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覚せい剤横浜2

横浜地方裁判所判決/平成20年(わ)第199号、平成20年(わ)第1909号

主文

 被告人を懲役1年8月に処する。
 未決勾留日数中110日をその刑に算入する。
 覚せい剤取締法違反の公訴事実につき被告人は無罪。

理由

(犯罪事実)
 被告人は,「A株式会社」(本店所在地・横浜市泉区以下略)に鉄筋工として雇用されていたが,同社の代表取締役であるBらと共謀の上,平成19年10月16日に被告人運転の普通乗用自動車がC運転の普通貨物自動車と衝突する交通事故が発生したことを利用し,上記Cとの間で総合自動車保険契約を締結していたD株式会社から休業補償名下に保険金を詐取しようと企て,真実は,被告人において,「A株式会社」を,上記交通事故による負傷を原因として,別表1記載のとおり,同月25日及び平成20年1月19日から同年2月9日までの間のうちの19日間の合計20日間につき,休業していた事実はないのに,これあるように装い,平成19年12月上旬ころ及び平成20年2月上旬ころの2回にわたり,同市中区以下略D株式会社首都圏損害サービス第3部神奈川サービスセンターあてに,上記「A株式会社」作成名義の内容虚偽の休業損害証明書を郵送するなどして提出し,上記保険契約に基づく休業補償の支払を請求し,同サービスセンター賠償主任Eらをしてその旨誤信させ,よって,同人らをして別表2記載のとおり平成19年12月12日及び平成20年2月19日の2回にわたり,株式会社横浜銀行横浜駅前支店に開設されたF名義の普通預金口座(口座番号○○○○○○○)に上記20日間分の休業損害金合計32万円を含む合計102万4000円を振込送金させて,上記32万円を詐取し,人を欺いて財物を交付させた。
(証拠〔括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カード記載の検察官請求番号を示す。〕)
被告人の公判供述
被告人の検察官調書2通(乙19,20)
B(甲42),G(謄本,甲44)の各検察官調書
Hの検察官調書(甲45),警察官調書(甲46)
E(甲35),I(甲40)の各警察官調書
「供述調書(乙)の訂正について」と題する捜査報告書(甲36)
電話聴取書(甲37)
捜査報告書2通(甲38,39)
履歴事項全部証明書(甲41)
(覚せい剤取締法違反の公訴事実について)
 本件覚せい剤取締法違反の公訴事実は,「被告人は,法定の除外事由がないのに,平成19年12月下旬ころから平成20年1月4日までの間に,神奈川県内又はその周辺において,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン又はその塩類若干量を自己の身体に摂取し,覚せい剤を使用した。」というものである。
1 前提事実と弁護人,被告人の主張
 任意提出書,領置調書,鑑定嘱託書謄本,鑑定書(甲1ないし4)によれば,被告人が,平成20年1月5日午前1時ころ,神奈川県瀬谷警察署の便所において排泄し,同日,同警察署司法警察員に対して任意提出した被告人の尿中から覚せい剤成分が検出された事実が認められる。
 被告人は,捜査,公判を通じて,被告人の尿中から覚せい剤成分が検出されたのは,被告人が平成20年1月4日にJ(以下「J」という。)から譲り受けた錠剤(以下「本件錠剤」という。)を,覚せい剤であることを知らずに服用したことが原因であり,それ以外に思い当たるものはないと弁解し,弁護人もこの供述に沿って,被告人には覚せい剤使用の故意がなく,本件覚せい剤取締法違反の公訴事実については,被告人は,無罪である旨主張している。
 覚せい剤は厳しく取り締まられている禁制品であり,これが,日常の社会生活の過程で,偶然の事情によって,人の体内に摂取されてしまうことは通常あり難いことであるから,人の尿中から覚せい剤成分が検出された場合には,上記のような偶然の事情等の特段の事情がない限り,その者が自己の意思で何らかの方法により覚せい剤を自己の身体に摂取したものと事実上推認される。
 そこで,以下,被告人が平成20年1月4日に本件錠剤をJから譲り受けて服用した事実があったか否か,尿中から覚せい剤成分が検出されたことのほかに,被告人と覚せい剤の結びつきを示す事実があるか否か,被告人の弁解する事実が,上記の推認を覆すに足りるものであるか否かを検討する。
2 被告人が平成20年1月4日にJから譲り受けた錠剤を服用した事実があったか否かについて(1) Jの供述
Jは,公判において,証人として,本件錠剤を服用した経緯として,以下のとおり供述している。
 Jは,平成19年11月か12月ころ,東京都新宿区歌舞伎町で路上を通行中に,年齢40歳くらいの中東風の外国人から,バイアグラどうだいみたいな感じで声を掛けられ,一旦断ったものの,買うことになり,2錠を8000円くらいの代金で買った。Jは,当時居住していた鶴ケ峰の自宅に帰った日の翌日か翌々日ころに,本件錠剤を,テレビ台の横の色々な物を置いていた場所に置いた。Jは,本件錠剤を購入した後である同年12月ころ,鶴ケ峰から西川島町に転居したが,転居後も本件錠剤を同じ場所に置いていた。Jは,平成20年1月4日,自宅で,被告人と酒を飲んでいたとき,風俗に行こうという話になり,本件錠剤をテレビ台の横のところから取り出して,被告人にそのうちの1錠あげ,それぞれが1錠ずつを飲んだ。Jは,それを飲んだ後,眠気が飛び,頭がさえるなどの変化は何もなかった。Jは,その後しばらくして眠ってしまい,深夜,目が覚めたときは,被告人は既にJ方にいなかった。本件錠剤は,菱形みたいな形で,色は青っぽい水色,長辺の長さが約1ないし1.5センチメートル,短辺の長さが約0.5ないし1センチメートル,厚さは1センチメートルなかった。
(2) 被告人の供述
被告人は,公判において,本件錠剤を服用した経緯として,以下のとおり供述している。
 被告人は,平成20年1月4日,午後3時ころ,Jと二人で飲酒するつもりで,J方に行った。Jは,既に飲酒していた。被告人は,午後3時ころから午後4時15分か20分ころまでの間に,発泡酒の350ミリリットル缶を一本,焼酎「眞露」又は「鏡月」を水割りで7,8杯,ロックで7,8杯飲んだ。その途中で,風俗に行くという話になり,Jが,ちんぽが元気になる薬があると言って,本件錠剤を渡してきた。被告人とJは,本件錠剤をそれぞれ1錠ずつ飲んだ。被告人には,それを飲んだ後も,性器が勃起するなどの作用は現れず,Jと,効かないねなどと話した。その後,被告人は,午後4時15分か20分ころには,眠ってしまい,午後10時か11時ころ目が覚め,Jを起こそうとしたが起きなかったことから,ラーメンを食べに行くために,J方を出た。本件錠剤は菱形のような形であり,色は青と水色の中間,大きさは1センチメートルはなく8ミリメートルくらいだった。
(3) 両名の供述の信用性と被告人がJから錠剤を貰って服用した事実の存否
 Jの供述は,本件錠剤の入手経過について,そもそも,歌舞伎町で中東風の男から声を掛けられて買ったなどというのは,薬物事犯において真実の入手先を隠蔽するために行われる虚偽供述の典型ともいうべきものである上,買った場所が歌舞伎町のどの辺りであるかについても曖昧であり,当初は断っていたのに買うことにした点についての供述内容も曖昧である。Jの供述によれば,Jは,それ以前に,繁華街で薬物を買った経験もないし,声を掛けられた経験もなかったというのであるから,真実,Jに,その供述するような薬物を購入した経験があったというのであれば,それは,Jにとって極めて特異な経験であったことになるから,その経過に関する記憶は鮮明であってしかるべきであるのに,上記のように,その経過に関する供述内容が曖昧であることは,Jに,その供述するような経験がなかったのではないかとの疑いを生じさせる。さらに,Jの供述は,被告人とともに,風俗に行くという話になったことから,8000円の代金で購入した本件錠剤を服用したのに,その後二人とも寝込んでしまい,風俗に行くこともなかったという点において,奇妙に現実感を欠く不自然なものであるといわざるを得ない。Jの供述がそのような不自然な供述内容になったのは,上記のような錠剤を服用したことがあるという供述をした場合には,その錠剤の薬理作用の効果がどのようなものであったかを供述する必要に迫られるが,真実はそのような錠剤を服用した経験がなく,薬理作用の効果について供述することが不可能であるために,薬理作用の効果に関する供述を回避しようとしたことに原因があるのではないかとの疑いを払拭できない。以上によれば,Jの供述の信用性には疑わしい面があることを否定できない。
 被告人の供述も,風俗には行かずに二人とも寝込んでしまったという点で不自然であることは,Jの供述と同様である。さらに,被告人の供述は,飲酒時間と飲酒量の関係で不自然,不合理極まりなく,その信用性は乏しいといわざるを得ない。
 被告人がその尿を警察に提出したのは,1月5日の午前1時ころであり,被告人が覚せい剤使用の被疑事実で通常逮捕されたのは1月18日であって,被告人とJは同じ職場に勤務する同僚として親しい間柄にあったから,被告人とJがいわゆる口裏合わせをしようとすれば,そのためには十分な時間があったということができ,両名の供述が口裏合わせの結果である可能性も否定できない。
 しかし,両名の供述は,上記のように,その信用性に疑わしい点は残るものの,その供述内容そのものは全くあり得ないような事柄のものではなく,それなりの合理性を有し,主要な部分において両名の供述が符合しているのであるから,被告人がJから貰った錠剤を服用した事実が存在するとの合理的な疑いを生じさせるに足りないほどに信用性を欠くものではなく,なお,両名の供述によれば,上記の事実が存在したのではないかとの合理的な疑いは残るものといわざるを得ない。
3 被告人と覚せい剤の結びつきを示す事実の存否
 検察官は,被告人と覚せい剤の結びつきを示す事実として,①被告人が平成20年1月4日深夜覚せい剤使用を疑わせる症状を呈していたこと,②被告人の使用する携帯電話の発信,通話履歴に覚せい剤の密売の受付に使用されていた電話番号があること,③被告人が覚せい剤の密売をしていた人物から覚せい剤を購入していたことの各事実が存在すると主張する。以下,各事実の存否について検討する。
(1) 被告人が平成20年1月5日に瀬谷警察署まで任意同行された際の状況
 証人Kの公判供述,同人作成の平成20年1月5日付け任意同行報告書(不同意部分を除く,甲5)によれば,以下の事実が認められる。
 氏名不詳の一般人は,平成20年1月4日の夜,横浜市瀬谷区東野台29番地1県立瀬谷高校南側の林内において,車幅灯が点滅し,アラームが鳴ったままの状態で停車している普通乗用自動車を発見し,不審に思って110番通報した。神奈川県瀬谷警察署の地域課幹部は,同日午後11時30分ころ,同警察署目黒交番勤務の同警察署巡査部長Kに対し,上記通報があったので至急現場に向かえとの指令をした。Kは,交番用原動機付自転車に乗車して,現場に向かい,同日午後11時45分,同所に到着した。Kは,同所付近の林間に,車幅灯が点滅し,アラームが鳴ったままの状態で停車している上記の普通乗用自動車(横浜○○○・の・○○○○号,ホンダ・オデッセイ,白色)を発見し,懐中電灯で照らしながら,同車に近づいて行ったところ,運転席に人が座っていたが,その人物は,ぼうっとした状態で運転席に座っており,Kが接近して行ったのにも気付いていない様子で,Kがもしもしなどと声をかけても約5秒間は同じ状態であり,Kがさらに声をかけたところ,ようやく我に帰り,慌てた様子で運転席から勢いよく降車してきた。その人物は被告人であった。Kが職務質問を開始したところ,被告人は,落ち着かない様子で,頭部から多量の発汗があり,Kが懐中電灯で照らしたところ,被告人の頭部から湯気が立ち上るのが視認できる状況であり,飲み物を何回も飲むなどの状況にあった。Kは,被告人から酒臭を感じることはなく,被告人が酒気を帯びた状態であるとは認識せず,飲酒検知を実施する必要性を感じなかった。Kは,被告人に,免許証の提示を求めて,無線で,本署の地域課幹部に氏名と車両照会をしたところ,被告人に前科・前歴があり,覚せい剤使用の前歴があることが分かった。Kは,留置管理課に勤務した経験が8年半あり,管理係員,護送勤務員として覚せい剤使用事犯の被疑者を多数見てきた経験があり,被告人の落ち着かない様子,しきりに飲み物を飲む様子から覚せい剤使用事犯の被疑者との共通性があると認識し,さらに被告人に覚せい剤の前科があることから,被告人が覚せい剤を使用しているのではないかとの疑いを持ち,被告人に覚せい剤を使用したのではないかと尋ねたところ,被告人は使ってませんと答えた。その後,本署から,応援の専務員が到着し,被告人の承諾を得て,所持品検査とオデッセイの車内の検索を実施したが,不審物の発見には至らなかった。結局,警察官らは,被告人に覚せい剤使用の容疑があると判断して,被告人に瀬谷警察署への同行を求めたところ,被告人はそれを承諾し,自ら捜査車両に乗り込んで,瀬谷警察署に赴いた。被告人は,瀬谷警察署において,警察官らの求めに応じて,尿を任意に提出した。
 被告人は,以上の経過に関して,被告人は,J方で目が覚めた後,腹が減っていたので,瀬谷にあるラーメン店に行こうとしてオデッセイを乗り出したが,瀬谷高校付近まで来たところで,腹が痛くなり,瀬谷高校付近の林の中で大便をしてしまおうと考えて上記の場所付近の道路に進入したが,対向進行してきたバイクに道を譲ろうとしてハンドルを切ったところ,林の中にオデッセイを乗り入れてしまい,大便をしようとして下車した際に,足下が悪かったために,オデッセイに手をついてしまってオデッセイの盗難防止装置が作動し,アラーム音が鳴るなどし始めたものの,それを停止させるスイッチを持参していなかったことから,アラーム音等を止めることができず,困っていたところに警察官が来たなどと弁解している。確かに,謄本作成報告書(甲6)によれば,被告人が午後11時24分ころと午後11時37分ころに携帯電話を使用した事実が認められ,被告人がアラーム音を停止させるべく行動していた事実は認められる。しかし,上記に認定したとおり,被告人は,Kが懐中電灯で照らしながらオデッセイに近づいてきているのに気付かず,Kが声をかけても,なお約5秒間はそれに気付いていなかったし,真冬の深夜であるのに,頭部から多量の発汗があり,頭部から湯気が立ち上るのが視認できる状況にあり,落ち着かない様子であった事実が認められる。また,Kの公判供述によれば,オデッセイが止まっていた場所は,道に迷ってふらっと入ってしまうような場所ではないことが認められる。
 従って,被告人の弁解は信用できず,被告人は,覚せい剤の薬理作用が現れたと窺える状況にあった事実が認められる。
(2) 被告人の使用する携帯電話の発信,通話履歴に覚せい剤の密売の受付に使用されていた電話番号があること
 被告人が使用していた携帯電話(○○○-○○○○-4000番〔以下「4000番の電話」という。〕)の発信履歴の平成20年1月4日分に,被告人が尿を任意提出した時刻(平成20年1月5日午前1時ころ)の約7時間前である午後5時16分から午後6時31分ころまでの間に,4回にわたって,○○○-○○○○-7470番(以下「7470番の電話」という。)に対する発信,通話歴が記録されている(謄本作成報告書・甲6)。また,4000番の電話の通話記録には,平成19年12月19日23時33分06秒,同日23時45分15秒にも,7470番の電話に対する通話記録がある(謄本作成報告書・甲6)。
 証人L,同Mの各公判供述及び捜査報告書2通(甲22〔抄本〕,24)によれば,7470番の携帯電話は,4000番の電話への1月4日分の通話記録のある時間帯において,覚せい剤の密売の受付の電話として使用されていたことが認められる。
 そこで,1月4日午後5時16分から午後6時31分ころまでの7470番の電話に対する電話を架けた者が被告人であるといえるかについて検討する。一般的に,携帯電話機は本来の使用者が使用するものであり,ある人物の使用する携帯電話に記録のある発信,通話はその携帯電話機の本来の使用者が架けたものである可能性が高い。
 この点について,被告人は,捜査段階においては,1月4日の7470番の電話に対する発信,通話が被告人が架けたものであることを前提にして,7470番の電話が誰の電話であるかを思い出そうとしているが,どうしても思い出すことができない旨を一貫して供述し(被告人の平成20年2月4日付け検察官調書・乙4,同月7日付け検察官調書・乙5,同月8日付け検察官調書・乙6),7470番の電話を知った経緯についても思い出すことができないと供述していたが,公判においては,被告人は,その時間帯には,J方で寝込んでいたから,被告人が7470番の電話への電話を架けた事実はなく,当時,J方には,被告人のほかにはJしかいなかったから,その電話を架けたのはJではないかなどと供述している。
 そこで,何故,被告人が捜査段階において,7470番の電話に対する発信,通話が被告人が架けたものであることを前提にする供述をしていたかの原因について検討する。被告人の公判供述によれば,被告人が,捜査段階において,起訴検察官から,7470番の電話が覚せい剤の密売の電話番号であると断定的に聞かされた時期は,2月4日,あるいは,延長後の勾留期間満了の日の前日である2月7日であったと窺え,さらに,弁護人も,被告人が7470番の電話に対する発信,通話をしたのが被告人であることを前提にする供述をしていたことに従って,被告人に対して,7470番の電話の相手が誰であったかを思い出すようにという助言をしていたことが認められる。
 謄本作成報告書(甲6)によれば,4000番の携帯電話の発信,通話履歴には,上記の1月4日の4回にわたる7470番の電話に対する発信,通話に先立つ午後4時42分23秒に1回,7470番の電話に対する発信,通話の3回目と4回目の間に,午後6時16分32秒,午後6時19分57秒,午後6時30分50秒の3回,4回目の7470番の電話に対する発信,通話の後である午後6時32分33秒,午後6時35分05秒の2回の合計6回の○○○-○○○○-5465番の電話(以下「5465番の電話」という。)に対する発信,通話記録があることが認められる。証拠上,5465番の電話は被告人の勤務先の部下であるNが使用する電話であると認められるが,被告人は,2月7日までは,5465番の電話は,被告人の勤務先の社長であるBが使用する電話であると認識していた事実が認められる。
 被告人が7470番の電話が覚せい剤の密売の受付の電話であることを知っており,7470番の電話に電話を架けたという具体的な記憶があった場合,被告人は,犯行を否認しているのだから,それを貫こうとするのであれば,当初から,その電話は自分が架けたものではないという供述をするのが自然である。もちろん,そのような場合でも,被告人が,上記のとおり,問題の7470番の電話に対する発信,通話と同じ時間帯に,被告人の知人の電話であることが明らかな5465番の電話に対する発信,通話履歴があることから,7470番の電話に対する発信,通話をしたのが自分であることは否定しがたいと考え,かつ,捜査機関に7470番の電話が覚せい剤の密売の受付の電話であることが発覚していることはない又は発覚することはないと高を括って,7470番の電話に対する発信,通話をしたのは自分であるという供述をすることも考えられないではない。しかし,後者のような供述は,いわば自分で外堀を埋めるような不利な供述であり,もし,捜査機関に7470番の電話が覚せい剤の密売の受付の電話であることが発覚していた場合又は発覚した場合には,のっぴきならない事態に追い込まれるから,犯行を否認しようとする「真犯人」にとっては,危険に過ぎる供述であって,容易になし得る供述ではないということができる。
 一方,被告人が7470番の電話が覚せい剤密売の受付電話であることを知らず,自分が7470番の電話に電話を架けたという具体的な記憶がない場合でも,当日の携帯電話の使用時間等具体的な行動を思い出せないときには,自分の携帯電話に発信,通話履歴がある場合には,それは自分が架けたものだとと(ママ)いう単純な発想によって,7470番の電話への発信,通話を行ったのは自分であると考え,被告人の知人の電話であることが明らかな5465番の電話に対する発信,通話履歴についても,同様にその発信,通話をしたのは自分であると考え,その結果,それと同じ時間帯にある7470番の電話に対する発信,通話をしたのは自分であるとの考えを強め,そのように思いこむというのは極めて自然な成り行きであるということができる。すなわち,被告人が7470番の電話への発信,通話を行ったのは自分であると思いこみ,被告人,弁護人がそれを前提にして,その7470番の電話の相手が誰であったかを思い出そうとする行動をとっていたという客観的事実は,被告人がその番号が何であるかを知らなかったことの証左であるということになる。
 以上のとおり,被告人が捜査段階において,7470番の電話に対する発信,通話が被告人が架けたものであることを前提にする供述をしていたことの原因には,上記のような2つのケースが考えられるのであるが,本件がそのどちらに該当するかを断定するのは困難である。本件が前者のケースであり,被告人が5465番の電話に対する発信,通話履歴の存在と捜査機関の力量に対する過小評価から,7470番の電話に対する発信,通話をしたのは自分であるという供述をした可能性はなくはないが,既に,説示したように,それは,被告人にとって,あまりに不利かつ危険であって,容易になし得るものではないから,前者のケースである可能性は小さいといわざるを得ない。これに対して,後者のケースは素直,自然かつ合理的であるから,本件が後者のケースである可能性は,前者のケースより大きいということができる。従って,7470番の電話に対する発信,通話をした人物は被告人ではないという強い疑いが存在すると認定することができる。
 被告人の公判供述によれば,被告人の実母が,被告人が逮捕された1月18日に,4000番の携帯電話機を警察に持参し,警察がそれを押収した事実が窺えるが,4000番の携帯電話機のアドレス帳,メモリーなどに7470番の電話番号が登録されていたことを窺わせる証拠は存在しない。もとより,被告人が尿を任意提出したのが1月5日であって,4000番の携帯電話機が任意提出されるまでの間には,携帯電話機の登録内容を消去する「罪証隠滅」を行う十分な時間的余裕があったということになるから,4000番の携帯電話機に7470番の電話番号の登録がなかったという事実が,被告人が7470番の電話に電話をしたか否かということに対して,それほど大きな証拠価値を有するものといえないことは否定できない。しかし,なお,この事実には,被告人が7470番の電話に電話をしたか否かということに対して,小さいながらも証拠価値を有するといえるのであって,この事実をもって上記認定を若干補強することができることは明らかである。
 なお,証人Lの公判供述によれば,Lは,捜査機関に対して,既に,平成19年9月の時点において,7470番の電話が覚せい剤の密売の受付の電話であることを供述し,L使用の携帯電話機を確認するなどした上で,その旨の警察官調書が作成されていた事実,本件起訴検察官が,平成20年2月7日に,横浜拘置支所に受刑者として収容中のLを訪ねて取調を行い,上記のLの警察官調書を参照するなどして,7470番の電話が覚せい剤の密売の受付の電話であることを確認した上で,その旨の検察官調書(検察官請求番号甲7)を作成した事実が認められる。これに照らせば,捜査機関は,早い時期から,7470番の電話が覚せい剤の密売の受付の電話であることを把握していたことが認められる。そして,捜査機関は,株式会社Oが「料金明細内訳書」を発行した平成20年1月29日から謄本作成報告書(甲6)の作成日である平成20年2月1日までの間に,被告人の使用する4000番の携帯電話の発信,通話履歴の中に,既に覚せい剤の密売の受付の電話であることを把握済みである7470番の電話に対する発信,通話履歴が存在する事実を把握したことが認められる。一方,被告人の公判供述によれば,捜査機関は,4000番の携帯電話の発信,通話履歴中の7470番の電話に対する発信,通話履歴に関する取調において,その取調期間の前半においては,被告人に対し,7470番の電話が覚せい剤の密売の受付の電話であることを告げずに取調を行い,その期間の後半において,そのことを告げた上で取調を行ったことが窺える。捜査機関がそのような取調方法を採った理由が,被告人から可及的に自発的な供述を引き出そうとしたことにあったとすれば,それは相当な取調方法であると評価できるが,そうではなく,殊更に,7470番の電話が覚せい剤の密売の電話であることを秘匿し,被告人から7470番の電話に電話を架けたのが自分であるとの供述を引き出して,いわば外堀を埋めた上で,7470番の電話が覚せい剤の密売の受付の電話であることを明らかにして被告人を追及し,自白を引き出そうとしたことにあったとすれば,それは,相当ではない取調方法であるといわざるを得ず,その結果,上記認定のような訴追側に不利な結論がもたらされることになっても,やむを得ない。
 以上のとおり,被告人が使用していた4000番の携帯電話の発信,通話履歴には,平成20年1月4日午後5時16分から午後6時31分ころまでの間に,4回にわたって,覚せい剤の密売の受付の電話である7470番の電話に対する発信,通話履歴が記録されている事実が存在するものの,この発信,通話履歴に対応する電話を架けた人物は被告人ではないという強い疑いが存在する。
(3) 被告人と覚せい剤密売人との接触の有無
ア P(以下「P」という。)の供述の内容
Pは,公判において,証人として,以下のとおり供述している。
 Pは,平成20年7月23日に覚せい剤取締法違反の罪により有罪判決を受けた。Pは,平成19年11月ころから平成20年3月ころまでの間,覚せい剤の密売をしていた。密売方法は,客から電話で注文を受ける者がいて,その者の指示で,Pが客に覚せい剤を渡しに行くというものだった。Mも客の1人だった。Pは,自分の事件の起訴後,瀬谷署の警察官から写真台帳(甲25)を見せられ,「知ってる者はいるか。」と尋ねられたが,12枚の写真のうち,2人に見覚えがあった。Pは,そのうちの1人が覚せい剤の客だと確実に言うことができ,それが被告人であった。Pは,被告人の特徴を,丸顔で目の下にほくろがあること,いつもジャージやスウェットといった楽な格好をしていたことによって把握していた。Pが被告人に覚せい剤を売った回数は,1回ではなく複数回であり,10回までは行っていないとは覚えているものの,何回であったかは分からない。Pが被告人に覚せい剤を売った時期,場所は覚えていない。Pが平成20年1月4日に被告人に覚せい剤を売ったかどうかは分からない。Pは,被告人の頭髪は長さが5センチメートルくらいであったと記憶している。密売の客の中には,自動車で覚せい剤を買いに来る者もいて,被告人が自動車で覚せい剤を買いに来たことはあったと思うが,被告人がその時に乗っていた自動車の色は黒っぽかったように思う。密売の指示をしてくる者から,客が乗っている自動車のナンバーや特徴を教えられたことはあるが,きりのいい数字のナンバーの自動車に乗ってきた客は覚えていない。平成20年1月4日にMに覚せい剤を売ったかどうかは覚えていない。Pは,自分の事件で勾留中に,取調を担当していた伊勢佐木署の警察官に対して,自分が密売をやっていたことを正直に話し,警察官から,この中に密売の客はいないかということでいろいろな写真帳を見せられたが,見覚えのある者は一人もいなかった。Pは,証言中に,自分の覚せい剤の密売の客を思い出そうとしても一人も思い出せない。
イ Pの供述の信用性
Pの供述には全く信用性がない。
 Pの供述は,覚せい剤密売の組織,方法等に関しても曖昧であるが,何より目立つのは,自分のしていた覚せい剤の密売の客に関する供述回避の姿勢が強固であることを明白に看取することができることである。すなわち,Pは,自分の事件で勾留中に,取調を担当していた伊勢佐木署の警察官に対して,自分が密売をやっていたことを正直に話したというにもかかわらず,本件の証人尋問においては,当初は,これまでの自分,他人の事件に関する取調の中で警察から見せられた写真は甲25号証の写真台帳だけであるなどと不自然,不合理な供述をし,裁判所からその点を追及されるや,伊勢佐木署の警察官から,密売の客はいないかという観点からいろいろな写真帳を見せられたことを認めるに至ったものの,なお,その中には,覚せい剤の密売の客だと特定できる者は一人もいなかったなどと供述し,さらには,自分の覚せい剤の密売の客を思い出そうとしても一人も思い出せないなどと供述している。一方,Pが被告人を特定する原因となった被告人の特徴として供述するものは,丸顔で目の下にほくろがあること,いつもジャージやスウェットといった楽な格好をしていたことであるところ,そもそも,覚せい剤を買うのに,楽な格好でない格好をしてくる者は少ないと思料されるから,楽な格好をしていたことが覚せい剤の密売の客の特定の要素となりうるのか疑問であるが,それを措いても,真実,Pが,丸顔,目の下のほくろ,楽な服装程度の乏しい要素で被告人を特定できたというのなら,Pがほかにも多数の客を特定できて然るべきところ,上記のとおり,M以外の客は思い出すことさえできないなどと言うのであり,Pの供述には完全な矛盾がある。すなわち,Pは,自己の覚せい剤の密売の客に関しては,強固な供述回避の姿勢を示す供述をする一方で,被告人を特定することに関しては,具体的な根拠が希薄であるにもかかわらず,その結論のみを断定的に供述しているのであり,後者の供述は,自分の覚せい剤の密売の客全体に関する供述から著しく突出したもので,不自然極まりなく,著しい作為性が認められるのであって,その供述は,この点で信用できない。
 のみならず,Pの供述は,被告人に対する覚せい剤の密売の回数,時期,場所等に関しては,極めて曖昧であって,被告人を特定する供述が断定的であるのと対比して不自然であり,真実,Pが被告人に覚せい剤を密売した事実があるのか疑わしい。また,Pが供述するところの,被告人の頭髪の状況は,被告人には頭髪が殆どないという客観的事実に明らかに反するし,被告人が乗っていたという自動車の色,ナンバーに関する供述も,前記2に認定したように,被告人が使用していた自動車は白色であり,そのナンバーも4000番というきりのいい数字であるという客観的事実に反している。
 検察官は,Pの被告人を特定する過程には,捜査官による誘導的なものはなかったから,Pの供述は信用できるなどと主張しているが,上記に説示したように,Pが被告人を特定できる根拠の存在自体が疑わしいのであるから,検察官の主張は無意味であるというほかはない。
 以上のとおり,Pの供述は全く信用できず,被告人がPから覚せい剤を購入していた事実を認定することはできない。
(4) 被告人と覚せい剤の結びつきを示す他の事実の不存在
ア 被告人の任意同行に先立つ所持品検査,オデッセイの車内の検索の結果
 前記3(1)に認定したように,被告人の瀬谷警察署への任意同行に先立ち,瀬谷高校南側敷地内において,最初に現場に臨場したKに引き続いて応援に到着した専務員が,被告人の承諾を得て,任意に,被告人の所持品の検査とオデッセイ車内の検索を実施したが,不審物は発見されなかった事実が認められる。
 仮に,被告人が自己の意思によってその体内に覚せい剤を摂取したとすると,前記3(1)に認定した被告人の当時の状況からすると,被告人の体内に覚せい剤が摂取されてから上記所持品検査等が実施された時までの経過時間は短時間である可能性が大きく,また,当時の被告人のぼうっとした状況からすると「罪証隠滅」も容易でない状態であり,被告人の所持品,オデッセイの車内に,覚せい剤摂取の痕跡が残存している蓋然性が高い状況にあったということができる。確かに,本件において実施されたのは,任意の所持品検査,車内検索であり,強制捜査である捜索差押えほどには徹底して行われた訳ではなく,覚せい剤摂取の痕跡を見落とした可能性もある。
 しかし,上記のような状況にもかかわらず,覚せい剤摂取の痕跡が何も発見されなかった事実からは,被告人と覚せい剤との結びつきのなさを窺わせる事情であることは否定できない。
イ その他の事実の不存在
 被告人の住居,使用車両等から覚せい剤使用器具である注射器,吸入用具は発見されておらず,そのほか覚せい剤使用事犯において発見されることの多い空パケ,電子秤等は発見されていない。また,判決書謄本(乙11)によれば,被告人が覚せい剤を使用する方法は注射であると認められるが,被告人の身体に注射痕があった事実も認められない。
 確かに,被告人の尿の任意提出の日は1月5日であり,被告人の通常逮捕の日は同月18日であるので,その間に注射器等を廃棄するなどの「罪証隠滅」を行う十分な時間的余裕があったということになるから,上記のような物が発見されなかった事実が,被告人と覚せい剤の結びつきがあるか否かということに対して,それほど大きな証拠価値を有するものといえないことは否定できない。しかし,なお,この事実には,被告人と覚せい剤の結びつきの存否に対して,小さいながらも証拠価値を有するといえるのであって,この事実からは,被告人と覚せい剤の結びつきのなさを窺うことができる。
4 本件錠剤に覚せい剤成分が含有されている合理的疑いの存否
(1) 本件錠剤の形状等
ア Jの供述
Jは,公判において,証人として,本件錠剤の形状等について,以下のように供述している。
 本件錠剤は,形状は,だ円形というか,菱形っぽい,ラグビーボールのような形,色は青っぽい水色で,その,大きさは,縦が1センチメートル程度とか,1.5センチメートル,横が5ミリメートルとか,1センチメートルいかないぐらいの感じ,幅が1センチメートルなかった,ファイザーと読めるアルファベットの刻印があったが,何時それに気付いたかは分からない,普通の風邪薬の押して出すみたいな銀色みたいなパッケージに入っていた,資料作成報告書(甲10)の真正のバイアグラの写真を見せてもらったが,こんな感じである,パッケージの状態は,資料作成報告書(甲10)添付の2枚目の写真の真正のバイアグラの5列1シート分のうちの下一列の2錠分のような状態だった,Jは,自分が買った物は,資料作成報告書(甲10)の写真にある真正のバイアグラとまるっきりこのとおりだと思っている。
イ 被告人の供述
 被告人は,公判において,本件錠剤の形状等について,以下のように供述している。
 本件錠剤の形状は,丸みを帯びた菱形で,長さが8ミリメートルから1センチメートル,厚みが4ミリから5ミリメートル,水色と青色の中間くらいの色であり,表面の刻印は,1文字か2文字で,3文字以上ではなく,「K K」の2文字だったと思うが断言はできない,「pfizer」であれば6文字であるから,そのくらい長ければ読めるはずであるが,そのようには書いてなかったと思う。
ウ 両名の供述の信用性
 本件錠剤に関する両名の供述内容は,大きさに差異があるものの,形状,色の点については合致している。なお,証人Qの公判供述によれば,真正のバイアグラは,日本において剤型が承認されているもので2種類があり,成分であるシルデナフィル含有量25ミリグラムタイプが9.3ミリ,6.8ミリ,3.4ミリであり,50ミリグラムタイプが11.3ミリ,8.2ミリ,4.4ミリであり,いずれも表面に「pfizer」の刻印が,裏面に「VGR」の刻印とその横に並んでシルデナフィルの含有量を示す数字刻印があることが認められる。なお,同証人の公判供述によれば,R社の製造するバイアグラの流通は厳重にコントロールされており,それが正規の流通ルートを外れて流通する可能性は殆どなく,実際にそのような例はなく,日本国内で非正規のルートで流通する真正のバイアグラは海外から持ち込まれるものであることが認められる。
 Jの供述と被告人の供述における最も大きな差異は,表面の刻印がファイザーと読めるアルファベットであったか,「K K」などの1文字又は2文字であったかという点である。
 そこで,両名の供述の信用性を検討すると,Jの供述は信用できない。すなわち,前記2に説示したように,Jの供述は,本件錠剤の入手経過に関して極めて曖昧であり,到底真実を供述したものとは窺えないし,表面の刻印がファイザーと読めるアルファベットであったとの点も,何時それに気付いたかは分からないというのであり,さらに,Jが同人が買ったバイアグラが資料作成報告書(甲10)の写真の真正のバイアグラそのものだったと思っていると供述している点は,資料作成報告書(甲10)添付の写真のバイアグラは,R社製のバイアグラであると認められるが,上記のとおり,R社製のバイアグラが正規の流通ルートを外れて流通すること可能性は殆どなく,そのような例も存在しないのであるから,Jの供述は,事実上あり得ない事実を供述するものとしか言いようがない。
 一方,本件錠剤に関する被告人の供述も,前記2に説示したように,本件錠剤を服用した日の飲酒時間と飲酒量の関係で不自然,不合理極まりないし,同日の被告人の寝込んでしまった時間について捜査段階と公判段階の各供述には不自然な変遷があり,本件錠剤を服用した後のことに関しても,被告人の供述を前提にすると,被告人が瀬谷警察署に任意同行される際にも,被告人は酒気帯び状態にあったことになるが,前記3(1)に認定したとおり,これはKの認識と矛盾することなどその信用性に疑問を生じさせるものが多々ある。しかし,平成20年1月28日付け被告人作成の「J君から貰った錠剤」と題する上申書(乙16),2月5日付け被告人の警察官調書(乙15)添付の被告人作成の錠剤の図には,いずれも,本件錠剤の表面の刻印に関しては,2個の文字が刻されていたことが表現されている。そうすると,被告人の供述は,本件錠剤の表面の刻印が2個の文字である点について,捜査,公判を通じて,概要一貫しているということができるのであり,一概にこの供述を信用性の欠くものとして排斥することはできないといわざるを得ない。
 以上によれば,本件錠剤の表面の刻印が「pfizer」であったとは認められず,「K K」などの2文字であった可能性があることが認められる。
(2) 本件錠剤に覚せい剤成分が含有されている可能性の存否
ア 上記(1)で認定したような形状等の錠剤が存在することの可能性
 証人Sの公判供述によれば,神奈川県警察の科学捜査研究所において,平成13年以降,平成20年11月末までの間に1864錠の錠剤を鑑定したが,この中には,表面に2文字が刻印された青色,菱形の錠剤は存在しない事実,平成4年から同研究所において鑑定業務に従事している担当者においても,平成12年以前にも,「K K」と刻印された青色,菱形の錠剤を鑑定したことはない事実,警視庁の科学捜査研究所において,平成17年から平成20年上半期までに鑑定した錠剤中には,「K K」と刻印された青色,菱形の錠剤は存在しない事実,昭和47年から同研究所において鑑定業務に従事している担当者においても,平成16年以前にも,「K K」と刻印された青色,菱形の錠剤を鑑定したことはない事実,全国の科学捜査研究所で鑑定した錠剤を基にデータベースが作成されており,そのデータ数は,平成15年から平成20年8月末までの間,約1300であるところ,「菱形,青色」で検索した結果,該当件数は10件で,いずれも2文字が刻印されたものは存在しない事実が認められる。
 また,証人Qの公判供述によれば,R株式会社では,警察や税関からの依頼や独自調査による成分分析を行っており,平成16年以降,約700件のデータを有しているが,その大半は「pfizer」の刻印のある青色,菱形の錠剤であり,そうでない約30件は,青色,菱形の錠剤に「miaoge」,「KGR100」などの刻印のあるものであり,「K K」などの2文字が刻印された青色,菱形の錠剤は存在しない事実が認められる。
 S,Qの供述は,いずれも同人らが所属する組織の業務の過程で知見された事実を内容とするものであり,信用性があると認められる。確かに,神奈川県警察,警視庁の各科学捜査研究所の鑑定結果,全国の警察の科学捜査研究所における鑑定結果に基づくデータベース,R社による調査,分析のデータを総合すれば,日本国内において存在したバイアグラに類似する外観を持つ錠剤の大半を網羅することが可能であるとは認められる。しかし,違法薬物,模造品の製造,輸入,所持等は極めて密行性の高い行為であり,なお,捜査機関等においても把握しきれないものが存在する可能性を否定できないことは明らかであり,結局のところ,上記認定の各事実によっても,被告人の供述するような表面に2文字の刻印のある青色,菱形というバイアグラ類似の外観を有する錠剤が存在することを否定することはできないのであり,捜査機関等にとって未知の錠剤が存在した可能性があるということにならざるを得ないものと認められる。
イ 本件錠剤に覚せい剤成分が含有されている可能性の存否
 証人S,Qの各公判供述によれば,神奈川県警察,警視庁の各科学捜査研究所の鑑定結果,全国の科学捜査研究所の鑑定結果に基づくデータベース,R社のデータいずれによっても,青色,菱形の錠剤から覚せい剤成分が検出された例は存在しなかった事実が認められる。
 しかし,上記アに説示したように,捜査機関等にとって未知の青色,菱形のバイアグラ類似の外観を有する錠剤が存在した可能性があるのであり,本件錠剤は,そのような錠剤の一種であると認められるから,上記の事実によっては,本件錠剤に覚せい剤成分が含有されている可能性を否定することができないのは明らかである。
 そして,既に説示したとおり,本件錠剤の入手経過に関するJの供述は信用できず,本件錠剤は出所不明の胡乱なものであるから,本件錠剤に覚せい剤成分が含有されている可能性を否定することができない。なお,Jの公判供述によれば,Jが1月22日に排泄して任意提出したJの尿中からは覚せい剤成分が検出されなかった事実が認められるが,この尿の任意提出時には,既に標準的な覚せい剤の体内残存期間が満了しているのであるから,この事実から本件錠剤に覚せい剤成分が含有されている疑いはなかったということはできない。
 従って,本件錠剤に覚せい剤成分が含有されている合理的な疑いがあるといわざるを得ない。
5 以上のとおり,被告人の尿中から覚せい剤成分が検出されたこと以外には,被告人と覚せい剤を結びつけるものが存在せず,被告人が平成20年1月4日の夕方,J方においてJから貰った錠剤を,単なる精力剤と認識して服用した合理的な疑いがあり,かつ,その錠剤に覚せい剤成分が含有されている合理的な疑いがあるのであるから,被告人に覚せい剤使用の犯意があったことを認定することはできず,覚せい剤取締法違反の公訴事実については被告人は無罪である。
(法令の適用)
1 罰条
包括して刑法60条,246条1項
2 未決勾留日数の算入
刑法21条
3 訴訟費用はいずれも無罪となった覚せい剤取締法違反の事実に関するものであるから,被告人に負担させることはできない。
(量刑の理由)
 本件は,休業補償名下の自動車保険金詐取の事案である。利欲目的による犯行であり,その動機に酌量の余地はない。犯行態様も,会社ぐるみで計画的,組織的,継続的に敢行されたもので職業的犯行と言ってよく,本件犯行の欺罔内容は,休業補償請求権が発生しないことが公に確認されるべき期間に関して,被告人が交通事故によって休業したというものであり,大胆に過ぎる犯行であって,態様は極めて悪質である。被害額も少額とはいえず,この種の犯行の横行は自動車保険制度の根幹を揺るがしかねないものであるところ,自動車保険制度は,それに参加する多数の契約者相互の信頼によって成り立つ制度であり,今日の自動車交通社会が成立しうる前提ともいうべき極めて重要なものであるから,本件犯行は反社会性の強い犯行というべきであって,犯行の結果は軽視できるものではない。被告人は,本件を発案し,共犯者らを犯行に引き込んだものであり,本件の主犯であることは明らかである。被告人は,平成18年9月5日に覚せい剤取締法違反の罪により懲役2年,4年間執行猶予・付保護観察の判決の言渡しを受けた前科があり,本件はその保護観察付き執行猶予期間中の犯行であって,被告人の全体的な規範意識の低下,更生の意欲の欠如は明らかである。本件犯行の反社会性に照らせば,被告人は,未だに暴力団的な発想から抜け出せていないといわざるを得ない。以上によれば,被告人の責任は重い。
 一方,被告人は,犯行を素直に認め,被害弁償の意思のあることを表明するなど反省の態度を示していること,被告人の実母は,被告人を見捨てておらず,情状証人として出廷し,被告人の更生を願う旨を表明していることなど被告人に有利な事情もあるので,上記の各事情を総合的に考慮して刑期を定めた。
平成21年2月20日
横浜地方裁判所第5刑事部
裁判官  永井秀明

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