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公務執行妨害東京3

東京地方裁判所判決/平成20年(刑わ)第1207号

主文

 被告人は無罪。

理由

1 公訴事実
 本件公訴事実は,「被告人は,平成20年4月15日午後2時52分ころ,東京都北区(以下略)○○○荘階段上において,警視庁滝野川警察署地域課勤務の巡査部長A(当時36歳)が,職務質問に伴い,被告人の所持していたリュックサックの在中品の確認を行っていた際,同巡査部長の左腕を右足で1回けり,同巡査部長の着用していた制帽の上からその前額部に1回頭突きをする暴行を加え,もって同巡査部長の職務の執行を妨害したものである。
2 争点
(1) A巡査部長の職務の適法性について
 この点に関し,被告人は,「警察官のBが『身分の確認できるものを見せていただけませんか』と言ってきたので,『いいですけど,急いでいるので歩きながらにしてください』と答えた。すると,左脇にいたBが『ちょっと止まってくれ』と言い,右脇にいたAが右腕を強くつかんできた。それでも,Aの手を振り払おうとしながら,歩き続けたが,Aは,前に回って両肩を鷲づかみにして押さえ付けてきた。それで,その場に止まって肩を左右に振ってAの手を振り払おうとしたが,さらに,Aは,右脇に回って左腕を首に回し,首を締め付けて腰を落として前屈みになって,ヘッドロックをしてきた。それで,もがくなどしたが,そのうちにAの腕が外れた」などと供述している。
 この供述に基づき,弁護人は,「Aのヘッドロックを含む一連の行為は,職務質問に伴う有形力の行使を明らかに逸脱しており,違法である。この職務質問は一連のものとして○○○荘で所持品検査を行うまで継続している。したがって,Aの行った一連の職務質問全体が違法性を帯びており,それに伴う所持品検査も違法である。」と主張する。
(2) 本件公訴事実記載の暴行について
 この点に関して,被告人は,「それまでのAのやり方に腹が立っていたのと,急いでおり,早く終わらせてほしいという思いを表したくて,足を前に振り上げた。しかし,当ててはいけないという思いもあったので,途中で足を止めたが,つま先がほんの少しAの左手甲の付け根に触れてしまった。すると,Aが『蹴ったろう』と言ってきたので,腹が立ち,『蹴ってねえよ』と言って顔を近づけ,抗議した。その際,額がAの制帽のつば先にちょっと触れたが,頭突きはしていない」などと供述している。
 この供述に基づき,弁護人は,「被告人がAの左腕を右足で1回蹴って暴行を加えたという事実はなかった。被告人は,急いでいたのと,警察官から受けたそれまでの暴行行為に納得が行かなかった気持ちから,所持品検査を行うなら早くやってほしいという気持ちを表現する意味で,右足をほんの少し前方に振り上げたところ,偶然にも,その右足のつま先がAの手の甲に触れた事実はあったが,これは暴行の認識を欠いており,暴行と評価できない。また,被告人が頭突きをした事実は認められない」と主張する。
(3) 争点に関する判断の要点
 このように,弁護人は,本件公訴事実記載のAの職務行為が違法なものであるとともに,本件公訴事実記載の暴行も認められないから,被告人は無罪であると主張している。これに対し,証人Aは,ヘッドロックなどの違法な有形力の行使をしていない旨供述し,証人Bもこの供述におおむね符合する供述をしており,また,証人Aは,本件公訴事実記載の暴行を受けた旨供述しているので,これらの供述の信用性が問題となる。
3 証人Aの供述内容
そこで,証人Aの争点に関する供述内容を見てみると,Aは次のとおり供述している。
(1) 本件当日,B巡査とともに制服制帽を着用してパトカーに乗務していたところ,板橋駅と反対方向から歩いてきた被告人が,路地に入る際に周囲を気にしているような様子だったので,不審と認め,パトカーで追跡した。
(2) その路地に入ったところでB巡査がパトカーから降りて,被告人に二言,三言話しかけて職務質問を始めたが,被告人に立ち止まる気配がなかったので,逃走するかもしれないと思い,運転していたパトカーを停めて,B巡査と被告人の跡を追った。
(3) B巡査と被告人に追いついた際,B巡査は被告人に立ち止まるよう求めていたが,被告人に立ち止まる気配がなかったので,私も被告人の右横から立ち止まって職務質問に応じるよう求めたり,身分確認や危険な物を所持していないかの確認をさせてほしいと何度も求めたりした。しかし,被告人は,「今,忙しいんだよ」と言って立ち止まろうとしなかった。それで,被告人の前に立って被告人に協力を求めたが,被告人は,腹を立てている状態で,右手で私を払うように押しのけて歩き続けた。
(4) その後,私が身分確認できるものを見せてほしいと言ったところ,被告人は財布を取り出して運転免許証を差し出してきた。それまでに,私が「近くの方ですか」と聞いたのに対し,被告人は「すぐそこだよ」と答えていたが,その運転免許証記載の住所は新宿区(以下略)になっており,有効期限も切れて失効していたので,更に不審を強め,再度被告人の前に立ち,右肩に掛けていたリュックサックの中を確認させてほしいと求めた。すると,被告人は,「見たきゃ,勝手に見ろよ」と急に怒鳴って,身体を右から左にひねるようにして前屈みになり,そのリュックサックを私の方に投げつけてきた。そして,被告人が「おれは先に行くぞ」と言って右手で私を払いのけてきたので,そのリュックサックを受け取れずに落としてしまった。
(5) 被告人がそのリュックサックを放置したまま歩いていったので,そのリュックサックの中に侵入工具や薬物が入っているのではないか,あるいはポケットに薬物を持っていてそれを捨てるのではないかと思った。それで,被告人をいったん引き止めなければならないと思って跡を追い,被告人の脇から何度も右手を被告人の前に出して立ち止まるよう求めた。しかし,被告人は,私の手を払い,更には腕を振り回して肘打ちのようにしてきて,何度も私のみぞおち辺りに当たった。それで,私が「公務執行妨害になるぞ」などと言いながら手を出したところ,被告人がその手をこぶしでたたき落としてきたので,被告人の右手首を右手でつかみ,被告人の右肘に左腕を添え,被告人の右腕を押さえた。B巡査も左側から同様に被告人の左腕を押さえ,通行人等もあったので,1メートルくらい道路の脇の方に被告人を移動させた。被告人が興奮していたので,被告人の腕を押さえ付けたまま,被告人に落ち着くように言うなどし,1分もしないうちに被告人が力を抜いたので,私たちも被告人の腕から手を放した。
(6) 私は「カバンを置いたまま行くなんておかしいじゃないか」などと言ったが,被告人は私を押しのけて立ち去ろうとした。それで,B巡査にリュックサックを取ってきてもらい,本件現場である○○○荘の前まで私とB巡査が被告人の両脇に付いて被告人に止まるよう繰り返し求めながら,あれこれ質問を継続した。
(7) ○○○荘前で被告人は「ここだよ」と言ってそのアパートを指さし,私たちに運転免許証やリュックサックを預けたまま外階段を上がっていこうとした。それで,私はその階段で被告人を遮り,「本当にここに住んでいるんですか」などと言った。すると,被告人は,「ここだよ」と言って郵便受けをたたいたが,その郵便受けには名前等の表示がなかったので,改めて身分確認や危険な物を所持していないかの確認をさせてほしいと求めた。すると,被告人が「急いでいるので早くしろ」などと繰り返し怒鳴りながらも所持品検査に応じたので,ポケットの中を上から確認し,B巡査に運転免許証を渡して無線照会を依頼するとともに,B巡査からリュックサックを受け取り,車道に立って縁石に右足を載せ,右膝にそのリュックサックを置いて中を見ようとしていたところ,階段の1段目に立っていた被告人が私の左肘を蹴った。それで,私が「何で蹴るんだ」などと言って被告人に詰め寄ったところ,被告人が「蹴ってねえよ」など言い,被告人と問答を繰り返していたら,被告人が頭突きをしてきた。
4 証人A及びBの各供述の信用性
(1) 被告人に対する有形力の行使に関する両証人の供述の食い違い
 Aは,被告人を立ち止まらせるために,被告人の右横から右腕を被告人の前に出したり,被告人の前に立って両手を被告人の両脇前に出したりしただけで,「被告人の肩や手首をつかんだことは一切ない」と明確に供述している(速記録24頁)。ところが,Bは,自分とAが「2人で代わる代わるに」(速記録18頁)被告人の横や後ろや前から肩に手を掛けて被告人を立ち止まらせようとした旨供述している。このような供述の食い違いは両証人の供述の信用性を損なうものである。しかも,Bのこの供述は,職務質問の適法性に関わる自分たちの行動についてのものであるから,その有形力の行使の程度について,事実よりも強いものであったという内容の虚偽の供述をしたり,記憶違いなどによりそのような内容の事実と異なる供述をしたりすることはあり得ない。そうすると,少なくとも,Bのこの供述に明らかに反するAの上記供述は事実と異なっており,しかも,被告人を現行犯人として逮捕するに至った職務質問における自らの行動に関するものであるから,記憶が混乱するなどの事情で事実と異なる供述をしたとは考えられず,Aは虚偽の供述をしたものと言わざるを得ない。
(2) 通行人に制止されたことに関する供述の不自然さ
 被告人,A及びBの各公判供述によれば,Aらが被告人に職務質問をしていた際に,5,60歳くらいの男性が「やりすぎじゃないか」などと言って,Aらと被告人の間に割って入ってきたことが認められる。Aは,このことがあった場面について,Bとともに左右から被告人の腕を押さえていたとき(前記3(5))であると供述している。
 ところで,被告人は,この男性について,まったく知らない人であると供述しているが,A及び被告人の各公判供述等によれば,本件逮捕後に被告人の所持品から禁制品等は出てこなかったこと,本件当時,被告人は自宅に帰ろうとしていたにすぎないこと,その男性はAが対応して間もなくその場から立ち去っていることが認められ,これらのことからすれば,被告人のこの供述は十分信用できる。
 そうすると,被告人と関係のない通りがかりの第三者が,制服着用の警察官に対して「やりすぎじゃないか」と言って,敢えてAらと被告人の間に割って入ってきたことになるが,このような第三者が被告人の腕を両脇から押さえ付けているだけの状況を見て,このような言動を取るとは考え難く,Aの上記供述はかなり不自然である。
 また,Bは,職務質問の経緯について,Aとほぼ符合する供述をした上,5,60歳くらいの男性が「やりすぎじゃないか」などと言ってきた場面については,「Aとともに被告人の腕を左右からつかんでいるときではなく,被告人の両横にいて被告人に落ち着くように言っていたときであったと思う」旨供述している。この供述がかなり不自然であることは,Aの上記供述と同様であるが,この供述は,Aの上記供述と食い違ってもいる。警察官である自分たちの職務質問のやり方が不適切であるとその場で指摘されたのであるから,A及びBにとって明確に記憶に残る出来事であったはずであるが,その場面について,このような食い違った供述をすることは不自然であり,この点からも,両証人の供述は信用しがたい。
(3) 被告人の暴行に関する証人Aの供述の不自然さ
ア 証人Bの供述との不整合性
 Aは,被告人から蹴られた際の状況について,「左肘の小指にしびれが走る部分を蹴られ,腕一本分くらい上がり,小指の先にしびれるような痛みがあった」旨供述している。しかし,Bは,「被告人の足がAの方にぱっと伸びたのが見えた。Aは,ちょっとビクッとしたような感じになり,『なぜ蹴ったんだ』というようなことを言って,被告人に詰め寄っていた。Aの体の陰になり,どこに当たったかは分からなかったが,蹴られたんだと思った」と供述している。Aの上記供述のような衝撃がAの腕にあったのであれば,Bの供述する目撃状況を前提にしても,Bはそのような衝撃があるほど強く蹴られたことが認識できたと思われるが,上記のとおりそのような供述をしていない。また,Aは,「被告人から蹴られ,更に攻撃を受けると予想して,間合いを詰めるなどした」とも供述しているが,Bは,被告人が更にAに暴行を加えてこないようにしようとはしておらず,そのような事態が予想される状況とは認識していなかったことも明らかである。そうすると,Aのこれらの供述は,Bの供述と整合していないと言わざるを得ない。
イ 被告人の暴行に関する供述の不自然さ
 Aは,被告人から頭突きをされた際の状況について,「被告人に詰め寄って被告人と問答を繰り返していたら,被告人がちょっと下がったような感じになったので,瞬時に頭突きをしてくると判断し,あごを引いて上体を下げた」旨供述している。しかし,被告人が頭突きをしてくると思ったのであれば,それをかわそうとするのが自然な反応であるが,Aはそのような行動を取っていないというのであり,この供述も不自然な感がある。
5 被告人の供述の信用性
(1) Aにヘッドロックをされたことに関する供述の信用性
 前記4(2)のとおり,5,60歳くらいの男性が「やりすぎじゃないか」などと言って,Aらと被告人の間に入ってきたことが認められるが,この出来事について,被告人は,「Aにヘッドロックをされている様子を見ていたその男性が,Aを止めに入ったものである」旨供述している。この供述は,被告人と関係のない通りがかりの第三者が,制服着用の警察官の行動を敢えて制止しようとする状況として整合性があり,Aにヘッドロックをされたとの被告人の供述の信用性を高めていると言える。
 また,被告人は,「Aにヘッドロックをされ,とても苦しかったので,必死にもがいた。その際に右肩に掛けていたリュックサックが離れてしまったと思う。もがいているうちにヘッドロックが外れたが,気が付いたら,リュックサックを持っていなかった」旨供述している。この供述も,右肩に掛けていたリュックサックが外れて被告人の手から離れてしまう状況として整合性がある。この点について,Aは,前記3(4)のとおり「Aが被告人の前に立ちふさがり,リュックサックの中を見せるよう求められたことに対し,被告人は『見たきゃ,勝手に見ろよ』と怒鳴って,身体を右から左にひねるようにして前屈みになり,そのリュックサックを私の方に投げつけてきた」旨供述し,Bも同様の供述をしている。しかし,この供述内容は,被告人が肩に掛けていたリュックサックをAに投げつける動作としては不自然な感を禁じ得ない。
 さらに,Aは,前記3(5)の場面での出来事として「被告人が腕を振り回したため,左腰に付けていた無線機と左肩に付けていたマイクをつなぐコードが被告人の右腕に二重,三重に絡みつき,被告人の腕を押さえ付けて放した後,被告人がそのコードを外していた」旨供述しているが,Aと被告人が組み合っていない状態で被告人が腕を振り回していた際に,Aがこのようにして所持していた無線機のコードが被告人の腕に二重,三重に絡みつくという事態が生じるとは考え難い上,そのような事態が生じたとすると,被告人の腕からコードを外そうとするのが自然であるが,Aはそのような行動を取っていない。かえって,このような事態が生じた状況としては,「Aにヘッドロックをされ,必死にもがいた」という被告人の供述が整合するものと言える。
(2) 本件公訴事実記載の暴行があったとされる際の状況に関する供述の信用性
 この点に関する供述内容は,前記2(2)のとおりであるが,それまでの経緯に関する供述に照らすと,そのときの内心やそれに伴う行動としてごく自然であり,特に不自然なところはない。被告人の足がAの手首の甲に触れたのに対し,Aが「蹴ったろう」と言って詰め寄ってきたとする点も,被告人が蹴る動作をして実際に手首に触れているのであるから,このような言動をAがしたとしても不自然ではない。かえって,Bは,前記4(3)アのとおり,被告人が更にAに暴行を加えることを予想した行動を取っていないが,このことは,Aの体に当たらないように止めた足がAの手首に触れただけであるとの被告人の供述と整合性があると言え,被告人のこの供述も信用性が低いとは言えない。
5 結論
 以上のとおり,被告人に対してヘッドロックなどの違法な有形力の行使はしていないとの証人A及びBの各供述は,かなり信用性を損なう点があり,信用性が高いと評価できない。また,この点に関する証人Aの供述には虚偽の供述をしていると言わざるを得ない点があることは,本件公訴事実記載の暴行に関するAの供述の信用性をも損なうものであることのほか,この点に関するAの供述にも,その信用性を損なう点があることからすると,その信用性も高いと評価できない。他方で,これらの点に関する被告人の供述は,信用できなものではない。そうすると,本件公訴事実記載の暴行に関しては,被告人の供述どおり,Aの違法な職務行為に腹を立てていた被告人が,所持品検査を早く終わらせてほしいという気持ちから,Aに当ててはいけないと思いながら,Aに向けて足を振り上げ,途中で足を止めたが,つま先がAの左手甲の付け根に触れてしまい,これに対してAが「蹴ったろう」と言ってきたため,更に腹を立てた被告人が,「蹴ってねえよ」と言って顔を近づけて抗議し,その際に,額がAの制帽のつば先に触れたとしか認めることができない。被告人のこのような行為も有形力の行使ではあるが,Aに違法な職務行為があったことを前提とすれば,それに引き続く職務行為に対する抗議行為として,この程度の有形力の行使は許容せざるを得ず,公務執行妨害罪は成立しないと解される。
 したがって,本件公訴事実については犯罪の証明がないから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
平成20年8月21日
東京地方裁判所刑事第9部
裁判官  秋葉康弘

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