法律相談24時間受付無料 0120-631-276 まずは相談予約のお電話を

窃盗埼玉

さいたま地方裁判所判決/平成21年(わ)第606号

主文

 被告人を懲役1年6月に処する。
 未決勾留日数中350日をその刑に算入する。
 本件公訴事実中窃盗未遂の点については,被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)
 被告人は,平成21年3月14日,さいたま市大宮区錦町630番地所在の東日本旅客鉄道株式会社大宮駅第1ホーム2番線に停車中の電車内において,Dが仮睡中に通路上に落とした同人所有又は管理の現金4000円及びキャッシュカード3枚等38点在中の財布1個(時価約1万円相当)を持ち去って窃取した。
(証拠の標目)(括弧内の甲乙弁の各番号は証拠等関係カードにおける検察官ないし弁護人請求証拠の番号を示す。)
被告人の公判供述
第1回,第5回及び第6回公判調書中の被告人の供述部分
第3回公判調書中のDの供述部分
被害上申書抄本(甲1)
任意提出書(甲6)
領置調書(甲5,7)
実況見分調書抄本(甲3,13)
捜査報告書(甲18,19)
照会申出書(弁8)及び回答書(弁9)
(事実認定の補足説明)
1 本件公訴事実は,被告人が,
(1) 平成21年3月14日午前5時35分ころ,さいたま市大宮区錦町630番地所在の東日本旅客鉄道株式会社大宮駅(以下「大宮駅」という。)第1ホーム2番線に停車中の電車内において,仮睡中のD(以下「D」という。)のズボン右後ろポケットから同人所有又は管理の現金4000円及びキャッシュカード3枚等38点在中の財布(以下「本件財布」という。)1個(時価約1万円相当)を抜き取り窃取した(第1)
(2) 金品窃取の目的で,同日午前5時54分ころ,大宮駅第1ホーム2番線に停車中の電車内において,仮睡中のF(以下「F」という。)のズボン右後ろポケット内に左手指を差し入れたが,警察官Gに発見逮捕されたため,その目的を遂げなかった(第2)というものである。
 被告人は,公訴事実第1について,Dのズボン右後ろポケットから本件財布を抜き取ったことはなく,本件当日に大宮駅第1ホーム2番線に停車中の電車内に落ちていた本件財布を拾ったに過ぎない,公訴事実第2について,Fのズボン右後ろポケット内に左手指を差し入れたことはない旨主張し,弁護人も被告人の主張に沿って,公訴事実第1については占有離脱物横領罪が成立するに過ぎず,公訴事実第2については無罪であると主張するので,以下,検討する。
2 前提となる事実
 関係証拠によれば,次の事実が容易に認められる。
(1) 東日本旅客鉄道株式会社(以下「JR」という。)大宮駅には,南北方向に伸びるプラットホームが約10面並んで配置されており,各ホーム間の主な連絡通路として,北乗換通路及び南乗換通路が存在する。大宮駅第1ホームの1番線及び2番線からは大船方面行き(以下,同方面行き列車を「上り列車」と,大宮方面行き列車を「下り列車」という。)の京浜東北線が発着する。同ホームにおける階段等の配置状況は,別紙現場見取図1のとおりであり,南側から北側に向かって,ホーム南端に南乗換通路へ通ずる階段(以下「南側階段」という。)が,京浜東北線2号車の停車位置と平行する位置付近に南乗換通路へ通ずるエレベーター,そして南乗換通路へ通ずる上り及び下りのエスカレーター(以下「南側エスカレーター」という。)が,4号車の停車位置と平行する位置付近に北乗換通路へ通ずる,上りエスカレーターが併設された階段(以下「中央階段」という。)が,7号車の停車位置と平行した位置付近に北乗換通路へ通ずる階段(以下「北側階段」という。)が,8号車の停車位置と平行した位置付近に飲料の自動販売機(以下「本件自販機」という。)が,それぞれ設置されている。
(2) 本件当時,京浜東北線では,209系車両(以下「旧型車両」という。)及びE233系車両(以下「新型車両」という。)が使用されていたが,両車両は以下の点で形状が異なっていた。
ア 旧型車両の6号車は,片側6扉で座席はすべて折りたたみ可能な3人掛け座席となっているのに対し,旧型車両のその余の車両及び新型車両の全車両は,片側4扉で座席は7人掛け座席が片側3席ずつ及び3人掛け座席が片側2席ずつとなっている。
イ 車両連結部ドアは,旧型車両では,全開にすると開放状態になるのに対し,新型車両では,全開にしてもフックに留め金を掛けて固定しない限り,手を離すと自然に扉が閉まる構造となっている。
(3) 本件当日午前5時台における大宮駅を発着する京浜東北線の発着時刻,列車番号及び車両形式は,以下のとおりであり,いずれの列車も第1ホーム2番線を発着する。
        到着時刻(列車番号)→出発時刻(列車番号)        車両形式
  午前5時11分(第404B列車)→午前5時17分(第505B列車)  新型
  午前5時31分(第400C列車)→午前5時37分(第501C列車)  新型
  午前5時40分(第508A列車)→午前5時46分(第509A列車)  旧型
  午前5時49分(第414B列車)→午前5時58分(第515B列車)  旧型
(4) JR南浦和駅(以下「南浦和駅」という。)構内の配置は,別紙現場見取図2のとおりである。改札口は1か所であり,改札口を入って西側に設置された,エスカレーターが併設された階段(以下「南側階段」という。)を下りると,京浜東北線下りホームの南端となる。同ホームの南端から北方向へ約46.6mの地点に南側ベンチが,同ベンチの北端からさらに北方向へ約29.9mの地点に中央階段が,同階段から北方向へ約22.2mの地点に中央ベンチが,それぞれ設置されている。南側ベンチ付近に停車する京浜東北線の車両は2号車及び3号車,中央ベンチ付近に停車する車両は5号車及び6号車である。
 京浜東北線上りホームは,同線下りホームの東側に平行して位置しており,その中央付近には中央階段(2か所)が,中央からやや南より付近にはエスカレーターが,南端には南側階段が,それぞれ設置されている。
(5) 本件当日午前5時台における南浦和駅を発着する京浜東北線下り列車の発着時刻,車両形式等は,以下のとおりである。
    列車番号     到着時刻     出発時刻   車両形式
  第404B列車  午前5時00分  午前5時00分  新型
  第400C列車  午前5時20分  午前5時20分  新型
  第508A列車  始発       午前5時29分  旧型
  第414B列車  午前5時37分  午前5時38分  旧型
  第416B列車  午前5時51分  午前5時51分
(6) 本件当日の被告人等の行動のうち関係証拠から容易に認定できる部分
ア Dは,当日午前5時9分ころ,JR赤羽駅(以下「赤羽駅」という。)から京浜東北線下り列車の4号車ないし6号車付近に乗車して座席に座り,一緒に乗車した会社の後輩が左隣に座った。Dは,乗車後間もなくして眠り込んでしまい,目が覚めたときは,同列車は大宮駅で折り返して大船方面に進行中であり,左隣の後輩はまだ熟睡していた。
 Dは,当時,長さ約17.2cmでカード入れが分離式の長財布(本件財布)をズボンの右後ろポケットに入れており,その上部約2cm程度はポケットから出ている状態であった。Dは,上記列車内で就寝中に,本件財布がポケットから落ちたとか,何者かに抜き取られたといった記憶は一切有していない。
 Dは,上記のとおり目が覚めた後,すぐに本件財布がないことに気付き,同日中に警察に遺失届けをし,同年3月21日,本件当日に京浜東北線の車内で本件財布について窃盗の被害にあった旨の被害上申書を作成した。
イ 被告人は,当日午前4時42分ころ,大宮駅において切符を購入し,午前5時ころ,同駅構内に入った。
 被告人は,午前5時40分ころ,大宮駅第1ホーム2番線に停車中の京浜東北線5号車又は6号車から下りたが,その時点で携行していたバッグ内に本件財布を入れて所持していた。被告人は,下車後,北側階段から北乗換通路に上り,同通路を第2ホーム方面に歩き,同ホームに下りる階段を中段辺りまで下りたところでバッグからカード入れを除いた本件財布を取り出して,その中身を確認し,現金4000円を抜き取った。
 その後,被告人は,再び同階段を上って北乗換通路に達し,そこから第3ホームへ通ずる階段を二,三段下りたが,引き返し,北乗換通路を第1ホーム方面に向かい,北側階段から同ホームに下り,本件自販機の下にカード入れを除いた本件財布を投棄した。そして,同ホーム2番線に停車中の京浜東北線第414B列車(第515B列車)に乗車した。
 埼玉県警察本部刑事部捜査第三課移動係所属の警察官G(以下「G」という。)は,午前5時55分ころ,上記列車内で,窃盗未遂の容疑で被告人を現行犯逮捕した。
3 公訴事実第1について
(1) 被告人が仮睡中のDのズボン右後ろポケットから本件財布を抜き取った事実の有無
ア Hの目撃供述
 この点については,当時大宮駅に停車中の京浜東北線の車内でスリ事犯の検挙活動に従事していた埼玉県警察本部刑事部捜査第三課移動係所属の警察官H(以下「H」という。)による目撃供述が存在するのみである。
(ア) しかし,Hの供述内容は,「被告人が大宮駅第1ホーム2番線に停車中の京浜東北線の4号車内に座っていて,その左隣には男性が寝ていた。被告人は,上体を若干前のめりにして,左手を後ろに回し,顔を横に振って,周囲の乗客を見ているような,様子を窺っているような動作をし,その後,左肩を上下に動かし,左手を自らの左臀部付近に当てたような形にして立ち上がり,降車した。寝ていた男性の特徴は,髪は黒色で短髪,メガネを使用し,太めの30代半ば位の男性であった。」などというにすぎず,被告人が左隣の男性のズボン右後ろポケットから財布を窃取したことを現認しているものではなく,その供述に係る被告人の動作も,被告人によるスリの事実を強く疑わせるほどのものとはいえない上,そもそも,Hが目撃したという被告人の左隣で寝ていた男性がDと同一人物であるとも認定できない。
(イ) また,Hが電車内で被告人を目撃した時刻に関する供述は,以下のとおり,その信用性に疑問がある。
 すなわち,Hは,大宮駅第1ホーム2番線に停車中の電車内で被告人を目撃した時刻は午前5時35分ころであると供述するところ,前記2で認定した事実によれば,上記時刻ころに同番線に停車していた京浜東北線は,新型車両の第400C列車(出発の際は第501C列車)であり,上記供述を前提とすれば,Hは同列車に乗っていたことになる。しかし,Hは,他方において,目撃した際に車両連結部ドアが開いていた旨一貫して供述しており,その供述の根拠として,4号車から5号車に移動した際に連結部ドアを開けた記憶が一切ないなどと具体的に述べていることに照らし,上記供述は信用性が高いといえる。そして,前記認定のとおり,京浜東北線の新型車両は,旧型車両と異なり,車両連結部ドアは,フックに留め金を掛けて固定しない限り,手を離すと自然に扉が閉まる構造となっており,早朝の空いた電車において,あえて何人かが留め金でドアを固定していたとは考えにくいことからすると,車両連結部ドアが開いていた旨の上記供述を前提とすれば,Hが乗車していた車両は,大宮駅に午前5時35分ころに停車していた新型車両の第400C列車(第501C列車)であるとは認めがたく,むしろ旧型車両の列車であったものと推認される。そうすると,被告人の目撃時刻が午前5時35分ころである旨のHの供述は,その信用性に疑いがある。
 連結部ドアが開いていた旨のHの供述及び前記認定の午前5時台の大宮駅における京浜東北線の発着状況からすれば,Hが被告人を目撃したのは,第400C列車(第501C列車)の1本後の,大宮駅に午前5時40分ころに到着し午前5時46分ころに出発する旧型車両の第508A列車(第509A列車)の車内であった可能性があり,これは同列車にJRさいたま新都心駅(以下「さいたま新都心駅」という。)から乗車して大宮駅で降りた旨の被告人の供述とも符合する。しかるに,前記認定のとおり,同列車は,南浦和駅始発の列車であるから,赤羽駅から乗車したDが同列車に乗車していた可能性はない。したがって,Hが被告人を目撃した際に乗車していた列車が上記列車であった場合,Hが目撃したという被告人の隣で寝ていた男性がDであった可能性もないことになる。
(ウ) 上記(ア),(イ)の各事情に照らすと,仮に目撃時刻以外の点においてHの供述が信用できるとしても,同供述を根拠として被告人がDのズボン右後ろポケットから本件財布を抜き取った事実を推認することは困難であるというほかない。そして,他に上記事実を認めるに足りる証拠はない。
イ これに対し,被告人は,「当日午前5時30分ころ,大宮駅第1ホーム2番線に停車中の京浜東北線の4号車又は5号車に乗車し,車内を南方向へ進むと,左右に2人位ずつ人が寝ていて,進行方向右側(ホームと反対側)の南寄りの席に座っていた人の足下に財布が落ちていたので拾った。その後,同列車に乗ってさいたま新都心駅で降車し,ホーム反対側に来た下り列車に急いで飛び乗り,大宮駅で下車した。」旨供述する。
 被告人の上記供述の信用性について検討するに,まず,Dは酔っぱらって早朝の空いた車内の座席に座って長時間にわたり就寝していたのであり,その間に座っていた体勢が乱れた可能性があること,本件財布は同人のズボン右後ろポケット内に完全に没入せずに上部がはみ出していたこと等からすれば,Dが電車内で就寝中にポケットから本件財布が落ちることは十分に考えられる。また,被告人が車内で本件財布を拾った後,大宮駅から離れたい等の気持ちから,同列車に乗ったままさいたま新都心駅まで行き,再び大宮駅に戻ってきた経過も不自然とまではいえない。さらに,被告人の供述を前提とすれば,被告人がさいたま新都心駅まで乗車した列車は,大宮駅午前5時37分発,さいたま新都心駅午前5時39分着の第501C列車であったと推認されるところ,関係証拠によれば,さいたま新都心駅には午前5時38分着,午前5時39分発の下り第508A列車が発着していたと認められることに照らし,同駅で下り列車に飛び乗ったとの点も客観的な証拠により裏付けられている。
 これらの事情に照らせば,被告人の供述は,信用することができる。
ウ 以上によれば,被告人が仮睡中のDのズボン右後ろポケットから本件財布を抜き取った事実を認定することはできない。
(2) 被告人が京浜東北線の車内で本件財布を拾って持ち去った事実について窃盗罪の成否
ア 上記(1)イの被告人の供述に加え,関係証拠によれば,被告人が,本件当日午前5時32分ころから午前5時37分ころまでの間に,大宮駅第1ホーム2番線に停車中の京浜東北線第400C列車(第501C列車)の4号車又は5号車内において,通路に落ちていたD所有の本件財布を,その通路付近の座席に寝ていた複数人のうちいずれかのものであることを認識した上で,自分の物にするつもりで拾得したことが認められる。
イ そこで,被告人が拾得した本件財布につきDの占有が存していたか否かにつき検討するに,前記認定事実によれば,次のとおり認定ないし判断することができる。
 すなわち,Dは,赤羽駅で電車に乗った時点ではズボンの後ろポケットに本件財布を入れていたことからすれば,仮睡中に本件財布がポケットから出て車内の通路に落ちたものと推認される。そして,その後,本件財布の位置が何らかの原因で大きく移動するとは通常考えがたく,そのような事情を窺わせる証拠も存在しない。
 Dが赤羽駅から乗車したのは午前5時9分ころであること,赤羽駅と大宮駅とのおおよその位置関係(公知の事実)等に照らし,赤羽駅から大宮駅までの京浜東北線による所要時間は概ね20分程度であると推測されること,前記のとおりの大宮駅における午前5時台の京浜東北線の発着状況等からすれば,Dが乗車していた列車は,被告人が本件財布を拾得したのと同じ第400C列車(第501C列車)であったものと推認される。
 また,Dが乗車していた車両は,4号車ないし6号車付近であり,被告人が本件財布を拾得したとされる4号車又は5号車と整合する。さらに,被告人は,車内を南方向に向かって進んでいた際に,進行方向右側に2人並んで座って寝ている人のうち南寄りに座っている人の足下に本件財布が落ちていたのを発見して拾得したというのであるが,Dの左隣には会社の後輩が座って寝ていたのであり,この点も整合する。
ウ これらの事情からすれば,被告人は,前記の日時場所において,Dが座って寝ていた座席の近辺の通路に落ちていた本件財布を拾得したものと推認することができる。そして,この事実関係によれば,被告人が本件財布を領得した時点において,Dの本件財布に対する占有はいまだ失われていなかったものと認めるのが相当である。
 したがって,被告人が京浜東北線の車内で本件財布を拾って領得した行為については,窃盗罪が成立するものというべきである。
4 公訴事実第2について
(1) 公訴事実第2に沿う証拠は,被告人がFのズボン右後ろポケット内に左手指を差し入れたことを現認したとするGの供述及びほぼ同様の状況を目撃したとするHの供述が存在するのみであり,上記公訴事実の認定は,G及びHの供述の信用性に大きく依拠することになる。
(2) G及びHの供述
ア Gは,当公判廷において,次のとおり供述する。
 Gは,本件自販機の下から本件財布を発見,回収した後,Hと連絡を取りながら,被告人の行動確認捜査のため第1ホームを南方向に向かい,南側エスカレーターを上り,南乗換通路上で待機していたところ,Hから,被告人が南乗換通路内のトイレから出て第1ホームへの階段を下りた旨の連絡を受けたことから,南側エスカレーターの降り口付近まで行き,一旦止まった。その後,Hから,被告人が電車に乗って寝ている男性の近くに1つ席を空けて座り,寝ている男性の方に左手を伸ばしている旨の連絡を受け,同エスカレーターを2,3歩下りかけたところ,Hから,女性が乗車してきたため被告人が手を引いた旨の連絡を受けて,同エスカレーターの上まで戻り,その後,Hから,被告人が再び左手を寝ている男性のズボンの後ろポケットの方に伸ばしていると聞いて,同エスカレーターを駆け下りた。すると,2番線に停車中の京浜東北線3号車の南側から数えて1番目のドアと2番目のドアとの間のホーム側の7人掛け座席の南側から数えて3番目の席に被告人が座っていた。Gは,第1ホーム上から,被告人が左手を伸ばしてFのズボンの右後ろポケットに親指を除いた指4本を付け根の辺りまで入れていたのを確認した。被告人は後ろを振り向いてGに気付き,すぐに手を抜いてFのももの辺りを叩き,駅に着いたよなどと言って起こしていた。Gは,上記2番目のドアから電車に乗り込み,被告人を窃盗未遂の現行犯人として逮捕した。逮捕後,被告人を連行して,中央階段を上って北乗換通路に出て,そこから中央改札口を出て交番に向かった。
イ また,Hは,当公判廷において,次のとおり供述する。
 Hは,Gが本件自販機の下から回収した本件財布を同人から受け取った後,第1ホームを南方向に向かっていると,I警察官から,被告人が2番線に停車中の京浜東北線の2号車に乗り込んだ旨の連絡を受けた。その後,Hは,被告人が2号車から降り,南側階段を上って南乗換通路上のトイレに入り,トイレから出て,再び南側階段から第1ホームへ下りていくのを確認し,自らは第2ホームに下りた。
 Hは,第2ホームから,以下の状況を目撃した。すなわち,被告人が,2番線に停車中の京浜東北線3号車の南側から2番目のドアから乗車し,ホーム側の7人掛けの座席の南側から数えて3番目の席に座った。同座席の最も南側の席には男性が座って寝ていた。被告人は,周囲の様子を窺うような動きをした後,左手をFの右臀部方向に伸ばしたが,女性2名が乗車してきて,被告人の向かい側の右斜め寄りの座席に座ったため,手を引いた。その後,被告人は,再び左手を伸ばし,コートをFと背もたれの間に押し込むような動作をした後,左手を更にFの右臀部方向に伸ばした。
 以上の状況は,携帯電話でGに伝えていた。被告人がGによって現行犯逮捕された後,Hは第1ホームに向かい,エスカレーター上でFに声をかけるなどした後,被告人を連行して,南側エスカレーターを上って南乗換通路に出て,そこから中央改札口を出て,西口の交番に向かった。
(3) G供述及びH供述の信用性
ア 他の証拠から認められる事実との不整合
 G及びHは,被告人及びFが乗車していた車両は3号車であったと供述するが,これはFの以下の供述から認められる事実と明らかに食い違っている。
(ア) すなわち,Fは,大宮駅で被告人に起こされて電車から下りた後,右側に向かい,階段とエスカレーターが併設された上り口のエスカレーターに乗ったと供述する。Fは,上り下りのエスカレーターではなく,階段が併設されたエスカレーターであることに間違いない旨を一貫して明確に供述しており,その信用性は高いといえる。そして,第1ホームにおいてF供述にいう階段とエスカレーターが併設された上り口とは中央階段であると認められるところ,同ホーム2番線に停車した列車から降りて右側に向かって中央階段に到達することが可能な車両は,5号車以降の車両であり,Fらが乗車していたのは3号車であるとするGらの供述とは矛盾することになる。
(イ) もっとも,Fは,本件当日に乗車していたのは3号車であるとも供述しており,これは大宮駅で下車した後の行動に関する上記(ア)の供述と矛盾するようにも思える。
 確かに,Fは,本件当日,南浦和駅の改札を入り,エスカレーターで京浜東北線下りホームに下りて北方向に歩いた先にあるベンチの前付近から乗車した旨供述しており,同供述にいうエスカレーターとは,前記のとおり認定した南浦和駅構内の配置状況に照らし,南側階段のエスカレーターであると解される。そして,上記供述は,いつも通勤に利用していたという日常の習慣に基づくものである上,南浦和駅の改札口内の連絡通路の構造上,改札口から迂遠な経路を辿る中央階段ではなく改札口のすぐ近くに設置された南側階段を利用するのが自然であると考えられることに照らし,基本的に信用性が高いといえるところ,前記認定のとおり,京浜東北線下りホーム南側階段から北方向に向かって最初に設置されたベンチである南側ベンチ付近に停車する京浜東北線の車両は2号車及び3号車であることからすれば,3号車に乗車していた旨のFの供述は,同人が本件当日に南浦和駅の改札を入ってから最初に乗車した京浜東北線の車両番号に関する限りは,信用できそうである。
 しかし,Fの供述によれば,同人は,南浦和駅で京浜東北線下り列車に乗車した後,間もなくして寝てしまい,目が覚めたときは,大宮駅で折り返して上り列車の南浦和駅付近であったため,同駅で下車して,京浜東北線下りホームに移動したというのである。そして,同人が最初に同ホームにおいて乗車した場所が南側ベンチ付近であったとすれば,下車した場所は京浜東北線上りホームの同じ付近であったと考えられるところ,そこから連絡通路へ近い上り口は,前記認定のとおり,エスカレーター及び中央階段であり,上記いずれかの上り口から連絡通路に上った場合,京浜東北線下りホームに最も近い降り口は中央階段である。そうすると,Fの同ホームへの移動経路は証拠上明らかではないものの,同人は,京浜東北線上りホームで下車した後,同ホームのエスカレーター又は中央階段を上り,連絡通路を通って,中央階段から京浜東北線下りホームに下りたものと考えるのが自然であり,あえて遠方に位置する南側階段から同ホームに下りたとは考え難い(Fも,二度目に同ホームに下りた際に使用した階段等が南側階段であった旨明確に供述してはいない。)。そして,Fが,中央階段から同ホームに下りたとすれば,あえて南方向に逆戻りして南側ベンチ付近から乗車したとは考えにくく,普段の習慣に従って,道なりに北方向に進行して最初に到達するベンチである中央ベンチ付近から乗車した可能性が高いといえるところ,中央ベンチ付近に停車する車両が5号車及び6号車であることは前記認定のとおりである。
 そうすると,3号車に乗車した旨のFの供述は,本件当日に南浦和駅から2回目に乗車し,大宮駅で下車した京浜東北線の列車の車両番号に関するものであるとした場合,その信用性には合理的な疑いが残るというべきであり,また,Fが南浦和駅から1回目に乗車した車両が3号車であったことを前提としても,2回目に乗車した車両が5号車又は6号車であった可能性がある以上,大宮駅で下車した後の行動に関するFの上記(ア)の供述とは矛盾しないこととなる。
(ウ) 以上のとおり,被告人及びFが乗車していた車両が3号車であった旨のGらの供述は,信用性の高いFの上記(ア)の供述と矛盾しており,信用できない。そして,Fの同供述に照らし,被告人が乗車していた車両は3号車に隣接する2号車又は4号車であるとも認められないこと,スリ事犯の検挙のため被告人を追尾していた警察官であるH及びGが揃って3号車と供述していることからすれば,H及びGの車両番号に関する供述は単なる記憶違いに基づくものであるとはおよそ考えられず,意図的に虚偽の供述をしている疑いが強い。そうすると,被告人及びFが乗車していた車両に関するG及びHの供述が信用できないということは,被告人がFの方に左手を伸ばし同人のズボン右後ろポケットに左手指を入れたというG及びHの供述の核心的部分の信用性にも多大な疑念を生じさせる事情であるというべきである。
イ 供述の不一致,変遷について
 G及びHの供述には,以下のとおり,その供述間に食い違いが存在するとともに,捜査段階の供述調書との間にも変遷が見られる。
(ア) すなわち,現行犯逮捕後に被告人を連行した経路について,Gは,中央階段を上って北乗換通路に出て,そこから中央改札口を出た旨供述するのに対し,Hは,南側エスカレーターを上って南乗換通路に出て,そこから中央改札口を出た旨供述しており,両者の供述には,被告人を連行した際に利用した上り口及び乗換通路という逮捕後の行動に関する基本的かつ重要な部分について食い違いが存在する。
(イ) また,Gの供述には,以下のとおり変遷が見られる。
①Hから,被告人がトイレを出て階段で第1ホームに向かった旨の連絡を受けた後の自らの行動について,警察官調書では,同連絡を受けて,南側エスカレーターで第1ホームに下りることとした旨供述していたのに対し,当公判廷では,同連絡を受けて南側エスカレーターまで行き,そこで一旦止まった旨供述している。②Hから,被告人がFの方に手を伸ばしている旨の連絡を受けた地点について,警察官調書では,エスカレーターを半分くらい下ったときである旨供述しているのに対し,当公判廷では,エスカレーターの上であった旨供述している。③電車内の被告人を発見した地点について,警察官調書では,エスカレーターの途中である旨供述していたのに対し,当公判廷では,当初はエスカレーターを降りた地点である旨供述していたが,その後,警察官調書と同様にエスカレーターの途中である旨供述している。④被告人の現行犯逮捕後に,Fを呼び止めて確認したか否かについて,警察官調書では,Fが降車するのを呼び止めて確認したところ,スラックス右後ろポケットに財布が入っていた旨供述していたが,当公判廷では,Fを呼び止めたことはあるがポケットの中身の確認等はしていない旨供述している。
 このように,逮捕直前の状況に関する重要な供述について,捜査段階の供述と公判供述の間ないし公判供述内において,数多くの無視し得ない変遷が見られ,しかも変遷したことについて合理的な理由は示されていない(なお,Gは,④の変遷の理由について,警察官調書には他の人から聞いた内容も記載されているなどと不合理な説明をしている。)。
ウ 供述の不自然性,不合理性について
(ア) G及びHの供述によれば,被告人が1つ空いた左側の席に座っていたFの方に手を伸ばしたところ,女性が2人乗車してきて,被告人の向かい側の席に座り,被告人はその後更にFの方に手を伸ばしたというのであるが,一つ席を空けて座っているFの方に手を伸ばしてズボンの後ろポケットから財布を抜き取ろうとすれば,その行動は向かいの席に座っている女性らにおいて容易に気付くであろうから,被告人があえて他の乗客に目撃される危険を冒してFから財布を窃取しようとしたとは考えにくい。殊に,Gの供述によれば,被告人は,Gがエスカレーターの上でHからの連絡を受けてから,エスカレーターを下りて3号車の前に達するまでの数秒間,Fの方に手を伸ばしてポケットに指を入れ続けていたというのであるから,その不自然さは顕著である。
(イ) Gは,3号車の南側から数えて2番目のドアから車内に乗り込み,被告人を現行犯逮捕したと供述するが,Gの供述によれば,被告人は,同車両の南側から数えて1番目のドアと2番目のドアとの間のホーム側の7人掛け座席の南側から数えて3番目の席に座っており,同座席の最も南寄りの席に座っていたFの方に手を伸ばしていたというのであるから,被告人の位置,そして被告人を車外から目撃していたGの位置からは,2番目のドアよりも1番目のドアの方が近いのであり,被告人の逃走を防いで逮捕するためには,より近い1番目のドアから乗車するのが合理的である。スリ事犯の検挙活動に従事していた警察官であるGがそのような合理的な方法を選択しなかった理由は一切示されていない。
(ウ) Gが,Hから,被告人が第1ホームへの階段を下りた旨を聞き,南側エスカレーターの上まで行ったものの,そのままエスカレーターを下りずに上で止まっていたとか,その後,Hから,被告人がFの方に手を伸ばしている旨の連絡を受けて,エスカレーターを二,三歩下りかけたが,女性が乗車してきたため被告人が手を引いた旨の連絡を受けて,エスカレーターの上に戻ったとする点についても,スリ事犯の検挙のため被告人を追尾していた警察官の行動として,どのような目的や合理性があったのかについて全く説明がなく,不可解である。
エ 以上のとおり,G及びHの供述は,被告人やFが乗車していた車両に関する供述内容が,信用できるFの供述から認められる事実に反しており,これがG及びHの供述の核心的部分にも影響を及ぼすこと,両者の供述の間には重大な食い違いが存在する上,Gの供述には数多くの変遷が存在すること,G及びHの供述には不合理,不自然な点が少なからず存在すること等にかんがみると,いずれも信用性に欠けるものというべきである。
(4) 被告人の供述について
 被告人は,当公判廷において,「本件自販機の下に本件財布を投棄した後,2番線に停車中の京浜東北線の6号車又は7号車付近に乗車し,ホーム側の3人掛け座席に座ったところ,左隣に男性が寝ていた。被告人は,本件財布を投棄した状況等を警察官に目撃され,追跡されているのではないかと思い,Fを起こして電車から降りてもらおうと考え,左手でFのももと尻の間付近をつつき,さらに,声をかけながら肩を揺すって起こした。Fが電車から降りた直後に,警察官が飛び込んできて逮捕された。」と供述する。
 被告人の供述は,乗車した車両が6号車又は7号車付近であるという点について,Fの前記供述と符合する上,被告人が乗車した第414B列車(第515B列車)は,前記2で認定したとおり旧型車両であり,6号車の座席はすべて3人掛け座席となっていることとも符合する。Fを起こした動機についても,直ちには理解しにくい面があることは否定できないものの,明らかに不合理であるとまではいえない。これらの事情に照らすと,捜査段階の供述と変遷する点の存在など,検察官の指摘する諸事情を考慮しても,先に判断したG及びHの供述と対比して,被告人の供述を虚偽のものとして排斥することは困難であるというほかはない。
(5) 以上の次第で,G及びHの目撃供述は信用することができず,他に,本件窃盗未遂の公訴事実を認めるに足りる証拠はない。したがって,公訴事実第2については,犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
(累犯前科)
 被告人は,平成17年2月9日横浜地方裁判所で窃盗未遂罪により懲役1年6月に処せられ,平成18年7月19日その刑の執行を受け終わったものであり,この事実は検察事務官作成の前科調書(乙5)によって認める。
(法令の適用)
 被告人の判示所為は刑法235条に該当するところ,所定刑中懲役刑を選択し,前記の前科があるので同法56条1項,57条により再犯の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役1年6月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中350日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
 本件は,被告人が被害者が落とした財布を持ち去り窃取したという事案であるところ,その態様は,電車内で仮睡中の被害者が通路上に落とした財布を認めるや,これを持ち去り,その後間もなくして財布から現金を抜き取るなどしており,悪質であって,酌量できるような動機の存在も見あたらない。被害金額は少なくない上,被害者にはキャッシュカード等が利用できなくなるなど生活上の支障が生じたものであり,被害結果も軽視できない。また,被告人は,前記累犯前科を含む同種前科6犯等,多数の前科を有しており,窃盗の常習性が窺われ,その規範意識は乏しいといわざるを得ない。
 他方で,被害品はすべて還付されるなどして被害回復がされていること,被告人は本件財布を持ち去った行為について認め,反省の態度を示していることなど,被告人のために酌むべき事情も認められる。
 そこで,以上の諸事情を総合考慮して,主文のとおり刑を量定した。(求刑-懲役3年)
 よって,主文のとおり判決する。
平成22年7月6日
さいたま地方裁判所第3刑事部
裁判官  寺尾 亮

▲ 刑事事件の裁判例目次にもどる

LINEアカウントでお得な無料相談を受ける!上記の記事でよく分からない部分を弁護士に法律相談することができます

「LINE無料相談」での実際の相談例をご紹介します

お客様の感謝の声はこちらをクリック。アトム法律事務所は1人1人のお客様を大切にしています。 横浜・川崎で刑事事件に強い弁護士をお探しなら 刑事弁護ホットライン 0120-631-276 法律相談のご予約は日本全国24時間受付無料 すぐに弁護士が警察署に向かいます。まずはお電話ください。 親身で頼りになる刑事弁護士とすぐに相談できます。