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自動車運転過失傷害愛知

名古屋地方裁判所判決/平成20年(わ)第2231号

主文

被告人は無罪。

理由

第1 本件の公訴事実
 本件公訴事実は,次のとおりである。
 被告人は,平成19年12月22日午後1時45分ころ,普通乗用自動車を運転し,愛知県小牧市東3丁目1番地先道路を小牧大山方面から春日井市牛山町方面に向かい時速約10キロメートルで進行するに当たり,前方左右を注視し,進路の安全を確認しながら進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,進路の前方左右を注視せず,進路の安全確認不十分のまま,漫然前記速度で進行した過失により,折から,進路左前方で交通整理をするため佇立していたA(当時68歳)に気付かず,後を向いていた同人に自車左前部を衝突させてボンネットに跳ね上げて路上に転倒させ,よって,同人に入院加療約5か月間を要する右下腿脛骨腓骨骨折等の傷害を負わせたものである。
第2 争点
1 過失の有無
 弁護人は,本件公訴事実記載の日時,場所において,被告人が普通乗用自動車を運転し,同車左前部をA(以下「A」という。)に衝突させ,その結果,同人に公訴事実記載の傷害を負わせた事実は認めるが,それは,Aが,何らかの事情により急に交通整理の必要性に気付いて道路に飛び出したか,その際に縁石に躓くなどして飛び出した格好となった可能性があり,被告人に過失はなく,無罪であると主張している。
 したがって,本件の争点は被告人の過失の有無である。そして,注意義務の前提となる,被告人が哥津交差点から春日井市方面に向かって被告人車両を発進させた時点において,Aが前記衝突地点の脇の歩道上にいたのかどうかという点である。
2 責任能力
 弁護人は,本件事故当時,被告人は,血管性認知症によって責任能力が欠如していたものであって,心神喪失として無罪であると主張している。
第3 当裁判所の判断
1 前提事実
 関係証拠から,前提事実として,以下のとおり認められる。
 被告人は,本件当日,妻を助手席に乗せて普通乗用自動車を運転し,小牧市内にあるパチンコ店を出発して,春日井市内にあるパチンコ店に向かっていた。
 被告人は,本件公訴事実記載の事故現場の手前にある交差点で赤色信号のため停車した。その後,信号が青色信号になったのを認めて,発進し,時速約10キロメートルで,事故現場付近に差し掛かった。
 被告人車両の進路の右前方には,工事現場及びその出入口が設けられていた。この工事現場には,現場における交通整理の実質的な監督者であるB(以下「B」という。)の下に,A及びC(以下「C」という。)とが配置され,交通整理を行っていた。彼らは,被告人車両の対向車線から工事現場を訪れるトレーラーが来たとき,トレーラーが工事現場入口にバックで入るためにいったん被告人車両の走行車線に前部をはみ出すため,連絡を取り合って協力して,いったん車両の通行を止めて,通行の安全を確保する役割を負っていた。
 Cは,被告人車両の対向車線の工事現場出入口より先に位置し,トレーラーと連絡を取る役割であった。
 Aは,平成19年5月からこの現場に交通整理を担当する警備員として勤務し,当日,被告人車両の走行車線側における歩道上に配置され,Bの指示を受けて,被告人車両の走行車線の通行をいったん止めて,対向車線上のトレーラーを被告人車両の走行車線まで誘導して,工事現場出入口に後退させる職務に従事していた。
2 検察官立証について
(1) Bの供述内容
 事故の状況について,Bは,公判で次のように供述する。
 私は,平成19年5月ころから,事故現場付近の工事現場の車両誘導をする警備員の責任者として,Aと他の警備員Cの3人で車両の誘導を行っていた。
 事故当日の昼ころ,車両誘導の仕事を始める前に,立ち位置の打ち合わせをした。その上で,Aには車両を誘導するのに歩道から車道に出やすいという理由から,被告人車両の走行車線(以下「右行き車線」という。)側の歩道上の縁石の切れ目付近で待機してもらい,Cには被告人車両の対向車線(以下「左行き車線」という。)側にある工事現場出入口の右端辺りに立ってもらい,私が責任者として左右を見渡しやすいよう,右行き車線側の歩道上で,AとCの中間辺りに立っていた。
 トレーラーが工事現場に来たとき,車を停止させるようにAに,声と身ぶりで指示した。そのとき,哥津交差点辺りから,時速20キロメートル程度で進行してくる被告人の車を確認した。
 Aは私の指示を受けて,被告人の車を見ながら,赤色灯を振ったが,その場所は,右行き車線の外側線上だったと思うが,実況見分の時に警察官に話したのがほぼ事実だと思う。
 私は,被告人の車が止まると思ったので,トレーラーの方を見て,Cとトレーラーの運転手に対し,事故現場付近の工事現場に入るように,声と身ぶりで合図した。
 その後,再度,Aの方を見ると,被告人の車の左バンパーがAの右足に衝突した瞬間を目撃した。Aはボンネットの上に載ったような態勢になった後,体が一回転して,縁石のところに落ちた。
 Aの服装は,白いヘルメットをかぶり,紺か黒の作業着を着ていた。手袋はしていたと思う。たぶん白の,蛍光のチョッキを着ていた。腕章は覚えていない。事故後,ヘルメットは頭には着いておらず,吹っ飛んでいたが,落ちていた場所を確認したか覚えていない。赤色灯も落ちていたと思うが,覚えてない。Aがチョッキを着ていたことは事故直後にも確認している。
(2) Aの供述内容
 事故の状況について,Aは,公判で次のように供述する。
 本件事故の直前,私は,トレーラーが左行き車線上を走行してきたのを認め,Bから,止めるように言われた。Bの位置は,声だけは聞いたが,覚えていない。右行き車線を見ると,速度の出ていない車が2台ほどいて,被告人車両は,車線上を時速約15キロメートルの低速で走行してきた。十分に停止できる距離と速度であると判断し,それまでいた歩道上から,右行き車線上に出て,被告人車両に向けて,手に持っていた点滅状態にしていた赤色灯を振り,停止の合図をした。
 当時,私は,白色ヘルメットをかぶり,上半身は白色のカッパを着て,その上に蛍光の夜光チョッキ,下半身は紺のズボンで,安全靴を履いていた。それまでの経験上,被告人車両は止まると確信したので,実際に速度を緩めたり停止したかどうかの確認はしないまま,左行き車線上のトレーラーの方向に振り返った。そしてトレーラーの運転手に対し,手に持った赤色灯を左右に振り,右行き車線上に進入してもよい旨の合図を出した。その直後,被告人車両が後ろから衝突した。
 事故直後,誰だったかに,ヘルメットが脱げなくて,あんたは命拾いしたと言われた。
(3) 両供述の信用性
ア 利害関係等
 BとAの二人は平成19年5月ころから本件現場の仕事にともに従事していた。Bは,建設会社の××組勤務であり,副所長の立場で現場の交通整理の責任を負っていた者である。Aは,××組と他一社との共同企業体からの下請けとして通行車両の誘導等を担当していた愛知テックサービスに勤務する警備員であった。Bは,Aとの間に特段の個人的関係はないと供述している。
 なお,この点について,弁護人は,Bには自己の監督の責任問題を回避するという虚偽供述の動機があると指摘する。被告人は,労災の認定に関連しての虚偽と主張する。
 これらの指摘自体は,いずれも一般的なものであり,それを支える具体的な証拠は認められず,両供述の内容の真実性を直ちに疑わせるには至らない。
 しかし,確かに,本件は,運転者としての被告人の過失の有無が問われると同時に,警備員の直前の行動のありようが被告人の過失の有無を左右するという関係にある事件であり,その認定いかんによっては当時の交通整理が適切であったかどうかの関係者の責任が問われうる事故であって,それを前提とすると,上記の弁護人指摘の事情は,両供述の内容の信用性の判断においては,慎重に検討すべき事情と考えるべきである。
イ 客観条件等
 事故当時は雨模様ではあったが,事故発生時刻は午後1時過ぎであった。Bの視認条件は特に悪くない。また,Bの視力は,眼鏡を着用して1.2程度であり,BはAを見通せる約25メートルの距離からの目撃であり,視認条件については特段の問題はない。
ウ 両供述の整合性
 検察官の主張するとおり,A及びBの各公判供述では,事故の直前に,AがBからの指示を受けて,持っていた赤色灯を振りながら,右行き車線側の歩道から車道上に出て赤色灯を振ったという位置関係については,公判における最終的な供述内容としては,ほぼ同様の供述をしていることが認められる。
 しかし,両者の公判供述には,次のような不一致がある。
(ア) 服装等
 Aの当時の服装等について,Aは,白色ヘルメットをかぶり,上半身は白色のカッパを着て,その上に蛍光の夜光チョッキ,下半身は紺のズボンだった,カッパの白色は,透明ではなく真っ白で,すぐに反射できるようなものであった旨供述し,Bは,Aは,白いヘルメットをかぶり,紺か黒の作業着を着て,たぶん白と思うが蛍光のチョッキを着ていた旨供述している。
 両者の供述には,Aがチョッキの下に,白色のカッパを着用していたか,紺か黒の作業着を着ていたかの点について,不一致がある。
 この点について,弁護人は,Bの供述内容は,実況見分調書の添付写真(甲3号証)の「被害者の当日の着衣の状況を撮影」との説明の付された証拠の写真のとおりのものであることから,これが示されるなどして供述に影響しているのではないかとの指摘をしている。
 Aは,上が紺か黒の作業着を着用して写っている上記の写真を示されて,これは,警察官には,事故当日は上はカッパを着ていたと説明した上で撮影したものであると供述し,白のカッパを着用していたことを強調している。
 写真の蛍光チョッキは,肩から腰に掛けての左右の蛍光色の2本のベルト以外のチョッキ本体部分は青であり,これを白いカッパの上に着用していれば,見れば直ぐにそれと分かる程度の違いとなると思われる。
 したがって,この点について,両者の供述が明確に異なるというべきである。交通整理の警備員の着衣がどのようなものであるかは,後述の赤色灯とともに,走行中の自動車運転者に対して,注意を喚起する程度が異なるものであって,重要であると考えられ,その不一致は両者の供述の信用性に影響を与えるものと考えざるを得ない。
(イ) 赤色灯
 Aは赤色灯は点滅状態であった旨,Bは点灯していなかった旨供述している。
 この点について,Aは,その供述の根拠として,当日は15台出入りがあり,13台目で事故があったところ,12台目までは旗であったが,ちょうど22日が冬至であるし,雨でちょっと暗いなと思い,赤色灯の光り具合いを見て,旗とどちらがいいかなと思って赤色灯に替えたと,具体的に供述している。
 他方,Bは,赤色灯であったとする根拠として,今は旗ではなく,絶えず誘導の方は赤色灯を持っており,夜間になったら点滅させるだけで,昼間も赤色灯で行っている,当日も,Aは,作業の当初から赤色灯を振っていたと供述している。
 両供述は,Aが振っていた赤色灯が点滅していたか否かという,車両運転者にとってはその注意をひく程度が大きく異なり,交通整理の上でも非常に重要な点において相反している。いずれも具体的な根拠を持って述べており,勘違いとは考えられない。そして,それぞれが供述する根拠となる事情についても,当日,Aが旗を使用していたかなどについて,不一致の点が増大している。
(ウ) ヘルメット
 両者とも,当時Aは,ヘルメットを着用していたと供述する。しかし,Bは,事故の際,Aはボンネットの上に載ったような体勢になり,一回転して縁石のところに落ちた後,ヘルメットはAの頭にはなく,吹っ飛んでいたが,落ちていた場所を確認したか覚えていない旨供述し,Aは,事故直後,誰だったかに,ヘルメットが脱げなくて,あんたは命拾いしたと聞いた旨供述している。事故の直後のAのヘルメットについて,両者の供述は,全く正反対の供述となっている。
 診断書によれば,頭部の外傷は認められないが,これ自体からは,外傷を頭部に受ける事故態様だったかどうか,ヘルメット着用の有無が影響したかは,分からない。
 しかし,Aが後ろからボンネットに跳ね上げられ,その後縁石のところに落ちたという両者の供述する事故態様からすれば,頭を打ってもおかしくないと思われる。そうすると,弁護人の指摘するとおり,ヘルメットの着用の有無,破損状況は,事故の態様の認定のためには重要な物証となるべきものであって,仮にBの供述するとおり,頭を打ったからヘルメットが飛んだというのであれば,破損状況が特に重要となると考えられる。また,Bと全く逆の供述である,Aの供述の,ヘルメットが脱げなくて命拾いしたと言われたという供述のとおりであったとしても,衝撃から命を守った物証として,事故態様を認定する上で,当然に,詳細な吟味,証拠化の対象となるはずのところである。
 なお,検察官は,論告において,この点についての説明を全くしておらず,この点の疑問を解消していない。
(エ) 立っていた位置
 Aが,赤色灯を振ったときに立っていた位置については,Bは,その場所は,右行き車線の外側線上だったと思うが,実況見分の時に警察官に話したのがほぼ事実だと思う旨供述している。実況見分の時には,衝突地点と同じ地点が指示説明として残されている。
 Aは,それまでいた歩道上から,右行き車線上に出て,赤色灯を振ったと供述している。
 Bの公判供述は,検察官の主尋問に対して外側線上だったんじゃないかなと思う旨供述し,その後,検察官の誘導に答えて,実況見分の時の指示説明のとおりという,上記の内容に落ち着いたものである。
 その供述の経緯は,この事故の原因となる最も重要な点についてのやり取りであることを考慮すると,B自身が述べるような,1年以上前で記憶が多少薄まっているとの理由が説得的かどうかについては,慎重に検討する必要がある。弁護人の指摘するように,Aの直前の動向や衝突位置などについては印象的で記憶に残りやすい事項であり,また,事故の状況について現場の責任者として何度も説明し,記憶を定着させる機会があったと思われることからすると,この変遷については,同人の供述の信用性への影響を否定できない。
エ その他
 検察官は,論告で,Bの供述について,被告人の車両の速度についてAの証言と時速5キロメートル程度のずれがあることなどはかえってBが自己の経験に基づいて,誠実に証言している証である旨主張するが,その他の上記の不一致の点については,具体的に論じていない。
 また,検察官は,Aの証言内容について,事実関係について具体的かつ詳細であり,例えば,誘導の際,トレーラーと止まってもらおうとする車の間にいなければ仕事にならないため,止まってもらおうとする車の後ろに行くことはないなどと内容が合理的である旨,また,後ろから車に衝突されたという予想外の出来事であるから断片的にしか覚えていないのはむしろ自然な供述である旨,指摘しているが,供述の信用性判断において決め手になるような点とはいえず,上記の両証人の供述の不一致点を解消するものとは思われない。
オ まとめ
 以上のとおり,検察官立証の重要証人であるB及びAの各供述は,多くの点で食い違いが生じており,かつ,その食い違いは,赤色灯を振ったという位置,走行車両を止めるのに注意を喚起するための服装,赤色灯の点滅の有無,事故の態様に重要な関連性を有するヘルメットの事故直後の状況という,いずれも重要な部分についてのものである。弁護人が弁論でこれらの食い違いを指摘し,各供述の信用性に対する疑問を論じているのに対して,検察官の論告は,それらの疑問点を解消していないと言わざるを得ない。
 したがって,本件における被告人の過失の有無を判断する前提となる事実関係である,本件直前のAの動向という最も基本的な部分について,両者の供述の信用性には疑問が残ると言わざるを得ない。
3 弁護人立証について
(1) 被告人の供述
 なお,被告人は,次のように供述している。
 Aは,事故直前ころ,本件事故現場の手前の東海ゴムの門の前の辺りで立ち話をしていた。進路前方にトレーラーが止まっており,その近くにいた人が赤旗を振って止まれの合図をした。それに従って止まろうとするときに,Aが後ろから自動車を走って追いかけてきて,被告人の車両の左から前に飛び込んできた。そのために事故が起きた。
 以上の被告人の供述のうち,被告人車両の後方にいたAが走って追い掛けて,止まろうとしていた被告人車両の前に飛び出して事故が発生したという点は,不自然なものであり,これに依拠して事実を認定することは困難である。
(2) Dの供述
 事故当時,被告人が運転する車の助手席に乗っていた被告人の妻Dは,証人として次のように供述している。
 交差点で停車していた時点で,進行方向にトレーラーが見えた。発進後,自分は前方をしっかり見ていたが,トレーラーの近くでAとは別の人が,赤い旗を振っていたが,車道上には誰もいなかった。赤旗を振っているのを見て被告人が車を止めようとしたときに,だれかが飛び込んだ。
 この供述内容は,被告人の供述のうちAが後方から走って追い掛けたという点を除き,おおむね被告人の供述内容と同じである。同証人が被告人の妻であることを考慮すると,信用性を肯定してこれに依拠するには躊躇される。
(3) まとめ
 したがって,被告人及びDの各供述は,その信用性に問題があり,それに依拠して事実を認定できるほどの証明力を持つものとはいえないが,Aが飛び出してきたのではないかという弁護人の問題提起に反する供述内容ではない。
4 結論
 以上のとおり,B及びAの各公判供述は,その供述の信用性について問題があるといわざるをえず,そのため,Aが何らかの事情により急に道路に飛び出したか,その際に縁石に躓くなどして飛び出した格好となった可能性があるとの弁護人の指摘する疑いを払拭することができないから,本件公訴事実の検察官の立証は不十分と言わざるを得ない。
 したがって,弁護人の責任能力に関する主張について判断するまでもなく,犯罪の証明がないときに当たるので,刑事訴訟法336条により,無罪の判決をする。
(検察官小松栄二郎,弁護人浅井貞晴(国選)各出席)
(求刑 禁錮8月)
平成21年9月16日
名古屋地方裁判所刑事第2部
裁判官   伊藤 納

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