そして,Aは,当公判廷で,一貫して被告人のみから覚せい剤密輸入の指示を受けていた旨供述しているのであるから,上記第三者の存在が窺われることは,A供述の根幹部分の信用性を大きく揺るがせる事情というべきである。
c 次に,Cは,当公判廷において,「平成21年7月18日午後6時25分にAに架けた電話の中で,Aから『Dが捕まったかもしれないので,とりあえず携帯に電話をしてみてくれ。』などと言われている最中,『ちょっと待ってくれ。』と言われ,Aが誰か男と話している感じがあった。」と供述する(以下,「C供述」という。)。この供述をもって,Aが被告人とD逮捕の事後処理等について相談をしていたことを示すものといえるかについてみると,A供述や後述する被告人供述によれば,このCからの電話は第三者が存在するパーキングエリアにAがいた際になされた可能性があるところ,C供述によっても,「男の声の内容までは聞き取れず,その前後の会話との文脈との関係も分からない。」というのであるから,これが被告人以外の第三者の声であった可能性は否定できないというべきである。
 したがって,C供述は,本件で被告人からAに覚せい剤密輸入の指示があったことや被告人と本件との積極的な関わりを必ずしも裏付けるものではないということができる。
(オ) 虚偽供述の動機の有無について
 検察官は,Aが当公判廷で供述をした当時は,A自身の判決はすでに確定しており,Aが自己の罪責の軽減を図るために虚偽供述に及ぶ必要はなく,また,暴力団関係者による報復をおそれて被告人以外の上位者を隠す必要があるのであれば,「名前の言えない暴力団関係者」と説明すれば足りるから,Aにはあえて被告人の名前を挙げてまで虚偽供述をする動機がないなどと主張する。
 なるほど,関係各証拠によれば,Aは,本件公判供述時点では本件覚せい剤密輸入につき,既に懲役13年及び罰金700万円の判決が確定しており,被告人に自己の責任を転嫁して自己の刑責の軽減を図ろうとする動機が失われていることは検察官が指摘するとおりであり,また,Aと被告人とのこれまでの良好な交際状況等に照らすと,Aが被告人に対する悪感情等から,本件に無関係な被告人の名を本件共犯者として挙げたと考えることも困難といえる。
 しかしながら,本件は約4キログラムという大量の覚せい剤密輸入事案であって,これを日本国内で売りさばいて多額の利益を上げようとするならば,暴力団関係者がこれに関わっていた可能性が相当程度考えられるというべきである。しかも,Aは,本件のみならずそれ以前にも5回にわたって本件と同様の手段による覚せい剤の密輸入計画に深く関わってきたもので,うち4回の成功により少なくとも1400万円以上の利益を自ら手にしていたというのであるから,輸入された覚せい剤の処分状況等について全く預かり知らなかったとはにわかに考え難い状況にある。しかるに,Aは,これら覚せい剤の処分先については一切知らないと供述しており,真相の一部を隠蔽している疑いが認められる。しかも,Aは本件に関連して自宅から暴力団関係者の名刺が押収されたこと及び平成21年4月に覚せい剤を密輸入した氏名不詳者を紹介してくれたのは暴力団員であるHなる人物であることは公判で認めており,暴力団関係者と無縁であったとは到底いえない状況にある。前述したとおり,D供述によれば,本件では覚せい剤密輸入に関してAに指示をしていた被告人以外の第三者の存在が強く窺われるところ,Aはこのことを当公判廷で強く否定しており,他の上位者の存在を隠している可能性はなおさら考えられるところである。そして,Aが自らの逮捕当初に名前を出した被告人が本件の共犯者あるいは首謀者ではないということになれば,いわゆる突き上げ捜査によってこの第三者に捜査が及ぶ可能性が相対的に大きくなることは否定できないのであるから,Aには自らの上位者に関する捜査の進展を阻止することで,将来暴力団関係者等から危害を加えられることを防止するために,その公判供述時点においても依然として虚偽供述に及ぶ動機がなかったとはいえないというべきである。
ウ 小括
(ア) 以上でみたところによれば,検察官において指摘する点は,いずれも必ずしも,被告人から覚せい剤密輸入の指示を受けてこれを実行した旨のA供述の信用性を支える確たる根拠とはならないということができる。
(イ) そして,さらに通話記録〔甲11,弁39〕等によれば,Aが本件当時少なからず連絡を取り合っていたMやIについても,本件覚せい剤密輸入に関係していた疑いがかなり強いといえる。
 すなわち,Aは,例えば,①平成21年7月15日午後10時9分のBへの電話,同日午後10時13分のDへの電話,同日午後10時21分のBへの電話に相前後して(午後10時6分,午後10時20分),Mに電話を架けている。また,②同月16日午後11時44分のDへの電話の直後,M(午後11時59分)やI(同月17日午前零時15分)に電話を架けている。さらに,③同月18日にDからトルコの空港に着いたなどの連絡がされている間,I(午前1時32分,午前2時9分)に電話を架け,また,同日,関空に到着したDからの連絡が途絶えた直後である午後5時42分にもMに電話を架けている。
 特に,上記③のMに対する電話は,Aにおいて本件覚せい剤が税関検査で発見されたと疑ったであろう直後に本件関係者の誰に対してよりも真っ先に架けられたものであり,このことと従前のMとの通話状況をも併せれば,Aが事後の対処方法等についてMないしMの背後者の指示を仰ぐためになされたものであることが強く疑われる。
 また,Aは,Iはトルコのガイド役であるなどとして,同人と本件覚せい剤密輸入との関わりについて曖昧な供述をするが,信用できるD供述によれば,トルコに渡航したDが,Iから「こっちはプロがやっているから心配しなくていいよ。」「こっちの人はプロだし,みんな成功しているから。」という説明を受けたことが認められるのであり,Iによるこの発言は,同人がこれまで複数回覚せい剤取引に関与したことがあることを示唆するものといえる。
 こうした点からすれば,Aが,MやIを介して,被告人以外の者から本件覚せい剤密輸入に関して指示を受けていた具体的可能性もまた否定することはできない。
(ウ) したがって,被告人ただ一人から本件覚せい剤密輸入についての指示を受けていたとするA供述は,その根幹部分において,信用性が決して高いものではないというべきである。
(2) 本件当時における被告人の収支状況について
ア 関係各証拠によれば(なお,不明確な部分については被告人の公判供述を前提としても,),本件当時,被告人においては,①Eに対する,月平均20万円から30万円の仕送り,②Fと同居していた名古屋市内のマンションの家賃(半額)である月4万円及び駐車場代約3万円,③自家用車であるハマーの購入費用の分割支払金合計約555万円のローン月額約11万5000円〔弁8〕(なお,ハマーの売買契約を締結した平成20年3月の数か月後には100万円までには至らないものの相当額を掛けて同車を改造している。),④ブティックの保証金や前家賃等650万円,⑤服の仕入れ代金約200万円〔弁4,9〕,⑥ブティックの内装工事費用約260万円〔弁4,19〕,⑦その他,ブティックの手提げ袋代20万円余り,チラシ代等4,5万円をそれぞれ支出している。
イ これに対し,被告人供述によれば当時の確たる収入源は,被告人が当時従事していたという中古車販売業のみであるが,それとて,売れる台数は月ごとにまちまちであって,一月の収入は50万円のときもあれば20万円のときもあるなどというのである。また,車の売買はすべて現金決済であって契約書を交わすことや領収書を交付することはなく,売上げをノートに記載することも顧客のリストを作成することもないというのであり,営業実態は相当に不明確であって,その説明はかなり疑わしい。さらに,被告人は,ブティックの開店資金として,中古車販売等で貯めてアパートに置いていた380万円やイランの幼なじみ(Q)から借りた700万円を充てたというが,いずれも裏付けになるものはなく,特にこの700万円については,平成21年5月末ころに,Qの知り合いであるイラン人が,被告人のアパートに持参して手渡しで書類も交わさずに受け取ったものであり,具体的な返済時期も決まっていなかった,というのであって,被告人が供述する相互の信用を重んじるというイラン人の国民性や文化の相違等を踏まえたとしても,直ちに信用し難いところがあるといわざるを得ない。その他,被告人は,Fの父親から借金していたと供述するものの,その額も,主としてブティックの倉庫用のマンションを借りる際などに要した50万円程度だというのである。
ウ 以上によれば,本件当時においては,被告人の収入に見合わない支出がなされていたというべきであり,被告人が正規の手段によらない収入を相当程度得ていた可能性が相応に疑われるというべきである。もっとも,関係各証拠によっても,被告人が継続的に過大な支出をしていたり,あるいは,前記前提事実におけるAらによる従前の4回にわたる覚せい剤密輸入の成功状況とその前後における被告人の収支の状況が具体的に連関しているとは認め難いことなどからすれば,上記でみた本件当時における被告人の収支状況の不自然さをもって被告人が一連の覚せい剤密輸入自体による報酬あるいはその密売等による利益を得ていたとみるのは飛躍があるというべきである。
(3) 被告人供述(本件当時の収支状況に関するものを除く。)について
ア 被告人供述の概要
(ア) 覚せい剤との関わり及びAとの関係について
a Aが以前経営していた飲食店に覚せい剤の関係者が出入りしていたということは知らないし,私は,これまで一切覚せい剤に関わったことはない。
b 平成21年6月ころからAにはブティックの開店準備作業を手伝ってもらっていたが,あくまで友人としての立場で手伝ってもらっていたので,その作業の対価として金をあげるのは失礼であり,お礼としては,例えば,Tシャツや香水を買ってあげたりしていた。また,本件後にAと一緒に中国に行ったが,そのチケット代を私が出してあげたこともあった。
(イ) 本件以前に被告人が関空に行ったこと等について
a 平成20年8月,私は,トルコにいると思われるAから,「明日,大阪の空港に友達を迎えに行ってほしい」旨電話で頼まれてこれを承諾した。Aからは,「あなた(被告人)の容貌を相手に教えたから,空港の出口で待っていれば分かる。」との説明も受けたが,迎えに行く相手の容貌等の説明は何も受けておらず,Aとの電話を切った後,聞いておけばよかったと思った。
 翌日の昼過ぎに車を運転して名古屋を出発して関空に到着し,空港の出口で待っていたところ,日本人の男から声を掛けられた。その後,その男の知人と思われる2,3人がやってきて男に話し掛けた。男は,「ごめん迎えに来た。」と言って,知人らと一緒に立ち去って行ったので,自分も関空を後にした。私に声を掛けてきた男が何を持っていたかについては記憶にない。
 帰ったあとでAに会い,男を迎えに行ったのに別の人がいたことについて一言言ったが,Aは,「おれも知らなかった。」と言っていた。高速代やガソリン代については,友人であるAから頼まれたことなので,請求はしなかった。
b 同年9月,Aから電話で,「明日,大阪の空港に行きたい,一緒に行く?」と言われ,これを承諾した。Aの用事で関空に行くので,何をしに行くのかは尋ねなかった。Aは,「レンタカーで行く。レンタカー代は出す。」とも言った。
 翌日,Aと一緒に関空に行き,到着ロビーにある売店で飲み物を買ってAと一緒に飲んでいた。何か食べた気もするが,覚えていない。そのうち,Aは,「人を迎えに行く。」と言って歩いて行った。Aは外国人ではないと思われる人と話をしていた。その人がBであったかは分からない。そのときの私とAらの距離は数メートル程度である。Aが話をしていた人が何かを持っていたかは覚えていない。
 私は,Aが話をしている間に先に駐車場に戻ったが,Aも10分くらいして戻ってきた。Aは手ぶらであった。駐車場に車を止めていた時間は,1時間くらいである。
 その後,Aをアパートまで送り,そのときAが4万円をくれた。このとき以降,Aは,被告人と一緒に関空に行って帰るたびに,4万円をくれた。その内訳は,大体,ガソリン代1万円,高速代1万円,レンタカー代2万円である。
c 平成21年4月にAと一緒に関空に行ったが,このときもAから「大阪の空港に行く?レンタカーで行く?」と言われ,これを承諾した。このときのことだったかは覚えていないが,Aからは,「書類をもらいに行く。」ということも聞いた。
 関空に到着して車を駐車場に止めた。Aは車を降りて先に歩いて行った。私は空港の売店で一人で何かを飲んでいたのではないかと思うが,Aを見かけなかったので,先に車に戻り,車内で休んでいた。
 Aは1時間くらいで戻ってきたが,何も持っていなかった。
d 同年5月にAと一緒に関空に行った際にも,Aから電話で,「明日行く?」と言われ,レンタカーで関空に向かった。
 空港の駐車場に着いて空いているスペースを探しているとき,Aは,「今日は下行かないで。もらう書類はヤクザに関係しているから,会う相手もヤクザだから,あなたは会わない方がいいよ。」と言った。
 その後,私は,空港の2階で売店を見るなどして時間をつぶし,1時間くらいして車に戻った。Aもほどなくして車に戻ってきたが,何も持っていなかった。ヤクザに関係しているものについては何も聞きたくないし,知りたくもない。
e 私が使用していた携帯電話は,プライベート用である自分名義のもの1本(弁39の「X1’1」)と他人名義のもの1本(弁39の「X1’2」)の合計2本である。飲食店で外国人から携帯電話の番号を教えてくれと言われた際にプライベート用の携帯電話の番号は教えたくないので,他人名義の携帯電話を所持していた。平成21年5月当時,私がほかの携帯電話を所持していたということはない。
f 同年6月に火傷を負っているが,これは,アパートでタバコを吸おうとしたところ,バーベキューに使用するガソリンに引火したものである。火傷の箇所は手と顔であり,顔の火傷は大したことはなく腫れが治るまで2週間程度であったが,手の火傷は治るまでに1か月程度かかった。病院にはAと一緒に行ったが,入院するほどではなかったので,塗り薬を付けて包帯をして,自分のアパートに戻った。
(ウ) 本件の状況について
a 平成21年7月6日午前零時8分(なお,この点について弁護人は主質問で「8時45分」と質問していたが,「午前零時8分45秒」の言い間違いであると認められる。)以降同月7日にかけて,イランに十数回国際電話を架けているが,これらのうち,末尾が「1941」のものは両親が居住する実家の電話番号であり,末尾が「3108」のものは2番目の姉の家の電話番号である。末尾が「5653」のものは知人であるRの携帯電話である〔弁39〕。
 同月6日午後3時49分と午後3時51分に合計3回ドイツに国際電話を架けているが,これは,ブティックに置く商品の仕入れを相談していた,ドイツ在住のイラン人の友人(S)宛てのものである。
b 同月6日にブティックの内装工事が終わり,店内をチェックしたところ,カウンターに不備が見つかったので,その補充工事につき,翌7日,Aに頼んで,内装工事業者との間で追加料金を無料にしてくれるよう交渉してもらった。同日午後8時42分と午後8時44分のAとの間の電話では,工事の話をした記憶がある。
 同日午後8時58分と午後10時57分に架けた国際電話は,(その電話番号からすると)京都刑務所に収容中のJが交際しているロシア人の女性に宛てたものだと思う。同女は覚せい剤とは無関係である。同女は戸籍上Aの妻であり,同女,A及び被告人の3人でJの面会に行ったこともある。これらの電話の前後である上記の午後8時42分と午後8時44分,及び同月8日午前11時20分のAとの間の電話では,記憶にはないがJのことについて話した可能性もある。
c 同月8日の午前中は上記の補充工事を行い,昼過ぎからブティックの店舗の壁にテレビを取り付ける工事をした。同日の午後は,テレビから音を出すための機材を調達するため,Aと一緒に,中古電機製品を扱っている店を尋ねた。
 この日の午後零時3分,午後1時15分,午後8時19分に私からAに電話をしているが,2本目の電話から3本目の電話までの間は,私とAは一緒に行動していた。Aは,3本目の電話の内容について,私かAに飛行機のチケット代を立て替えておくよう指示したものであると言うが,そうした話をする必要があるのなら,私と一緒に居る間にすれば足りるはずである。
d 同月9日は,ブティックの店舗に付けたテレビの端に傷があったので,同日午後零時10分に電器店に電話をして〔弁39〕,取り替えてもらった。
 この日,Aと一緒にいたかは覚えていないが,この時期は,毎日必ずAに会ったり電話をしたりしてブティックのことをいろいろ話していた。同日午前10時48分の電話の後,同日午後8時17分の電話までの間にAと会っていた可能性はある。
e 同月10日は特徴的な出来事についての記憶はないが,同日午後2時22分,午後3時21分,午後4時30分にAとの間で電話していることからすると,この日はAとは会っていないと思う。
f 同月11日,12日はAとは一緒におらず,特徴的な出来事についての記憶もない。
g 同月13日は,ブティックに置く商品の一部がドイツから中部国際空港に到着したので,受取りに際しての諸手続のため,Aに中部国際空港までの同道を電話で依頼した。同日午前10時14分から午後零時15分までの間の電話であったと思う。
 昼過ぎに出発してAを迎えに行き,その後,中部国際空港に赴いたが,ドイツから届いた商品が大量であり,自分の車に乗せきれなかったことから,トラックを借りて出直すこととし,同日午後4時50分にレンタカーのトラックを借りた〔甲18〕が,Aに用事があったため,私は一人で空港に向かった。そして,空港で荷物を受け取り,ブティックの倉庫として借りていたOに運び込んだ。
 この日の午後5時59分,午後6時5分に私とAとの間の電話があるが,2本目の電話では,おそらく,荷物が届いたので,明日から仕事を始めるようにとのスタッフへの伝言をAに頼んだものであると思う。
h 同月14日は,A及び女性スタッフ2名とともにOに行き,届いた服を確認したところ,ほとんどの服が商品価値のないものであったため,返品することとした。
 この日の午後7時50分,午後9時54分に私とAとの間の電話があるが,これらの電話は,女性スタッフの1名(T)が辞めると言い出していることについての電話である。その間の午後8時55分と午後8時57分にイランに国際電話を架けているが,末尾が「6148」のものは兄の携帯電話の番号であり,末尾が「5866」のものは兄の自宅の電話番号である〔弁39〕。兄は覚せい剤とは無関係である。
 これらのイランへの国際電話の中では,ブティックを開店することについての話や,イランの国内事情についての話をし,家族の安否を問うたりしている。
i 同月15日午前中は,服の返品でブティックの開店が中止になったため,チラシの印刷を止めるための電話等をしていた。同日午前10時53分,午後零時12分のAから私への電話は,この日に返品をすることなどについての電話である。
 その後,返品のためレンタカーのトラックを借りて服を乗せ,中部国際空港に行った。Aに同道を断られたため,私が一人で行った。空港では返品の手続をするため,いろいろな会社の事務所を訪ねたがほとんど断られたので,Aに電話をして,返品の手続を受け付けてくれる会社をパソコンで探してもらった。同日午後2時25分,午後3時8分にAに電話をしているのは,これらの電話である。
 その後,ある事務所の連絡先に電話を架けたところ,返品の手続は受け付けられるが名古屋市内の事務所に来ないといけないと言われ,中部国際空港から名古屋市内に向かった。この電話をした後,Aに,事務所を見つけたから探さなくてよい旨の電話をした。同日午後3時40分の「U名古屋中央輸出支店」への電話,同日午後3時47分のAへの電話〔弁39〕がこれらである。これらの電話の前にドイツのSに2回電話しているが,服の返品に関して電話をしたものである。Sからは,商品として使える服以外のものを返品したらどうかとのアドバイスを受けたが,後の電話でAにこの点の相談をしたところ,Aは,女性であるスタッフの意見でもあるから全て返品したほうがいいのではないかなどと言った。この電話は,同日午後4時52分の電話だと思う。
 同日午後5時8分にもAから被告人への電話があるが,この電話では,Aは自分の意見を気にして,「自分はアドバイスしただけであり,あなた(被告人)の店であるから,決めるのはあなたである。店がつぶれても自分の責任はないよ。」などと言った。この日の夜も,Aとの電話で店のことについて相談をした。Aは,「自分は関係ない。つぶれても自分のせいにしないで。」などと言ったが,いろいろ相談に乗ってくれた。覚せい剤の受渡しや追加費用についての話をしたものではない。
j 同月16日は,Aとともにブティックのチラシの印刷を依頼していた会社に行った。同日午前10時58分,午前11時13分,午後零時1分,午後零時36分にAとの間の電話があるが,何回も連絡を取り合った上で,Aを迎えに行き,昼過ぎにチラシを印刷する会社に行ったものである。
 その後もAと一緒に居て,食事をしたり,ブティックで使用する小物を買ったりした。この間,もう一人の女性スタッフ(V)にも辞められたら困ると思い,Aに対し,同女に辞めないように伝えてほしい,と頼んだ。
 同日午後5時47分以降のイランへの3回の国際電話〔甲11,弁39〕は,実家に架けたものである。実家は覚せい剤とは無関係である。
k 同月17日のドイツへの電話はSへのものである。このころはイランの街中が戦争のようになっていたので,毎日電話をしてイランのことを聞いていた。この日のイランへの電話は,Rへのものであり,同人との共通の友人が大統領選挙のデモに参加して怪我をしたことを知らされて,その件についての話をした。電話が繋がりにくかったため,何度も電話を架け直した。
 この日のAとの電話では,店の関係か友人が怪我をしたことについて話をした。Aにはイランの友人がおり,Aはイランのことにも興味をもっていた。また,同日午後3時23分あたりのAとの電話の中で,女性スタッフ(V)は専門学校に行っているが,空いている時間にはブティックで仕事をしてもらえるなどと聞かされた。
l 同月16日にAと一緒にいたとき,土曜日(18日)に関空に行くかもしれないことを聞いており,同月17日の夜に,Aから電話で,「明日,大阪の空港に行こう。」と言われた。いったん電話を切った後,私がレンタカーで行くのかを聞くため電話をしたところ,Aは「レンタカー借りてよ。」と言った。このときは,ヤクザの仕事であると深くは考えておらず,また,ヤクザは嫌だが,ブティックのことでいろいろ手伝ってもらっているAの頼みであるから断れなかった。ただ,ブティックが開店した後は,店の仕事を言い訳にして,Aからの頼みを断ろうと思っていた。
 同月18日昼ころにレンタカーを借り,Aに電話をしてしばらくした後に迎えに行った。空港に行く途中,Aは助手席で携帯電話で電話をしていたが,誰への電話かは分からない。電話を盗み聞きするのは失礼であるし,自分は運転に集中しており,また,車内に音楽を掛けていたことや,Aが車内でタバコを吸うため窓を開けて音がしていたこと,Aが小さい声で話していたことなどから,電話の内容も分からなかった。私も車を運転しながら,携帯電話をハンズフリーの状態にしてイランに電話をしていた。怪我をした友人は大統領選挙のデモに参加しており,秘密警察に連れて行かれるから病院にも行けないということで,気になって電話をした。
 車を関空の駐車場に止めたところ,Aは携帯電話を持って車を降り,そのまま行ってしまったが,Aがどこに行ったかは分からない。私は,駐車場や,駐車場の建物と空港の建物との間の通路に居た。その後,Aは15分くらいで戻ってきた。以前はAが戻ってくるまで1時間くらい待ったこともあったが,今回は早かった。Aにはあわてた様子はなく,普通に「帰ろう。」と行った。空港から帰るときもAは助手席で携帯電話で話していたが,内容は全然聞こえなかったし,気にもしていなかった。
 空港では飲食をしていなかったので,食事をするため,帰る途中の最初のパーキングエリアに車を止めた。そして,トイレに行った後に売店に入ったがAを見かけなかったので,一緒に食事をしようと思い,電話をした。Aが電話に出なかったのでAの別の携帯電話に電話をしたが,この電話にも出なかった。その後,Aから折り返しの電話があり,私が「何か食べる?」と聞いたところ,Aは,「食べない。後で車に戻って。」と言っていた。この電話は,同日午後6時14分の電話である。私は何かを食べて,10分か15分くらいして車に戻った。
(エ) 本件後の状況について
 本件での逮捕前,ブティックで売る服を新たに仕入れるため,Aと共に中国を訪れ,合計12万円くらいで220ないし230着を購入した。同年8月19日にブティックを開店したが,花を持ってブティックを訪れたAが警察に連れて行かれた。私は,警察官から「Aを知っていますか。Aの携帯電話はどこにありますか。」と尋ねられ,警察がAの携帯電話を持っていくことについて,確認のサインなどをした。Aが連れて行かれた理由は説明されなかった。Aが連れて行かれたのには驚いたが,ブティックの開店の日であり,悪いことは考えないようにした。
 同月20日の朝に自宅であるアパートを出てブティックに向かおうとしたところ,警察官から「Aのことを尋ねたいが,一緒に警察まで行きますか。」と言われ,警察署に同行した後に逮捕された。イ 被告人供述の信用性等
(ア) 被告人の供述する電話でのやり取りのうち,まず,イランへの架電状況については,当時,イランの大統領選挙に関して対立陣営の間で激しい軋轢が生じ,大規模なデモが生じて相当数の死亡者も出たなどとの報道〔弁38の1ないし17〕をも前提とすれば,その相手先が家族や知人(R)であるとの被告人供述を直ちに虚偽と断ずるのは困難である。
 この点につき,検察官は,平成21年7月17日から18日にかけての「R」への電話について,「被告人は,捜査段階では『5月に生まれたRの子供の話をしたのであり,このころに電話しなければならない特別な用事があったわけではなかった。』旨供述していたにもかかわらず,公判段階で突如,『イランの大統領選挙に伴うデモに参加したRとの共通の友人が7月17日に怪我をしたので,その様子等を尋ねるために電話をした。』と供述し始めたのであり,また,このころの通話のタイミングや間隔等に照らせば,本件と全く関係ない通話が,偶然,このタイミングで行われたとは考えがたい。」と主張する。しかしながら,上記でみた当時のイラン情勢等を前提とすれば,公判段階で上記のような供述をするに至った理由として被告人が述べるところ(友人がデモに参加していたことがイランの警察等に伝わったら友人が危険だと思い,捜査段階では供述しなかった旨)が直ちに不自然・不合理であるとまではいえない。また,被告人のイランへの通話のタイミングが,必ずしも本件覚せい剤密輸入と的確に結びつくものでないことは,前記3(1)イ(ア)でみたとおりである。
 次に,Aとの架電状況についても,関係各証拠から認められる,当時,Aがブティックの開店準備に関して被告人に協力していた状況や,同店の開店準備作業が非常に慌ただしいものであったこと等にも照らせば,これらの話をするために被告人がAと電話で頻繁にやり取りしていたとしても,必ずしも不自然・不合理なものとはいえない。
(イ) ところで,検察官は,平成20年9月に被告人がAとともに関空に行った際に,Aが何も持たずに車に戻ってきたとの点について,BがスーツケースをAに渡したと供述していることと明確に食い違っていると指摘する。
 しかし,Bは,当公判廷において,「私がスーツケースを渡したのはAである。Aが外国人に渡したりするところを見た記憶はない。携帯電話を返してほしいとAに言うと,Aがスーツケースから携帯電話を出してくれたのであり,外国人と話をした記憶はない。気付いた外国人はAや私から少し離れていたが,それが被告人かははっきりしないので即答できない。」と供述しているのであって,この供述が被告人供述と明確に食い違っているとまでは言えない。
(ウ) もっとも,被告人が本件を含む5回にわたって関空に行ったこと等に関する供述部分については,Aの言うことにほとんど疑問を抱くこともなく,あまりに唯々諾々と従って行動しているなどの点で,必ずしも信用し難い面があることは否定できないところである。しかしながら,この点をもって,被告人がAに対して,一連の覚せい剤密輸入を指示していたとまで直ちに結びつけることは困難というべきである。
(エ) さらに付言すれば,被告人が関空料金所の通過に際して3回にわたって妻名義のETCカードを使用していることなどは,被告人において覚せい剤密輸入に関する違法性の意識なくして行動していたことの証左であるとすら考えられることは前述したとおりであるし,また,本件の証拠上,被告人は,本件においてDからの連絡が途絶え,さらに目の前でAが警察官に連れて行かれた後ですら逃亡したり身を隠したりするなどの行動に出ようとしたことは一切窺われないのであって,このことも本件における被告人の違法性の意識の希薄さないし不存在を示すものということが可能である(この点に関し,検察官は,①被告人はA以外の共犯者と接点がない,②Aが被告人の関与を暴露するはずがないと考えていたとしても不自然ではないとして,被告人が自身にまで捜査が及ぶと考えていなかったとしても何ら不思議ではないと主張する。しかしながら,被告人が本件前後を通じて,自己名義の携帯電話を使用してAと頻繁に連絡を取り合っていたことやAと行動を共にする機会が多かったことから,本件に関与していたのであれば当然自身に捜査が及ぶと考えるのが通常と思われるのに,A供述によっても被告人がAに自身の関与を暴露しないよう念押ししたなどの事情が一切窺われないことからすれば,検察官の主張は根拠を欠くものであって採用することができない。)。
(オ) 以上によれば,被告人供述を全体として虚偽のものであるとして排斥することは困難というべきである。
4 総括的な検討
(1) 前記のとおり,本件覚せい剤密輸入について被告人から指示を受けていたとのA供述の信用性は決して高いとはいえないことから,本件で共謀の有無を検討するに当たっては,Aのこの供述部分に安易に依拠することは許されない。
 そして,当時の被告人の収支の状況についても,これをAが供述する一連の覚せい剤密輸入絡みであげた利益と結びつけることは相当に困難であること,被告人が5回にわたって関空に行った状況やその理由等に関する被告人供述には必ずしも信用し難いところがあるものの,これが直ちに被告人がAに一連の覚せい剤密輸入を指示していたことを的確に根拠付けるに足るものではなく,被告人供述を全体として虚偽のものであるとして排斥できないことは,前述したとおりである。そうすると,本件では,検察官が主張するような,被告人が本件の首謀者としてAに覚せい剤の密輸入を指示するかたちでの共謀が存在したと認めるには,およそ足りないというべきである。
(2) もっとも,本件証拠上,被告人が関空から覚せい剤が隠匿されたスーツケースを自己の運転車両に積載して数回運んでいたとの事実が認定できるのであれば,いずれかの時点で被告人においてスーツケースの内容物が覚せい剤を含む違法薬物ないし少なくとも輸入禁制品であることを認識していたこと,ひいては,本件での被告人におけるAらとの覚せい剤密輸入及び禁制品輸入の共謀あるいは少なくとも幇助の故意が一定程度推認される事情であるということも可能と思われる。
 しかしながら,被告人が従前関空からスーツケースを運んでいたことの裏付けとなる主要な証拠はA供述であるが,A供述はそもそもその根幹部分において信用性が高くないものであるし,また,前述したとおり,本件では覚せい剤密輸入をAに指示していた第三者の存在が強く窺われるところであり,このことと前記3(1)イ(オ)で説示したところを前提とすると,①少なくとも,A供述のうち,被告人が名古屋に持ち帰った後のスーツケースの行方は知らない旨の供述部分は信用することができず,この点は,被告人がスーツケースを車で運んだこと自体についての供述部分の信用性をも一定程度揺るがせるものであるし,また,②関空でAがスーツケースを運び屋から受け取った上,上記第三者らに渡したり別送したりした具体的可能性も全く否定することはできないというべきである。
 したがって,本件以前にそもそも被告人が関空からスーツケースを車で運んだことについても合理的疑いが残るといわざるを得ないのであり,ほかに被告人が本件で覚せい剤を含む違法薬物あるいは少なくとも輸入禁制品が輸入されることを認識していたことを認めるに足りる十分な証拠はなく,このことは,ひいては,被告人には本件についての共謀ないし幇助の故意が認められないということに帰する。
5 結論
 以上によれば,被告人が本件の共犯であることについて疑うべき事情が少なからず存在するとはいえ,いずれも確たるものではなく,このようなものを総合考慮しても,被告人の共犯性について合理的疑いを容れないほどの立証がなされているとみることはできず,結局,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
 よって,主文のとおり判決する。
平成23年1月28日
大阪地方裁判所第3刑事部
裁判長裁判官  樋口裕晃
裁判官  小野寺明
裁判官  木戸口由佳

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