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公務執行妨害横浜

横浜地方裁判所判決/昭和61年(わ)第2850号、昭和61年(わ)第2851号

主文

 被告人三名はいずれも無罪。

理由

第一 本件公訴事実の要旨及び争点等
一 本件公訴事実の要旨
1 被告人藍和夫及び同金井四朗に対する各公訴事実の要旨は、
「被告人藍及び金井の両名は、日本国有鉄道東京南鉄道管理局横浜貨車区人材活用センター担当に指定され同センターの業務に従事する日本国有鉄道職員であるが、ほか数名と共謀の上、昭和六一年一一月一〇日午後四時一〇分ころ、横浜市西区高島一丁目三番四八号所在の右横浜貨車区旧横浜機関区検修詰所前において、日本国有鉄道職員で横浜貨車区助役として同区人材活用センターを担当する責任者に指定された森貞夫(当五三年)が、被告人藍らに対し、管理権に基づく業務命令として指定された詰所への移動及び始業時間は午前八時二〇分である旨通告し、更に被告人らを人材活用センター担当に指定した根拠について説明しようとした際、被告人藍において、『お前は俺たちに命令、服従させようとするのか」などと怒号し、右森の胸部を平手で数回強く突き、胸倉をつかんで数回前後にゆすり、被告人金井において、右森の腹部を両腕で抱きかかえて持ち上げたり、その左大腿部を数回膝で蹴るなどの各暴行を加え、もって右森の職務の執行を妨害した」というもので、暴行による公務執行妨害の罪である(以下「第一事件という)。
2 被告人遊佐修造に対する公訴事実の要旨は、
「被告人遊佐は、日本国有鉄道東京南鉄道管理局横浜貨車区人材活用センター担当に指定され同センターの業務に従事する日本国有鉄道職員であるか、
(一) 昭和六一年一一月一〇日午後四時四〇分ころ、ほか数名とともに、横浜市西区高島一丁目三番四八号所在の人材活用センターを担当する横浜貨車区助役の執務室(旧横浜機関区区長室)において、同貨車区首席助役の萩原恒夫らの制止を振り切って同助役執務室に立入ったため、同建物の管理権を有する同区長加瀬輝久を補佐する右萩原恒夫、同貨車区助役堀江勲、同今井健浩から即時同室から退去するよう要求されたのにかかわらず、同日午後五時ころまで同所に踏みとどまり、もって右区長加瀬管理にかかる助役執務室から退去しなかった。
(二) 同日午後四時五五分ころ、前記助役執務室において、日本国有鉄道職員である前記堀江勲(当四六年)、同今井健浩(当四四年)が、被告人らに対し、前記(一)記載のとおり、建物の管理権に基づき退去通告をくり返し行っていたところ、右堀江に対し『何、この野郎、生意気だ』などと怒号し、その胸倉をつかんで長椅子に押し倒し、同人が着用していたヘルメットをつかんで前後にゆすり、更にヘルメットの上から頭部を数回手拳で殴打するなどし、次いで右今井に対し、同人が着用していたへルメットの上から頭部を数回手拳で殴打した上、同人の両頬を両手で挟みつけ、数回にわたり左右に強くゆするなどの暴行を加え、もって右堀江及び今井両名の職務の執行を妨害した」というもので、不退去と暴行による公務執行妨害の罪である(以下「第二事件」という)。
二 本件の争点等
1 第一事件について、前記森貞夫は、公判廷において、概ね前記1記載の公訴事実にそう供述をし、同じく横浜貨車区人材活用センター担当助役であった前記堀江勲、今井健浩及び磯崎昭寿も、それぞれ森供述を一部裏付ける供述をしており、第二事件については、右堀江及び今井が、概ね前記2記載の公訴事実にそう供述をしている。
 また、物証として、右堀江が第一事件及び第二事件を現場で録音したとするマイクロカセットテープ(〈証拠略〉以下「本件テープ」という)が存在し、これにつき、検察官は、右テープB面の、鑑定人田甫力弥がその録音内容を反訳した鑑定書(以下「田甫鑑定書」という)の一三三頁七行目(録音中断)のすぐ後の同頁八行目から一八二頁六行目までの記載部分が第一事件の犯行状況を、同鑑定書一八二頁七行目から一八四頁五行目までの記載部分が第二事件の犯行状況を録音したものであると主張している。
2 これに対し、各被告人及びその弁護人は本件各公訴事実を全面的に否認し、各被告人は、公判廷において、前記森、堀江、今井らと相反する内容の供述をし、被告人らと同じく横浜貨車区人材活用センター担当に指定され、被告人らとは同僚であり仲間であった佐久間忠夫、佐々木光允、松本繁崇、岡本明男、清水敏正及び岡英男はこぞって右被告人らの供述にそう供述をしている。
 また、弁護人らは、とりわけ前記森、堀江、今井の各供述の信用性を強く争い、本件テープの右部分には被告人らの暴行等を直接示す録音内容がない上、右部分は事後に編集されたもので、何ら証拠価値のないものであるなどと主張している。
3 検察官の立証は、まずもって前記森、堀江及び今井の各供述の信用性とその裏付証拠としての本件テープの存在に大きく依拠しているところ、前記のとおり、それぞれ関係者、目撃者の供述が真向から対立している状況等に鑑みると、右各供述の信用性判断に当たっては慎重な検討が要請されるところであり、供述全体の整合性、供述内容の合理性、変遷の有無、補強証拠ないし反対証拠の有無、その他供述の信用性に影響を及ぼすような事情の有無等を検討した上、総合的に信用性を判断するのが相当であると考える。
 以下、当裁判所のした判断を順次説明することとする。
第二 当裁判所の判断
一 本件起訴の背景及び経過
 関係各証拠によれば、以下の事実を認めることができる。
1 発生したとされる第一事件及び第二事件前までの経過等
(一) 被告人藍は、運転検修係として、同金井は、車両検査係として、同遊佐は、電車運転士として、それぞれ日本国有鉄道(以下「国鉄」という)の各職場に働く、国鉄労働組合(略称「国労」)組合員であったが、昭和六一年七月五日以降、国鉄東京南鉄道管理局新鶴見運転区の運転検修係、車両検査係及び電車運転士の各兼務を命じられるとともに、同区に設置された人材活用センター(以下「人活センター」という)の担当に指定された。その後、同年一一月一日の機構改革により右新鶴見運転区が廃止されたことに伴い、同日、ほか二二名の国鉄職員(以下「兼務職員」という)とともに同管理局横浜貨車区人活センターの担当に指定され、被告人藍及び同遊佐は同月六日に、被告人金井は同月七日に、それぞれ横浜市西区高島一丁目三番四八号所在の横浜貨車区人活センターに着任した。
 しかし、被告人らは、人活センターの設置の目的が国鉄の分割・民営化に反対する国労潰しなどにあるとして、新鶴見運転区人活センター当時から、人活センターの廃止や元の職場への復帰等を強く要求し、抗議行動を繰り返していた。
(二) 横浜貨車区人活センターにおいては、横浜貨車区長加瀬輝久(以下「加瀬」という)、同区首席助役萩原恒夫(以下「萩原」という)のほか、横浜貨車区助役で東京南鉄道管理局から同区人活センターの総括責任者を命じられた森貞夫(以下「森」という)を中心に、同区人活センター担当に指定された同区助役堀江勲(以下「堀江」という)、同今井健浩(以下「今井」という)及び磯崎昭寿(以下「磯崎」という)らの助役が同区人活センターの管理要員として配置された。
(三) 昭和六一年一一月六日、横浜貨車区人活センターに着任した兼務職員らに対し、加瀬が、上局である東京南鉄道管理局の指示に従って、同区事務室棟二階を詰所として指定(以下「指定詰所」という)したところ、兼務職員らは、同詰所が狭隘であることなどを理由に、右指示に従おうとせず、同区内にある旧横浜機関区検修詰所(以下「旧検修詰所」という)に入室し、新鶴見運転区人活センターから運んできた荷物等を運び込むなどした。その上、兼務職員らが、横浜貨車区人活センターの始業時間を午前八時二〇分とする指定に対して、新鶴見運転区人活センター配属当時の始業時間と同じく、午前八時三〇分とするよう強く要求し、加瀬がこれに応じる一幕もあって、こうした対応に対し、森が、加瀬に、「午前八時二〇分までに来なければ、否認すればいいんだから」などと言ったことから、兼務職員らが森に激しく抗議して、騒然となった。
(四) 翌七日、指定詰所において、兼務職員らに対し、横浜貨車区の概況説明が行われたものの、兼務職員らは、相変わらず指定詰所に移動しようとしなかったことなどから、同月八日、森ら管理者において、指定詰所への移動と始業時間の通告を繰り返し、これを業務命令の形で実施することなどの申合せがなされた。また、そのころ、同月一〇日から正門に施錠し、管理者が助役執務室(旧横浜機関区区長室、以下「助役執務室」という)を空ける場合には施錠をして、兼務職員らが入らないようにすることとなった。
(五) 同月一〇日、始業点呼の際、加瀬から森が横浜貨車区人活センターの総括責任者となったことが告げられた後、指定詰所において、萩原から作業ダイヤ等の説明がなされたが、萩原や加瀬と被告人藍ら兼務職員との間で作業ダイヤや始業時間等について質疑応答が交わされていたところ、突然、森が右質疑応答を打切る旨の発言をしたことから、これに憤然とした兼務職員が森を激しく非難し再び紛糾するに至った。こうしたなか、森ら管理者において、兼務職員に対し、同日午後一時過ぎから、同日午後三時三〇分ころまでの間、四回にわたって指定詰所への移動を命ずる通告が行われ、更に、同日午後四時一〇分ころ、森、堀江及び今井らは、五回目の通告をすべく、被告人ら兼務職員がいる旧検修詰所に赴いた。
(六) 右のように、同日午後四時一〇分ころ、森、堀江及び今井ら管理者は、更に通告を行うべく、旧検修詰所に赴き、その際、森と兼務職員らとの間で押し問答めいた激しいやり取りがあり、その結果、まず第一事件が、引き続いて第二事件が起こったとされるところ、現場には、管理者らはマイクロカセットテープレコーダーを携帯して行っているが、他方、兼務職員の側も、小型テープレコーダーや写真機ばかりかビデオテープレコーダを携帯していた。
2 その後、逮捕、起訴に至る経過
(一) その後、右翌日の同月一一日、堀江及び今井は、同道の上、国鉄の労災指定病院である植松病院で診察を受けたところ、それぞれ「全治三日間の経過観察を要する顔面、後頭部打撲症」及び「全治三日間の加療を要する頸部捻挫」の診断を受けた。一方、森は、同月一二日、岩波胃腸科外科医院において診察を受け、「全治約四週間を要する右胸部打撲、右第七肋骨皸裂骨折」との診断を受けた。
 この間、森らは、国鉄当局の調査を受け、あるいは、神奈川県警戸部警察署に相談をしていたが、同月一二日ころ、東京南鉄道管理局において、森、堀江及び今井を交えて対応策が検討され、その結果、同人らに対し、刑事告訴をするようにとの指示が出されたため、森、堀江及び今井は、同月一四日、右戸部警察署に出向いて、被告人三名に加え、岡本明男及び清水敏正の五名の兼務職員を刑事告訴した。
 これを受けて同署は、同年一二月三日、次のような犯罪の容疑で被告人らを含め右五名を逮捕したが、告訴受理後から逮捕までの間、堀江から、本件テープの任意提出を受けているところ、そのほか、当然、森らの供述録取のための取調べが行われたとみられる。
(二) 被告人らの逮捕容疑事実
被告人藍及び同金井の逮捕罪名は、公務執行妨害、傷害で、その被疑事実の要旨は、
 「被告人藍及び同金井は、国鉄当局が兼務職員に対し、詰所等を指定し、就業時間を定めた作業ダイヤを通告実施したことに反抗し、これを変更ないし取り消させるため、人活センターの責任者らに暴行を加えようと企て、岡本明男、清水敏正らほか十数名と共謀の上、昭和六一年一一月一〇日午後四時一〇分ころ、旧検修詰所入口において、森、今井及び堀江ほか二名が、指定詰所への移動及び出勤点呼時間の通告をしたことに憤慨し、右詰所前付近において、森に対し、被告人藍がその腕を掴み、岡本が後ろからその身体をかかえ、ほか数名において取り囲んで、『中に入って話をしろ』などと怒鳴って、右詰所内に引きずり込もうとした際、右森から『入る必要がない、やめろ』と拒否されるや、こもごも『馬鹿野郎、何か言え』、『なぜ、中に入って説明しないのか、強制配転だ、命令に服従しろというのか、元の職場に戻せ』などと罵声を浴びせながら、森に対し、岡本がその胸を肘で突き、被告人藍がその右胸を平手で五、六回鋭く突き、その両襟首を驚掴みにして、前後にゆすり、被告人金井が、その左大腿部を四回膝蹴りし、ほか数名がこもごも、その腕及びバンドを掴んで引っ張るなどした上、これを止めに入った今井を、清水が羽交い締めにして吊るし上げ、鍛冶屋場まで引きずり出し、外壁に押しつけ、胸倉を鷲掴みにして肘で突くなどの暴行を加え、森及び今井の職務を妨害し、その際、右森に対し、全治約四週間を要する右胸部打撲、右第七肋骨皸裂骨折の傷害を負わせた」というものである(ちなみに、両被告人に対する勾留状記載の被疑事実の要旨は、「昭和六一年一一月一〇日午後四時一〇分ころ、指定詰所への移動及び出勤点呼時間の通告をした森、今井及び堀江ほか二名に対し抗議のため旧検修詰所内に入るよう求めたが、これを拒絶したことから、同人らを旧検修詰所に連れ込むために暴行を加えようと企て、清水、岡本ほか数名と共謀の上、そのころ同所付近において、森に対し、被告人藍がその腕を掴み、右胸を平手で五、六回突き、襟首を掴んで前後にゆすり、岡本が後ろからその身体を押し、その胸を肘で突き、被告人金井がその身体を後ろから両腕で抱きかかえ、その右大腿部を膝蹴りし、ほか数名がその腕及びバンドを掴んで引っ張るなどの暴行をそれぞれ加え、これを止めに入った今井に対し、清水が羽交い締めにして押しつけ、その胸を掴み、肘で突くなどの各暴行を加え、よって森に対し、全治約四週間を要する右胸部打撲、右第七肋骨皸裂骨折の傷害を負わせた」というものであり、傷害の罪のみで、公務執行妨害の罪がなくなっている。)。
 また、被告人遊佐の逮捕罪名は、不退去、公務執行妨害、傷害で、その被疑事実の要旨は、
 「被告人遊佐は、
(一) 岡本ほか数名と共謀の上、昭和六一年一一月一〇日午後四時三五分ころ、助役執務室で話をしようなどと言って、同室のドアを無理にこじ開け侵入したことで、堀江、今井らから退去要求されたにもかかわらず、右要求を無視して同日午後五時ころまで同所から退去せず
(二) 同日午後四時五五分ころ、同所において、同被告人らの違法行為の現認、排除等を実施中の堀江及び今井が室内に侵入した被告人らに対し、管理権に基づく退去通告を実施した際、堀江に対し、『何、この野郎、貴様は生意気だ』などと怒鳴りながら、その胸倉を両手で掴んで前後にゆすり、ソフアーに押し倒し、引つ張り回し、同人が被っていたヘルメットを掴んで前後に強く引っ張り、顔を手拳で殴打した上、これを止めに入った今井に対し、『うるせい、黙っていろ、貴様は生意気だ』などと怒鳴りながら、被っていたヘルメットの上から数回殴打し、胸倉を両手で掴んで前後にゆすり、顔を両手で掴み左右に二、三回捻るなどの暴行を加え、もって堀江及び今井の職務を妨害し、その際、堀江に対し、全治三日間の経過観察を要する顔面、後頭部打撲傷を、今井に対し、全治三日間の加療を要する頸部捻挫の傷害をそれぞれ負わせた」というものである(ちなみに、同被告人に対する勾留状記載の被疑事実の要旨は、逮捕状記載の被疑事実とほぼ同一であるが、前記(一)の助役執務室への立入態様が「同室に入り込み」と記載され、前記巾の堀江に対する暴行のうち、「顔を手拳で殴打」が「頭を手拳で殴打」と記載されている。)。
(三) その後、横浜地方検察庁は、捜査を遂げ、昭和六一年一二月一九日、右五名のうち、被告人三名を前記の各公訴事実により起訴した。
 そして、被告人三名を含む右五名は、昭和六二年二月九日、懲戒免職処分となった。
ニ 第一事件についての検討
1 森供述の内容
(一) 第一事件までの経過は前記認定のとおりであるが、関係証拠によると、森、堀江、今井、萩原及び磯崎の五名の管理者が、昭和六一年一一月一〇日午後四時一〇分ころ、旧検修詰所へ赴き、同所にいた兼務職員に対して、詰所の移動などの通告をしたこと、当時、旧検修詰所内には、年休で休んでいた数名の兼務職員を除き、被告人三名をはじめ、当日出勤していた兼務職員が在室していたこと、通告後立ち去ろうとする森の後ろを被告人藍及び兼務職員の岡本明男(以下「岡本」という)が相次いで追いかけ、被告人藍が森に「話がある」などと言いながら、その右腕を掴んだこと、旧検修詰所に残っていた被告人金井ら兼務職員も被告人藍及び岡本の後に続いて出てきて、第一事件の起こったとされる現場付近において、被告人藍及び同金井ら兼務職員と森との間で、命令と服従の根拠や業務命令の根拠等を巡って激しいやりとりがあったこと、その後、森と兼務職員が横浜機関区事務室棟一階フロアーに赴いたこと、などの各事実が認められ、こうした事実経過については、被告人らにおいても特段争っていない。
(二) その間に起こったとされる第一事件の状況について、森は、公判廷において、概要以下のように供述している。
(1) 当時午後四時一〇分ころ、通告のため、堀江及び今井らと旧検修詰所に赴き、その引戸を開けたところ、中の雰囲気がおかしく、一瞬引っ張り込まれて何かされるのではないかと怖くなり、詰所の移動を通告しただけで、引戸を閉めて、助役執務室に向かったところ、飛び出してきた被告人藍に右上腕部をかかえられて強く引っ張られ、岡本に左肩を押されて旧検修詰所の方に連れていかれそうになり、更に十数名の職員に取り囲まれ、団子状態でもみ合うような状態になり、旧検修詰所前の池に落ちそうになったため、「危ないからやめなさい」、「暴力はやめなさい」などと叫んだ。
(2) そうするうち、背後にいた被告人金井に腕の上から両手で胴を抱きかかえるようにして持ち上げられ、足が浮いてしまうような状態になった。もみくちゃにされながら、少しずつ助役執務室の方へ移動し、安全通路付近まで来た時、ズボンからワイシャツの裾がはみ出していることに気付いたので、ベルトをはずしてワィシャツの裾を直した。
(3) 被告人藍や同金井らが、「命令と服従の根拠を言え」、「条文を言ってみろ」などと執拗に食ってかかってきたが、そのうち、被告人藍が、「俺たちは人活を認めない。お前は命令と服従のようなことを言っているけど、根拠は何なんだ」などと言ってきたが、人活のことなどについては答えようがないし、黙っていると何をするか分からないと思ったので、「そういうことについてはお答えする必要はありません」と言ったところ、被告人藍が、貴様何言ってるんだ、というような感じで、すもうの突っ張りのように右平手で胸をどんと強く突いてきた。同被告人に突かれて右向きになってしまうような格好になってしまったが、踏ん張って元の状態に戻ったところ、同被告人は、更に、貴様なめんじゃねえというような感じで、同様に四、五回胸を突いてきた。そこで、同被告人に、「暴力だからやめろ」と言ったところ、今度は両手で私の制服の両襟を強く握り、何をというような顔で、二、三回前後にゆすってきたので、「暴力行為だからやめろ」と言うと、同被告人は手を離した。
(4) 次いで、私の左側で私の手を掴んでいた被告人金井が「なぜ黙っているんです。返事したらどうなんだ」と言って、右膝で私の左足の大腿部の外側を三回ほど蹴ってきたので、同被告人に「暴力はやめろ」、「やめなさい」と言って、助役執務室に向かおうとしたところ、同被告人が左前方から私の両腕の外側に手を回して私を持ち上げ、旧検修詰所の方へ連れていこうとした。同被告人に持ち上げられた時、兼務職員の松本が私の左手首を引っ張っていたので、同人に「腕が折れる」と言うと、同人はすぐに手を離したが、被告人金井は私を持ち上げたまま旧検修詰所の方へ持っていこうとしたので、ばたばたともがいて抵抗したところ、急に腹の辺が緩くなったので、「バンドが切れた」と怒鳴ると、同被告人は手を離してすぐ後ろに下がり、周囲を取り囲んでいた兼務職員らも一寸後ろに下がった。
(5) すると、被告人藍が来て、私の前にしゃがみ、金具が引き抜かれた状態で垂れ下がっていたバンドを直してくれた。その後、兼務職員らと助役執務室のある事務室棟に向かった。
2 森供述の信用性
(一) 起訴状記載の第一事件の公訴事実では、森が行なった通告の内容は、指定詰所への移動と始業時間が午前八時二〇分であるという二点であるところ、森とともに通告に赴いた磯崎のほか、被告人らもこれを裏付ける供述をしている。
 ところが、森は、公判廷において、「当初は詰所の移動と始業時間の厳守を通告したと思っていたが、テープを聞いて、始業時間の点については通告していないことがわかった」旨供述し、堀江及び今井も右森と同様に、二点を通告したのは思い違いであった旨口を揃えて供述している。
 森のいうテープとは、本件テープB面の、検察官が第一事件を録音した冒頭部分であると主張する森の二回にわたる「向こうの部屋へ移ってください。」との発言部分(田甫鑑定書一三三頁八行目、一〇行目)であるとみられるが、これによると森は、「向こうの部屋へ移りなさい。」と言っているが、それだけで終わっていて始業時間の通告はない。
 しかし、右部分を更に注意深く聞くと、右の「向こうの部屋へ移りなさい。」の後の「話があるんだよ。」の発言の直後に、「三六分だね」と時間を確認する発言が録音されていることが聴取でき、その前の「(録音中断)」(同鑑定書同頁七行目)までに録音されている三回目の通告と認められる発言(同鑑定書同頁五、六行目)を併せて考えると、森の公判供述にいう部分は当日午後四時一〇分の五回目の通告ではないと認められる。
 ところで、本件テープについては、本件直後である昭和六一年一二月一六日に堀江が立ち会って反訳書面が作成され、その後、再び同六二年四月二五日に堀江のほか、森及び今井が立ち会って反訳書面が作成された。これら反訳書面では、いずれも堀江によって第一事件はその少し後の「話があるんだよ。」(同鑑定書同頁一二行目)から始まると指摘されていたものである。ところが、この部分以降には、いくら本件テープを聞いても、全く通告らしき言葉の録音がないのである。
 そのため、森をはじめ三名は、それより前の、「向こうの部屋へ移ってください。」と通告らしき言葉のある部分以降を、問題の午後四時一〇分の通告部分だとして、こぞって記憶違いである旨供述したのではないかと推測される。あるいは、聞きづらいテープを聞いての誤解に基づく口裏あわせともみられるが、いずれにせよ、不自然さは否めず、少なくとも、果たして森らが自らの記憶に忠実に供述しているかについては、疑問を差し挟む余地があるといわざるをえない。
(二) 更に、森が被告人藍及び同金井から受けた暴行の態様についての供述は、前記のとおりであるが、職権で取調べた検証調書(職権証拠番号7、以下「職7」という)によれば、昭和六一年一二月六日に実施された検証(以下「本件検証」という)に立ち会った森は、被告人藍及び同金井から暴行を受けた状況について、(1)被告人藍に右手で胸を五、六回突かれ、次いで(2)被告人金井に左大腿部を蹴られ、(3)更に被告人藍に両襟を掴まれてゆさぶられ、(4)被告人金井が正面から抱きつき、この状態で兼務職員の松本が左腕を引っ張った、と指示説明しているのであって、被告人らから受けた暴行の順序などの点において若干公判供述と異なっている。また、前記の被告人らに対する逮捕状記載の被疑事実などと対比してみても、森の供述には変遷があると認めざるをえない。
 本件直後、森、堀江及び今井ら関係者が現認書を作成するなど、記憶を固定化させる手段を講じていたとみられることに照らすと、単なる記憶違いや思い違いで説明することができない変遷といわざるをえない。
(三) とりわけ、ベルトあるいはバンドに関して、森は、前記のとおり、被告人金井に背後から抱きかかえられた時にワイシャツの据がズボンからはみ出し、ベルトをはずして直したこと、その後、兼務職員との激しいやりとりがあって暴行を受け、その際、同被告人に左前方から体を持ち上げられて旧検修詰所の方へ持っていかれそうになったため、もがいて抵抗したところ、締めていたバンドがはずれ、それで暴行がやんだと、いわゆるバンド事件なるものは二度あった旨供述し、堀江もまた右にそう同様の供述をしている。そして、バンドがはずれたこと、すなわち、森らの述べる二度目のバンド事件がきっかけで暴行がやんだことは、磯崎及び今井も符合する供述をするところである。
 ところで、右森及び堀江のこの件に関する供述状況をみると、検証調書(職7)中の本件検証における指示説明等に照らすと、森は、捜査段階においては、被告人らの暴行の終わりにバンド事件があったと供述するのみで、ワイシャツの据がズボンからはみ出したという点は供述していなかったことが窺われる。また、バンド事件が二度あったと述べて森の公判供述を裏付ける堀江供述にしても、一度目のバンド事件については、公判廷において、弁護人から、本件テープを反訳した田甫鑑定書に関連して質問を受けた際、はじめて述べたもので、それまでは、捜査段階を通じて、森と同様に、暴行沙汰の終わりにバンド事件が一度だけあったと述べていたことが窺え、同人らの供述には不可思議な変遷がある。
 そして、そもそも、暴行の終わりにバンド事件があったという森らの供述にしても、本件テープの録音から聴取される兼務職員との間で罵声が飛び交うような激しいやりとりの中で、かりに被告人藍及び同金井から暴行を加えられたとしたら、こうした森が、被告人金井の暴行によりはずれたバンドを黙って被告人藍に直してもらうこと自体不自然さを免れないが、唯一の物証である堀江が録音したとされる本件テープと対照してみると、検察官が主張する第一事件を録音したとされる部分の中には、その前半のはじめに近い部分に、森が締めていたバンドがはずれたことを推測させる「バンド切っちゃったよ。」(田甫鑑定書一三九頁一行目)、「モリさん、太りすぎているんだよ。バンドがね、短けえんだ、な。(笑い声)」(同鑑定書一四〇頁六行目)などの発言が録音され、それに引き続き、命令と服従の根拠等をめぐる被告人藍や同金井ら兼務職員と森とのやりとりが録音されていることが聴取されるが、その後は、別のバンド事件があったらしい様子は聞き取れない。
 すなわち、本件テープによるかぎり、バンド事件らしきものは、兼務職員らとの激しいやりとりがはじまる前の一度だけであり、しかも、その状況は、右の様に「バンド切っちゃったよ。」というもので、ワイシャツの据を入れ直すといったものとは思えないものであって、森らの前記供述とは、明らかに食い違っている。
 この点に関し、右場面を録音したと供述する堀江は、「バンド切っちゃったよ。」とバンドがはずれたことを推測させる発言が録音されている箇所は、森のバンドが緩んでワイシヤツが出た場面を録音したものであり、バンドが切れた場面は、田甫鑑定書一七八頁(一〇行目)に記載されている「関係ないんだよ。・・・・・・関係ないんだよ。」という部分であって、実際は、兼務職員が「バンドなんだよ、バンドなんだよ」と発言した旨供述するが、どう聞いてもそのようには聞き取れず、右供述は、その場凌ぎのこじつけである感が否めず、ことさらに先に証言した森の供述にあわせようとの意図さえ窺われるのであって、到底信用できるものではない。
 検察官は、その論告において、森の供述内容と本件テープとの矛盾を認めた上で、この矛盾は森自身の記憶の誤りによるものであり、誤って記憶したことも事態の推移からして不自然ではなく、森の供述自体の信用性を損なうものではないと主張する。
 しかし、そもそも、森らの述べる二度目のバンドがはずれた原因は、被告人金井の暴行によるというのであり、バンド事件は、いわば暴行の徴憑たるものであって、単なる付随的事象では到底なく、被告人金井の暴行の核心部分を構成するものであり、右暴行を受けた当の森のみならず、これを目撃した堀江、今井及び磯崎が揃って記憶違いをすることは理解しがたいところである。
(四) 前記のとおり、森は、昭和六一年一一月一二日、岩波胃腸科外科医院で診察を受け、「全治約四週間を要する右胸部打撲、右第七肋骨皸裂骨折」と診断されたものであるところ、森は、公判廷で、右傷害が同被告人らの暴行に起因するものである旨供述し、そして、関係証拠によれば、医師岩波英雄は、森が問診の際に胸の痛みを訴えたので、視診、触診に加え、レントゲン撮影を実施した結果、前記傷害の診断をしたことが認められる。
 検察官は、その論告において、岩波医師の右診断は誤診であり、専ら医師の責任であって、森は右診断をそのまま信用して被害申告をしたにすぎないのであるから、同人の供述の信用性を疑うのは相当でないと主張する。
 しかし、関係証拠によると、森は、第一事件及び第二事件について、国鉄当局の調査を受け、戸部警察署に相談しているにかかわらず、右のように一二日に至るまで医師の診察を受けなかったこと、その前日に堀江や今井が国鉄の労災指定医である植松病院で診察を受けているのを知りながら、一旦出勤した後、敢えて自宅近くのかかりつけの岩波胃腸科外科医院で診察を受けて診断書を取得していること、加えて、受診当日に記載されたカルテには森が供述するような黒ずみ等の他覚所見の記載がないばかりか、問診の際、岩波医師に対し、受傷の原因ないし経緯等について申告せず、一方、診察した医師は、受傷原因が第三者加害によるものであれば、もっと厳密な検査及び診断が必要であった旨認めていることなどを併せて考えると、その受診の経過及び診断書取得の過程に不明朗なものがあるといわざるをえない。
 すなわち、右のような事情は、単に前記傷害の診断をもって、被告人藍や同金井の暴行を推認することができないだけでなく、受傷の成因についての森の供述自体に疑問を入れる余地があることを示すものである。
3 堀江、今井及び磯崎の供述について
(一) 森とともに現場に赴いた堀江及び今井の供述には、森のした通告事項やいわゆるバンド事件について、森供述と口裏をあわせたとしかみられない、不自然な供述がみられ、その信用性に問題がある点は、前記2(一)及び(三)において触れたところである。
(二) ところで、ほぼ一貫して森の側にいたことを自認する堀江は、森の供述する被告人藍及び同金井の第一事件の暴行については、「兼務職員が森助役を押したりしていたけれども、兼務職員にどのようなことをされたのかははっきり分からない」旨供述し、また、現場に同行した磯崎も「目の前の二人の兼務職員と通す、通さないと言い合っていたので、終始森助役の方を見ていたわけではないが、森助役が心配だったので気にして見ていると、被告人金井が森助役の後ろから両腕の上から抱きかかえるような格好をしているのが見えたが、そのほかは思い出せない」旨、両名とも曖昧な供述しかしていない。
 証拠上、森の供述する暴行があったとされる時点では、その場から離れていたと認められる今井は別として、堀江及び磯崎は、その目撃していた位置関係からして、森の供述するような被告人藍及び同金井の暴行が行われたとすれば、当然目撃してしかるべきである。とりわけ、堀江は、かねてから兼務職員の言動を録音する任務を担当しており、しかも、森から側に居るよう言われていたようであるから、森に対する兼務職員らの言動を注視し、これを現認・録音しようとしたはずである。こうした立場ないし状況にある堀江及び磯崎が曖昧な供述をするのはいかにも不自然である。
 注目されるのは、堀江の供述態度で、同人は、検証調書(職7)によれば、本件検証において、「藍が森さんの右胸を突いた」などと明確に指示説明していたものである。にもかかわらず、同人の供述は、公判廷では曖昧に変わっているのである。
 本件直後、森、堀江及び今井ら関係者が現認書を作成するなど、記憶を固定化させる手段を講じていたとみられることに照らすと、その後、不明確ないし記憶が薄れることは考え難く、これらの変遷は看過できない。
(三) 加えて、今井は、直前にその場を離れた理由につき、森が旧検修詰所から出てきた被告人藍ら兼務職員に取り囲まれて罵声を浴びせられており、その中から何とか森を出そうとしたが、旧検修詰所の中まで引きずって暴力を加えることはないと判断して、当時旧横浜機関区の残務整理をしていた職員杉谷茂の求めに応じて、施錠されていた正門の鍵を取りに助役執務室に行った旨供述している。こうした今井の行動は、その立場からして、森の置かれた状況が異常かつ緊急事態であったことを疑問視させるに足りる事実であって、森の供述する暴行の存在を疑わせる一事情といえる。
4 本件テープについて
(一) 検察官は、本件テープB面の、田甫鑑定書一三三頁七行目(録音中断)の後から一八二頁六行目までが本件第一事件の状況を録音したものであると主張し、堀江も、同部分が本件当日午後四時一〇分以降、森の傍らにいて、本件第一事件の状況を忠実に録音したものである旨、右検察官の主張にそう供述をしている。
 確かに、同録音部分には、兼務職員の罵声や怒号の入り交じる中、「そういう形でお答えする必要は・・・・・・。」(同鑑定書一七五頁四行目)との森の発言があり、その後に森の「暴力・・・・・・。」(同鑑定書一七六頁八行目)、「暴力じゃないの」(同頁一二行目、一三行目)、「よしなさいよ。」(同鑑定書一七七頁三行目)、「やめなさいよ。」「やめなさい。」(同頁五行目、一〇行目)、あるいは堀江の「危ない危ない危ない。」(同頁四行目)などの発言が聴取され、その発言内容からすると、一応暴力行為を推認させる発言が録音されていることが認められ、右各録音部分は森の供述を裏付ける録音内容であるともいえる。
 しかしながら、第一事件が、前記一1で認定したように、労使間の利害が厳しく対立しあう状況下で生じたものであり、しかも、本件テープA面には、後記一5のとおり、森ら管理者において、兼務職員を挑発し、挑発に乗った兼務職員の言動を現認するとの計画がなされているかのような打合せの状況が録音されていることなどを併せて考えると、暴力という言葉ないし発言のみをもって、その存在を推認することには問題があるといわなければならない。
 そして、本件テープ中、前記検察官の主張にかかる部分を子細に聴取し、田甫鑑定書の内容を検討してみても、そこにおける発言と前記森が供述する事実経過との間の具体的な対応関係は明確でない上、前記のとおり、森のバンドがはずれた経過等の点において、明らかに録音内容と矛盾する部分があるなど、本件テープの録音内容が森の前記供述を裏付けるものとは到底いえない。
(二) 第一事件を忠実に録音したと供述する堀江も、前記森が供述し、あるいは自ら目撃した事実経過と本件録音テープとの具体的な対応関係を明確に供述していないが、そればかりか、「一一月一〇日のもめごとが録音されているので、目印をつけて保管しておき、それ以後は録音に使用していない」と供述していたにもかかわらず、弁護人の反対尋問の中で、一一月一一日以降の出来事の録音があるのではないかと追求されるや、「証言した後でテープを聞き直してみると、翌一一日以降の出来事が録音されていたので、録音に使用したと思う。一一月一〇日の出来事が録音されている本件テープのB面は大事だから取っておこうと思ったが、A面が残っていたのでそれを使用したと思う」などと供述を変えている。
 かりにそうだとすると、後日、刑事告訴や懲戒免職処分の対象となるような兼務職員らの言動が録音されているテープにしては余りに杜撰な保管方法といわざるをえない。また、果たして森が供述するような第一事件を録音したものといえるかどうかも疑問である。
 加えて、本件テープに貼られたラベル上の「森」と判読できる鉛筆痕跡等を併せて検討すると、本件テープが堀江の供述どおりの方法・態様で録音されたかどうかも疑いを入れる余地がある。
5 本件テープA面に録音された森ら管理者らの打合せについて
 本件テープのA面の録音部分(田甫鑑定書四六頁二行目ないし七八頁六行目)には、加瀬、森ら横浜貨車区人活センターの管理者や東京南鉄道管理局職員等による国鉄当局内部の打合せの中で、「じゃ、きょうのところは、繰返し、業務指示に従いなさいと言っておいて、何か事象があったら、寄ってたかつて、みんなで現認すると、こういうことですね。」とか「うちのほうは、隠れていてね、やつらにやらせるようにしますから、その中で、今度、決定的なやつをね、私たちだけじゃなくて、皆さんに見てもらえば、・・・・・」(同鑑定書五〇頁)などの如き、兼務職員を挑発し、挑発に乗ってきたところを現認しようとの計画がなされたかのような発言が録音されていることが聴取される。
 右打合せがいつ行われたかは証拠上明らかではないにせよ、かかる内容の打合せがなされていること自体が、森はもとより堀江、今井及び磯崎らの第一事件及び第二事件に関する各供述の信用性を全体として減殺させる要因と考えざるをえない。
6 まとめ
 第一事件についての森は、本件犯行があった旨明確に供述する。
 当時、兼務職員らは、写真機から果てはビデオテープレコーダまで携帯しており、被告人藍は、当時、兼務職員はこうした機材を携帯していたものの、そのどれも記録できなかったと述べているにせよ、この時の模様を記録していた可能性があったものであり、森は、このことをよく認識しながら、敢えて被告人両名の暴行があったと供述しているのである。こうした供述態度からみると、同人がことさら偽証しているとは考えにくいとの見方も成り立つと思われる。
 しかしながら、右に検討したように、森供述をはじめ目撃者らの供述には、直後に現認書を作成するなど記憶の固定化が図られたとみられるにしては、不自然な変遷や供述あわせの跡がみられ、また、その供述内容は、重要な裏付証拠たるべき本件テープの録音と齟齬していて、本件テープも右供述の裏付けとはならず、何よりも、当初、事件とされた傷害についての診断書の取得の経緯、ひいては告訴の経緯に不明朗な点が窺え、管理者側の挑発の策謀といったこれまた不明朗な事情が認められる以上、本件第一事件の公訴事実中の森に対する被告人藍及び同金井の暴行については、それがあったと認定するに合理的な疑いを入れる余地がないとはいえない。したがって、訴因となっている暴行による公務執行妨害についても、その成立を認めるに由のないものである。
三 第二事件についての検討
1 堀江及び今井の各供述の内容
(一) 関係証拠によると、第一事件現場付近での命令と服従の根拠や業務命令の根拠等を巡る激しいやりとりの後、兼務職員らは、森とともに事務室棟に向かい、助役執務室前のフロアーで更にやりとりをしていたこと、そのさなか、萩原が、正門から構内に入ろうとした車両が、そこが施錠されていて入れなかったため、その鍵を捜すため、助役執務室の施錠を開けて中に入ろうとしたこと、その際、堀江が、萩原に対し、「鍵を開けてはだめだ。入られてしまう」と注意したが、聞こえなかったのか、同人は、鍵を開けて助役執務室に入ったこと、被告人遊佐が、同日午後四時四〇分ころから同日午後五時ころまでの間、助役執務室にいたことなどの各事実が認められ、右事実については、被告人らにおいても特段争っていない。
(二) その間に起こったとされる第二事件の状況について、堀江は、公判廷において、概要以下のように供述している。
(1) 正門の鍵を取るためか萩原首席が助役執務室の鍵を開けようとしたので、私は、「鍵を開けちゃだめだ、入られてしまう」と注意したが、萩原首席は鍵を開けて部屋の中に入り、佐々木が萩原首席の後ろにくっついて部屋に入ったので、佐々木を外に出さないとほかの兼務職員に入り込まれて大変だと思い助役執務室に入った。
(2) そこで、佐々木に「すぐに出なさい」と言って、佐々木をドアの方へ追い立て、ドアを手で押さえ、「佐々木出ろ」と言って体で押し出そうとしたところ、佐々木はドアの間に手と体を入れて、ドアを開けて外にいる兼務職員に「こっちへ来い」と言い、被告人遊佐、岡、岡本、松本、清水ら兼務職員が助役執務室の中に入ってきた。
助役執務室の中には現認報告書等の見られては困るものがあるので、今井助役とともに「早く出なさい」と繰り返し助役執務室から出るように指示したが、兼務職員らは指示に従おうとせず、部屋の中を歩き回って何かを物色するなどしていた。
(3) その後、被告人遊佐と岡を残し、他の兼務職員は助役執務室から出ていったが、被告人遊佐らは出てゆかず、ソファーに座って煙草を吸いはじめた。そのうち、岡が窓を開けたので、今井助役が窓を閉めようとすると、外にいた清水や中の被告人遊佐がこれを妨害した。被告人遊佐や岡に対して、一〇回以上も助役執務室からの退去を求めている。
(4) それから、被告人遊佐が立ち上がってドアの方へ行ったが、その際、時計を見ると一六時五三分だったので、入口のところへ行き、ドアの窓越しに磯崎に終業時刻の鐘を鳴らすよう合図を送った。
(5) 被告人遊佐が、相変わらず入口付近に立っていたので、同人に近づき強い口調で「早く出ろ」と言ったところ、同被告人は、「何このやろう」と言って胸倉を両手で掴み、グイグイ押してきて前後にゆさぶったり引いたりし、その後、力一杯後ろに突き倒した。私は、仰向けになり後ろにあったソファー背もたれ辺で後頭部を強く打った。被告人遊佐は、更に胸倉を両手で掴んで力一杯押したり、引いたりした。私は、同被告人の手を掴んで押し退けて立ち上がり、「暴力をやめろ」といって机の左側の角まで逃げたが、同被告人は、追いかけてきて胸倉を掴み、前後にゆさぶったり引いたりした上、正面からヘルメットの前の鍔と後ろを掴んで前後にゆさぶった。そのため、へルメットの鍔が鼻付近まで被さった。そして、同被告人は強い力で脳天付近をヘルメットの上から右手拳下側部分で五、六回強打し、更にヘルメットから出ている私の後頭部を強く右手拳で二回殴打した。私は、「暴力はやめろ」と言って、その手を押し退けたが、同被告人が、正面から両手でへルメットを掴み、前後にゆさぶったため、ヘルメットの鍔が目のあたりまで被さった。そこでまた、脳天付近をヘルメットの上から四、五回強く殴り、更にヘルメットから出ている私の後頭部を一、二回強く殴った。
(6) 今井助役が、被告人遊佐に「暴力はやめろ」と言って止めに入ると、被告人遊佐は、今井助役のへルメットに手を掛け、今井助役の頭を右手拳で五回位強打し、その顔を両手で強く挟み、左右に曲げた。
(7) そこで、私が、被告人遊佐に「暴力はやめろ」、「暴力はやめろ」と言って、間に割って入ると、再び「貴様生意気だ」と怒鳴りながら、両手で私の胸倉を掴んで強い力で引っ張ったり押したりしてきた。ちょうどその時、佐久間、三橋が入って来て「やめろ、さあいこう」と言ったので被告人遊佐は手を離し、三人は外へ出ていった。
(三) 同じく、今井は、公判廷において、概要以下のように供述している。
(1) 一六時三五分過ぎに助役執務室に行くと、被告人遊佐や岡ら兼務職員が六、七名おり、堀江助役が中央に立って早く出るよう指示していた。私も、これら兼務職員を部屋から出そうと、肩を両手で押したり腰のところを押したりして、「早く出なさい」「勤務中だから早くこの部屋から出なさい」などと退去命令を出した。すると、被告人遊佐と岡を除いて、他の兼務職員は部屋から出ていった。
(2) 被告人遊佐や岡に対して、五、六回退去を指示したが、二人は、部屋をぶらぶらしていた。そのうち、岡が窓を開けたので、私がそれを閉めようとすると、外にいた清水や中の被告人遊佐が妨害した。
(3) その後、窓から被告人遊佐が立ち去ったので、これを閉めて施錠し、ドアの方を振り向くと、岡がドアを少し開けたのが見えた。また誰かに入られると大変だと思い、ドアの方に行ったところ、寺内、岡本、松本らが入ろうとしていたので、両手を広げて同人らが入るのを阻止していた。そのうち、被告人遊佐の「何を」という声がしたかと思うとバタツと音がしたので、横を見ると、堀江助役が入口のそばにあるソファーに倒れていくのが一瞬見えた。
(4) しばらく入室を阻止することに気を取られるうち、私の左後ろの方で、「何を」という物凄い、喧嘩腰の声が聞こえたので、そちらを向くと、堀江助役と被告人遊佐とが言い争い、被告人遊佐が手を上げているのを見た。叩くのではないかと思い、二人の腹のところに左手を入れて離そうとしたところ、被告人遊佐は、今度は私の方を向き、「黙っていろ、うるさい」と言って、私のへルメットの鍔に手を掛けて引き下げ、ヘルメットの後部が頭頂部にくるような状態になったところを、その上から凄い力で叩いた。私がへルメットをもとに戻すと「生意気だ」と大声を上げ、私の顔の両側に両手をあてがい、強く内側に押し、次に、挟んだまま左右に曲げた。
(5) 被告人遊佐に「お前暴力やったぞ」と何度も言い、同人から離れ、奥に逃げたが、そのうち三橋と佐久間が入ってきて、「わかんない助役だな」などと言い、被告人遊佐に「もういいから出よう」といって同人を連れ出した。
2 堀江及び今井供述の信用性
(一) 堀江及び今井の両名は、第一事件について、公判廷において供述しているところ、その内容には、いくつかの不自然、不審な点が認められ、その信用性に問題があることは、前記二において触れたとおりである。
 そして、こうした供述態度は、第二事件に関する、両名の供述の信用性にも無関係ではなく、当然、反映させざるをえないものと判断される。
(二) 第二事件についても、検察官は、本件テープが裏付証拠になると主張し、その部分は、テープB面の、田甫鑑定書一八二頁七行目から一八四頁五行目までであるとする。
 堀江の、右テープの録音状況についての供述は、多少、混乱気味であるが、結局、助役執務室前のフロアーにおいて、ズボンの右横ポケットに入れていたマイクロカセットテープレコーダのスイッチを入れ、その後、萩原首席が助役執務室の鍵を開けようとしたので、「鍵を開けちゃだめだ、入られてしまう」と注意したが、萩原首席は鍵を開けて部屋の中に入り、佐々木がその後ろにくっついて部屋に入ったので、自分も、佐々木を外に出そうと考え部屋に入り、同人に「すぐに出なさい」、「佐々木出ろ」などと言って、体で押し出そうとし、揉み合いになった時に、右スイッチが切れた趣旨の供述をしている。
 しかし、右録音部分を聴取し、田甫鑑定書の右該当部分を子細に検討しても、堀江が助役執務室の鍵を開けようとした萩原に対して注意した言葉はもとより、萩原に付いて入った佐々木を外へ出そうとした際に述べた右の言葉は全く録音されていない。
 それに、かりに、録音スイッチが切れるほど激しく佐々木と揉み合うなどすれば、当然に録音されてよいはずの衣擦れ音等も全く聴取できない。
 また、右録音部分には、堀江の供述によれば録音されるはずのない、「だめよ、岡本さんよ。」、「何。」(〈証拠略〉)などという堀江と岡本との会話等が録音されており、これらの点に鑑みると、堀江が供述する事実経過と録音内容とは著しく齟齬している。
(三) 逆に、本件テープの録音内容を前提に、堀江、今井の供述をみると、この録音部分には助役執務室における堀江と岡本の会話や岡の発言が聴取される。堀江及び今井の各供述に従えば、この時点においては、助役執務室には、被告遊佐、岡ら六、七名の兼務職員がいることになり、堀江、今井らは、こうした兼務職員に対して、繰り返し退去要求をしていたというのである。すると、こうした状況は当然に録音されてしかるべきである。しかるに、本件テープには、せいぜい堀江の「出てよ。ほら。」(〈証拠略〉)とか「だめだよ、ここは。」(同頁一〇行目)等が聴取されるだけで、堀江及び今井が供述するような退去要求らしき言葉は何ら録音されていないのである。
(四) ところで、当初、兼務職員が助役執務室に立入った際の状況につき、萩原は、検証調書(職7)によると、本件検証において、「私の後から佐々木が入ってきた」旨、前記堀江の供述にそう指示説明をするが、同時に、萩原は、堀江の傍らにおいて、助役執務室に入り込んだ六、七名の兼務職員に対し、「部屋から出なさいと注意した」旨指示説明している。また、本件起訴状記載の公訴事実も同様に萩原も退去命令をしたことが訴因になっている。
 しかし、堀江及び今井の供述の中では、萩原が兼務職員に対し退去要求したとの事実は一切なく、却って、今井は、自分が堀江とともに、兼務職員らに対し退去要求をした旨供述しているのであって、堀江及び今井の供述と、萩原の指示説明ないしは捜査段階の供述との間には不一致があることが窺える。
(五) なお、ついでにいえば、助役執務室への立入り態様について、被告人遊佐に対する逮捕状記載の被疑事実では、被告人遊佐ら兼務職員が「同室のドアを無理にこじ開け侵入した」になっていたが、起訴状記載の公訴事実では単に萩原らの「制止を振り切って助役執務室に立ち入った」となっていて、明らかに変遷が認められ、この原因は、堀江及び今井ら関係者の供述態度にあると推測される。
 本件直後、堀江及び今井ら関係者は、それぞれ現認書を作成するなど、記憶を固定化させる手段を講じていたはずである。にもかかわらず、このような変遷が生じたとすれば、看過できない事柄であるといわざるをえず、同人らのこの点に関する供述の信用性に影響を及ぼすものといわざるをえない。
(六) ところで、今井は、その位置関係からして、被告人遊佐の堀江に対する再度の暴行についても、当然目撃してしかるべきである。にもかかわらず、同人は、これを目撃していない。これもまた、不自然であるというべきである。
(七) 堀江及び今井は、前記一2(一)のとおり、本件第二事件の翌日である一一日、国鉄の労災指定医である植松病院でともに診察を受け、それぞれ「全治三日間の経過観察を要する顔面、後頭部打撲症」及び「全治三日間の加療を要する頸部捻挫」と診断されている。
 その経緯は、関係証拠によれば、堀江及び今井は、上からの指示があって、指定医である植松病院で受診したこと、診察の際、堀江は、右頸部がだるいと訴え、受傷の経過については、ヘルメットの端が顔面に当たった、胸倉を掴まれてソファーに押さえつけられ、後頭部と頸部を打ち、その後右手で掴まれ、首をねじられた旨申立てていること、一方、今井は、首と両肩の痛みを訴え、受傷の経過については、頭を掴まれ、首を捩じられた旨申立てていることが認められる。
 しかし、これらの診断結果は、外傷性の腫れや発赤など客観的症状はカルテに記載がなく、専ら主訴によるものとみられるところ、その後の森の診断書取得の過程に不明朗な経緯が窺われることなどを総合すると、果たして右診断どおりの傷害が存在したかについては疑問を入れる余地が存在し、右診断をもって、被告人の暴行の存在を推認することは難しいというべきである。
3 まとめ
 以上みたように、第二事件に関する堀江及び今井の各供述には疑問点か存在するのみならず、本件テープはその裏付けとならないばかりか、問題性を広げてみせるばかりである。
 また、前記のような第一事件における両名の供述態度及び本件テープA面から窺える管理者らの挑発の策謀の存在は、両名の第二事件の供述の信用性を減殺させる要因になる。
 ただ、本件テープの録音中には前記のとおり、堀江の「出てよ。ほら。」とか「だめだよ、ここは。」等の発言が聴取される(〈証拠略〉)。しかし関係証拠によれば、被告人遊佐ら兼務職員は話し合いのために助役執務室に入ったことは否定できないのであり、また、このような情況においては、右発言自体を正規の退去要求とまでは認めるのは難しいと判断される。
 結局、本件証拠をもってしては、被告人遊佐に対する正規の退去命令の存在、ひいては不退去の事実はもとより、堀江及び今井に対する暴行、ひいては暴行による公務執行妨害の事実を認定するには、合理的な疑いを入れる余地がないとはいえない。
四 結論
 以上のとおりであるから、本件全証拠によっても本件各公訴事実については合理的な疑いを入れる余地のない程度に証明されたものとはいえず、したがって、本件各公訴事実については犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により、被告人らに対し、無罪の言渡しをする。
 よって、主文のとおり判決する。
平成五年五月一四日
横浜地方裁判所第一刑事部
裁判長裁判官  荒木友雄
裁判官  高取真理子
裁判官河合裕行は転補のため署名押印できない。
裁判長裁判官  荒木友雄

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