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詐欺岐阜

名古屋地方裁判所/平成14年(わ)第1224号

主文

 被告人は無罪。

理由

第1 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,岐阜県高山市a町b丁目c番地所在のdビル4階に会計事務所を置き,公認会計士として稼働するとともに,同市e町f丁目g番地に本店を置き,コンビニエンスストアの経営,コンビニエンスストアチェーン店の加盟店募集及び加盟店の指導等を業とする株式会社甲の経営コンサルタント業務を行っていたもの,Aは,甲の代表取締役として同社の業務全般を統括管理していたもの,Bは,同社の専務取締役としてAを補佐していたものであるが,被告人は,A及びBと共謀の上,平成10年8月下旬ころから同年9月上旬ころまでの間,前後数回にわたり,株式会社乙本社事務所において,同社専務取締役で株式会社丙の取締役でもあったCらに対し,真実は,甲が経常損失を計上している状態であったのに,架空売上を計上するなどして粉飾した平成10年2月期決算書類を示すなどした上,甲の業績が前期まで経常利益を計上するなど順調に推移し,売掛金の回収が困難なことから一時的に資金繰りに窮したものの,経営上特に問題はなく,同社の発行する株式の引受価額は1株当たり1500円が相当である旨の嘘を言い,前記Cらをしてその旨誤信させ,同年9月29日開催の乙及び同月30日開催の前記丙の各取締役会において,それぞれ12万5000株の第三者割当増資に応じる旨決定させ,よって,同年11月6日,両会社の従業員らをして,株式会社丁銀行岐阜支店に開設された甲の別段預金口座を経由して同社名義の当座預金口座に,それぞれ1億8750万円を振込送金させ,もって,人を欺いて財物を交付させた。」というのである。
第2 被告人は,分離前の相被告人A及び同Bとともに,平成10年9月2日,乙本社を訪れ,C専務らに対し,虚偽の事実を告げたことは間違いないが,A及びBと詐欺の事前共謀をしていない旨主張する。
 そして,被告人と併合審理された第1回公判期日において,A及びBは,乙のC専務が,子の粉飾決算を知った上で,甲の倒産回避のための支援として,第三者割当増資に応じてくれた旨を主張し,また,A及びBの弁護人は,その事情を詳細に主張し,詐欺の事実を争う。
 そこで,以下に検討する。
第3 関係証拠によれば,甲の平成9年の経営状況,粉飾の状況について,以下の事実が認められる。
1 甲は,昭和63年9月ころから,Aを代表取締役社長,Bを専務取締役として,コンビニエンスストアを展開する事業を始め,平成4年ころから株式の店頭公開を目指し,積極的に店舗数を増加させてゆき,平成8年2月15日の第12回決算期末には104店舗であったコンビニエンス店舗数を,平成9年2月15日の第13回決算期末には148店舗に,平成10年2月15日の第14回決算期末には172店舗に増加させた。
 甲の展開するコンビニエンス店舗には,同社自体が経営する直営店と,他の経営者が経営するフランチャイズ店(FC店)とがあり,フランチャイズ店については,甲が土地を借り受け,店舗建物を建て,什器備品を購入し,これらをフランチャイズ店の経営者に直接売却し,又はリース方式をとってリース会社に売却していた。甲では,このフランチャイズ店の売却代金の未収金を売掛金に計上していた。
 なお,甲は,平成7年2月期まで,フランチャイズ店に対する前記建物及び什器備品に係る不動産売上げ並びに加盟金収入の計上基準を,フランチャイズ店の経営者との加盟店契約締結日を基準として計上する契約日基準としていたが,監査法人に指摘され,フランチャイズ店が開店した日を基準として計上する開店日基準に変更した。
 甲は,平成9年2月ころ,運転資金を使用して集中して店舗を建設し出店したものの,売却が進まず,直営店として営業することになったこと等により,資金繰りが逼迫し,平成9年11月には,支払資金の手当てに困難を来す状況となった。また,新規に開店した店舗の売上高が伸びず,経常利益を圧迫する状況となっていた。
 甲は,同年12月に至り,他の銀行から融資を断られたので,主要取引銀行である戊銀行に運転資金の融資を依頼した。甲が他の銀行から融資を断られたことに懸念を抱いた戊銀行は,甲に融資するに当たり,甲の経営状態を把握するため内部の調査を行い,売掛伝票,仕入伝票,直営店からフランチャイズ店への切り替えに関する契約書類等を調査した。この調査後,戊銀行は,2億3500万円を甲に融資したが,甲の資金繰りの悪化の原因を把握したことから,甲の経営再建に乗り出し,甲に経営改善計画書を提出させ,経営改善計画の状況実施について報告を求めるようになった。戊銀行の支援により,甲は,経費削減や他行からの資金調達の改善が進んだが,不動産売掛金の回収,加盟店貸勘定の回収については,オーナーの資金調達が上手くいかず進んでいないという報告を戊銀行にしていた。
 甲の資金繰りについては,平成10年1月以降,戊銀行から,甲の仕入決済日である毎月10日に8億円程度の融資を受け,翌月の仕入決済日までに融資金を完済するという短期融資を得ることができ,当面の解決ができた。
 甲社内では,平成10年2月の第14期決算において,6億5000万円近くの経常損失が試算されていたところ,Aの指示により,2億円の経常利益を計上するよう決算を粉飾することとなり,不動産売上等について,開店日基準から契約日基準に変更するとともに,架空の加盟店契約による不動産売上及び加盟金収入を計上した計算書類を作成した。この操作により,営業収入が15億5780万5000円過大に,営業利益が8億5166万5000円過大にそれぞれ計上されることとなり,うち,架空の加盟店契約による売上高が合計14億6531万円であった。これにより,第14期決算における経常損益は,計上基準を開店日基準のままとした場合に6億4900万円余りの損失となるところ,2億0320万1000円の利益となった。
2 乙と甲の関係
 平成10年当時,甲のコンビニエンス店は,1店舗を除いて乙をパンの仕入先にしており,同社の名古屋工場から甲への売上げは月額約2億円に上り,乙の子会社である株式会社己の名古屋にある2工場のうち1工場は甲向けの製品のみを生産し,乙名古屋工場に卸しており,同名古屋工場にとって甲は主要な取引先であった。また,乙は,平成10年2月15日時点で,甲の株式2000株を保有していた。
 甲の資金繰りに窮していたAは,戊銀行の指導により,平成9年12月25日,主要な納入業者であった乙名古屋工場に行き,仕入代金の支払いの半分を手形払いにしてほしい旨を申し入れた。乙は,本社で対応することとなり,同月26日,同社営業本部長D,チェーンストア営業部長E,財務部次長Fらが,岐阜県高山市所在の甲本部に行き,甲の状況を調査した。
 F次長は,名古屋工場長からの連絡により,乙と取引のある甲の店舗数につき,名古屋工場が150店舗,大阪第2工場が17店舗,岡山工場が1店舗であることを知り,また,甲の平成9年2月期の第13期の定時株主総会招集通知に添付された貸借対照表及び損益計算書により,甲の財務内容を把握した。さらに,甲本部での調査の際,A及びBから,甲に店頭公開の話があり,資金を建設費に回して店舗の建設に力を入れ,平成8年末から平成9年2月にかけて15店を新規出店し,そのほとんどは直営店としてオープンし,フランチャイズ店に切り替える計画であったが,うまくゆかず,夏ころから資金不足傾向になってきたこと,現在は,新規出店についてオーナー決定後に開始していること,4月から週休2日制を取り入れて人件費が3割程度増加したこと,甲では,土地を借りて店舗を建て,設備込みでフランチャイズ店のオーナーに売却しており,その売却代金が売掛金となっていること,銀行の貸し渋りで,オーナーへの銀行融資が遅れており,現在,甲が抱えている売掛金が約9億6000万円になっていること,春になれば売掛金の回収ができる見通しであり,平成10年7月支払分まで半額の手形による支払いを要請したということを聞かされた。また,F次長は,Bから,フランチャイズ店1店舗あたりの建設費の額が4000万円くらいであると聞いた。
 D本部長らは,甲の経営に問題はなく,一時的な資金繰りの悪化であると判断し,その旨を乙のC専務取締役に報告し,乙は,担保を取った上,平成10年1月から7月の支払いまで商品代金の半額相当を目安として乙が指定する金額の範囲内での約束手形による支払いを了承することとなり,平成10年1月20日,その旨の覚書等の契約書を交わした。
 平成10年6月2日,F次長は,新しい名古屋工場長に挨拶に来たBらと会い,その席上,商品代金の半額の手形支払いの期間を延長するよう要請された。Bからは,平成10年2月期の決算で売掛金が20億円に拡大し,その後回収に努めたが現在,15億円の残となっていること,売掛金分の資金繰りについては,銀行からの借入れにより対応したが,短期借入金が14億円となっていること,売掛金の回収が進んでいない店舗数は30店舗程度であること,直営店が現在45店舗だと思うが,23店舗についてはオーナーの申込みがあり,うち3店舗は自己資金によるものだが,その他については資金手当がついていないこと,今期末には直営店を10店舗程度とする計画であることを説明された。
 同月12日,E部長,G財務部長,F次長らは,甲本部に行き,A及びBと会い,手形支払いの延長要請を考え直すように告げた。
 同月15日,C専務,D本部長,H経理本部長,E部長,G部長及びF次長は,甲への対応を検討するための会議を行い,担保として4店舗を追加し,Aの保有する甲株式に担保権を設定することを承諾すれば,手形支払いの期間の延長を認めるという方針が決まった。この席で配布されたF次長作成の資料には,15億円の売掛金が30店舗分にあたることが記載されていた。
 同月16日,東京都千代田区h町i丁目j番k号乙本社において,C専務,D本部長,H本部長,G部長らは,A及びBと会い,その席上,C専務が,資金繰りについて説明資料の作成を要求し,説明資料の提出を受けて,再度交渉することとなった。
 その後,F次長は,Bから甲の資金繰表の提出を受け,その内容を検討して再検討を指示し,さらに新規の店舗開発を行わない内容の資金繰表の提出を受けた。
 同年7月2日,乙本社において,C専務,G部長,E部長,F次長らは,A及びBと会談し,両名から「改善計画」と題する書面の提出を受け,商品代金の一部の手形払いを半年間延長するよう要請を受けた。乙側は,根抵当権の極度額を増額し,追加の担保として6店舗及びビルに根抵当権を設定すること,Aの保有する甲の株式を担保とすること,毎月の損益状況を報告するなどの念書を差し出すことを前提として,平成10年12月の支払分まで商品代金の半額を手形払いとすることを承諾した。
 乙側は,当初,Aに対し,その保有する甲株式の35パーセントを乙の債権の担保とすることを求めたが,その後,担保とする株式の割合を10パーセントとすることとなり,その旨合意し,同年7月14日,手形払いの期間を前記のとおり延長する旨の覚書,毎月の損益状況,資金状況等について翌月末日までに概算報告を,翌々月末日までに確定報告を行い,質問に速やかに回答すること等の報告の約束及びAの保有する甲の株式の10パーセントにつき担保として提供することを内容とする念書並びに前記内容の根抵当権極度額増額及び追加共同根抵当権設定契約証書を作成した。
3 増資に関する交渉経過
 Aは,平成10年7月30日,乙名古屋工場に電話をかけ,甲につき,同年9月ころ,50万株,10億円の増資を計画しており,乙に5億円分の引受けを依頼したい,乙に応じてもらえれば庚銀行や他の銀行も増資に応じたいと言っている,ついてはC専務に会わせてもらえないかという旨を申し入れ,その趣旨が乙本社に伝えられた。
 乙側は,甲に対し,株価に関する資料を要求し,甲からは,前記のとおり粉飾された第14期決算の数値等に基づく類似業種比準価額で1株あたり1316円と評価する会計事務所作成の株価評価書が送付された。
 同年8月24日,乙本社において,C専務,D本部長,E部長及びI総務部長代理が,A及びBと会談し,Aから,甲が50万株を7億5000万円で発行する予定であり,乙には25万株を引き受けてもらいたい旨依頼された。この会談において,乙側は,A及びBに対し,乙の甲の経営への参加を検討すること,目論見書を用意することを求め,中央監査法人に属している公認会計士である被告人が甲の新株発行に関与していると聞いたことから,被告人の話を聞きたいとして,被告人を含め同年9月2日に再度会談することとなった。
 A及びBは,平成10年11月5日を払込期日とする新株引受を勧誘する内容の「第三者割当増資目論見書」と題する書面を準備するとともに,非常勤の外部取締役による経営陣の強化等を内容とする「資本提携及び業務提携のお願い」と題する書面を準備した。なお,「第三者割当増資目論見書」には,粉飾された平成10年2月期の第14期決算の内容等が添付されていた。
 同年9月2日,乙本社において,C専務,D本部長,E部長及びI部長代理は,A,B及び被告人と会談し,被告人が甲の将来性や増資資金の使途等を説明した。
 C専務は,同月11日ころ,甲の新株25万株,3億7500万円の引受依頼に応じることにつき,乙の代表取締役社長Jの了承を得た。その際,同人の提案で,乙とその子会社株式会社丙で甲の新株を半分ずつ引き受けることとなった。
 乙では,同月25日の常務会及び同月29日の取締役会において,同社と株式会社丙がそれぞれ甲の新株12万5000株を1株1500円で引き受ける旨の承認がなされた。また,株式会社丙でも,同月30日の取締役会において,甲の新株12万5000株を1株1500円で引き受けることの承認がなされた。なお,J社長は,株式会社丙の取締役会長,C専務は,同社の取締役であり,同社の取締役社長は,乙の取締役であった。
 株式会社丙は,平成10年10月29日,株式会社丁銀行岐阜支店に開設された甲の増資払込口・別段預金口座に,1億8750万円を振り込み,乙は,同月30日,同口座に,1億8750万円を振り込んだ。
第4 関係者の供述
1 本件第三者割当増資に関し,A,B,被告人ら甲関係者と折衝した乙の関係者であるC,F,D及びIは,いずれも,新株の引受けを依頼された際,甲の平成10年2月期の決算につき,不動産売上等の計上基準の変更があることも,架空の店舗売買契約に基づく売上等の計上があることも知らず,A及びBの説明のとおり,銀行等の貸し渋りにより,フランチャイズ店のオーナーが融資を受けられず,店舗等の売却代金の回収が遅れ,直営店のフランチャイズ店への転換も進まないことから,甲が一時的に資金繰りに窮しているのであって,銀行等の貸し渋りの問題が解消すれば,資金繰りの問題は解決するものであり,甲の経営自体には何ら問題はなく,平成10年2月期にも2億円余りの経常利益を上げていると信じ,1株1500円の新株発行価額も適正なものと信じていたが,その後,平成11年3月3日から4日にかけて実施された少数株主権に基づく甲の会計帳簿等の調査の際に平成10年2月期の不動産売上等の計上基準の変更が判明し,さらに,A等の保有する甲の株式を譲り受け,経営権が乙側に移った後である平成11年9月ころ,売掛金のほとんどが架空であったことを知った旨を供述する。
2 他方,分離前の相被告人A及び同Bは,前述したとおり,第1回公判期日において,乙のC専務が,甲の粉飾決算を知った上で,第三者割当増資に応じてくれた旨を供述し,乙側の錯誤を否定する。
第5 検討
1 前記のとおり,甲の平成10年2月期の決算における粉飾によって,営業利益が15億円余り過大に計上されることになり,これが本来6億5000万円近くの経常損失であったものが,2億円余りの経常利益となった原因であった。
 F次長は,平成9年12月の段階で売掛金が約9億6000万円であり,売掛金の内容がフランチャイズ店の店舗等をオーナーに売却した代金であると聞いており,平成10年6月2日には,平成10年2月期の決算において売掛金が20億円に拡大したことを知った。この売掛金の増加分約10億円は,F次長の作成した資料による店舗1軒あたりの売掛金額5000万円で除すと,20店舗分に相当する金額である。
 他方,乙は,甲の各店舗に商品を卸していることから,その店舗数を把握しており,平成9年12月の時点で168店舗であったものが,平成10年2月15日の決算日に172店舗となっており,4店舗増加したにすぎないことを把握していた。
 F次長は,平成10年6月2日,Bに対し,「昨年度末にご説明頂いた時は確か7億2千万円であったが,この半年間で倍になったのか。新規開店の影響とは違う様だが。」と質問し,同人から,売掛金の増加の理由について,「平成10年1月,2月に売掛金を回収する予定であったオーナーに国民金融公庫からの融資しか実行されず,銀行からの融資が実行されなかったため,こうした状況になった。」との説明を受けたと供述する。すると,売掛金の増加分の店舗のほとんどは平成9年12月段階で既に開店していたこととなる。
 しかしながら,すでに開店している店舗の売買に係る売掛金が新たに計上されるとすれば,直営店のフランチャイズ店への転換と考えるべきであるところ,前記のとおり,Bからは,直営店のフランチャイズ店への転換が進んでいない旨の説明を受けており,売掛金の増加についての同人の説明で納得することは困難である。
 さらに,乙は,平成10年6月2日の甲側からの手形による商品代金支払いの期間延長の要請を受け,甲の取引銀行から情報を収集しているところ,辛銀行東京本店営業部から得た資料には,甲の平成9年8月期の中間決算において,経常損失が3億2600万円,当期損失が3億1200万円となっており,また,年末から期末にかけて新規店舗開店が集中する傾向があるため,期中での収支及び損益状況が一時的に苦しくなるケースがある,管理コスト削減とFC化の進展,在庫水準の適正化等により,経常利益,当期利益ともに黒字を確保する予定との記載があった。Bからも,営業地域が農村であるため,春から夏にかけて地主と契約したものはすべて農作物の収穫後に工事開始となるため,開店が年末に集中する旨の説明があった。
 平成9年末から平成10年2月まで店舗数にほとんど変化がない状況の下で,乙側が,甲の平成10年2月期の決算の内容に何らの疑念も抱かず,2億円余りの経常利益を確保していると信じたというのは不自然である。
2 乙側は,平成10年6月2日の会談の際,Bから,甲の株式を店頭公開した場合の株価は850円程度であるとの情報を得ており,新株引受の依頼を受けた際にも,名古屋工場から同旨の情報を得ていた。さらに,前記のとおり,甲側から株価の資料として,類似業種比準方式で1316円とする株価評価書を受け取っていた。それにもかかわらず,1株1500円での新株引受けに応じている。このことは,乙側が,株式から直接得られる利益に着目しているのではなく,甲の支援を目的として,新株を引き受けたことを窺わせる。
3 なお,平成11年3月3日から翌4日にかけて実施された少数株主権に基づく甲の会計帳簿等の調査を受けて,Aが乙宛てに作成した平成11年3月8日付の書簡には,「今回の調査にてご理解されました通り,過去の資料等に修正があった事をお詫び申し上げます。修正の目的は,メインバンク(戊銀行)以外の金融機関に対し,借入金の回収を恐れ行ったものであり,御社に対しても同じ資料を提出したのは,取引の停止や支払条件の正常化を強いられる事を懸念し行った事でございます。いずれにせよ,弁明の出来る事ではありませんが,只々深くお詫び申し上げる次第でございます。」との記載がある。
 この書簡の趣旨につき,上記調査の際に,平成10年2月期の決算において計上基準を変更したことが判明したことから,そのことを詫びた書面であると解する余地もある。
 しかしながら,前記の少数株主権に基づく調査は,増資後,甲側が,乙から役員を受け入れておらず,平成10年8月期の中間決算後の月次報告を履行しなかったこと,平成11年1月25日の商品代金支払期日を迎え,手形払いの期間を更に延長することを求め,同年2月22日にも代金の一部を手形で支払うことを要請したことなどから,乙において,甲側の話が信用できないという状況になり,行われたものである。そうすると,この時期に乙側に提出された資料に修正があったことを詫びたものである可能性は否定できない。
4 以上のとおり,平成11年3月3日まで,甲の平成10年2月期の決算における不動産売上等の計上が適正になされており,2億円余りの経常利益を上げていると信じていたという乙関係者の供述をにわかに信用することは困難である。
 もっとも,F次長は,平成10年6月,甲側が提出した資金繰表を出し直させた際,売掛金回収予定額を37億6600万円余りから21億9000万円余りに減額させるとともに,仕入債務決済予定額も206億円余りから189億円余りに減額させているところ,前記の平成11年1月及び2月の甲側からの手形支払いの期間の延長要請に対する対応に照らすと,乙側は,減額させた売掛金は新規に発生する売掛金で,残された21億9000万円余りの売掛金を実体が伴わない虚構のものとは考えておらず,増資後,売掛金の回収に伴い資金繰りが改善すると予想していたことが窺える。したがって,乙側は,売掛金債権の存在自体は信じていたものと認められる。
5 そうすると,乙の関係者らにおいて,甲が平成10年2月期の決算で,計上するべきではない多額の不動産売上等を計上し,経常利益を確保したことを知っていた可能性がある。新株引受けをする際に,甲の経営自体には何ら問題はなく,平成10年2月期にも2億円余りの経常利益を上げていると信じ,1株1500円の新株発行価額も適正なものと信じていた旨の乙関係者の供述をにわかに信用することは困難である。
 A及びBが,粉飾した平成10年2月期の決算の数値をもとに株価を算定して提示し,これによって,C専務ら乙及び株式会社丙の取締役らが錯誤に陥ったと認定するには,合理的な疑いを入れる余地がある。そうすると,A及びBについては,詐欺罪が成立しない。
6 ところで,検察官は,被告人とA及びBとの共謀の成立時期を,平成10年9月2日の乙との会談の席上である旨を主張している。すると,被告人について,A及びBとの共謀がないとしても,被告人は,前記の乙側の事情をよく知らなかったことから,なお,詐欺未遂罪の成立を問題とする余地がある。そこで,平成10年9月2日の会談における被告人の認識と,被告人が告げた虚偽事実の内容について検討する。
7 被告人は,平成10年9月2日の乙本社における会談の経緯及び内容について,捜査段階において,次のとおり供述する。
 「同会談に行くに当たり,Bから,『乙側は増資を引き受けてもよいと言ってくれました。しかし,もう一度乙に行って甲の経営内容や増資手続などを説明しなければならないので一緒に行ってくれませんか。』などと言われた。この話を聞いて,乙が甲の増資に応じると言ってくれたと思った。同会談の席上,AかBが,甲の現状の経営状態を説明するのを聞いて,話をあわせようと思った。遅れて会談の席に来たC専務が,『本日先生にわざわざご来社頂いたのは,当社としましても甲の増資に応じるかどうかについては社内的な合意が必要であり,甲側がどのような意図で当社に増資を依頼しているのか,その辺のところを説明して頂きたいのでおいで頂きました。』などと私を呼んだ趣旨を説明した。これを聞いて,もしかしたら,乙としてはまだ甲の増資の引受けを決めていないのではないかという思いが頭に浮かんだ。甲が抱えている経営上の問題点や今後の解決策等を尋ねられ,私が,『現状では過大な売掛金を抱え資金繰りも苦しい状況ではありますが,人件費の圧縮等リストラは着実に進んでおり,売掛金についても,回収に努力しています。』などと売掛金について事実に反することを説明した。また,株式公開のことについて尋ねられ,私が,『A社長の希望としては5年後に公開を考えているようです。』と言った。その後,C専務から,甲の増資を引き受けるかどうかを決定するについては,しばらく時間を欲しいとの話があったので,乙が甲の増資を引き受けるかどうか決めておらず,乙側がすでに新株の引き受けを決めているとのBの話が事実に反することが分かった。さらに,C専務から,増資した資金の使途を尋ねられ,運転資金のほか,情報システムの整備などの資金として使う予定であると話した。最後に,A及びBとともに,乙側に対し,『くれぐれも増資の件については,よろしくお願いいたします。また,決定につきましても,できるだけ早急にお伝え下さい。』などと依頼した。」
 以上の供述内容は,捜査段階から率直に述べられているもので,信用できる。
8 C専務は,被告人が,「甲では,前期に経常利益を2億円も出しています。1500円という1株の金額も妥当なものです。甲の増資を引き受けて絶対に間違いはない。」と述べたと供述し,I部長代理,D本部長も同様の内容の供述をしている。しかしながら,乙側がこの会談の内容を記録した「甲商談報告書」と題する報告書には,公認会計士である被告人の発言として重要な内容であるにもかかわらず,そのような内容の記載がない。
 また,被告人は,公判冒頭の罪状認否において,「甲の前期の業績は2億円以上の経常黒字を計上している」と言ったことを認めるものの,その後の被告人質問では,この点の記憶が曖昧である旨を供述し,また,株価について説明したことはなかったし,乙側から株価についての質問があった記憶もないと供述する。
 以上によれば,被告人が乙側に述べた虚偽の事実の要点は,売掛金が存在し,その回収可能性があることと,前期に経常利益を2億円以上出していることと認められ,それ以上に,積極的な株価についての説明や増資引き受けの勧誘行為にまで及んだとは認められない。
9 すると,被告人の発言は増資引受けに向けられた積極的な勧誘行為とはいえない。また,前記7の会談に至る経緯,会談内容によれば,これらの虚偽の事実を告げたのは,被告人が,甲の増資を引き受けることを乙側が決定していたと思っていた前提に疑念を抱き始めたころ(ただし,決定していないと思う前)であったと認められる。
 そうすると,前記の虚偽の事実の告知は,乙側の増資引受けという処分行為に向けられた独立の欺罔行為というには疑問を入れる余地があり,詐欺の実行行為と認めることはできない。
 なお,被告人は,会談の終了に当たり,A及びBとともに,乙側に対し,増資の引受けを願い,早急な回答を求めているが,この行為自体も虚偽を積極的に告げたものではなく,詐欺の実行行為と認めることはできない。
10 よって,本件公訴事実については犯罪の証明がないから,刑訴法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをする。
(求刑 懲役3年)
平成16年5月14日
名古屋地方裁判所刑事第2部
裁判長裁判官 石山 容示
裁判官 鈴木 芳胤
裁判官 村松 教隆

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