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殺人東京

東京地方裁判所判決/平成19年(合わ)第25号

主文

 被告人を懲役七年に処する。
 未決勾留日数中二五〇日をその刑に算入する。
 本件公訴事実中死体損壊の点については、被告人は無罪。

理由

(犯罪事実)
 被告人は、平成一八年一二月三〇日、東京都渋谷区《番地略》所在のB方において、C子(当時二〇歳)に対し、殺意をもって、その首にタオル様のものを巻いて絞めつけ、さらに浴槽内の水中にその顔を沈める状態にし、よって、その時、その場において、同人を窒息により死亡させて殺害した。
(証拠)《略》
(責任能力に関する判断)
一 結論
 本件各公訴事実に関し、これらの行為時の被告人の責任能力について、検察官は「完全な責任能力があった」と主張し、弁護人は「心神喪失状態にあった」と主張する。
 当裁判所は、前記の証拠により、被告人が犯罪事実記載のとおり被害者を殺害したことのほか、その首、腹部、両手足などを包丁などで切断するなどして死体を損壊したとの事実も認められるが(以下では、便宜上これらの行為を「本件各犯行」という)、以下のとおりの理由で、殺害時には被告人に完全責任能力があったものの、死体損壊時には心神喪失の状態にあった可能性が否定できないと判断した。
二 牛島鑑定の信用性
 被告人の責任能力に関しては、牛島定信医師(以下「牛島医師」という)を鑑定人に選任し、「犯行時及び現在の被告人の精神状態、犯行時及び犯行前後における被告人の心理状態」を鑑定事項として鑑定を実施し、鑑定人からその鑑定結果等を精神鑑定書(弁四四)及び精神鑑定書の補充説明書(弁四五)で報告を受けた上、公判でこれらに関する訂正補充の証言がなされた(以下、これらを一括して「牛島鑑定」という)。
 牛島医師は、その精神科医としての経歴、専門分野、臨床経験等に照らし、上記鑑定事項に関する被告人の精神鑑定に適任の専門家であったと認められ、その鑑定の手法や判断方法にも不合理なところは認められないから、牛島鑑定は十分に信頼できる。
 検察官は、牛島鑑定が「責任能力の有無・程度を正面から判断することを目的としたものではないため、鑑定手法が通常と一部異なっており、この鑑定によって被告人の責任能力の有無・程度を適切に判断することはできない」、「信用性の高い捜査段階の被告人の供述を判断資料から除外し、その内容とかけ離れた独自の問診結果を資料としており、前提条件が誤っていて、このことが責任能力の判断にも重大な影響を及ぼす」と主張する。
 しかし、牛島鑑定は、「犯行時の被告人の精神状態」を鑑定事項の一つとして実施されたものであり、この点に関する牛島鑑定が信頼できることは上記のとおりであるが、この点の鑑定結果を踏まえた責任能力に関する牛島医師の判断も信用しえない理由はない。
 また、検察官が指摘する「捜査段階の供述内容とかけ離れた問診結果」というのは、その主な内容は被告人の公判供述と一致するものと思われるが、本件各犯行に関する被告人の公判供述は、一枚の写真のようなかなり断片的な記憶しかないにもかかわらず、物語性のある連続した記憶があるかのような供述を捜査段階でした経緯を具体的に供述している点も含め、全体として整合性のある一貫した内容であり、作り話とは到底思われない。しかも、被告人のアスペルガー障害については、本件各犯行に関する被告人の供述内容とは関係なく、多数回にわたる被告人との面接場面で得られた所見、被告人の両親との面談で得られた情報及び心理テストの結果を総合して診断したものであり、この診断については、検察官の言う「捜査段階の供述内容とかけ離れた問診結果」を前提とした判断ではない。そして、牛島医師は、このような診断をした上で、「被告人は、アスペルガー障害のため、一度相手に合わせなければならないと思うと、そのことに強いこだわりを持ち、そのため、捜査官から「事件というのはつじつまが合わなければいけない」などと言われ、捜査官に合わせようと思うようになったため、捜査官による誘導と被告人の創作とが加わって、捜査段階の供述調書が作成されるに至った。また、アスペルガー障害の被告人は、自ら考えたことと記憶していることの区別が必ずしも明確にできていないため、その両者が錯綜した供述になっている可能性も否定できない」旨指摘している。この指摘を踏まえて、被告人の公判供述を見てみると、その信用性は高いと評価できる。他方で、被告人がアスペルガー障害に罹患していることを前提に、被告人の検察官調書(乙三)を検討すると、牛島医師が指摘するとおり、本件殺害の動機に関する供述内容が不自然であるばかりか、本件各犯行における主要な行為に関する内心の動きについては、供述されていなかったり、平板な内容であったりして、本件各犯行の動機に関する供述と比べて不自然な濃淡があり、また、その一貫性にも不自然さがあることからすると、本件各犯行状況に関する供述部分は信用できない。そうすると、牛島医師が被告人の捜査段階の供述内容を前提とせず、問診結果を踏まえて鑑定を行ったことには何ら問題がない。
三 本件各犯行時の被告人の精神疾患とその病態
 本件各犯行時の被告人の精神疾患とその病態について、牛島鑑定によれば、次の事実が認められる。
(1) 被告人は、生来性にアスペルガー障害に罹患し、中学生のころからは強迫性障害が加わり、さらに本件の一か月以上前からアスペルガー障害を基盤とする解離性障害に罹患し、犯行時に至った。
(2) 被告人のアスペルガー障害は、情緒的なかかわり合いが異質であるなどの障害があるものの、高校卒業までは一般的な社会生活が著しく障害されることがなかったことからすると、社会性の面では軽度の発達障害というべき病態である。被告人は、本件各犯行のような行為に及んではならないという認識を十分に持っており、被告人のアスペルガー障害の程度は責任能力に影響を及ぼすものではない。
(3) 被告人は、アスペルガー障害を基盤にして、激しい攻撃性を秘めながらそれを徹底して意識しないという特有の人格構造を形成しており、怒りの感情を徹底的に意識から排除しようとする人格傾向が強く、激しい怒りが突出して行動しても、それを感じたと認識する過程を持っていない。被告人は、アスペルガー障害によって、このような攻撃性等の衝動を制御する機能が弱い状態にあったが、アスペルガー障害を基盤とする解離性障害が加わり、外界の刺激が薄れることによって、この機能がさらに弱体化していた。
四 被告人の精神状態が本件各犯行に与えた影響
 さらに、被告人の精神状態が本件各犯行に与えた影響について、牛島医師は、鑑定の最終的な結論として、
(1) 被告人は、本件殺害時も是非弁識能力は十分あったが、被害者からの挑発的な言動により、怒りの感情を抱き、前記のとおりこのような感情を抑制する機能が弱体化していたため、内奥にある激しい攻撃性が突出し、被害者の殺害に及んだものである。
(2) このようにして殺害に及んだことが衝撃となって解離性同一性障害による解離状態が生じ、死体損壊に及んだ際には、被告人は、本来の人格とは異なる獰猛な人格状態になっていた可能性が非常に高い。
との判断を示している。
 このような判断をした理由について、牛島医師は、前記のとおり本件各犯行当時被告人が解離性障害に罹患していたと判断したことのほか、次のような点を挙げている。
① 本件死体損壊行為は、被害者の死体を左右対称に一五にも解体するなどしたという手の込んだものであるが、その意図と作業過程は、隠しやすくするためとか、運びやすくするためということでは説明ができず、別の人格を仮定しないと説明がつかないこと
② 怒り狂った行為態様である本件殺害行為と非常に冷静で整然とした行為態様である本件死体損壊行為とは、意識状態が変わったと見るべきであること
③ 被告人には、本件各犯行時の記憶がほとんどなく、本件各犯行前後の記憶もないが、解離性健忘が生じた場合、その前後の記憶がなくなるという逆行性健忘や前向きの健忘を伴うことがよくあること
 このうち、①の点については、捜査報告書(甲二)及び解剖立会報告書抄本(甲三)によれば、被害者の死体の解体状態については、牛島医師が指摘していることのほか、手首や足首も切断されていること、乳房やでん部が切断されていることも認められるが、被告人が被害者の死体をこのように解体した行為は、死体を隠したり、運んだりすると言った目的とは結び付かず、被告人が被害者を殺害して異常な心理状態にあったことを考慮しても、かなり特異な心理状態であったと言わざるを得ず、牛島医師の指摘はうなずけるものである。
 また、遺体発見状況等捜査報告書(甲一)、解剖立会報告書抄本(甲三)、D子の検察官調書(甲四)及び被告人の公判供述によれば、被告人は、自宅二階の居間でテレビを見た後、何らかのきっかけで三階ヘの階段を上がる被害者を追跡し、三階の洗面所の前にある木刀をつかんで被害者を殴打し、しゃがみ込んだ被害者の右手を被告人が踏みつけ、さらにタオル様のもので首を絞めたために被害者が舌を出すなどし、その後被害者を浴室へ引きずっていき、水の入った浴槽の中に顔を沈めたという犯行経過を認定することができるが、このような本件殺害行為の経過からすると、被告人は、激しい怒りに駆られて本件殺害行為に及んだものと推認でき、上記(1)の判断も合理的である。他方で、本件死体損壊行為の態様は上記のとおりであるから、牛島医師の②の指摘もうなずける。
 そうすると、アスペルガー障害を基盤にして解離性障害を発症した症例に関する研究が十分になされていない状況の下での判断ではあるが、本件死体損壊時において、被告人は解離性同一性障害により本来の人格とは別の獰猛な人格状態にあった可能性が非常に高いという上記(2)の判断にも合理性があると言えるから、その可能性があることを前提に被告人の責任能力を判断すべきである。
五 死体損壊時の責任能力
 本件死体損壊時において、被告人は解離性同一性障害により本来の人格とは別の人格状態にあった可能性があるところ、被告人の公判供述によれば、被告人には、死体損壊時の記憶がほとんどなく、本来の人格とは別の人格状態の存在について認識していないことが認められる。そうすると、本来の人格はこの別の人格状態と関わりを持っていなかったと認められ、このことからしても、牛島鑑定において指摘されているように、被告人は、その人格状態に支配されて自己の行為を制御する能力を欠き、心神喪失の状態にあった可能性もまた否定できないから、心神喪失の状態にあったものと認定した。
六 殺害時の責任能力
 本件殺害時、被告人は、被害者からの挑発的な言動により、怒りの感情を抱き、このような感情を抑制する機能が弱体化していたため、内奥に秘められた激しい攻撃性が突出し、被害者の殺害に及んだものであることは、前記のとおりである(なお、牛島医師は、公判において、本件殺害時に被告人が解離性同一性障害による解離状態にあったことも否定できないとの供述もしているが、当初の判断をあえて訂正した経緯やその判断の理由に照らせば、その判断の実質は上記四のとおりであると認められる)。
 さらに、牛島医師は、公判において、この判断に基づき、本件殺害時、被告人に是非弁識能力は十分あったが、衝動の抑制力が弱体化していたことから、制御能力について「著しく減退していた」との見解を述べている。
 しかし、この点に関しては、前記のとおり、被告人は、生来性にアスペルガー障害に罹患してはいたが、高校卒業までは一般的な社会生活が著しく障害されることはなく、社会性の面では軽度の発達障害というべき病態であり、本件殺害時も、是非弁識能力は十分あった上、解離性障害を発症する以前は、制御能力も十分あったものである。その上、Bの公判供述及び検察官調書(甲九)、E子の公判供述及び検察官調書(甲一〇)、被告人の公判供述などによれば、次のような事実が認められる。
(1) 本件の三日前、母親が被害者の話を誤解して被害者を夕食に呼ばなかったため、被害者が腹を立て母親に文句を言って自分の部屋に戻ってしまうなどしたが、被告人は、その様子を目の当たりにし、その言動に腹を立てて被害者を批判する話を兄としているものの、それ以上の行動には出なかった。このように、解離性障害が発症した後も、被告人は、本件殺害時までの一か月間以上にわたり、大学受験の浪人生として家族などと関わりを持つ日常生活を送りながら、トラブルを起こしたことはなかった。
(2) 本件の翌日、被告人は、その時点では自己が被害者を殺害するなどしたことを明確に認識していながら、父親から被害者の在宅の有無を聞かれた際に知らない振りをしたり、父親に対して被害者の死体が置いてある自分の部屋に入らないように言ったりして、本件各犯行が発覚することを恐れ、それを防ぐための適切な言動を取っていた。また、被告人は、本件各犯行後も、家族に対して従前と変わらない対応をしていた。さらに、三日間にわたって予備校の冬期合宿に参加しているが、その関係者と関わりを持つ日常生活を問題なく送っていた。
 これらのことは、本件当日前後においても、被告人がその時々の状況に応じて自己の行為を適切に制御する能力を全体としてかなりよく維持していたことを示している。したがって、本件殺害時、被告人は、衝動の抑制力が弱体化していたため、制御能力がかなり減退していたことは否定できないものの、その程度は、責任能力が限定されるほど著しいものとまでは言えないと判断した。
(法令の適用)
 被告人の前記行為は刑法一九九条に該当する。定められた刑の中から有期懲役刑を選択する。定められた刑期の範囲内で被告人を懲役七年に処する(求刑懲役一七年)。
 刑法二一条を適用して未決勾留日数中二五〇日をその刑に算入する。
 訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させない。
 本件公訴事実中死体損壊の点については、心神喪失者の行為として罪とならないから、刑事訴訟法三三六条前段により無罪の言渡をする。
(量刑の理由)
一 人一人の命を奪った結果はあまりに重い。被害者は、未だ二〇歳という若さで、突然その前途を閉ざされたものであり、まだまだこの世で生きていたかったであったろうと思われる。被害者は、長年にわたり兄妹として被告人と一緒に育てられ、人生に悩んだときなどは、ありのままの自分を受け入れてほしいと頼りこそすれ、まさか兄である被告人に殺されるとは思ってもみなかったであろう。また、息子に殺害されて解体された娘の姿を目の当たりにした両親の衝撃、戸惑い、悲痛は想像を絶する。しかも、その犯行態様からすると、本件殺害行為は、強固な殺意に基づいて行われたものであり、被告人の責任は極めて重大である。 
二 他方、被告人は、生まれながらにアスペルガー障害を患っていながら、両親からも気づかれずに成長し、この障害を基盤とする解離性障害に罹患するまでに至ったこと、そのため、責任能力にこそ影響はしないものの、是非善悪の判断に従って行動する能力がかなり減弱した状態になり、本件殺害行為は、そのような精神状態にあった被告人による衝動的な犯行であること、被害者は、周囲の者の対応が難しい行動を取りがちな反抗挑戦性障害であったが、そのために、家出をしたり、家族に対して攻撃的な態度を取ったりするなどして家庭に不和をもたらしていたことや、被告人が被害者を殺害するという衝動に駆り立てられるほどの挑発的な言動に及んだことが、本件犯行のきっかけになったという側面は否定できないこと、被告人は、自ら被害者を殺害したことを認め、公判でも「妹に本当にかわいそうなことをしてしまった。もっと理解してあげなかったことについても謝罪したい。両親にもおわびをしなければいけない」などと述べ、罪を償っていく決意を示していること、両親及び兄が証人として法廷に立ち、寛大な処分を求めるとともに、家族で被告人の更生に助力する旨述べていること、本件犯行当時二一歳と若年であったことなど、被告人にとって酌むベき事情も認められる。
三 そこで、以上の事情を考慮した上、被告人を主文の刑に処するのが相当であると判断した。
(裁判長裁判官 秋葉康弘 裁判官 建石直子 古賀秀雄)

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