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殺人仙台

仙台地方裁判所判決/平成20年(わ)第365号

主文

被告人は無罪。

理由

 本件公訴事実は,「被告人は,平成20年1月24日午後5時30分ころ,宮城県白石市a字bc番地所在の被告人方において,殺意をもって,被告人の母親であるA(当時76歳)の頭部を薪(長さ約32cm,重量約567g)で多数回殴打し,よって,そのころ,被告人方において,Aを外傷性脳障害により死亡させて殺害した。」というものである。
第1 争点
 本件の争点は,①被告人が犯人か,②被告人に殺意があったか,③被告人に責任能力があったかの3点である。
第2 争点に対する判断
1 争点①について
 カセットテープ(甲13号証)及び捜査報告書(甲14号証。不同意部分を除く。)によれば,被告人は,被害者が殺害されたとされる平成20年1月24日午後5時30分ころから約1時間経過した同日午後6時24分ころ,本件犯行現場である自宅から110番通報をしていることが認められる。被告人は,110番通報で,母親である被害者を殺したこと,焚き物ではたいたことを述べているところ,その内容は本件犯行の凶器と認められる薪(甲5号証,被告人の公判供述により関連性が認められる。)や,遺体の発見状況(甲20号証),本件犯行現場の状況(甲21号証。不同意部分を除く。)と一致している上,被告人が公判廷に至っても,自分が焚き物ではたいた旨述べていることからすれば,十分に信用できる。
 以上からすれば,被告人が犯人であったと認められる。
2 争点②について
 被告人の公判供述並びに薪(甲5号証),捜査報告書(甲6号証)及び写真撮影報告書(甲20号証)によれば,被告人は,硬い薪で被害者の頭部を多数回殴打していることが認められ,被害者の頭部に,頭蓋骨骨折や脳挫傷等の傷害があること(B医師の証言)からすれば,被告人が被害者の頭部を強い力で殴打したと推認できる。このような被告人の行為は,被害者を死亡させる危険が極めて高い行為といえるから,被告人に殺意があったことが推認される。加えて,被告人は,公判廷において,お母さん,母ちゃんにも見えましたけども,でも何か今日は生きていけないのと,あと恐ろしく見えたのではたいた旨述べて,本件行為の対象が「人」であること及び本件行為が「人」に対する攻撃であることを認識している。
 よって,被告人に殺意があったと認められる。
 なお,弁護人は,被害者を死亡させることに向けられた人格態度が被告人に認められないことを前提に,被告人には殺意がないと主張するが,上記のとおり,被告人は被害者を人であると認識して本件行為に及んでいるから,弁護人の主張は理由がない。
3 争点③について
(1) 検察官は,本件犯行当時,被告人に責任能力があったことの根拠として,①被告人の統合失調症が改善傾向にあったこと,②犯行動機が十分了解可能なものであること,③被告人が本件犯行後,自分の行為の意味を理解し,善悪を判断して行動していたことを挙げている。そこで,以下各根拠について検討する。
(2) 被告人の統合失調症が改善傾向にあったことについて
ア C医師の証言によれば,被害者が平成19年8月から被告人に黙って向精神薬であるリスパダールを食事等にまぜて服薬させていたことにより,同年12月の時点では,被告人の独語が減少していたこと,平成20年1月11日及び同月16日の2回,被告人がC医師が勤務する病院に来院し,うち11日には,リスパダールの処方を受けていたことが認められる。また,被告人の弟の証言によれば,平成20年1月5日に被告人と会った際には,被告人に異常な言動がなかったことが認められる。以上の事実からすれば,被告人の統合失調症の症状は,改善傾向にあったと一定程度推認することができる。
イ しかし,平成20年1月に被告人が病院に来院したいずれの時点においても,被告人には病識がなく,自ら進んで服薬をする態度ではなかったこと(C医師の証言)に加え,被告人の尿からは,リスパダールの成分が検出されているにとどまり,他の証拠を精査しても,本件犯行の直近時に,被告人がリスパダールをどの程度服薬していたかは証拠上明らかではない。また,リスパダールの服薬中も被告人の独語が残存しており(C医師の証言),被告人の幻覚,妄想が完全には消失していないこと,C医師が最後に被告人を診察してから,本件犯行まで約1週間の時間が経過していることからすれば,本件犯行当時,被告人の統合失調症が改善傾向にあったと直ちにはいえない。
(3) 犯行動機が十分了解可能なものであることについて
ア 被告人は,110番通報及び公判廷で,被害者と土地を売ることについてけんかになった旨述べており,被告人のこの部分の110番通報及び公判供述の内容に不合理な点がないことからすれば,被告人が被害者と本件犯行当日に土地の売ることについてけんかや口論になったことが一定程度推認できる。
イ しかし,D医師作成の精神鑑定書(甲25号証)が,被告人が本件犯行直前に被害者の声や姿,顔を見て別人と認識したことについて妄想知覚が発生していた可能性を指摘していることや,被告人の述べる被害者の言動の中には,被告人の幻聴や錯聴により増幅されているものがある可能性を指摘していることからすれば,被告人は,被害者に対する被害妄想により,土地を売ることについてけんかや口論があったと述べている可能性があるというべきである。また,同じく弁護人から依頼を受けて被告人の精神状態について鑑定をしたE医師及びF医師作成の意見書(弁書1号証)も,被告人は,E医師らの面接時にけんかにはならなかったと述べるなどその点についての内容が一定せず,被告人は,本件犯行当日の昼に被害者が電話で話していた内容を聞いて被害的になっていた可能性があるとして,被害妄想に基づくものである可能性を指摘している。
 そうすると,検察官が動機として指摘する土地を売ることについての口論は,被告人の妄想に基づくものである可能性を否定できず,被害者と土地を売ることについての口論が実際にあったと認めるには合理的な疑いが残るといわざるを得ない。
 ところで,生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,その意見を十分に尊重して認定すべきものである(最高裁平成20年4月25日第二小法廷判決・刑集62巻5号1559頁参照)ところ,D医師作成の精神鑑定書並びにE医師及びF医師作成の意見書は,鑑定等の基礎となった資料については概ね違いがなく,問診内容についても,被告人が祖父の教えに基づいて行動している部分に差があるものの,その他の点については概ね一致しているなど,鑑定の前提条件や鑑定資料に問題は見当たらない。そうすると,この点に関するD医師作成の精神鑑定書並びにE医師及びF医師作成の意見書の内容は十分信用できるというべきである。
 なお,検察官は,本件犯行の動機として,風呂が沸いているいないで,被害者に馬鹿にされたように思い,カッとなったことも了解可能な動機として主張するが,かかるささいな事情で,被告人が被害者の頭部を硬い薪で多数回強く殴打するという行為に出るというのは,動機として了解不能というべきであるから,検察官の主張は採用できない。
ウ 検察官は,被告人の「生きていけなくなる。」という供述は,被告人が110番通報で述べていないことや,110番通報で幻聴や妄想等をうかがわせるような言葉は一切ないこと等から言い訳の可能性があり,被告人の上記供述を重視すべきではないと主張する。
 しかし,被告人は,勾留質問において,裁判官に対し「自分が生きるために身を守らなければならないと思いやりました。母親だとは思いませんでした。」と述べ,その後の精神鑑定における問診や公判廷においても一貫して生きていけないと思った旨述べていることからすれば,被告人が母親を見て母親ではなく,生きていけないと思ったことが本件犯行の動機というべきであり,110番通報で被告人がその旨述べていなかったことについては,単に110番通報の際に述べなかったに過ぎないと考えられることからすれば,検察官の主張は認められない。
(4) 被告人が本件犯行後,自分の行為の意味を理解し,善悪を判断して行動していたことについて
ア 被告人の公判供述並びにカセットテープ(甲13号証)及び実況見分調書(甲21号証。不同意部分を除く。)によれば,被告人が犯行後,自分で首の後ろ側を包丁で切りつけ自殺を図ったことや油をかぶって自殺を図ったこと,110番通報をして自首していることが認められる。
 しかし,E医師及びF医師作成の意見書(弁書1号証)並びにE医師及びF医師の各証言は,本件犯行時に,被告人は母親が母親でないという妄想知覚下にあったが,約1時間後には,その妄想知覚が去っているから,110番通報において被告人が一見判断能力があるような言動をしているからといって,犯行時にも判断能力があるとはいえない旨指摘している。また,被告人は,生きていかれないという一貫した妄想の主題により,心理的に追いつめられていたと解することもでき,110番通報についても,生きていかれないとの妄想を有していた被告人が生きていくために警察に連絡をしたと評価することもできるのであって,検察官の主張するように,被告人の行為が罪の意識等を示すものとは断定できない。
 検察官は,E医師及びF医師作成の意見書(弁書1号証)では,土地の売却を巡ったけんかという現実的な動機の検討ができていないとして,その信用性を論難するが,上記3(3)で説示のとおり,土地を売ることについての口論という動機の存在は立証できていないから前提を欠き,採用できない。
(5) 小括
ア 以上から,検察官が被告人の責任能力があったと主張する根拠はいずれも不十分であり,その他に責任能力を肯定できる証拠はないから,本件犯行当時,被告人に責任能力があったとするのには合理的な疑いが残る。
イ なお,D医師作成の精神鑑定書(甲25号証)には,被告人が本件犯行当時,心神耗弱状態であった旨記載されているが,同鑑定書には,生きていかれないと感じたために本件犯行に及んだとの被告人の説明を全面的に採用すると,身の危険を感じてやむを得ず犯行に至った回避困難な状況だった可能性が高いと記載されており,D医師は,この場合について,心神喪失にかなり近い状況になってくる旨証言している。そしてD医師作成の精神鑑定書(甲25号証)は,当日に土地を売ることについての口論があったことを前提に被告人の精神状態を判断しているが,上記3(3)で検討したとおり,土地を売ることについての口論があったとは認められないから,上記精神鑑定書の内容は,当裁判所の判断と矛盾するものではない。
4 結論
 以上から,被告人が犯人であること,被告人に殺意があることは認められるものの,本件犯行当時,被告人に責任能力があったとするのにはなお合理的な疑いが残り,本件公訴事実は罪とならないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
 よって,主文のとおり判決する。
(求刑―懲役7年)
平成21年5月7日
仙台地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官  卯木 誠
裁判官  宮田祥次
裁判官  新宅孝昭

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