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覚せい剤東京

東京地方裁判所判決/平成21年(特わ)第2280号

主文

 被告人を懲役一年二月に処する。
 未決勾留日数中三七〇日をその刑に算入する。
 起訴状記載の公訴事実第一の事実(被告人が覚せい剤を使用したとの点)については、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)
 被告人は、みだりに、平成二一年九月五日、東京都豊島区《番地略》先路上に停車中の自動車内において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶約〇・〇一四gを所持したものである。
(証拠の標目・甲、乙番号は証拠等関係カード中の検察官請求証拠番号を示す。)《略》
(事実認定の補足説明)甲、乙番号は前同様検察官請求証拠番号であるが、不採用部分があるものもある。
一 争点及び前提事実
 被告人は、判示のとおり覚せい剤(以下「本件覚せい剤」という。)を所持していた事実は認めているが、自己の所持品の中に本件覚せい剤があったことは知らなかったとして、その故意を否認している。関係証拠によれば、被告人が本件覚せい剤を所持していた状況及びそれが発覚した経過の概要は以下のとおりであると認められ、この限度では被告人、弁護人も争っていない。以下、年度はいずれも平成二一年である。
(1) 被告人は、九月五日(以下「本件当日」という。)未明から、K(男性)の運転する判示の軽貨物自動車(以下「K車両」という。)に同乗させてもらい、埼玉県新座市、東京都世田谷区三軒茶屋などに行った。途中でL子(女性)が同乗し、三名は都内上野周辺に行った後、同日午後九時四〇分ころ、東京都豊島区内に至った(Kが運転、被告人は助手席、L子は後部座席)。
(2) すると、同所をパトカーで警ら中の警察官A及び同BがK車両のブレーキランプが点灯しないのを発見して停車を求め、同車は同区《番地略》先路上(以下「本件現場」という。)で停止した。K及び両警察官はそれぞれ降車し、B警察官がKに所持品の提出を求めると、同人は携帯電話機と財布を差し出した。
(3) 本件当日午後九時五〇分ころ、警察官C及び同D子(女性)らが応援として本件現場に到着した。C警察官は、K車両の助手席の横に行き、被告人に対し、その所持するハンドバッグ(甲四写真42。以下「本件ハンドバッグ」という。)の中を確認させてほしいと求めた。被告人は、同バッグをC警察官に手渡した。
(4) C警察官が本件ハンドバッグの中を検査したころ、布製の小物入れ(甲六三。以下「本件小物入れ」という。)などが入っており、そのころ白色結晶が付着したアトマイザー(甲六〇。以下「本件アトマイザー」という。)が発見された。C警察官がそれを示して被告人に尋ねると、被告人は知らないなどと答えた。その後、本件現場に到着した警察官Fが本件アトマイザー内の白色結晶について覚せい剤試薬による予試験を行い、陽性反応を示したので、本件当日午後一〇時三一分、被告人は覚せい剤所持の現行犯として逮捕された。この白色結晶が本件覚せい剤である(鑑定により全量消費)。
二 所持の客観的状況
(1) 本件アトマイザーは、黒色プラスチックのケース(長さ約九cm、直径約二cm、両端がやや丸みを帯びた円筒形で、真ん中から二つに分かれる物)と、その中に入ったスプレー付きの蓋が付いた小さいガラス瓶からなる物である。ガラス瓶の内側底には本件覚せい剤が付着し、瓶の底は若干焦げたように黒くなっていた(甲四)。本件ハンドバッグは、本件当時まで被告人が使用、所持していたバッグであり、その口にチャックやボタンは付いていない(甲四、被告人公判供述、C証言)。本件小物入れは、布袋状で上にチャックが付いており、縦一九cm、横一四cm程度の大きさである。
 本件ハンドバッグ及びその中に入っていた物で、現行犯逮捕に伴って差し押さえられた物の品名、特徴は別表のとおりである(C証言、甲四、六四)。
(2) 所持品検査の当時、各押収品が本件ハンドバッグ、本件小物入れその他のどこに存在したかについては、別表のとおり、C証言と被告人公判供述との間に食違いがある。
ア C警察官は次のように証言している。
 被告人から本件ハンドバッグを預かり、目に付いたCDケース型の計量器(No.18)を取り出して、ダッシュボードの上に置いた。次に本件小物入れ(No.16)を取り出して中を調べた。本件小物入れからは、まずピンク色注射器(No.2)を取り出し、針が太かったので被告人に聞くと、かぶと虫の標本に使うと答えた。D子警察官がJ警察官の帽子(制帽)を持っていてくれたので、その中に注射器を置いた。次に黒の計量器(No.12)が出てきて、被告人はそれについても、かぶと虫と言っていた。次に本件アトマイザー(No.1)が出てきた。中に覚せい剤様の物が付着していたので、被告人に何かと聞くと、急に慌てた様子で、それは知らない、私のじゃないと言った。次にキティの二つ折りのビニール物入れ(No.10)が出てきて、中に新品のビニール袋など(No.3ないし9)がいっぱい入っていた。No.5のビニール袋二枚もNo.10に入っていた。そのほか、ペン(No.13)、たばこの箱(No.14)、ビニールケース(No.15)も本件小物入れに入っていた。本件小物入れに入っていた物は全ていったん帽子に入れ、本件小物入れの検査が終わると、それらを全て本件小物入れの中に戻した。
 続いて、本件ハンドバッグから財布や化粧ポーチを取り出して帽子の中に置き、同バッグの中を検査した。チャック式の内ポケットの中からオレンジ色キャップが付いた注射器(No.17)が出てきたが、被告人は私のじゃないと言っていた。そのほかシルバーの計量器(No.19)、ストロー数本(No.20)、携帯電話機三台(No.21~23)が出てきた。
 この検査において、本件ハンドバッグや本件小物入れの中に存在しなかった物を、それらの中に入れたことは絶対にないし、両者の中身を取り違えたこともない。
イ 上記C証言は、検査及び発見の過程を具体的に供述したもので、証言態度も誠実である。D子警察官も、C警察官が本件ハンドバッグの中身を取り出し、それを自分が持っていたJ警察官の制帽で受け取ったと証言している。
 もっとも、C証言によれば、被告人の所持品の捜索差押調書(甲六四はその抄本で主として押収品目録部分)の本文では、たばこの空き箱(No.14)、薬入りのビニールケース(No.15)及びペン(No.13)について、本件ハンドバッグ内から発見されたと誤って記載し、ピンク色注射器(No.2)については、逆に本件ハンドバッグの内ポケット内から発見されたと誤って記載したとのことである(検察官の論告によれば、チャック付きビニール袋(No.11)についても、本件ハンドバッグ内から発見されたと誤って記載されているという。)。この点につき、C証言は、捜索差押調書は本件小物入れ内の品物を確認しながら記載したものではなく、自分の記憶で記載したために上記の誤記が生じた、たばこの箱、薬入りのビニールケースやペンは印象が薄かった、池袋警察署に持ち帰ってから撮影された甲四号証の写真番号1には、これら三点も本件小物入れと一緒に写っており、同写真を見て、それらが本件小物入れに入っていたという記憶を喚起したと説明している。確かに、同写真にはC証言が本件小物入れに入っていたというNo.1からNo.15の押収品と、No.16の本件小物入れとが一緒に並べられて写っている。しかし、C証言によれば、同警察官は写真番号1のように押収品が並んでいる状態を見たとはいうものの、自ら本件小物入れからその中身を取り出して並べたり、それを撮影したりしたわけではない。そうすると、写真番号1は、上記の三点についてのC警察官の記憶の正確性を担保するものとして十分とはいえない。また、本件小物入れの大きさをみると、C証言が述べる品物全部を中に入れるのは可能であろうが、やや窮屈である。
 したがって、C警察官の記憶が薄く、かつ捜索差押調書上に誤記があるという、たばこの空き箱(No.14)、薬入りビニールケース(No.15)、ペン(No.13)及びチャック付きビニール袋(No.11)については、本件ハンドバッグの中にはあったが、本件小物入れの中には入っていなかった疑いが残る。しかし、その他の押収品の所在については、C証言を疑うベき事情は見当たらない(ピンク色注射器(No.2)については、被告人も本件小物入れに入っていた可能性を否定していない。)。
ウ 一方、押収品に関する別表記載の被告人の供述には、曖昧な点や変遷している点がある。
① 被告人の公判供述によれば、「当時、本件小物入れの中に知人のZが入れておいたという黒色計量器(No.12)があるのは分かっていたが、本件アトマイザーやピンク色注射器が入っていたかどうかは知らない。同注射器があったとすればZの物である。本件小物入れには自分の物は一切入っていなかった。」ということになる。他方で、被告人は、本件小物入れを買ったのは本件の一か月余り前で、その後本件の少し前までZ宅に置いておいたと述べるところ、被告人の供述はそこに私物を入れたかどうかについてあいまいであり、「買った後に何か入れてないとも言い切れないんですけど。」「はっきりとは覚えてないんですけど。」というのである。しかも、検察官調書(九月一八日付け〔乙八〕)では、本件当時の在中品の説明として、本件小物入れには自分の物のほか、自分以外の人の物も入っていたと供述していた。
② 被告人は、公判において、たばこの空き箱(No.14)は自分が吸い終わった物だが、K車両のダッシュボードの上に置いておいた物であり、このような物を本件小物入れなどに入れておくはずはないと供述する。しかし、被告人は、警察官調書(九月二一日付け〔乙六〕)では、たばこの空き箱はハンドバッグの中に入れていた物ですと供述していた。なお、K証人は、被告人がたばこの空き箱をダッシュボードの上に置いていたことを認めているが、そのことと本件ハンドバッグの中にたばこの空き箱が入っていたことが矛盾するわけではない。
③ No.3及びNo.4の各チャック付きビニール袋、No.5のビニール袋(大小一袋ずつ、いずれも覚せい剤微量付着)についても、被告人は公判では本件ハンドバッグの中にあった、あるいは知らないと述べているが、警察官調書(乙六)では私の小物入れの中に入っていた物ですと供述していた。
④ Kの血液が付着したオレンジ色キャップ付き注射器(No.17)と銀色計量器(No.19)について、Kは、本件当日、被告人に預かってもらった物であると証言している。被告人は、公判において、この点を否定し、Kが勝手に本件ハンドバッグ内に入れたのではないかと述べている(後記四(1)ア)。しかし、被告人は、警察官調書(乙六及び九月三〇日付け〔乙四〕)では、同注射器は逮捕数日前に援助交際の男性とラブホテルに一緒に行った際、男性がホテルに置いていった物で、自分がハンドバッグに入れた物であるなどと供述していた。銀色計量器についても、男友達にクワガタのことを話したところ、おもしろい計量器があるからあげるよと言われ、もらった物であると述べていた(乙六)。
⑤ 弁護人は、捜査段階の上記各供述は、捜査官の押し付けなど不適切な取調べにより、被告人が困惑し混乱した結果であると主張する。しかし、変遷は上記のように多岐にわたっている。オレンジ色キャップ付き注射器については、同じ説明が二回なされており、いずれも自分がハンドバッグに入れたことを認めた上で、その理由について意識的に虚偽が述べられている。乙六、乙八号証では甲四の写真を示されながら供述したことになっている。これらの点からすると、被告人が困惑や混乱から誤って上記供述をしてしまったとは考えられない。
エ 被告人は、C警察官は、CDケース型の計量器以外にもいろいろな物をダッシュボードの上に置いた、ダッシュボードの上はペットボトルなどが雑然と置かれていた、そこに置く場所がなくなってから警察官の帽子に入れるようになったと供述している。弁護人は、そのような杜撰な方法であったから、ダッシュボード上の物が本件ハンドバッグ内の物として混同された可能性があると主張する。
 しかし、本件アトマイザーは円筒形で転がりやすく、走行車両のダッシュボードに載せておけるような物ではない。職務質問開始の直前に、例えばKがダッシュボード上のような目につく場所に、覚せい剤入りのアトマイザーを置いたということもないであろう。そもそも、C警察官は、本件アトマイザーが本件小物入れの中から出てきたので、蓋を開けて中を見分し、これは何かと被告人に質問したと証言している。被告人も、本件小物入れの中を見ていたC警察官から、黒色計量器(No.12)、ピンク色注射器(No.2)に続いて本件アトマイザーを示され、「これは何だ。」と言われたという趣旨の供述をしている。これらの点によれば、C警察官がダッシュボードの上にあった本件アトマイザーを、何らかの事情で本件ハンドバッグ内の物と混同させ、その上でこれを被告人に示したとは考えられない。C警察官が、本件小物入れ(又は本件ハンドバッグ)の中からこれを取り出して、被告人に示したことは明らかである。そのほか被告人が知らないと述べているビニール袋、オレンジ色キャップ付き注射器、銀色計量器(No.5、17、19)は、上記ウのとおり、被告人が警察官調書において、本件ハンドバッグ又は本件小物入れ内に入っていたことを認めていた物である。
 よって、ダッシュボード上の物など他の物の混入を否定するC証言は十分信用することができる(なお、同注射器や計量器がダッシュボード上にあったとすれば、Kはそれらを本件ハンドバッグ内に忍ばせてはいないのであるから、後述するKが本件アトマイザーを忍ばせたことを疑う弁護人の主張は根拠を失うことになる。)。
オ 以上によれば、別表No.1から23の押収品は全て本件ハンドバッグ内に入っていたこと、本件アトマイザーは本件小物入れの中に入っており、本件小物入れにはそのほかに少なくともピンク色注射器(No.2)、No.3からNo.9が入ったビニールケース(No.10)及び黒色計量器(No.12)が入っていたことが認められる。この認定に反する被告人の供述は採用できない。
(3) 所持の客観的状況からの考察
 本件ハンドバッグは被告人が使っていた物である。その在中品のうち、本件小物入れ、ビニール袋多数(No.3、4、6)等が入ったビニールケース(No.10)、チャック付きビニール袋(No.11)、薬入りのビニールケース(No.15)、CDケース型計量器(No.18)、ストロー(No.20)、携帯電話機三台(No.21~23)、そして化粧ポーチ及び財布(非押収品)について、被告人は自己の物として所持していたことを認めている。本件アトマイザーが入っていた本件小物入れは、被告人の供述によっても、本件の一か月くらい前に自分で買った物である。そこにはNo.10のビニールケースも一緒に入っており、このビニールケース及びその中にあったビニール袋多数につき、被告人は公判において、岩塩等を覚せい剤と偽って売り付ける商売をするための道具として持っていた物で、本件当日も偽の覚せい剤をL子に売ろうとしたと供述している。Kも、検察官調書(甲四八)において、被告人は車の中で、カバンの中から「キティちゃんの模様の入った白っぽいビニールケース」(写真でNo.10を確認している。)を取り出して、いじっていたと供述している。
 このように、本件アトマイザーが入っていた本件小物入れは、被告人が使用していた本件ハンドバッグの中に、被告人が日常的に使う携行品類と一緒に入れられていた。本件小物入れの中には、被告人が本件当日も手にしたと認められるNo.10のビニールケースが一緒に入っていた。しかも、同ビニールケースの中には覚せい剤が付着したビニール袋二袋(No.5)が存在した。そうすると、被告人は所持品検査の当時、覚せい剤の入った本件アトマイザーが本件小物入れないし本件ハンドバッグの中に存在することを知っていた事実、あるいはそれ以前にその存在を認識したことがあったという事実を相当程度推認することができる。
三 被告人と覚せい剤との結びつき
(1) 関係証拠によれば、本件当時、被告人の腕に注射痕が存在したこと(F証言)、被告人は覚せい剤として何らかの薬物を自己使用した際に使った注射器(別表以外の物)をポーチに入れて所持していたこと(甲一四、被告人公判供述。後記五(1)のとおり、これらは留置施設収容時に発見された。)が認められる。また、被告人は、公判(二二回)において、六月ころから本件のころまで、覚せい剤を入手して自己使用していたと供述している。
(2) Kは、本件当日、尿を任意提出し、その簡易検査では覚せい剤の陽性反応が認められた(E証言)。そのKは、検察官調書(甲四五、四七、四八、五〇)において、本件当日末明に被告人から覚せい剤の入ったチャック付きビニール袋をもらい、注射器を借りて注射したと供述している。後記四(1)のとおり、このK供述は信用することができ、被告人が本件当日未明にKに覚せい剤を分け与えたことが認められる。
(3) 本件アトマイザーのガラス瓶の底は焦げたように黒くなっており(前記二(1))、これは覚せい剤を加熱し気化させて吸引する、いわゆる「あぶり」の方法で使用するための物であると認められる。この点、検察官は、被告人は覚せい剤の密売をしており、本件アトマイザーは「あぶり」の方法で使用する客に覚せい剤を試させる道具とみることが可能である、そして本件当日、Kは密売の手伝いのために被告人と行動を共にし、L子は被告人の密売の客であったと主張する(論告一七頁)。一方、被告人は、本件当日の数日前から岩塩等を覚せい剤と偽って売り付ける商売を始めたもので、L子はその客であったと供述している(前記二(3))。
 確かに、本件当日の所持品検査の際、被告人は計量器や小さいビニール袋多数を所持しており、覚せい剤が付着したビニール袋(No.5)も所持品の中に存在し、逆に岩塩等は所持していなかった。被告人の携帯電話の電子メール記録には、九月三日(本件二日前)以降、覚せい剤の売買交渉のようなメールが多数存在している(甲二九)。Kは、本件当日、被告人はインターネットカフェで覚せい剤の密売の準備をしていたと供述し(検察官調書、甲五〇)、現に本件当日、知人に送信した電子メールで、「あいつと組んで売やったら確実に捕まる。」「今、例の売人と一緒に動いてますよ。」と伝えている(甲二八)。これらによれば、被告人が覚せい剤の密売を行っていたという疑いはある。
 しかし、弁護人が指摘するとおり、被告人の本件当日の所持品その他からは、結局、本件アトマイザー内の本件覚せい剤(〇・〇一四g)と、No.5のビニール袋付着の覚せい剤(〇・〇一一g)しか発見されていない。L子が被告人から購入した覚せい剤を所持していた可能性を考えても(同人の所持品検査は行われなかった。)、密売人にしては所持していた覚せい剤が少ない。また、被告人は本件当日、L子と何時間も行動を共にしているが、L子が覚せい剤密売の客であったとすれば、やや不可解である。被告人はその理由について、偽の覚せい剤を売るつもりであったのに、L子が本物かどうかを試すまでお金を払わないと言ったので、ごまかすためにK車両に乗せたと供述しており、一応の説明になっている。
 結局、被告人が当時、覚せい剤の密売をしていたと認定することは困難である。
(4) とはいえ、上記(1)(2)の事実及び被告人の供述によれば、本件のころ、被告人がときおり覚せい剤を自己使用していたことや、ときおり覚せい剤を入手して所持していたことは明らかである。
 被告人は、本件アトマイザーを使うような「あぶり」をしたことはないと供述しており、確かに、被告人の注射痕の存在や注射器の所持に照らすと、被告人は覚せい剤を主に注射によって使用していたと認められる。検察官も、被告人が自己使用目的で本件覚せい剤を所持していたとは考えにくいと主張している。しかし、必ずしも覚せい剤の使用者、常用者は一つの方法でしか使用しないとはいえないのであって、被告人が自ら「あぶり」で使用するために、本件アトマイザーに覚せい剤を入れていたということは考えられる。また、被告人の供述等によれば、被告人の交友関係には、WやZなど覚せい剤を日常的に使用し、あるいは扱っている人物が複数存在したことが認められる。被告人がそうした人物との交友の中で、本件アトマイザーを入手したということも考えられる。
 したがって、被告人には本件覚せい剤の入った本件アトマイザーを、それと知って所持する動機や契機があったと認められる。 
四 第三者が本件アトマイザーを本件小物入れの中に入れた可能性
(1) Kについて
ア 本件ハンドバッグの中に入っていたオレンジ色キャップ付き注射器(No.17)には、Kの血液が付着していた。同じく銀色計量器(No.19)について、Kは知人のWがK車両に置いていった物であると証言している(甲二八のKの携帯電話の電子メール記録No.608は、それに対応するWからのメールである。)。したがって、この二点はある時点でKが所持していた物であるところ、被告人は、これらは自分が知らないうちに、Kが勝手に本件ハンドバッグの中に入れた物であり、同様に本件アトマイザーもKが秘かに本件ハンドバッグの中に入れたのではないかと供述している。その機会として、被告人は、①渋谷区本町と上野でKだけを車内に残し、本件ハンドバッグを車内に置いて、しばらく降車していた間、②本件現場でKが降車したときに、Kは助手席の被告人のほうに向かって手を動かしたので、そのとき(本件小物入れの口は開いていたと述べる。)が考えられると供述する。
イ これに対し、Kは、証言において、①本件アトマイザーのような物を持っていたことも、被告人のバッグに入れたこともない、②現場で降車したときに上記のような動作はしたが、何も投げてはいない、③上野で被告人らが降車したとき、駐車中に自分が職務質問を受けるのが心配になり、上記注射器と銀色計量器のほか、その前に被告人からもらって使った覚せい剤のビニールパケを、被告人に渡して預かってもらった、これらの物を自分が勝手に被告人のバッグに入れたことはないと述べている(なお、Kが渡したというのは一袋であり、No.5の覚せい剤付着のビニール袋二袋のうち少なくとも一袋はKが返した物ではない。)。また、検察官調書(甲五〇等)では、本件当日、被告人からチャック付きビニールパケの覚せい剤をもらい、午前四時ころ池袋周辺で被告人から借りた注射器を使って使用した、その後上野でその注射器等を被告人に持っていってもらったと供述している。
ウ まず、現場でKが降車した時点については、被告人の供述するような動作だけで、Kが本件アトマイザーのほかに注射器や計量器を本件ハンドバッグの中に入れることは不可能である。本件アトマイザーについてみても、本件ハンドバッグ内の本件小物入れに、その開いた口から、ちょうど入ってしまったということはまず考えられない(なお、C証言は本件小物入れの口は閉まっていたという。)。
エ 確かに、渋谷区本町と上野ではKだけが車内に残ったことはあったが(K証言、V証言)、Kが、自分の使った注射器やWの計量器、さらには自分の覚せい剤(本件アトマイザー)を、勝手に被告人のバッグの中に忍び込ませる理由は考えられない。
 すなわち、駐車中の職務質問が心配になって被告人に注射器等を預かってもらったというKの証言は、一応、筋が通っている。被告人に預けて車外に持ち出してもらえば、駐車中に職務質問を受けても発見されないで済む。ところが、車内にある被告人の荷物に注射器等を忍び込ませても、発見されるおそれは残るから意味がない。被告人とKは初対面で、電話等を含めほとんど付き合いのなかった間柄である。本件当日、被告人に長時間付き合わされて、嫌気が差していたかもしれないが、その程度のことで、Kが被告人のバッグ等に本件アトマイザーを忍び込ませて、被告人を罪に陥れる動機は考えられない。しかも、自分が使った注射器や知人の計量器まで被告人の荷物に入れてしまえば、それらはKの管理を離れてしまい、K自身の覚せい剤使用等が発覚するおそれが高くなるのである。
オ 前記イのKの検察官調書(甲五〇等)について検討する。
 Kは、証人尋問において、本件当日、被告人から覚せい剤をもらって注射使用したことは記憶していないと証言したが、取調べのときは取調官から押し付けられたことはなく記憶のとおりに話した、被告人は何をするか分からず怖いとも証言した。Kは、既に本件当日の現場で警察官に対し、「被告人にもらった覚せい剤をやった。注射器も借りた。」と言っており(E証言)、その後も上記検察官調書四通で同じ供述を繰り返している。九月一四日の検察官調書(甲四七)には、自分が使った注射器を被告人に返したとの記載があり、翌一五日に、オレンジ色キャップ付き注射器(No.17)の中の人血の有無及びDNA型、そしてKのDNA型につき鑑定嘱託がなされ、その結果、この注射器をKが使用したことが確認されている(甲九、一〇、一一)。さらに、検察官調書(甲五〇)では、本件当日、Kが被告人を覚せい剤の密売人と考えて行動を共にしていた状況も述べられているが、その内容は、その間にKが知人に送った電子メールの文面と符合している(甲二八のNo.2、7、8、10のメール。なお、前記三(3)のとおり、被告人が覚せい剤の密売人であるとは認められないが、Kからすればそのように見えてもおかしくはない。)。
 これらの点は、上記各検察官調書の信用性を裏付けるものである。
カ ところで、被告人にもらった覚せい剤を使用したのが午前四時ころ池袋周辺であったというKの検察官調書(甲五〇)について、被告人は全面的に否定し、かつ、その時間帯は渋谷区本町のV方前で同人と話していたと供述している。証人Vも、本件当日の深夜から早朝の間に被告人が男性の運転するワゴン車に乗って訪ねてきて、家の前で一、二時間立ち話をしたと証言している。しかし、被告人の携帯電話の通話料金明細(弁三五)によれば、被告人は午前三時三七分、四五分、五五分、午前四時三〇分、四八分、午前五時四八分の六回、Vに電話をかけており、被告人がVに会ったのは早くても午前五時近くなってからであると認められる。この時刻であれば、Kが池袋周辺で午前四時ころ覚せい剤を使用してから、渋谷区本町に行くことは可能であろう。Vに会ったのがもう少し早かったとしても、Kの午前四時ころというのはおよその時刻であるから、時間的に不可能というわけではない。渋谷区本町でVと会ったという点は、K供述の信用性を揺るがすものではない。
キ 一方、被告人は、警察官調書では、上記の注射器と銀色計量器(No.17、19)は自己の意思で本件ハンドバッグの中に入れておいたという趣旨の供述をしていたのであり、その供述は変遷している(前記二(2)ウ④)。
ク 以上の検討によれば、Kの検察官調書又は証言にある、本件当日、被告人から覚せい剤をもらって注射使用したこと(検察官調書)、上記の注射器や銀色計量器は被告人に預かってもらったこと(双方)、Kが本件アトマイザーを本件ハンドバッグに入れたことはないこと(証言)の各点は信用することができる。これに反する被告人の供述は採用できない。
(2) L子について
 被告人は、K車両は調子が悪く走行中に何回もガタンと止まった、そのたびに本件ハンドバッグや本件小物入れがひっくり返って中身が飛び出して、L子が中身を元に戻したことがあった、そのときに車内にあった本件アトマイザーを一緒に入れてしまったのではないかと供述する。しかし、被告人の供述はそのようなことが一〇回もあったなどというもので、にわかに信用し難い内容である。しかも、本件ハンドバッグ内であればともかく、本件小物入れの中に、被告人が述べるような経緯で本件アトマイザーが混入したという可能性はまず考えられない。
(3) Zについて
 被告人は、「七月ころ、知人のZからインターネットオークションにカブト虫やクワガタの幼虫を出品することの代理を頼まれた。Zの家に自分の荷物を置いていたところ、八月後半、Zからオークションで使う物を自分のポーチの中に入れておいたと言われた。その後、Z宅から自分の荷物を持ってきて本件小物入れの中をチラッと見たら、黒いはかりがあるのは分かった。そのほかは分からなかった。Zは覚せい剤をあぶりでやっていると聞いたことがあり、Zが間違えてアトマイザーを入れたのかもしれない。」と供述している。
 Zの関係者が上記のようなインターネットオークションをしていたこと(弁三九)、被告人がZのキャッシュカードを持っていたこと(弁四三)、本件小物入れの中にはピンク色注射器のように変わった外見の注射器があったことなど、被告人が上記インターネットオークションへの協力を頼まれて、関係する品物をZから預かったという点については、一応の根拠がある。しかし、Zが本件アトマイザーを意識的に又は無意識に本件小物入れに入れた可能性を示す事情、例えば、Zが本件小物入れを自分の物として使っていた、被告人に秘かに覚せい剤をプレゼントした、被告人を罪に陥れようとしたというような事情は、被告人の供述からも窺われない。
(4) 以上のほかにも、第三者が被告人の所持品の中に本件アトマイザーを混入させたという事情は窺われない。
五 被告人が本件アトマイザーを隠匿しなかった点
(1) 被告人は、本件翌日、警視庁本部留置施設西が丘分室に収容された際、自己の使用済み注射器が入ったポーチをパンツの下に隠匿所持しているのを発見されたが、それは本件現場でK車両が停止したころに隠匿したものと認められる(甲一四、被告人公判供述)。隠匿した理由につき、被告人は、体内に覚せい剤が入っているかもしれないと思っており、尿検査を受けるのが嫌だったから隠したと供述している。そこで、弁護人は、仮に被告人が本件アトマイザーの存在を認識していたとすれば、それも一緒に隠したはずであるのに、被告人は本件アトマイザーを隠匿せず、所持品検査にも素直に応じているから、その存在を認識していなかったことは明らかであると主張する(Kが被告人に預けたという注射器や銀色計量器についても、被告人はそれらを隠していないから、預かっていないことを示すと主張する。)。
(2) しかし、被告人が所持品検査に素直に応じたかについては、被告人はそのように供述するが、A警察官やC警察官は、被告人はキャバクラに遅刻するなどと言って、すぐには応じなかったと証言しており、必ずしも被告人の供述を前提にできるわけではない。その点は措くとしても、被告人は、その供述によっても、多数のビニール袋(No.3、4、6、11)や黒色及びCDケース型の計量器(No.12、18)を所持していることを自覚していたのであり、それにもかかわらず、それらを隠匿していない。たとえそれらが偽の覚せい剤やかぶと虫の販売用であったとしても、そのような物が発見されれば、それを手掛かりとして、警察官に覚せい剤との関わりを疑われ、腕の注射痕も発見されるなどして、尿検査を求められるおそれがあることは、被告人としても当然分かっていたはずである。
 このように、被告人は、覚せい剤ヘの関わりが疑われるような品物で、かつ所持していることを自覚していた物について、その全てを隠匿したわけではない。
(3) したがって、仮にパトカーに停止を求められた当時、被告人が本件アトマイザーを所持していることを認識していたとしても、緊迫した状況のために、それを隠匿廃棄しようとしてもできなかったか、隠匿廃棄には思いが至らなかったということは十分に考えられる(Kが預けたという注射器及び銀色計量器についても同様である。)。そのほか、もともとは本件アトマイザーを所持していることを認識していたが、本件当時は失念していたこともありうる。
 したがって、被告人が本件アトマイザー等を隠匿しなかったからといって、それは、被告人に本件覚せい剤の所持の故意がなかったことを示すわけではない。
六 結論
 所持の客観的状況から、被告人は覚せい剤の入った本件アトマイザーが本件小物入れないし本件ハンドバッグの中に存在することを知っていたか、それ以前にその存在を認識したという事実が相当程度推認される(前記二)。本件のころの被告人の覚せい剤使用、入手、所持の状況や被告人と覚せい剤使用者、取扱者との交際によれば、被告人には本件覚せい剤の入った本件アトマイザーを、それと知って所持する動機や契機があった(前記三)。第三者がそのような本件アトマイザーを意識的又は無意識的に被告人の所持品の中に混入させたことを窺わせる事情は存在しない(前記四)。これらの点を総合すると、被告人には本件覚せい剤を所持していることの故意があったと認められる。
 なお、捜査段階で本件アトマイザーの指紋採取は行われなかったと認められる。指紋採取が望ましいことは明らかであるが、本件では、当日の所持品検査や写真撮影の過程で、担当警察官によって、ケースを開けてガラス瓶を取り出し、スプレー付きの蓋を外して中を見分するなどの取扱いがなされており、その後に指紋採取が行われなかったことについて、やむを得ない面もあった。指紋不採取の点は上記の積極認定を妨げるものではない。
(本件公訴事実第一についての無罪の理由)
 本件公訴事実第一は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、平成二一年八月中旬ころから同年九月五日までの間に、東京都内又はその周辺において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン又はその塩類若干量を自己の身体に摂取し、もって覚せい剤を使用した。」というものである。
 被告人は、第二二回公判期日までは、上記期間に自己の意思に基づいて覚せい剤を使用したことを認める供述をしていなかったが、同期日の被告人質問において、平成二一年六月ころから覚せい剤を自己使用しており、上記期間に最後に使用したときも自己の意思で注射して使用した、それは多分九月五日(現行犯逮捕当日)の前の日とかで、池袋の漫画喫茶みたいなところで使った気がすると供述した。
 この自白を除くそれ以外の証拠、ないしそれによって認められる事実としては、本件逮捕当時、被告人の両腕に多数の注射痕が存在したこと(甲二〇の写真)、被告人がストローと自己の血液が付着した注射器を隠し持っていたこと(甲一四ないし一七。ただし、それらに覚せい剤が付着していたという鑑定等の証拠はない。)、被告人は覚せい剤が付着したビニール袋二袋と判示覚せい剤が入った本件アトマイザーを所持していたこと、Kは九月五日に被告人から覚せい剤をもらって使用したと供述し、同人の尿の簡易検査の結果、覚せい剤の陽性反応が認められたことなどが存在する。これらは、上記の期間、被告人が覚せい剤を取り扱っていたことを示すものであり、その限度で上記自己使用に係る自白の真実性を裏付けるものではある。
 しかし、当裁判所は、被告人の体内に覚せい剤が摂取されたことを直接立証する被告人の尿の鑑定書につき、平成二三年三月一五日付け証拠決定により、尿の採取手続に重大な違法があるとして、検察官の同鑑定書の取調べ請求を却下した(その理由は同日付け決定書のとおり。なお、同鑑定の結果に言及した鑑定人Iの証言も証拠から排除した。)。そうすると、被告人が上記の期間に現実に自己の体内に何らかの異物を摂取したかどうか(例えば、被告人の注射痕についても、その生成の時期は不明である。)、仮に何らかの異物を摂取したとして、それが覚せい剤であったかどうかについて、上記自白の真実性を保障するに足りる補強証拠は存在しないというべきである。検察官は、被告人の上記自白のほか、被告人の尿の鑑定結果以外の上記証拠関係等(他に被告人の携帯電話のメールも援用する。)により証明十分であると主張するが採用できない。
 よって、本件公訴事実第一については犯罪の証明がないので、刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡しをする。
(法令の適用)
罰条 覚せい剤取締法四一条の二第一項
未決勾留日数の算入 刑法二一条
(本件では、被告人に対し、無罪部分である公訴事実第一の事実について平成二一年九月二七日以降勾留がなされたが、有罪部分である公訴事実第二の事実については、同月八日から同月二五日まで起訴前の勾留があったほかは勾留がなされていない。しかし、両事実は同一の起訴状で同年一〇月一五日に起訴され併合審理されてきたものであって、公訴事実第一の事実に係る勾留による身柄拘束の効果は、現実には有罪部分の事実の審理についても及んでいた。そこで、無罪とした公訴事実第一の事実による勾留日数も有罪とした判示事実の勾留日数として計算することとし〔執行猶予取消しに係る刑の執行が開始した平成二二年一二月二四日以後の勾留は除く。〕、有罪部分の捜査・審理に要した期間を勘案して、未決勾留日数中三七〇日を本刑に算入することとした。)
訴訟費用不負担 刑事訴訟法一八一条一項ただし書
(量刑の理由)
 被告人には覚せい剤取締法違反罪(自己使用)による懲役一年六月、三年間執行猶予付保護観察の前科(平成一九年一二月宣告)があること、本件に関する被告人の上記供述状況、被告人が覚せい剤との絶縁と更生を誓っており、援助者も現れたこと、上記執行猶予が取り消されたことなどを総合して、主文の刑を定めたものである。
 よって、主文のとおり判決する。
(検察官白坂裕之、同加部剛志、国選弁護人松尾剛行 各出席)
(求刑 懲役二年六月)
(裁判長裁判官 半田靖史 裁判官 安藤範樹)
 裁判官岩田澄江は、差し支えのため署名押印することができない。
(裁判長裁判官 半田靖史)

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