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窃盗大阪

大阪高等裁判所判決/平成20年(う)第441号

主文

 一審判決を破棄する。
 被告人X1及び同X2をそれぞれ懲役1年2か月に,同X3を懲役10か月に処する。
 被告人X1,同X2及び同X3に対し,この裁判確定の日から3年間それぞれ上記の刑の執行を猶予する。
 一審における訴訟費用のうち,証人C及び同Dに支給した分は,被告人X1,同X2及び同X3の連帯負担とし,証人E及び同Fに支給した分は,被告人X1及び同X2の連帯負担とし,証人Gに支給した分は,被告人X3の負担とし,控訴審における訴訟費用は被告人X2の負担とする。
 被告人X4は,無罪。

理由

第1 検察官の控訴理由及び弁護人の答弁
1 被告人X2関係
 検察官の主張は,被告人X2が,被害者Fに対し暴行に及んでおり,この暴行が被告人X1及び氏名不詳者数名との共謀に基づくことは明らかであるのに,これを否定した一審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというものである。これに対する弁護人の答弁は,被告人X2はFに対する暴行には一切加担していないから,この点に関する一審判決の認定は相当であるというものである。
2 被告人X3関係
(1) 事実誤認
 検察官の主張は,被告人X3には,本件被害品に対する不法領得の意思が認められ,氏名不詳者と共謀して窃盗に及んだことが認定できるのに,これらを否定した一審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというものである。これに対する弁護人の答弁は,被告人X3には不法領得の意思があるとは認められないから,この点に関する一審判決の認定は相当であるというものである。
(2) 訴訟手続の法令違反
 検察官の主張は,一審裁判所は,被告人X3の犯行について,訴因である窃盗が認定できず器物損壊しか認定できないという判断であったところ,①器物損壊罪を認定するには,同罪への訴因変更や予備的訴因の追加の手続が必要であったのに,これをしないで同罪を認定した,②上記の訴因変更等を促し,あるいは訴因について釈明を求めるべきであったのにこれを怠り,また,器物損壊についての告訴事実の立証の機会を与えるべきであったのにこれを与えなかった,したがって,上記の各点において一審裁判所の訴訟手続には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるというものである。これに対する弁護人の答弁は,①については,後記の弁護人の主張に沿うもので正当であり,②については,検察官が主張するような義務は一審裁判所にはないから,その主張に理由はないというものである。
3 被告人X4関係
 検察官の主張は,被告人X4には,本件被害品について不法領得の意思が認められるのに,これを否定した一審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというものである。これに対する弁護人の答弁は,被告人X4には,不法領得の意思があるとは認められないから,この点に関する一審判決の認定は相当であるというものである。
第2 弁護人の控訴理由
1 被告人X1関係
 被告人X1は,Fに対し暴行に及んでおらず,暴行の共謀もしていない。しかるに,これらを認定した一審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。
2 被告人X3関係
(1) 訴訟手続の法令違反
 窃盗罪の訴因に対し器物損壊罪を認定するには,同罪への訴因変更手続が必要であった。しかるに,これをせずに器物損壊罪を認定した一審裁判所の訴訟手続には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。
(2) 事実誤認
 被告人X3には,本件ビデオカメラに在中したDVDディスクについて,毀棄隠匿の目的もないのに,これがあると説示する一審判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。
3 被告人X4関係
(1) 不法な公訴受理
 一審裁判所は,親告罪である器物損壊について,有効な告訴がないのにこれがあるとして判決したから,これは不法に公訴を受理したもので,刑事訴訟法378条2号によって一審判決は破棄を免れない。
(2) 訴訟手続の法令違反
 窃盗罪の訴因に対し器物損壊罪を認定するには,同罪への訴因変更手続が必要であった。しかるに,これをせずに器物損壊罪を認定した一審裁判所の訴訟手続には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。
第3 控訴理由に対する判断
1 被告人X2について
(1) 関係証拠によれば,H労働組合I支部(以下「I支部」という。)の組合員の被告人X2が,同組合員である被告人X1及び氏名不詳者数名とともに,被害者Fに対し暴行に及んだ事実を優に認定することができるのであって,Fのいわゆる犯人識別供述の信用性には疑問が残るなどとした一審判決は,証言の信用性の判断を誤ったものというほかなく,是認できない。以下,検討する。
(2) 本件では,Fの一審証言のうちの被告人X2に関する犯人識別供述が信用できるのかが最大の問題である。なお,控訴審において,Fの証人尋問を実施したが,Fは,相当の時間の経過によって既に事件の記憶の多くを喪失しており,一審証言を補強し,あるいはこれを修正,減殺する証言は得られなかったというほかない(弁護人は,控訴審弁論において,Fの控訴審証言から,Fがズボンに付いた手形をもとに被告人X2を犯人と特定した旨主張しているが,上記の点から,この主張は採用できるものではない。)。
 Fは,一審公判において,犯人の一人を被告人X2と識別した理由として,①暴行を受けている最中に犯人の一人の足を手でつかんだところ,本件の被害後,被告人X2のズボンに手形が付いていたことのみならず,②四つんばいになった状態で組合員らから暴行を受けていた際に,右肩や右顔面を蹴ってきた人物の顔を見ると被告人X2であったことも明確に証言している。
 一審判決も説示するように,Fの一審証言は,全体的に見て具体的で,真摯な態度が見られるし,殊更に誇張や虚偽があるようには思われない。Fは,被告人X2と事前に面識はなく,I支部が株式会社J従業員の解雇をめぐって同社に対して団体交渉に及んでいたにせよ,F自身は,Jの一従業員にすぎず,殊更に被告人X2を無実の罪に陥れる動機,理由は見当たらない。また,被告人X2に関するいわゆる写真面割の過程も一審判決認定のとおり格別の問題がない。したがって,一審判決が説示するように,Fの一審証言のうち,上記の被告人X2に関するFの犯人識別供述だけが信用できないというのであれば,その合理性が十分に検討されなければならない。
(3) Fが犯人の顔をはっきりと識別できていなかったにもかかわらず,犯人の顔を識別した旨証言しているとすれば,弁護人も指摘するように,本件被害後,被告人X2のズボンに付いていた手形から同人を犯人と断定し,暴行中に見た犯人を被告人X2であると思いこんだという可能性が考えられるところである。この点は,結局,一審判決がFの犯人識別供述に疑問を呈している観察の正確性等の問題に帰着するので,順次一審判決が指摘する疑問点について検討する。
 ア 一審判決は,Fが,犯人を見たという時点において,受けていた暴行の状況や体勢などから,犯人の容貌をどの程度正確に認識,記憶できたかは疑わしいと説示し,Fが,突然,多数の組合員に囲まれ,予期しない暴行を受けている状況で,ごく短時間,犯人の顔を見たにすぎないとして,観察の正確性,確実性に疑問があると説示する。しかし,Fは,犯人を識別した時点までの間に,足首を骨折する暴行を受け,立っていられず四つんばいになった後,主に体の右側から顔,肩,胸,腰,太ももの各付近を蹴られたところ,右腕で顔面を防御しながら自分の右斜め前から蹴ってきた人物の顔を見たというのであって,顔を見る直前に初めて予期しない暴行を受けたのとは全く異なり,むしろ,四つんばいになる前から暴行を受け続ける中で,暴行している人物を特定しようと意図的に観察したというべきであって,一審判決の指摘は当たらない。なお,弁護人は,Fが意図的に顔を見ようとした旨証言していないことを指摘するが,四つんばいで蹴られ,右腕で顔面を防御するなどしていたFが見上げたのは,暴行等によってのけぞるなど自らの意思に反して見上げる状態になったことはうかがわれないのであるから(Fが犯人の左太ももをつかんだ後,おでこ辺りを蹴られて後ろに反り返り,転倒させられたことは認められるが,Fは,右腕を曲げて,肘の内側があごの辺りに来るような動作をしながら,このように防御しつつ見上げて犯人の顔を見た旨を証言しているのであるから,蹴られて後ろに反り返った時に顔が見えたという趣旨の証言でないことは明らかである。),犯人の顔を特定しようとしたためというほかない。また,弁護人は,Fが顔を見たという時点について,犯人の足をつかまえにいく前後かもはっきりせず,曖昧な証言であると主張する。確かに,反対尋問において,犯人の足をつかんだ前後かは,細かい点ではっきりしないとの証言もあるが,その直後,大事な点であるから記憶をよく喚起するよう求める趣旨の質問に対し,最終的に,犯人の足をつかむ前である旨証言しているところ,これは,別期日に行われた主尋問における証言と一致しているのであって,弁護人の指摘は当たらない。
 イ 次に,一審判決は,Fが被告人X2の足をつかんだ際の態様について,一審証言では右手でつかんだと述べているのに,捜査段階では両手でつかんだと述べていたことがうかがわれるとして,両者に変遷があるなどと説示している(なお,一審判決が変遷の根拠として挙げる実況見分調書の写真については,Fは,一審証言で,組合員の足をつかんだ場所を示したにすぎず,つかんでいる態様は異なっている旨明確に述べているところ,なぜつかんだ態様が異なるのかについて尋問されていない。したがって,変遷に合理的な説明はされていないとの一審判決の説示は,当を得たものとはいえない。)。
 しかし,この点に変遷があると考えてみても,そもそも,Fは,足をつかむ前に被告人X2の顔を見たと証言し,上記のとおり,その観察の正確性,確実性には疑問の余地がないのであるから,犯人の足をつかむ態様の記憶が曖昧であったからといって(なお,足をつかみにいったという根幹部分は一貫している。),Fの犯人の顔を見たとの識別供述の信用性に影響するものということはできない。
 ウ 更に,一審判決は,Fが「誰や蹴ったんは」と発言していたことから,犯人を特定できなかったとの疑問の余地があるという。しかし,Fの一審証言を子細にみれば,横から蹴っていたのが誰か分からなかったから,上記の発言をしたというのにすぎず,反対尋問で,蹴った人間は誰も分からなかったのではないかと尋ねられても,「いや,分かりましたよ」と証言するとともに,救急車で搬送される際に,被告人X2に対し「お前蹴ったやろ」と述べたと証言しているのであって(なお,弁護人は,被告人X2のズボンに手形があったことから被告人X2にこの発言をした旨Fが証言したことを捉えて,Fが犯人の顔を識別したことはない旨主張するが,Fの一審証言を通じてみれば,Fの上記証言は,犯人特定の一つの理由を述べたにすぎないと認められる。),被告人X2についても特定できなかったから,上記発言をしたのでないことは明白である。一審判決は,Fの一審証言を正解しなかったというほかない。
 エ 以上の検討からすると,Fが犯人の顔を観察した際の正確性,確実性について疑問はなく,その他,犯人の顔を見たというFの識別供述に影響を及ぼすような事情はないということができるから,被告人X2のズボンに付いていた手形から同人を犯人と断定し,暴行中に見えた犯人は被告人X2であると思いこんだという可能性は否定されるというほかない。
(4) その他,弁護人はFの一審証言が信用できないとしてるる論難するが,独自の経験則に基づくものや,証言を正解せず,あるいは,信用できない被告人X2らの供述を前提とするものであるなど,逐一検討してみても,いずれも上記判断を左右しない。
(5) 以上のとおりであり,検察官の事実誤認の主張は理由があり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。よって,一審判決中,被告人X2に関する部分を破棄して,直ちに自判することとする。
2 被告人X1について
(1) 一審判決が挙示する関係証拠,ことに,信用できるFの一審証言によれば,被告人X1が一審判決第1の事実に及んだこと(ただし,これに加えて被告人X2についても共犯者と認定できる点は前記のとおり)は優に認定でき,同判決が,この点について事実認定の補足説明として説示するところも,おおむね正当として是認できる。
 弁護人は,被告人X1が暴行に及んでいない旨供述するI支部組合員のLの一審証言及び被告人X2の一審供述は,J従業員Kの検察官調書における供述と合致していて信用できる,と主張し,Fの一審証言の信用性を弾劾する。
 確かに,Kの供述調書をみると,Fを取り囲んだ組合員が,仲間の組合員から外に引きずり出されるようにして引き離されたことがあったと述べている。しかし,Kは,組合員(調書中でAと図示する者)については,その「後ろから」仲間の組合員によって羽交い締めにされてセメントサイロの方向に引っ張られたと供述しているのに対し,被告人X1の一審供述では,被告人X2が「僕の方を向いて,覆い被さるように」して制止したというのであって(この点,I支部の組合員Lは,被告人X2が,被告人X1の正面から抱き締める形で入った旨述べ,被告人X2は,被告人X1の体と正対し,Fに背を向け,被告人X1に抱きつく形で移動した旨述べている。),被告人X1のどちら側から制止したのかが異なる。その上,Kは,このAと図示されている組合員は,その後,他の組合員2人に腕をつかまれたりして,連れて行かれたと供述しているのに対し,被告人X1は,Lから「抱きかかえられるような形」になって集団から引き離されたと供述するのであって(Lも,被告人X1を抱きかかえるような形で集団から引き離した旨証言している。),この点でも両者の供述は異なる。また,Kは,もう一人の組合員(調書中でBと図示)は,他の組合員に,Jの事務所の出入口ドア付近で腕を引っ張られて引き離され,地面に倒れたりしていたと供述しているが,これに対し,被告人X1のみならず,被告人X2,Lの各供述によっても,被告人X1がLに引き離された際に地面に転倒していたとの供述はないし,Kが述べる場所とも相違する。
 そうすると,Kが言う引き離された組合員というのは,被告人X1であるということはできず,むしろ別の組合員であった可能性が高い。したがって,弁護人の主張は採れない。
 また,弁護人は,Dの証言が,Fの一審証言には合致せず,被告人X1の供述に合致するなどとも主張するが,その主張に係る部分は被告人X1がFの襟首をつかむまでのことにすぎず,Fの一審証言の信用性を左右するものとはいえない。
 その他,弁護人が主張するところを見ても,Fの一審証言の信用性に疑問を生じさせるものはない。
 被告人X1について,一審判決に事実誤認は存しない。弁護人の主張は採用できない。
(2) ところで,弁護人は,被告人X1について,職権による量刑不当の判断を求めているので,この点を判断すると,一審判決が「量刑の理由」の項で説示するところは正当として是認でき,一審判決言渡し時を基準とする限り,被告人X1を懲役1年6か月,3年間執行猶予に処した一審判決の量刑が重すぎて不当であるとはいえない。
 しかし,控訴審における事実取調べの結果によれば,一審判決後,被告人X1が所属するI支部は,Fに対し100万円を支払い,同人との間で示談が成立したことが認められる。そうすると,この事情を一審判決言渡し時に判明していた事情と総合して考慮すると,現時点においては,一審判決の量刑はいささか重すぎるものとなったというべきである。
 そこで,一審判決中,被告人X1に関する部分を破棄して,直ちに自判することとする。
3 被告人X3について
 一審判決は,被告人X3について不法領得の意思が認められないことを前提に判断を進めているが,関係証拠によれば,不法領得の意思は優に認められるのであって,この前提となる判断は到底是認できない。
 すなわち,関係証拠によれば,J従業員のMは,同社代表者らから指示を受けて,Fの被害の証拠化のみならず更なる犯罪行為の防止のため,DVDディスク入りのビデオカメラで,同社の場内を撮影していたこと,被告人X3は,I支部の執行委員であったところ,本件ビデオカメラで撮影中のMに対して,「撮るな」と警告し,その後,「警告したやないか」などと述べて,本件ビデオカメラを奪い,Jの専務が返還を求めたがこれに従わず,組合員にこれを手渡したこと,同組合員はその場を離れ,本件ビデオカメラは,Jの関係者の認識できない場所に持ち去られたこと,Jの専務が,現場に臨場していた警察官を通じてI支部に返還を要求していたところ,本件ビデオカメラが奪われた約30分後,I支部副執行委員長のNが,組合員から本件ビデオカメラを受け取って,これをJの専務に返還したが,その際,本件ビデオカメラ内のDVDディスクは抜き取られていたことが認められる。
 以上のような事実関係に照らせば,被告人X3及び本件ビデオカメラを受け取った氏名不詳の組合員は,Mがビデオカメラで現場の様子を撮影していることを認識していたこと,そして,本件の現場で録画された映像が後日利用されることを避けるため,録画を中止させ,録画された映像を確認し,記録媒体であるDVDディスクを抜き取り処分する目的であったことが推認される。そして,本件ビデオカメラの占有を完全に取得して,ビデオカメラの録画を停止させ,映像を確認し,記録媒体であるDVDディスクを抜き取ることは,所有者しかなし得ない使用処分行為である上,本件ビデオカメラのように,その時点及びその場所において録画することに重要な意味がある場合には,そのような録画をさせずに占有していることこそが,本件ビデオカメラの経済的用法に従った利用(本件ビデオカメラから生ずる効用を享受すること)というほかない。加えて,仮に被告人X3らの行為が一審判決のいうように本件ビデオカメラを専ら隠匿ないし破棄する目的だったのであれば,なぜビデオカメラのみを返還し,中のDVDディスクを抜き取って返還しないのか,合理的な説明はできない。
 そうすると,被告人X3らには,本件ビデオカメラについて,単純な隠匿ないし毀棄目的を超えた不法領得の意思に基づいて,その占有を奪取したことは明らかである。
 以上のとおりであり,この趣旨をいう検察官の事実誤認の主張は理由があり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。よって,その余の主張に対する判断を省略し(ただし,被告人X3に対する一審判決は公訴棄却であったから,同被告人は控訴することはできない。したがって,弁護人の各主張は不適法である。),一審判決中,被告人X3に関する部分を破棄して,直ちに自判することとする。
4 被告人X4について
 一審判決は,窃盗の訴因に対し,不法領得の意思が認められないとした上で,訴因同様の事実関係を認定して,器物損壊罪を認定している。しかし,不法領得の意思が認められないとした判断は是認できるものの,器物損壊罪が成立するとした判断は是認できない。以下,順次検討する。
(1) 不法領得の意思の有無について
 検察官は,被告人X4に不法領得の意思が認められるから,公訴事実どおりの窃盗罪が認定できる旨主張するので,他の主張に先立って,不法領得の意思の点について検討する。
ア 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。すなわち,Jに派遣されミキサー車運転手をしていたOは,本件当日,I支部の組合員が同社に来ており,Fが負傷したことを知らされ,普通自動二輪車(ヤマハ・マジェスティー。以下「本件バイク」という。)で,同社に向かい,組合員らが多数いる同社構内に,クラクションを鳴らしながら勢いよく乗りつけた。これを見た組合員らとOとの間で押し問答になり,臨場していた警察官に制止されるなどしたが,その間,組合員である被告人X4が,本件バイクに差されたままのエンジンキー(盗難防止のため本件バイク本体に装備されたキーシャッターを開閉するリモコン及びO宅の鍵が,エンジンキーとリングキーホルダーでつながれたもの。以下「本件鍵等」という。)を抜き取った。本件後,本件鍵等は発見されていない。本件の約1か月後,本件バイクがJに駐車されていた際に,リモコン操作によるキーシャッターの開閉が行われたが,このとき,I支部が付近で街宣活動をしていた。なお,関係証拠を精査しても,本件バイク自体が窃取された事実はうかがわれない。
 イ 検察官は,本件後のリモコン操作の事実等から,被告人X4又はその意を通じて本件鍵等を受領した氏名不詳者がリモコンを操作したことを推認できると主張する。しかし,リモコン操作の事実は,本件後1か月以上経過した時点のことで,しかも,その際,近くでI支部が街宣活動をしていたというにすぎず,それ以上に,リモコン操作があった時点で被告人X4ないしは組合員と思われる人物が現実にリモコンを操作していたことを積極的に裏付けるような証拠は存しないのであって,たとえ,検察官が主張するように,Oが組合員から尾行された事実や被告人X4が本件鍵等を抜き取った事実があるとしても,リモコンの操作を被告人X4又は組合員が行ったとまで認定することはできないというほかない。そして,本件の証拠関係を精査しても,本件鍵等を被告人X4が持ち続けたのか,あるいは,被告人X4がその意を通じた氏名不詳者に本件鍵等を交付したのかは,全く不明であり,被告人X4が,本件鍵等を抜き取った後,意図せずに,その占有を失った可能性すら否定できないというほかない(確かに,被告人X4は,後記のとおり,本件鍵等の処分状況について虚偽の供述をしていると判断せざるを得ないが,虚偽供述をしていること自体から,被告人X4ないしその意を通じた第三者が本件鍵等を所持していることを推認することはできない。)。
 ウ ところで,本件について,被告人X4は,①Oがバイクで乗りつけた態様を見て立腹し,このまままたOにバイクを運転させると危険なので,鍵を隠そうと思い,本件鍵等を抜き取った,②本件鍵等は,Jに駐車されていたミキサー車の水タンク内に投棄したと供述する。このうち,②の点については,Oの証言によれば,本件後のキーシャッターの開閉の際に,リモコンによる遠隔操作であることを示すハザードランプの点滅があったというのであるから,リモコン操作がされたと優に認定でき,したがって,この点に関する被告人X4の供述は信用できない。他方,①については,警察官撮影のビデオ映像(一審弁1)によれば,Oは,単にバイクで平穏に臨場したというのではなく,あたかも組合員らを挑発するかのように,クラクションを鳴らしながら勢いよく乗りつけ,停車後も,Oと組合員らとが激しく口論しているのであって,この状況を見た被告人X4が,危険を感じたというのは,合理性があり,本件鍵等を抜き取って隠そうと思ったとしても,不自然とはいいがたい。検察官は,Oに運転させないためであれば,本件鍵等を現場にいた警察官に預ければ足りる,警察官もいたのであるからOが本件バイクで組合員らに危害を加えるおそれはなかった,などと主張している。前者については,確かに,被告人X4が警察官に本件鍵等を預けていれば,被告人X4の意図はより明白になったことは事実であるが,そうでないからといって,被告人X4の供述が虚偽といえないこともまた明らかである。そして,後者についても,Oの臨場の態様からすれば,警察官がいるとしても,Oと組合員らとの間で衝突が再燃することも十分考えられるというほかないから,検察官の主張は当たらない。
 エ 以上の事実関係によれば,本件バイクの鍵やリモコンがバイクに強い支配力を及ぼしていることを考慮しても,被告人X4において,本件鍵等について隠匿以上の意思を認めることはできないから,不法領得の意思を認定することはできない(なお,被告人X4が本件鍵等の処分状況について虚偽の供述をしていることをもって,被告人X4の不法領得の意思を推認することもできない。)。
(2) 一審判決が認定する器物損壊の事実について
 次に,その他の主張を判断するに先立って,一審判決の認定について検討する。
 一審判決は,犯罪事実において,本件鍵等を「抜き取って隠匿し」たと認定するとともに,補足説明においても,本件鍵等がどのように処分されたかはともかく,被告人X4の行為が本件鍵等の効用を失わせる隠匿行為に及んでいることは明らかであるとだけ説示し,具体的な隠匿行為として,本件鍵等を本件バイクから抜き取った行為以外の行為を認定していない。したがって,一審判決は,本件鍵等を本件バイクから抜き取った時点で,器物損壊罪が既遂に達したとの理解に立っていると解するほかない。
 しかし,器物損壊罪にいう損壊行為については,必ずしも物理的な破壊に限られず,物の本来の効用を失わせることをいうと解され,効用を失わせる方法として,隠匿その他の方法によって,その物を利用することができない状態におくことでもよく,また,その利用を妨げた期間は一時的であっても足りると解されるものの,隠匿による損壊行為というためには,当該隠匿行為によって,物理的な破壊等の「損壊」と同様に評価できる程度に,物の効用を害することが必要というべきである。
 これを本件についてみると,被告人X4は,隠匿の意思で本件鍵等を本件バイクから引き抜いたのであるから,器物損壊罪にいう損壊行為に着手したことは認められる。しかし,本件鍵等を本件バイクから引き抜いたとしても,仮に,その後,その場で,本件鍵等を本件バイクに戻したり,あるいは,所有者であるOに確実に返還されるように警察官に預けていれば,それにもかかわらず,本件鍵等が本来の効用を失ったなどといえないことは明らかである。
 したがって,本件鍵等を本件バイクから抜き取った時点で損壊行為が完了したとして,器物損壊罪の既遂を認定した一審判決は,同罪の解釈適用を誤った結果,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りを犯したとともに,器物損壊未遂罪が存在しない以上,犯罪とならない事実を犯罪として認定していることにほかならず,理由不備の違法があるというほかない。
 よって,その余の主張に判断を加えるまでもなく,被告人X4の関係について,一審判決は破棄を免れない。
(3) 結論
 前記のように,被告人X4が,本件鍵等をいつの時点まで所持していたのか,また,どのように処分したのかについて,関係証拠を精査しても,認定できず,本件における隠匿による損壊行為の既遂時期は明らかでないといわざるを得ない。
 そして,被告人X4の供述状況,本件記録中の検察官の請求証拠の内容,それからうかがわれる検察官手持ち証拠の量及び質,本件から現時点までの時間的経過によって予測される証拠の散逸の程度,関係者の今後の捜査協力への見込みなどを考慮すると,本件を一審裁判所に差し戻しても,被告人X4の隠匿行為による器物損壊行為が完了した事実を認定することは,期待できない。
 そうすると,本件については,自判適状にあるというほかない。そこで,一審判決中,被告人X4に関する部分を破棄して,直ちに自判することとする。
第3 適用法令
1 被告人X2及び同X3について
 刑事訴訟法397条1項,382条,400条ただし書
2 被告人X1について
 刑事訴訟法397条2項,400条ただし書
3 被告人X4について
 刑事訴訟法397条1項,380条,378条4号,400条ただし書
第4 自判
1 被告人X1及び同X2について
(罪となるべき事実)
 被告人X1及び同X2は,氏名不詳者数名と共謀の上,平成19年3月1日午前8時35分ころ,大阪府高槻市(以下略)所在の株式会社J敷地内において,同社従業員F(当時29歳)に対し,こもごも同人の作業着襟首及び腕付近をつかんで引っ張るなどし,同人の右くるぶし付近等を蹴って転倒させ,さらに,倒れた同人の右肩,顔面等を足蹴にするなどし,よって,同人に63日間の入院加療を要する右足関節脱臼骨折,頭部打撲・擦過傷及び頚椎捻挫等の傷害を負わせた。
(証拠の標目)
証人Fの控訴審における供述を加えるほか,一審判決中の第1の事実に関する部分のとおり。
(法令の適用)
罰条       刑法60条,204条
刑種の選択    懲役刑
執行猶予     刑法25条1項
訴訟費用の負担  刑事訴訟法181条1項本文,182条(同条については,被告人X2関係で生じた控訴審における訴訟費用を除く。)
2 被告人X3について
(罪となるべき事実)
 被告人X3は,氏名不詳者と共謀の上,平成19年3月1日午前8時55分ころ,大阪府高槻市(以下略)所在の株式会社J試験室及びその周辺において,同社従業員Mが携行していた同社代表取締役G管理に係るDVDディスク1枚が装入されたビデオカメラ1台(時価合計10万1000円相当)を窃取した。
(証拠の標目)
被告人X3の控訴審公判における供述及び一審公判調書中の供述部分
一審公判調書中の証人Gの供述部分
Mの検察官調書抄本(一審甲14。不同意部分を除く)
Dの警察官調書抄本(一審甲16)
司法警察員作成の写真撮影報告書(一審甲17)
(法令の適用)
罰条       刑法60条,235条
刑種の選択    懲役刑
執行猶予     刑法25条1項
訴訟費用の負担  刑事訴訟法181条1項本文,182条(同条については,証人Gに支給した分を除く。)
3 被告人X4について
 本件公訴事実の要旨は,「被告人X4は,平成19年3月1日午前9時14分ころ,大阪府高槻市所在の株式会社Jにおいて,O所有に係る普通自動二輪車(軽二輪)からエンジンキーほか3点(時価合計3万4450円相当)を窃取した。」というものであるが,既に判示したとおり,犯罪の証明がないから,同事実につき被告人X4に対し無罪の言渡しをする。
(適用法令 刑事訴訟法336条)
平成21年7月1日
大阪高等裁判所第2刑事部
裁判長裁判官    湯川哲嗣
裁判官    榎本 巧
裁判官    細谷泰暢

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