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覚せい剤広島

広島高等裁判所/平成15年(う)第56号

主文

 原判決を破棄する。
 被告人は無罪。

理由

 本件控訴の趣意は,弁護人青山裕作成の控訴趣意書に記載されているとおりであるから,これを引用する。論旨は,原判決が認定した覚せい剤使用の事実について,事実誤認を主張するものであり,被告人は,自己の意思に反してAに無理やり覚せい剤の水溶液を注射されたのであって,覚せい剤使用の故意も,同人との共謀の事実もないから,原判決には明らかな事実の誤認があり,被告人は無罪である,というのである。
 そこで,所論にかんがみ,原審の記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
第1 本件公訴事実及び原判決の判断
 本件公訴事実は,「被告人は,法定の除外事由がないのに,平成14年9月上旬ころから同月16日までの間,広島県内又はその周辺において,フェニルメチルアミノプロパン又はその塩類を含有する覚せい剤若干量を自己の身体に摂取し,もって覚せい剤を使用したものである。」というものである。
 原審では,被告人は,同月16日午後10時30分ころ,ホテルB702号室において,夫のAから,自己の身体を押さえつけられた状態で無理やり覚せい剤を注射されたことはあるが,自分の意思で覚せい剤を使用したことはないと主張して争った。
 原判決は,被告人の尿から覚せい剤が検出されていること,被告人の左腕に注射痕があること,被告人が同月16日午後10時30分ころ,AとホテルB702号室を使用したことは明らかであり,被告人が上記日時場所において,Aから覚せい剤を注射されたことを認めることができるとした上,覚せい剤使用の態様に関する被告人の供述には理由のない変遷があり,被告人の身体には抵抗したことを窺わせる痕跡が認められないから,被告人の弁解は取り得ず,上記日時場所において,被告人がAと共謀の上,Aに覚せい剤の水溶液を注射してもらい,覚せい剤を使用したとの事実を認定した。そして,原判決は,被告人に対し,懲役1年の判決を言い渡した。
 なお,本件公訴事実は,覚せい剤使用の日時・場所が確定されておらず,態様について,共犯者との共謀の事実及び共犯者による実行行為の事実が明示されていないのに,原審が訴因変更の手続を取らないまま,日時・場所を確定して認定し,Aとの共謀の事実及びAに覚せい剤の水溶液を注射してもらい使用したという実行行為を認定している点で,訴訟手続の法令違反が問題になるが,まず,事実誤認の論旨について,以下,検討する。
第2 当裁判所の判断
 関係証拠に照らし検討すると,本件においては,被告人がその意思に反して覚せい剤を注射されたものであることを裏付ける事情がいくつか認められる一方,原判決が排斥した被告人の弁解について,不自然・不合理であると断定して排斥することはできず,むしろ,その信用性を基礎付ける明確な証拠もあるから,原判決の証拠評価及び事実の認定には賛成することができない。そして,被告人がAに無理やり覚せい剤の水溶液を注射されたと指摘する所論は,当裁判所も概ね首肯することができる。そうすると,被告人が,Aと共謀の上,自己の意思により,Aに覚せい剤を注射してもらうことを認識認容して使用したと認定するには,合理的な疑いがあるというべきである。
1 証拠上明らかな事実
 関係証拠によれば,次のような事実が認められる。
(1)被告人(昭和51年6月17日生)とA(昭和37年7月15日生)は,平成14年3月26日,婚姻の届出をし,広島市a区内で生活していた。
(2)被告人とAは,同年9月16日夕刻,A運転の自動車に乗車して自宅を出発し,広島県佐伯郡b町にあるホテルCにいったん入室したが,室内が不清潔に感じられたため,午後8時前ころ,同町内のホテルB702号室に移動し,宿泊の予定でチェックインした。ところが,Aは,午後10時47分ころ,精算してチェックアウトした。ホテルBの従業員がエレベーターに一人で乗っている被告人と顔を合わせたとき,被告人は泣いている様子であった。
(3)被告人らが退室した702号室には,①冷蔵庫横の荷物置き台にコンビニエンスストアーのビニール袋があり,その中に清涼飲料水やゼリーなど3点が,②浴室内にあった紙袋には,使用済み注射器1本,開封された封書1通,入れ歯1個,入れ歯安定剤1本などが,それぞれ入っており,③ベッドの近くにピンク色のスリッパ(健康サンダル)1足が置かれていて,④ベッドに向かって右横の棚に注射器用と思われるプラスチック製の青色キャップ1個が残されていた。ただし,ベッドの上の枕や布団などに散乱した状況はなかった。
(4)被告人は,同日午後11時35分ころ,b町内にあるレストラン兼居宅の3階玄関付近において,素足で全身雨に濡れた状態でうずくまっていた。そして,帰宅した家人に対し,包丁とハサミを貸してほしいと頼み,借りたハサミで左手小指を切りつけ,これを止められると,所持していた小型の化粧用鏡を取り出して割り,その破片で左手小指を切ろうとした。さらに,被告人は,手摺を乗り越えて3階から飛び降りようとした。その際,被告人は,「自分は反省している」,「責任は取る」,「指を切らんといけん」などと意味不明のことを口走っていた。
(5)被告人は,家人の通報によって駆けつけた救急隊員により,左手小指の応急治療を受けた後,警察官の職務質問を受けたが,顔面蒼白で,目がぎょろぎょろして充血し,動静にも落ち着きがなく,質問に対して支離滅裂な返答をした。被告人は,翌17日午前零時30分ころ,広島県c警察署への任意同行に応じたが,警察官は,覚せい剤使用の疑いがあるとして,被告人の両腕を見分し,同日午前2時20分ころ,腕の様子を写真撮影した。被告人の左肘内側には,赤色様の皮下出血と真新しい針刺痕1個が認められた。
(6)被告人は,同日午前2時45分ころ,c警察署において,尿を任意提出し,警察官が覚せい剤の簡易検査を実施したところ,陽性反応があり,同日午前3時50分,覚せい剤使用の被疑事実で緊急逮捕された。
(7)広島県警察本部刑事部科学捜査研究所で,被告人が任意提出した尿を鑑定した結果,覚せい剤フェニルメチルアミノプロパンが検出された。
 これらの事実や被告人の後記供述によれば,平成14年9月16日午後10時30分ころ,ホテルB702号室において,注射の方法により,被告人の身体に覚せい剤若干量が摂取されたことが認められる。そして,覚せい剤は規制薬物であるから,無意識のうちに過って体内に摂取される可能性は極めて低く,特段の事情のない限り,本人の意思に基づいて覚せい剤が摂取されたと推認することが可能である。しかし,第三者に覚せい剤の使用を強制されるなど特段の事由がある場合には,本人の意思に基づいて覚せい剤が摂取されたと推認するには,なお合理的な疑いを差し挟む余地がある。
2 被告人の供述内容とその信用性
 そこで,本件覚せい剤が摂取された際の状況に関する被告人の供述について検討する。
(1)被告人は,原審の公判廷において,概ね次のような供述をしている。すなわち,平成13年11月ころから,Aと交際するようになり,同年12月から平成14年1月にかけて,Aに2回覚せい剤を注射してもらい,1回牛乳に覚せい剤を入れて飲んだことがある,この3回より前に覚せい剤を使用した経験はなく,自分で注射することはできない,好奇心から覚せい剤を使用したが,その後は覚せい剤を使用してはいけないと考えてやめていた,Aに対してもやめるように言っていた,平成14年9月16日,AとホテルCに入った際,雰囲気からAが覚せい剤を使用したと感じた,ホテルBへ移動して風呂に入り,ベッドに横になったが,Aの様子が怖く感じられたため,性行為を拒否したところ,Aがすごく怒り出した,浴室へ衣類を取りに行こうとしたが,手を引っ張られてベッドに連れ戻され,仰向けになった腹の上にAが乗った,抵抗して払いのけようとしたり,文句を言ったりしたが,Aは身長約180センチメートルで,体重が70キログラムから75キログラムくらいあり,身動きできなかった,Aは喜怒哀楽が激しく,暴力を受けたことはないが物に八つ当たりすることがある上,ボクシングをしていたこともある,そして,左腕に覚せい剤を注射された,注射された際,被告人の左腕はAの左手で押さえられていた,その状態で泣いて叫んだ,気分が悪くなり,頭がぐるぐる回って吐き気がした,ホテルを出て,指を落とそうとしたことは覚えている,覚せい剤の影響や性行為を拒否したときAに男性関係を質されたことで身の潔白を証明しようという気持ちがあった,自分の意思で覚せい剤を使用したのではなく,Aに無理やり注射されたものであるなどと供述している。
(2)被告人の腹部に馬乗りになったAが,無理やり被告人の左腕に覚せい剤を注射したというこの供述は,被告人が逮捕された直後の一時期を除いて,捜査段階からほぼ一貫しており,当審においても同様の供述を明確に続けているところ,その内容は,具体的で真に迫ったものを含んでおり,殊更誇張しているような部分はない。被告人の供述態度は,自己の覚せい剤使用歴といった不利な事実についても隠すことなく,ありのまま述べるなど真しで率直なものである。
 そして,被告人とAは,当初,宿泊の予定でホテルB702号室にチェックインしたが,急用などの事情が何もないのに,入室後約3時間で,注射器を含む多数の所持品を室内に残したまま慌ただしくチェックアウトしており,しかも,夫婦である被告人とAがホテルを出て別々に行動し,被告人は泣きながらホテルを出ていることからすると,室内において,被告人とAとの間で不和を生じさせる出来事があったとうかがわれること,被告人が覚せい剤急性中毒の影響と考えられる錯乱状態を呈していること,被告人の左肘には注射痕が一つしかなく,継続的に覚せい剤を注射使用していたような痕跡がない反面,本件で注射されたときには,左腕が固定された状態にあったと認められること,注射痕の周囲にあった赤色様の皮下出血は,手指などで強い力が加えられてできたものとみる余地もあることなどの事実とよく符合している。なお,被告人には覚せい剤取締法違反の罪による前科前歴が一切ない。
 そうすると,無理やり注射されたとの被告人の上記供述は,かなり高い信用性を有しているということができる。
(3)原判決は,被告人の供述の信用性を否定する根拠の一つとして,被告人の身体には抵抗したことを窺わせる痕跡が認められないと判示しているが,被告人がAから受けたと供述する暴行の内容は,Aに手を引っ張られて,ベッドに連れ戻され,仰向けの状態になったところ,腹部の上に馬乗りになり,左腕を押さえつけられて,注射されたなどというものであり,殴打されたとか足蹴りされたというものではないし,被告人自身,抵抗しようとしたが,ほとんど身動きできなかったというのであるから,上記の皮下出血を除いて,被告人の身体に抵抗したことの顕著な痕跡がなかったとしても不自然ではない。
 この点に関する原判決の説示は,相当でない。
(4)また,原判決は,被告人の供述の信用性を否定する根拠として,不自然な変遷があると指摘しているので検討する。
① 被告人は,上記警察署への任意同行に応じ,事情聴取を受けた際,今日の午後6時ころ,主人と一緒にホテルCへ行き,主人と一緒にシャブを打った,道具は持っていないと警察官に述べ,緊急逮捕された9月17日付けの警察官に対する弁解録取書や同日付けの警察官調書において,被告人が,自分で左肘の内側血管に覚せい剤を注射して使用した旨供述していた。
② 次に,被告人は,9月18日付けの検察官に対する弁解録取書において,Aに左腕に注射してもらったが,無理やり打たれたわけではない,Aから,注射してやると言われ,覚せい剤を注射せざるを得ない雰囲気になり,自分から手を出して注射してもらった旨供述し,同日付けの勾留質問調書では,検察官の取調べのときに述べたとおりである旨陳述した。
 そして,被告人は,9月26日付けの検察官調書において,最初,覚せい剤を自分で注射したと言ったのは,Aをかばおうとしたからです,検事に対し,Aに注射してもらったと供述を変えたのは,本当のことを言おうと思ったからであると供述している。
③ ところが,被告人は,9月30日付け警察官調書において,ホテルCに入った,旦那は,1階に降り,何かしているようであったが,私はその様子を見ておらず,ただ,水道水の音がしていた,2階に戻ってきた旦那はイライラして怒りっぽくなっていた,私は,ホテルの室内が不清潔で粗末な安っぽい小屋のように思えたので,早く出ようと言い,Cを出た,次に8階建てのホテルに入り,約1時間雑談をした,一緒に浴室に入り,旦那が先に出た,私は,体にバスタオルを巻いた状態で布団に入った,旦那が体を触ってきたが,その気になれず,セックスを拒否した,そのことなどが原因で大喧嘩となり,浴室付近に置いていた衣類を取りに行こうとした際,旦那に手を引っ張られ,「お前,男がいるんか」などと言われ,ベッドまで引き戻され,ベッドの上に仰向けになった私の腹部付近に旦那が馬乗りになり,いつの間にか準備していた注射器で,左腕を押さえつけられながら覚せい剤を打たれた,頭の全部がぐるぐる回り,ガンガンしたり,気分が悪くなった,午後10時30分ころであったと思うと供述した。
 10月1日付け警察官調書では,旦那から覚せい剤を打たれて気分が悪くなり,ベッド上に10分くらい寝ていた,服を着て午後11時ころ,ホテルを出た,旦那は車の鍵をフロントに預けていること,私は,手提げカバンを部屋に忘れていることに気付き,7階に戻って部屋からカバンを持って旦那の所へ行ったが,既に車はなく,旦那もいなかったと述べている。
 そして,10月3日付け検察官調書でも,Aは私にセックスを求めてきたのですが,セックスを拒否すると,「お前,男がいるんか」などと言い,ベッドの上に連れて行かれ,仰向けの状態になった私の腹部付近に馬乗りになり,いつの間にか準備していた覚せい剤入りの注射器を使い,私の左腕を押さえつけて,左腕肘内側血管に覚せい剤を注射されたと供述している。
 ところで,被告人は,供述を変遷させた理由について,原審公判廷で,当初,自分で覚せい剤を注射して使用したと供述していたのは,今まで刑務所に何回も行ったことがあると聞いていたので,Aをかばうつもりであったが,調べを受けているうちに,自分では注射をしていないため聞かれても答えられず,Aに注射してもらったが,無理やりではなかったと供述を変えた,最初から無理やり注射されたと言えばよかったが,Aをかばわなければいけないと頭が先に進んでしまい,無理やり打たれたとは言えなかった,しかし,真実は一つしかないから,その後は,無理やり打たれたと答えたなどと説明し,当審公判廷でも,Aをかばおうとしたのは,Aが何度も懲役に行っているからである,Aと14歳離れており,警察でAに打たれたと話すと後で何をされるか分からない,どう思われるか分からない,行けるものなら自分だけで行かないといけないという意識があったと説明している。
 供述の変遷理由に関する被告人の説明について,供述の変遷時期やその経過及び内容,被告人とAとの関係,Aは暴力団の元組員であり,覚せい剤取締法違反の罪による前科があることなどに照らすと,あながち不自然・不合理であるともいえず,これをたやすく排斥することはできない。
 原判決は,Aをかばうためであれば,最初の自分で打ったとの供述を貫けば足り,当該変遷は理由を欠くと指摘しているが,被告人が自分では注射できないこと,Aとは関係なく自分で注射したとなれば,覚せい剤の入手先や使用方法,同室していたAの行動などについて捜査官から厳しい追及がなされ,答えに窮する事態が生じると予想されることなどに加え,被告人とAとの上記関係などを考慮すると,原判決の指摘は説得力のあるものとはいえず,相当でない。
3 当審公判廷で調べた証人の供述内容とその信用性
(1)Aは,平成14年9月16日夜,ホテルBをチェックアウトした後,長期間にわたり逃亡していたため,原審では,Aの供述を得ることができなかったが,その後,逮捕され,平成15年9月24日,被告人に対して覚せい剤を注射して使用した本件事件について起訴された。
 Aは,当審公判廷において,証人として,概ね,次のような供述をしている。すなわち,被告人に対し,平成13年12月ころ,覚せい剤を注射して使用したことがある,被告人は,覚せい剤を嫌っており,Aが覚せい剤をやめないことから実家に家出したことがある,入籍の前ころ,奇形児が生まれることを懸念して妊娠中絶した,平成14年3月26日被告人と入籍し,覚せい剤を使用しないことを約束して3か月程度覚せい剤をやめていたが,自分は覚せい剤の使用を再開した,同年9月16日,覚せい剤を使用した上で妻とセックスしたいと考え,ホテルCとBに入った,ホテルBで被告人の男性関係について猜疑心を持ち,それが引き金になって,ベッドに仰向けになっている被告人の左肩に乗り,左手で被告人の左腕を押さえて注射した,被告人は,多少暴れていたが,殴る真似をすると身体が固まり無抵抗になった,被告人に対し,無理やり覚せい剤を打ったということで刑が重くなることは分かっており,そのことで出頭できなかったが,それが事実であり,自分の裁判でもそのとおり述べるつもりであるなどと供述している。
 また,Aは,検察官調書(当審検4号ないし7号)においても,被告人をベッド上に押し倒し,仰向けになった被告人の肩付近に腰を下ろして左腕を押さえつけ,被告人の意思に反して,無理やり覚せい剤を注射した旨一貫した供述をしている。
 Aは,自分が受けるであろう刑罰が情状において重くなることを十分理解した上で,上記のとおり供述している。また,被告人から知人を通じて離婚届が送付されていたというのであり,Aが,殊更,自己に不利になるような虚偽の供述をしてまで被告人をかばっているような事情はみられない。そして,Aの供述は,ベッド上に仰向けになっている被告人の身体の上に乗り,被告人の左腕を押さえつけて無理やり覚せい剤を注射したという点で,被告人の供述と大筋において符合していると評価することができる。もっとも,Aの供述内容は,本件当日,被告人に覚せい剤の使用を勧めたことがあるのかどうか,覚せい剤を注射した際の姿勢等について,被告人の供述内容といくつか食い違う点があるものの,本件から約1年を経過した時点での供述であり,A自身,本件当時,覚せい剤の影響等により興奮しあるいは混乱した状態にあったことを考慮すると,その程度の食い違いがあるからといって,双方の供述全体の信用性を害するものではない。
 そうすると,被告人に対し,無理やり覚せい剤を注射したというAの供述は,基本的に信用することができ,自己の意思に反してAに覚せい剤を注射されたという被告人の弁解供述を裏付けるものである。
(2)また,被告人の友人であるDは,被告人が,Aの覚せい剤使用について悩んでおり,Aの子を妊娠中絶したことがあること,覚せい剤を嫌っていたことなどを供述している。
 Dの供述に疑いを入れる事情はないところ,この供述は被告人の弁解供述に沿うものである。
4 検察官の主張について
(1)検察官は,当審の弁論において,被告人は,仮出獄中に覚せい剤を繰り返し使用するなど,覚せい剤に対する好奇心があり,夫であるAから覚せい剤の使用を強く勧められれば,これに応じるのが自然であると主張する。
 しかしながら,被告人は,平成13年7月18日に傷害致死罪による前刑の仮出獄を許され,本件当時も仮出獄中であったが,前刑の事案は覚せい剤と関係がないし,証拠上認められる被告人の覚せい剤使用歴としては,平成13年12月から平成14年1月にかけて,Aから勧められるなどして使用した3回だけであり,その後,覚せい剤を使用していたような形跡はなく,むしろAの覚せい剤使用をやめさせようと努力していたことが認められるのであって,被告人に覚せい剤に対する依存傾向が形成されていたような事情はない。したがって,被告人が,Aから覚せい剤の使用を強く勧められたとしても,これに応じて使用することが自然であったということはできない。
(2)また,検察官は,本件覚せい剤の使用状況に関する被告人の供述は信用性に疑問があり,被告人は,夫に抵抗して夫の立場を無視するのはまずいとの妻としての配慮が働き,あえて抵抗しなかったものであり,Aから覚せい剤を注射されるのを断固として拒む意思であったとは認められず,覚せい剤を注射されることを容認していたと主張する。
 確かに,検察官が弁論で指摘するように,被告人とAは,夫婦であり,ラブホテルに一緒に入室したこと,覚せい剤には性行為の快感を高める効果があること,被告人は,ホテルBに入室する前の時点で,Aが覚せい剤を使用したと気付いていたことが認められる。また,覚せい剤を注射により摂取する場合には,注射される者の意に反して行うことはかなり難しいし,一般的にも,覚せい剤を使用する女性がセックスの際に,夫や交際相手の男性に覚せい剤を注射してもらうことは,よくある使用形態のうちの一つであるといえる。
 しかしながら,前述したとおり,本件覚せい剤の使用状況に関する被告人の供述には,かなり高い信用性が認められる。そして,ホテルの室内で喧嘩となり,身長166センチメートルの被告人と対比してみても,圧倒的に体格のよいAが,ベッドの上に仰向けに倒れた被告人の腹部付近に馬乗りになり,右手に注射器を持ち,左手で被告人の左腕を押さえてその自由を奪う状態になっていたのであるから,客観的にみて,被告人は反抗を抑圧された状態にあったというべきである。そうすると,本件における上記のような事情を考慮に入れても,なお,このような状態にありながら,被告人が任意かつ自由な意思に基づいて覚せい剤の使用を容認し,Aに覚せい剤を注射してもらったなどということはできない。
(3)さらに,検察官は,①原判決が指摘するとおり,Aをかばうためであれば,自分で注射した旨の当初の供述を維持するのが最も簡単であるところ,②Aをかばう意図で,Aに注射してもらった事実を明かす行動は,矛盾しているといわざるを得ず,Aから覚せい剤を注射されることを容認したという自覚に基づいて真実を語ったものと思われるとして,被告人の弁解供述は信用することができないと主張する。
 しかしながら,①については,原判決の説示について既に指摘したとおりである。また,②について,他人に覚せい剤を注射して使用する行為であっても,相手方の意思に反して無理やり使用した場合と相手方の承諾を得て使用した場合とでは,情状として有意の差がある。そして,被告人が,当初,Aのことをかばい,自分で注射したとうそをついて供述していたことは明らかであるから,捜査段階の初期の段階であり,1回目に供述の変遷をさせた時点においても,なおAをかばう意図のもとに,無理やりではなく自己の意思に基づいてAに覚せい剤を注射してもらったと供述したことは,少しでもAの利益になるよう考えていた被告人にとって,決して矛盾する行動ではなく,不自然であると断定することはできない。
 そして,被告人が本件覚せい剤の使用状況について,具体的に供述しているのは,平成14年9月30日付けの警察官調書以降であり,それより前の供述内容は,いずれも抽象的なものに留まっており,供述内容自体から真実性が浮かび上がるようなものは見当たらない。
 そうすると,検察官の主張はいずれも採用することができず,被告人の弁解供述を不自然・不合理であるとして排斥することはできない。
5 小括
 以上によれば,被告人は,Aに身体を押さえつけられ,意思に反して無理やり覚せい剤を注射されたのではないかという疑いが強く残るから,被告人が,Aと共謀の上,Aに覚せい剤を注射してもらうことを認識認容して使用したと認定するには,なお合理的な疑いがあるというべきである。
 論旨は理由がある。
 よって,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書に従い,当裁判所において,さらに判決する。
第3 自判
 本件公訴事実については,上記のとおり,平成14年9月16日午後10時30分ころ,ホテルB702室において,Aが被告人の腕に覚せい剤の水溶液を注射したことにより,被告人の体内に覚せい剤若干量が摂取されたと認められるが,その際,被告人は,Aに自己の身体を押さえつけられ,意思に反して無理やり注射されたものであり,被告人に覚せい剤使用の故意及び共謀の事実があったと認定するにはなお合理的な疑いがある。そして,公訴事実記載の期間内に,他に被告人が自己の意思により覚せい剤を使用したことを認定できる証拠はない。そうすると,本件公訴事実については,犯罪の証明がないことになるから,刑訴法336条により,被告人に対し,無罪の言い渡しをすることとし,主文のとおり判決する。
平成15年12月2日
広島高等裁判所第一部
裁判長裁判官     久   保   眞   人
裁判官     芦   高       源
裁判官     島   田       一

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