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公務執行妨害東京

東京高等裁判所判決/平成16年(う)第1752号

主文

 原判決を破棄する。
 被告人は無罪。

理由

 本件控訴の趣意は、弁護人永見寿実(主任)、同西澤圭助、同永縄恭子連名作成名義の控訴趣意書及び同(補充書)に記載されたとおりであるから、これらを引用する。
 論旨は、要するに、原判決は、本件公訴事実に沿う「被告人は、平成一五年四月六日午前零時三五分ころ、東京都杉並区高円寺北《番地略》甲野店前路上において、警ら中の警視庁第二自動車警ら隊所属の警察官B(当時三八歳)から挙動不審者として職務質問を受けた際、同人に対し、両手でその胸部を二回突き飛ばし、体当たりする暴行を加え、もって、同警察官の職務の執行を妨害したものである。」との事実を認定し、被告人を有罪としたが、同警察官の職務執行は違法であり、また被告人は同警察官に暴行を加えていないから、無罪である。原判決が、あたかも適法な職務執行中に被告人から暴行を受けたかのように言う同警察官の証言を信用し、上記認定をしたのは、証拠の信用性評価を誤り、事実を誤認したものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない、というのである。
第一 論旨に対する判断
 そこで、検討すると、原判決は、Bの原審公判供述(以下「B供述」という。)が信用できるとしてその供述に従って被告人がBに原判示の暴行を加えたとの事実を認定しているが、B供述の信用性についての原判決の判断は是認することができず、他に被告人がBに原判決の暴行を加えたとの事実を認めるに足りる証拠はないから、原判決には事実誤認があるといわざるを得ない。以下、説明する。
一 B供述の要旨
 Bの原審公判供述は、あいまいで不明瞭の点もかなりあるが、要旨をまとめると、以下のとおりとなろう。
(1) Bは、警視庁第二自動車警ら隊所属の巡査長であり、平成一五年四月五日から六日にかけて、同警ら隊所属のD巡査長と共に制服を着用して警ら業務に当たっていた際、高円寺駅北口辺りで、銃刀法違反被疑事件の被疑者を検挙し、高円寺駅北口の交番で事情聴取した上、同交番勤務のE巡査と共に同被疑者を杉並警察署へ連行し、同月六日午前零時一〇分ころ、その処理を終えた。その後、自己の運転するパトカーにD及びEを乗せ、Eを上記交番に送り届けた上で同駅周辺の警ら業務を行おうと考え、同交番へ向かった。
(2) Bは、同日午前零時三〇分ころ(原判決書二頁一八行目〈編注・本号後掲一五八頁一段三二行目〉に「午後零時三〇分ころ」とあるのは誤記と認める。)、高円寺駅の南口方向から北に向けてパトカーで警らしていたところ、後にCと分かった外国人風の男が車道をふらふら歩いているのを発見し、その服装が乱れていることや、同人がパトカーに乗車しているBらから視線をそらして急に反転したのを見て不審を感じ、薬物事犯や密入国、不法残留の罪を犯しているという疑いを抱き、同乗していたDに「そこの外国人を掛けろ。」と声を掛けて職務質問を実施するよう指示すると、DとEがこれに応じてパトカーから下車し、職務質問に向かった。その後、自分もパトカーを上記交番のすぐ横に止め、パトカーから下車してDらが職務質問をしているところへ行き、これに加わった。
(3) Bは、Cに対し、「職務質問ですが、よろしいですか。」と尋ねた上、「この付近は事件も多く、危ない物を持っている人もいますので、所持品等を確認させてください。」と、職務質問に協力するよう求めた。しかし、Cは、これに応じず、立ち去るような素振りを示し、Bから身分を確認することができる書類の提示を求められても、これを拒否した。
(4) そうするうち、北の歩道上の方から、被告人が、持っていた傘を投げ捨てて興奮した様子で小走りで近づいてきて、「何だ、差別しているのか、周りにいっぱい日本人はいるだろう、ふざけるな。」などと怒鳴るような大きな声を上げた。Bは、その言動から、被告人がCの知人であることを察知し、被告人がCと同様に怒っているのを見て、不審を感じ、被告人に対して身分確認のできるような書類の提示を求めたが、被告人はこれに応じなかった。
(5) Bは、Eに応援を呼ぶよう指示するとともに、Cと被告人を引き離し、Cに対する職務質問をDに任せ、自分は被告人に対して身分の確認を求め続けた。その後、すぐにEが戻ってきてDの応援に加わり、また、杉並警察署のパトカー乗務員であるF巡査部長及びG巡査長が来てBの応援に加わったが、被告人は身分を証明できるような書類を提示しようとしなかった。
(6) Bは、被告人が刃物などの禁制品を所持しているのではないかとの疑いを強め、被告人のズボンのポケット辺りを触ろうとしたが、被告人に両手で振り払われた。そこで、「身分を確認できるものだけ確認できますか。」と聞いたところ、被告人が「ふざけるな、差別するな。」などと大声で騒ぎ立て、Bの胸付近を両手の手の平で、肘を曲げた状態で突き飛ばすかのように二回突いてきた。そのため、Bは一歩よろけた。さらに、その後、被告人は、胸を近づけて胸ごとBに体当たりをしてきた。
(7) Bは、被告人に対して、「公務執行妨害で逮捕するぞ。」と叫び、被告人の両手を押さえ、FとGが両側から被告人の肩付近を押さえて制止した。すると、被告人が後ずさりして尻餅をつき転んだので、BがFらと共に、被告人を抱きかかえるようにして立たせ、被告人を現行犯逮捕した。
(8) その後、Bは、被告人のズボン右後ろポケットから財布を取り出し、中に外国人登録証明書が入っていることを確認したのち、被告人を前記交番に連行した。
二 B供述の信用性についての判断
(1) 原判決は、B供述について、①その内容が具体的であること、②本件現場にいた警察官の数が途中から増えたという客観的な状況に符合し、かつ、それは、Bが、被告人の言動を見て、Eに応援を呼びに行かせたためであるなどとその理由を合理的に説明するものであること、③被告人の検察官調書(原審乙二)における供述に符合すること、④Cに対する職務質問の状況、Cが職務質問を受けている途中に被告人がやってきて大声を上げたことなどについて、Dの原審公判供述や、Cの検察官調書(原審甲八。原判決書四頁三行目〈同一五八頁三段二七行目〉に「(乙八)」とあるのは誤記と認める。)における供述とも符合するものであることに照らし、信用性が高い、とする。
 しかし、これらの理由によってB供述の信用性が高いとした原判決の判断は、是認することができない。
(2) すなわち、①の点については、B供述と相反する内容のC及び被告人の各原審公判供述も具体性の点でB供述より劣るものとはいえず、②の点についても、警察官の数が途中で増えたことや、それがBによる応援要請の結果であるということは、C及び被告人の各原審公判供述と何ら矛盾しているわけではない。したがって、これらの事情は、C及び被告人の各原審公判供述よりもB供述の方が信用できることを根拠付けるものとはいえない。
(3) また、③の点については、原判決の指摘する被告人の検察官調書(原審乙二)における供述は、後述するような問題があって、その信用性をにわかには肯認できないのであるから、これと符合するからといってB供述の信用性が肯認できるというわけではない。なお、関連して付言しておくと、被告人の上記検察官調書にはB供述と整合しているとはいえない部分があることが認められる。すなわち、同調書によれば、被告人は、「Cの後を追っていくと、Cが二人の警察官から話を聞かれていた。パスポートのチェックをしているのだと思った。酔っていたためか、警察官は外国人だからといってすぐに質問をしたり、パスポートのチェックをしたりする。外国人に対して差別をしていると思い、腹が立った。そこで、Cと警察官のところに近寄り、警察官に対し、日本語で、「何、何。何もしてないでしょ。」と言った。すると、警察官は、「パスポートを見せてください。」と言ってきた。警察官が、私のことを不法に日本に滞在している外国人だと疑っているのかと思い、「何でパスポートを見せなければいけないんだ。差別だ。見せる必要はない。」と言った。私とCは三メートルくらい離れたところで、それぞれ警察官から質問をされた。警察官が、何度もパスポートか外国人登録証明証を見せるように言ってきたが、腹が立っていたので、「何を差別する。」、「この野郎」、「馬鹿野郎」と悪口を言った。そのうち気が付くと、何人かの制服の警察官が私とCの周りに集まってきていた。そして、どの警察官からか分からないが、「落ち着いてパスポートを見せてください。」と言われた。日本人が周りにいっぱいいるのに外国人の私だけにパスポートを見せろと言うのは差別だと思って腹が立ち、酔った勢いもあって、警察官を許せないという気持ちになってしまった。そして、目の前の警察官を突き飛ばしてやろうと思った。そこで、目の前の警察官に対し、両手の肘を曲げて、両手の手の平を突きだし、警察官の胸をドンドンと二回押した。警察官の胸をこのように両手で押したことは、はっきりと記憶にある。このときの状況を警察で再現した。警察官の胸に体当たりしたというはっきりした記憶はない。警察官の胸を手の平で二回押した後、警察官の胸に私の胸が触れたかもしれない。そのような記憶もあったので、体当たりをしたかもしれないと思い、私の記憶にあった私の胸が警察官の胸に触れたときの状況も再現した。警察官の胸を両手で二回押すと、何人かの警察官に押さえ付けられ、転んで地面に倒れ、尻餅をついた。」と述べている。この供述とB供述を対比すると、肝心の暴行のうち「体当たりをした」という点については、被告人は、胸が触れたかもしれないと述べるにとどまっており、「被告人が、胸を突き出すようにして体当たりしてきた。」と述べるB供述とは、整合しているとはいえない。また、被告人が「差別だ。」と言った時期についても、被告人は、上記検察官調書においては、「パスポートの提示を求められたので、「差別だ。」と抗議した。」旨、述べており、「被告人が、近づいて来るなり、「差別だ。」と言って騒いでいたので、不法残留等の疑いがあると思い、パスポートの提示を求めた。」というB供述とは、やはり整合しているとはいえない。
(4) さらに、④の点については、B供述のうち、Cに対する職務質問を実施したきっかけに関する部分は、Dの原審公判供述やCの検察官調書(原審甲八)と、以下のとおり明らかに異なっている。すなわち、Bは、被告人に対する職務質問を実施するに至った経緯のうち、そもそもの発端となったCに対する職務質問を実施したきっかけについて、前記一の(2)のとおり、「走行中のパトカー内でCを発見し、Cがパトカーに乗車しているBらから視線をそらして反転したのを見て不審に思い、Dに「そこの外国人を掛けろ。」と職務質問をするように指示したところ、DとEがパトカーから降りてCに職務質問を実施した。」旨述べているのであるが、Dは、この点について、「Bと共に、Eを高円寺駅北口の交番に送り届ける途中で、Bから、高円寺駅北口のロータリー内に駐車中の軽自動車の運転手に職務質問をするよう指示を受け、Eと共にパトカーを降車して同運転手に職務質問を行おうとした際、車道をふらふらと歩いてくるCに気付き、同人がDらの姿を見るや反転したので、Eと共にCに対して職務質問を始めた。Bは遅れてやってきて職務質問に加わった。」、「Cが反転したのはパトカーを見たからではなく、Bの指示で軽自動車の運転手に職務質問を実施するためパトカーを降りていたDらの姿を見たからである。」旨、述べているのである(なお、Dの平成一五年四月六日付け警察官調書(原審弁五)には、「Cがパトカーを見て反転したので不審に思い、パトカーから降車して職務質問を行った。」旨、B供述に沿う記載があるが、Dは、原審公判廷において、これが記憶に反する事実を述べた虚偽供述であることを認めた上で、上記のように供述しているものである。)。また、Cも、「高円寺駅北口のロータリーまで歩いて行くと、二名ほどの警察官が目に入った。後ろからついてきていたはずの被告人がだいぶ離れているのに気付き、ちょっと道を戻ったところ、二名ほどの警察官が近づいてきて、「すいません、身分証を見せてください。」と言ってきた。」旨、Dの原審公判供述に沿う供述をしている(Cは、原審公判廷においても、この点について、同旨の供述をしている。)。B供述がD及びCのこれらの供述と符合していないことは明らかである。
(5) Dの原審公判供述が、同僚であるBの原審公判供述に沿う捜査段階の自己の供述が虚偽であることを認めた上でなされたものであること、その供述が立場を異にするCの供述と一致していることに照らすと、パトカーから降りていたDとEがCの挙動に不審を抱き職務質問を実施した旨のDの原審公判供述及びこれに沿うCの検察官調書は、十分信用できるというべきであり、これと相容れないBの供述は誤っているといわざるを得ない。
(6) 原判決は、この点について、Dの原審公判供述では、Dが相勤者のBではなくEと一緒に職務質問をしていた理由などについての説明がない上、Dの捜査段階の警察官調書においては、Cの発見状況についてB供述に沿う供述をしていたことに照らして、Cを発見した状況についてDの原審公判供述がB供述と異なるからといって、B供述の信用性が左右されるものではない、と説示している。しかし、Dは、「Eを送り届ける途中で、Bの指示でパトカーを降りて軽自動車の運転手に職務質問をしようとした。」旨、Eと一緒に職務質問をした経緯を説明しているのであるから、原判決が、この点について、Dの原審公判供述では説明がないというのは、明らかに誤りである。そして、このDの説明に何ら不合理な点は認められない。また、Dの捜査段階の供述については、上記のとおり原審公判供述の方が信用性が高いと認められるのであって、Dの原審公判供述によってB供述の信用性が左右されないなどとはいえない。
(7) また、検察官は、当審において、この点の食い違いは、さして重要ではなく、Bが軽自動車の運転手に対する職務質問について言及していないのは、原審公判廷でそのような質問がなかったからにすぎず、Bがパトカーの中からCの不審な挙動を認めたかのようにいう点は、Dの供述に照らして、正しいとはいえないが、BがCの不審な挙動を認めたということまでもが正しくないというわけではないと主張する。しかし、本件は、当初、Cと被告人が共謀の上、B及びDに対して暴行を加えて同人らの職務の執行を妨害した事案として立件されていたものであり、Cに対する職務質問のきっかけがどのようなものであったかは、引き続いて行われた被告人に対する職務質問の適法性にも影響するのであるから、本件公務執行妨害罪の成否に係わる重要な事情というべきであり、この点についてのB供述の誤りを検察官のいうように軽視することはできないというべきである。
(8) さらに、付け加えると、この点に関するB供述は、Bの捜査段階の供述とも齟齬している。すなわち、B供述によれば、Bは、Eを交番に送り届ける途中でCを発見し、DとEに職務質問をするよう指示したというのであるが、当審における事実取調べの結果によれば、事件直後に作成されたBの平成一五年四月八日付け検察官調書(写し・当審弁三)には、「Eを降ろし、Dの同乗するパトカーで高円寺駅北口ロータリーを北に向けて走らせてすぐに、後でCと分かった外国人風の男性が、ロータリー西側の車道上を北から駅に向けてふらふら歩いてくるのを目にした。」旨の記載があることが認められるほか、Bが作成した同月六日付け被害届(写し・当審弁二)には、BとDがパトカーで警ら中にCを発見した旨の記載があり、Bの起案にかかるB及びDら共同作成名義の同日付け現行犯逮捕手続書(写し・当審弁一)にも、BとDがパトカーで警ら中Cを発見し、Eは応援要請によりF及びGと共に後から来たように記載されていることが認められる。これらはいずれも、Eを交番に送り届けた後でCを発見したとするものであり、明らかにBの原審公判供述と異なっている。しかるに、Bは、原審公判廷において、捜査段階の供述と異なる供述をした理由について、格別の説明をしていない。
(9) ところで、上記検察官調書等においてCに対する職務質問のきっかけに関して述べられている内容は、Dの原審公判供述等と食い違っており、信用性を欠いているというほかないが、これらの書面の作成時期がいずれも事件直後であることに徴すると、Bは記憶違いからこのような供述をしたとは考えられず、自己の記憶に反してあえてこのような供述をしたものと認められる。Bは、原審公判廷では、上記のとおりこの捜査段階における供述と異なる内容の供述をしたのであるが、そうとはいえ、捜査段階の供述と対比すれば明らかなように、捜査段階の供述の骨格は維持されているのであって、これよりすると、Bが原審公判廷において、Cに対する職務質問のきっかけについて述べるところは、やはり自己の記憶に反してあえてなしている虚偽供述であると推認される。
(10) 以上のとおり、原判決がB供述の信用性が高いとする根拠として挙げた理由は、いずれも是認できず、しかも、B供述のうち、Cに対する職務質問のきっかけに関する部分は、あえて記憶に反する事実を述べているものと推認されるのである。そして、これらの点、さらに、被告人に対する職務質問の際のB及び被告人の言動に関する供述、Bに対する被告人の暴行の態様、程度に関する供述、被告人に対する現行犯逮捕の時期、状況に関する供述等、B供述全般に見られる不明瞭性等を考え併せると、B供述の全体的信用性は低いものと評価せざるを得ない。
三 B供述以外の証拠について
(1) 原判決は、B供述に沿う証拠としてDの原審公判供述及びCの検察官調書(原審甲八)を挙げているが、D及びCは、いずれも被告人がBに暴行を加えたところを目撃していないと述べているので、これらによって、原判示の暴行の事実を認定することはできない。Dの平成一五年四月六日付け警察官調書(写し・原審弁五)には、「Bが被告人を制止し職務質問を開始したところ、被告人が外国語で大声で怒鳴り、「差別だ。」と騒ぎ立て、Bに両手の平で胸ぐらを二回小突くと共に、身体ごと体当たりした。」旨の記載があるが、Dは、原審公判廷において、暴行を直接目撃していないことを明言した上で、この警察官調書の記載については、「自分が見た状況を判断して、あとBと話をしたので総合してそのような記載になったと思う。」旨、自分が目撃した事実そのままではないという趣旨のことを述べている。
(2) 原判決は、B供述に沿う証拠として、被告人の検察官調書(原審乙二)を挙げているので、その信用性について検討すると、同調書が暴行の一部を認めるにとどまっており、その点でB供述と整合していないことは前述したとおりである。しかも、被告人は、当初からこのような供述をしていたわけではなく、逮捕直後は、暴行や警察官の職務執行を妨害した事実を否定していたが、少しずつ供述を変え、最終的に、上記の供述をするに至ったという経緯が認められる。すなわち、被告人は、逮捕された平成一五年四月六日の最初の調書では「警察官の仕事の邪魔をしたり、胸を押すようなことはしていない。」と述べていたが、その日のうちに、公務執行妨害の事実を認めるような供述をした。ただし、その内容は、「Cが二人の警察官に職務質問されているところへ割り込んでいったところ、警察官の手が被告人の胸に当たり、その場に倒れてしまった、すぐに立ち上がり馬鹿野郎などといって暴れていると、他の警察官も来て交番に連れて行かれた、交番の中で外国人を差別していると大暴れをして逮捕された。初めに嘘をついたのは、逮捕されるのが怖い、逮捕されると妻子に迷惑が掛かる、自分が密入国者であることがばれると強制送還されるのではないかなどと思ったからだ。」(原審乙六)というものであり、逮捕事実である路上での暴行を認めたわけではなく、交番で大暴れをしたことを認めているのである。むしろ、路上では被告人の方が警察官から倒されたという内容になっている。なお、被告人は、四月六日に作成された三通の調書のうち初めの二通については、日本語が読めないなどという理由で署名を拒んでいる。翌七日付けの検察官に対する弁解録取書(原審乙七)では、「警察官の手が弾みで当たって(自分が)倒れた。もしかしたら、酔っていたので自分が警察官にぶつかった弾みで倒れたのかもしれない。起きあがって両手を警察官に向かって出したら、警察官の胸に当たった。わざと殴ったつもりはない。」旨、両手を出したら警察官の胸に当たったことを認めるに至っているが(ただし、被告人の供述で手が警察官の胸に当たったとされている時期は、Bの供述で現行犯逮捕の理由となった暴行があったとされている時期と一致しておらず、Bの供述で現行犯逮捕着手後とされている時期と対応している。)、この段階でも故意に警察官に暴力を振るったとは認めていない。同月八日付けの裁判官に対する勾留質問調書(原審乙八)では、「事実は、そのとおり間違いありません。」と述べているが、前日の検察官に対する弁解録取書の内容と異なり、それまで特に言及されていなかったCとの共謀やCによる暴行の点も含め、被疑事実をすべて認める趣旨のものになっているにもかかわらず、なぜ、そのような供述をするのかについて、特に説明をしていない。しかも、同月九日付けの警察官調書(原審乙九)では、「本当のことを話す。」と前置きして、「両手で警察官の胸を一、二回強く押して暴れていると、応援に来た警察官に制止された。胸を押したことは間違いない。体当たりしたことは覚えていない。」旨、勾留質問での供述よりも後退した内容の供述をしている。そして、同月一四日付けの検察官調書(原審乙二)においても、これと同旨の供述をしている。その後、被告人は、原審公判廷において、供述を翻し、「Cと警察官のところへ近づき、説明しようとしたら、Cのそばにいた二人の警察官の一人が、被告人の方に来て、チェック、チェックと言いながら被告人の襟を捕まえ、ボディーチェックを始めた。別の警察官が後ろから来て同じようにボディーチェックを始め、ズボンの後ろポケットから財布を取り出した。手に傘とジャケットを持ったまま、後ろに押し下げられ、つまずいて倒れた。後ろに押し下げられる前に、被告人が警察官に対して暴行したことはなく、またこのころを含め、被告人が路上にいる間に警察官から逮捕する旨言われたこともない。一旦起きあがってから、その場に座った。首に掛けていたチェーンに付けたロケットがなくなっていた。警察官に「そんなやり方はないじゃないか、差別でないか。」等と抗議をした。警察官が増えていた。前にいた警察官が財布を持っていたので、返してくれるように言ったところ、落ち着けと言われ手でなでようとするので、手を払い、後ろに下がりながら触るなと言った。そのとき、両手を胸の前に広げ手の平を前にして警察官を押しとどめたので、被告人の手が二回位警察官に触れた。そのときは相当怒っていて、馬鹿野郎とか差別だとか言った。警察官は困ったような様子だった。」旨、暴行の事実を否認するに至っているのである。
(3) 被告人は、捜査段階で暴行を一部認める供述をした理由について、原審公判廷において、以下のような説明をしている。すなわち、四月六日の段階で、警察官から、「Cが、交番で騒いだことを認めて謝った。Cはあと一〇日でビザが切れるので、困っている。」などと言われ、「自分が認めないとCとCの奥さんが困る。Cは謝って自由になったかのように振る舞っている。認めれば出られる。」などと思ったので、交番で暴れたことを謝罪し、そのような内容の調書が作成された(なお、C及び被告人は、日本人と結婚しており、日本人の配偶者としての在留資格を持っている。)。翌日、検察官による取調べが通訳人を介してあり、交番で暴れたことと警察官に自分の手が当たったことを謝り、その経緯について説明したが、警察官に暴力を振るっただろうと言われ、自分はそんなことをしていないと言っても信じてもらえず、口論になり、不安になった。通訳人から、「難しい事件ではないので、はいと言ったらすぐ済むようなことだ。」と言われた。翌八日の裁判官による勾留質問は、同じ通訳人を介して行われ、告げられた事実には間違いがあったが、通訳人に言われたとおり、事実はそのとおり間違いないと述べた。裁判官からは、前日の検察官に対する弁解録取書の内容と食い違いがあると言われ、一〇日間勾留すると言われた。同月九日の警察官による取調べは、通訳人を介さずに行われ、妻子が心配しているから早く認めて出た方がいいなどと言われ、警察官に任せた。体当たりをしたという点については、覚えていないとした方がもっともらしいということで、体当たりをしたことは覚えていないという内容の調書になった。その際、警察官は、「警察の仕事を邪魔するというのは、日本ではそんな大変な事案じゃない。一〇日で出られる。」というようなことを言っていた。同月一四日、これまでと違う通訳人を介して検察官の取調べが行われたが、改めて事情を聞かれたわけではなく、九日付けの警察官調書の内容を確認しながら、それと同じ内容の調書が作成された。検察官からは、最後に「起訴になっても刑務所に行かされたりはしないから心配するな。」と言われた。
(4) 以上のような、被告人の説明は、被告人が捜査段階で供述を変遷させた理由をそれなりに説明するものであるといえる上、被告人がBに加えたとされる暴行自体がそれほど強度のものではなかったこと、被告人もCも、Bら警察官が嫌疑を抱いた薬物事犯、不法残留、禁制品の所持等の犯罪を犯していなかったこと、等の事情に照らせば、この程度のことを認めれば大事にならずに釈放されると思って、Bに暴行を加えた事実がないのにあったかのような供述をした、という趣旨の被告人の説明が、あながち不自然であるともいえない。
 この点について、取調べに当たった警察官Hは、被告人が暴行の一部を認めるに至った経緯について、「四月六日の取調べでは、密入国だから強制送還されるのではないかと心配する被告人に対して、公務執行妨害と密入国は違うと説明し、日本人の配偶者なら日本の法律を守るのは当然じゃないかなどと説得した。その日は、被告人の言い分を取った調書を作成した。認めれば早く釈放されるなどと言ったことはない。その後、同月九日には、被告人は家族との面会が終わった後、泣きながら、手を合わせて、ごめんなさい、ごめんなさいと言って出てきた。その日の取調べで、警察官の胸を一、二回押したことを認めた。六日の供述と違う供述をすることになったのは、社会的に大きな事件だ(と思っていた)ということと、奥さんから離婚されるのが怖かったということから、最初は違う話をしていたのだと思う。」などと説明しているが、被告人の上記のとおり供述を変遷させ、最終的に暴行の一部のみ認めるような供述をするに至った経緯、特に勾留質問で被疑事実を全面的に認める供述をしながら、その後、一部の暴行について覚えていないと供述していること(ただし、Hは、同月七日付けの検察官調書の内容及び同月八日の勾留質問調書の内容については、知らなかったと述べている。)を合理的に説明するものとは言い難い。
 以上によれば、被告人の検察官調書(原審乙二)のうち、被告人がBに暴行を加えた旨のB供述に沿う部分の信用性については、直ちにはこれを肯認できないといわざるを得ない(なお、所論は、上記原審乙二等被告人の捜査段階における供述録取書面について任意性もないと主張するが、採用できない。)。
四 被告人の原審公判供述及びCの原審公判供述について
(1) 原判決は、暴行を否定する被告人の原審公判供述は信用できないとするが、その判断も是認できない。すなわち、原判決は、被告人の原審公判供述について、①警察官がいきなり被告人の襟を捕まえてボディチェックをしなければならないような理由は見い出し難く、そのようなことをされたという被告人の供述は不自然であること、②「差別でないか」などと言って警察官に抗議した時期が、B及びDはもとより、Cの捜査段階の供述、原審公判供述とも符合していないこと、③被告人の捜査段階の供述とも異なること、などに照らして信用し難いとする。しかし、①については、警察官が被告人らについて相当強い犯罪の嫌疑を抱いたことは、Bも認めるところであり、職務質問が行われた時間や場所、警察官が抱いた嫌疑の内容などに照らせば、被告人らの挙動によっては、警察官が相当強い実力行使に出ることがあり得ないとはいえない。また、②については、そもそも、原判決がB供述に沿うものとして挙げている被告人の検察官調書(原審乙二)でも、「差別だ。」と抗議した時期が、B供述と異なっていることは前述したとおりであり、被告人の検察官調書がB供述と食い違っていることを無視して、被告人の原審公判供述についてだけ、B供述と食い違いがあると指摘し、その信用性を弾劾するのは、適正とはいえない。さらに、③については、暴行を一部認めた被告人の捜査段階の調書の信用性には疑いを容れる余地があることは、上述したとおりである。結局、被告人の原審公判供述は、Cが職務質問をされているところへ駆けつけてきたときに被告人が冷静であったかのようにいう点などは、その前後の状況に照らしてそのまま信用し難いが、故意に暴行を加えていないという部分については、原判決の挙げるような理由で、その信用性を否定することはできないというべきである。 
(2) また、原判決は、Cの原審公判供述についても、被告人の原審公判供述に沿う部分があるが、①「警察官からは身分確認の書類を見せろなどとは全く言われたことはなく、警察官はいきなりボディーチェックをした。」などという供述は、その内容自体不自然であること、②被告人が警察官から蹴られていたなどと被告人自身も言っていないことがあったと述べるなど、親友である被告人のために虚偽の供述をしていることをうかがわせる部分があることなどに照らすと、信用できないとする。しかし、いきなりボディーチェックをされたという点が必ずしも不自然とはいえないことは、被告人の原審公判供述に関して上述したとおりである。また、被告人が警察官に取り囲まれて転倒した状況があったことは事実であり、Cがその様子を見て被告人が警察官から蹴られていると思い込むということもあり得るところである。Cとしては、被告人をかばおうとするなら、被告人の供述に合わせて、被告人は警察官に暴行を加えていないと言うことも考えられるのに、そのようには言わず、被告人が暴行を加えたところは見ていないと言っているにすぎないのであるから、警察官らの行為についてことさら虚偽を述べているとは必ずしもいえないというべきである。そうすると、Cの原審公判供述の信用性を一概に否定することはできないというべきである。
五 以上のとおりであって、被告人から原判示のような暴行を受けた旨述べるBの原審公判供述を信用することは難しく、他に被告人がBに対して原判示の暴行を加えたことを認めるに足りる証拠もないから、所論が主張するその余の点について検討するまでもなく、被告人を有罪と認定した原判決は破棄を免れない。
 論旨は理由がある。
 よって、刑訴法三九七条一項により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従い、当裁判所において更に次のとおり判決する。
第二 自判
 本件公訴事実は、「被告人は、平成一五年四月六日午前〇時三五分ころ、東京都杉並区高円寺北《番地略》甲野店前路上において、警ら中の警視庁第二自動車警ら隊所属の逃査B(当三八年)から挙動不審者として職務質問を受けた際、同巡査に対し、両手でその胸部を二回突き飛ばすなどの暴行を加え、もって、同巡査の職務の執行を妨害したものである。」というものであるが、前述したとおり、被告人が公訴事実記載の暴行を加えたとの証明は十分でなく、本件公訴事実については犯罪の証明がないことに帰するから、刑訴法三三六条により被告人に対し無罪の言渡しをすることとする。
 よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 須田 賢 裁判官 井口 修 西田時弘)

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