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窃盗名古屋

名古屋地方裁判所判決/平成21年(わ)第296号

主文

 被告人は無罪。

理由

第1 本件の公訴事実
 本件公訴事実は,次のとおりである。
 被告人は,
1 平成20年11月21日午後7時40分ころ,愛知県海部郡(以下略)D’1階A××店において,同店に設置されたレジスター内から,同店経営者B管理にかかる現金4万円を窃取し(以下「第1事件」という。)
2 同月28日午後8時42分ころ,同所において,上記レジスター内から,同人管理にかかる現金5万円を窃取し(以下「第2事件」という。)たものである。
第2 争点等
1 争点
 弁護人及び被告人は,被告人が各公訴事実記載の日時において,いずれも,各公訴事実記載のA××店(以下「本件店舗」などという。)において,アルバイト従業員として,店内にいたことは認めるものの,被告人による窃取の事実は全くないと主張しており,本件の争点は,各公訴事実とも,窃盗の事実の有無及び被告人が犯人かどうかである。
2 証拠構造
 本件の各窃盗については,目撃供述などの直接証拠がなく,検察官は本件の発覚の経緯等や,被告人の犯行以外に可能性がないことについて,間接事実による推認を主張,立証している。
 これに対して,弁護人は,検察官主張の間接事実については,その証拠であるB(以下「B」という。),C(以下「C」という。)の各供述の信用性を弾劾し,さらに,弁護人の間接事実を主張,立証している。
第3 当裁判所の判断
1 前提事実
 関係証拠から,前提事実として,以下のとおり認められる。
(1) 本件店舗の営業時間,警備状況等
 本件店舗は,株式会社Aとフランチャイズ契約を結んでいる有限会社Dが経営しており,同社の代表のBが経営者である。
 本件店舗の開店時間は,午前7時から翌日午前零時までであった。
 店長のCは,午前5時30分ころからアルバイトが出勤する午前7時ころまでの間,一人で開店準備を行うことになっており,その時間帯であっても,Cは客が来れば,販売等の応対をすることとなっていた。Cの定休日である木曜日及びその翌日である金曜日の朝の開店準備については,Bが行うこととされていた。
 従業員の稼働は,閉店後,点検等を済ませた午前零時15分ころまでであり,勤務後に警備をセットしてから,同日午前5時30分ころに警備を解除するまでの間は,警備会社による機械警備がなされていた。
 平成20年11月22日(以下,「平成20年」を略すことがある。)は,午前零時19分に警備がセットされ,同日午前5時21分に解除された。この間の侵入者等の異常の報告はなかった。
 同月29日は,午前零時19分に警備がセットされ,同日午前5時26分に解除された。この間にも侵入者等の異常の報告はなかった。
(2) 精算,レジ点検,業務引継表等について
 Cは,毎日午後1時ころから2時ころまでの間に精算をし,売上げを計上していた。前の精算から次の精算までが一区切り(営業日)であった。Cが休みの時はBがこれを担当していた。精算業務は,キャッシュボックスの中の現金,両替用金庫の中の現金とレジの中から定められた7万円以外の現金を,店舗の一番奥の事務室内に,持っていって,事務室の机の上でパソコンを見ながら,行うこととされていた。なお,事務室には扉がなく,従業員の休憩にも使われていた。
 午前零時ころの閉店時には,担当従業員によりレジ点検,棚卸しの実施状況等を記録した業務引継表が作成された。
 店内にレジスターは2台あり,入り口に近いところに第1レジ,中央寄りに第2レジがあり,第2レジはメインレジとも呼ばれていた。それらの位置関係は,第1レジ付近のカウンター内に店員が立つと,第2レジは左斜め後方になる位置関係にある。
 本件で問題になっているレジスターは第2レジであり,それが置かれているカウンターの右下部分の右側に現金収納用のキャッシュボックスが設置されていた。
(3) 現金収納について
 レジの中にたまった一万円札をキャッシュボックスに移す作業は,現金収納と呼ばれている。その手順は,従業員が必要と感じたとき,レジのタッチパネルの「現金収納」に触れ,金額を打ち込み,現金収納票を打ち出し,その金額と実際に投入する一万円札の金額とを照らし合わせて,合っていればその現金収納票と一万円札を重ねてクリップで留めた上,第2レジの右下にあるキャッシュボックスの投入口から中に入れるというものであった。
 キャッシュボックスの鍵はBとCが1個ずつ持っているだけで,盗まれたことやなくしたことはなかった。
 キャッシュボックス内の現金の額は,精算時にCが確認しており,Cが休みの木曜日には,Bが確認していた。精算時でないレジ点検の際には,キャッシュボックス内の現金は調べないのが通常であった。
 閉店時のレジ点検の際に作成する業務引継表には,現金収納の金額も記載されたが,それは閉店時のコンピューター上に表示される現金収納金額を転記するものであり,キャッシュボックス内の実際の額を調べて記載するものではなかった。
(4) 実際にレジ操作をした者の把握について
実際にレジ操作をした者を把握する方法は,防犯ビデオの映像による確認しかない。ジャーナルに「責」として表示される責任者の名前は,最初にレジを動かした者の名前であり,記載事項ごとの実質的な担当者ではない。
2 当事者双方の主張
(1) 検察官の主張
 検察官は,以下のとおり,間接事実として,前提事実のレジとキャッシュボックスの管理状況のほか,①事件発覚の経緯等,②防犯ビデオの被告人の不審な挙動,③動機等を主張している。
① 事件発覚の経緯等
 11月21日の窃盗については,11月22日午後2時ころ,店長のCが精算をしていて4万円の現金が足りないことに気付き,直ぐに経営者のBに電話で報告した。11月28日の窃盗については,Bは,被告人が1週間後に再犯すると予測し,Cに指示して28日夕方に現金を確認させた上,11月29日午前5時30分ころCとBがほぼ同時に入店し,Bがキャッシュボックスを開けて確認したところ,5万円の現金が足りないことが分かった。
② 防犯ビデオの被告人の不審な挙動
 現金収納票がなくなっていた当該時間帯は,いずれも被告人がレジを担当しており,その各時間帯の防犯ビデオの被告人の挙動は,しゃがみこんだり,必要以上に時間をかけるなどしており,不審なものであった。
③ 動機等
 被告人には,当時クレジット会社や消費者金融に債務があり,動機がなかったとは言えない。また,事件後に,被告人はCに強引に会おうとしたり,店の防犯ビデオを見たりしている。
(2) 弁護人の主張
 これに対し弁護人は,①事件発覚の経緯等については,C,Bの各公判供述は,利害関係,供述内容の合理性,供述の変遷等の観点から,各供述の信用性がないことを主張する。
 このほか,②防犯ビデオの被告人の挙動は不自然ではないこと,③債務関係は動機となるほどではなく,被告人の事後の言動に問題はなかったことを主張する。
3 事件発覚の経緯等
(1) C供述の概要
ア 第1事件の経緯
 私は,11月22日午後1時52分ころまでに,レジの精算を行ったが,キャッシュボックス内には一万円札62枚しかなく,収納されているはずの現金金額66万円に比べて4万円足りず,現金収納票もないことに気付いた。
 私は,周囲を探しても現金収納票と現金がなかったため,直ぐにBに電話で報告した。すると,Bからは,現金と現金収納票に打ち込んである金額の確認と,レジからジャーナルを打ち出して現金収納票を貼り付け,どの時間帯の現金がないかを確認し,ない分の現金収納を操作したのはだれかを,防犯ビデオでチェックするように指示された。
 私は,百パーセントの記憶はないが,そのとおり行い,Bに連絡をしたと思う。現金収納票がないのは,21日19時40分のもので,防犯ビデオで確認したところ,被告人が担当していた。
 防犯ビデオに映された被告人の姿は,現金収納票を出すのは普通にしていたが,キャッシュボックスに入れるときの態度が,何か普通の人と全く違った行動で,入れるのか入れないか分からないような変な動きをしていた。普通はクリップで留めて入れるだけだったら一,二秒で済み,また普通はいちいち座らず腰を曲げる状態で入れるのに,被告人は,座って,キャッシュボックスの入口のところで,もぞもぞと何をやっているかが分からない,不審な動きをしているとしか言えないような動きをしていた。
 キャッシュボックスの周りには,コロッケが出ればかすが落ちる可能性があり,かすがいつも二,三個は落ちている。店員が掃除をしているのを見たことは一度もない。
イ 第2事件の経緯
 Bは,被告人は絶対1週間後にやるからと言い,被告人には何も伝えず,泳がせるように言った。
その後,被告人は,11月24日,同月27日,同月28日と出勤した。11月28日夕方6時ころにキャッシュボックスを開けて,それまでの収納金額を確認した。これはBの指示を受け,被告人が仕事に就いた時間帯と閉店までの金額の差額を調べておくためだった。被告人は店内におり,私の直ぐ後ろのレジを担当していた。被告人に気付かれていたかは分からない。
 11月29日午前5時26分に警備を解除して,その後,シャッターを開けて,中のドアの鍵を開けて,かばんをカウンターの中において,外に置いてある倉庫の中からパンとお握りを台車に載せて運んできて,ケースの前に置き,ケースの明かりを一つずつつけ,店内の電気をつけて,バックヤードに入って検品のための機械を持って出た。店に入ってからBが来るまでの間にキャッシュボックスを開けたことはない。Bが来た後,業務引継表を持ってきて,Bにキャッシュボックスを開けてもらって,確認をした。中には前日夕方に締めた31万円と,クリップで留めた16万円があったが,業務引継表には52万円と書かれており,現金が5万円足りなかった。
 Bは,私がお握りとかを並べながら仕事の処理の仕方を話していたので,たぶん20分近くはいたが,ゴルフに行かなければならないので,午前5時50分前には出ていったと思う。
 現金収納票がない分は,前と同様に,ジャーナルを出して現金収納票を貼り付けて,だれが現金収納票を出したかを防犯ビデオを操作して確認した。それは夕方くらいだと思う。現金収納票がないのは,11月28日20時42分の分だった。防犯ビデオで被告人と確認できた。5分近くキャッシュボックスの周りでごそごそと座ったり立ったりしていた。カメラに背中を向け,分からないようにしていた。
 29日午後7時半から8時前に被告人から電話があった。Bから金がなくなったと言われたという内容だった。今から行くと言われ,家の番号は教えたが,直ぐにBに電話をして,その旨伝えると,Bは自分が被告人に電話を入れると言っていた。午後9時ころに家に戻ったが,怖いので電気を消していた。その後携帯電話が鳴り続けたり,インターホンも鳴らされた。
 自分がお金を盗ったということはない。交際していた男性を店に連れてきたことはあるが,バックヤードの入口を入ったところくらいまでであり,事務室に入れたことはない。検察官調書では,Bに指示されて全部確認したのではなく,自分から全部そういう操作をして,その後防犯ビデオも見て被告人に間違いないということで,それをBに電話をしたという調書となっているが,あまり記憶はない。
(2) C供述の信用性
ア 利害関係
 本件は,コンビニ店舗という一つの職場の中で発生した金銭トラブルを巡る刑事事件であり,発覚の経緯等重要な事実関係について関係者の供述に依拠するところが大きく,供述の内容が,供述者のそれまでの人間関係や,本件の帰趨に伴う利害関係などに影響されているおそれがある。
 最も重要な供述者であるCは,本件店舗の店長である。仮に何らかの別の理由で現金が不足していたとすると,自分自身が疑われるか,少なくともミスを犯したとして責任を問われうる立場である。そして,Cにとって,Bは,雇い主として,雇用だけでなく住居も保障してもらっている関係にあった。その意味で,Cは,本件を巡って非常に強い利害関係を有する立場にあり,そのため,真実に反してでも自己の利益のために虚偽を交えた供述をしかねないおそれがありうる。したがって,その供述の信用性については慎重に検討しなければならない。
イ 供述内容の具体性
 検察官は,Cは,具体的な理由を述べて供述しており,その供述には,信用性が高いと主張するが,供述内容の多くが具体的に述べることができるはずの日常業務に関することである。また,お金がないことに気が付いた状況や,Bに報告,相談した状況等については,日常業務に関連したことを後で述べることは可能であり,供述の信用性について激しく争われている本件においては,具体的に理由を述べて供述していること自体が決め手になるものではない。
ウ 供述の変遷
 Cは,①公判廷では,4万円の不足に気付いて直ぐにBに電話連絡を入れたと供述した。これに対し,平成21年2月10日付けの検察官調書では,4万円の不足に気付いてジャーナルを調べて11月21日午後7時40分の現金収納票がないことを発見し,防犯ビデオを確認して被告人がその時レジ操作をしていたことを知り,それをBに報告したと述べていた。
 さらに,②公判廷では,11月29日朝にBが店に来た時刻について,午前5時30分ころと供述したが,前記の検察官調書では,午前5時45分ころと供述していた。
 検察官は,これらの供述の変遷について,Cが,公判での証言に際して,検察官による事前の証人テストで改めて思い返して記憶を回復したものであって,変更には合理的な理由が認められ,変更後の供述には具体性がある上,これと合致するBの公判供述が裏付けとなると主張する。
 しかし,前述のとおり,供述の対象事項は日頃の日常業務の一場面とも言え,変遷後の供述に具体性が伴うことはむしろ当然である。
 Cの捜査段階の取調べの状況は明らかにされていない。本件については,証拠として,被告人の犯行を直接立証するものがなく,間接事実によって被告人による窃取以外の可能性がないことを立証しなければならない。本件の捜査を遂げる上では,いわば第一発見者であるCの供述の内容は,最も重要なものであったはずである。したがって,検察官の取調べでは十分な慎重さを持って,しっかりと記憶を喚起させた上で事情聴取をしたであろうと推測できる。
 そうすると,事件から約2か月半後の時期の取調べでは思い出せず,約1年後の公判に際して,その証言前に急に記憶を回復したということには,供述の変遷を正当化できるだけの説得的な理由が必要であるが,検察官の主張ではそれを満たしてはいないと思われる。
 また,公判担当検察官が,証人テストにおいて,Cに改めて具体的な根拠を尋ねたのは,先行するB供述を意識してのことであったであろうが,それは法廷外のことであり,録音等も証拠とされておらず,その記憶回復の過程が明確になっていないことからすると,供述を合致させるために,誘導的な要素がなかったかという疑いも完全には否定できない。Bの公判供述に供述内容を合致させる方向の変遷であることからすると,前述の利害関係も気になるところである。
エ 裏付け等
 Cの11月22日の清算業務について,どのように照合して発見し,Bに報告をしたのかの点については,防犯ビデオの映像はなく,客観的な裏付けはない。11月29日の朝の業務についても,Bが来る前にキャッシュボックスを開けていないかどうか,同様に,裏付けはない。
 検察官は,Cの変更後の供述には,それに合致するBの公判供述がその裏付けになると主張するが,公判審理の上では,Bの証人尋問が先行していたのであり,Bの公判供述が本来の意味での供述の裏付けの関係にあるとは評価できない。
オ 供述内容の合理性
 Cは,11月28日午後6時ころレジの確認作業をした際,被告人が直ぐ近くにいたのに,気付かれないような工夫はしなかった旨供述している。これは,Bの指示で被告人を泳がせた上で,犯行の確証を得るためにレジを確認する作業であって,被告人に知られるのは不都合なはずであり,C自身も被告人の犯行を疑っていたというには,不自然さを免れない。
 次に,Cは,事件後に,被告人から嫌がらせや脅しを受けた旨供述している。しかし,客観的に見て,疑いが掛けられた従業員である被告人としては,事情をよく知っており付き合いの長い店長であるCに対して,事情を聞きたいと申し入れることは無理のないことと思われる。Cは,被告人を恐れているが,その度が過ぎていてやや理解が困難であり,不自然さを免れない。被告人に対するCの対処は,Bと相談してその指示を受けて行った職務の一環のはずであって,過剰な反応のように思われる。
カ Cの不自然な発言
 Bの公判供述によると,11月30日に,Bや被告人がいる場で,被告人が「店長がやった。」と言うのを受けて,Bから「店長はどう思う。」と問われて,ずっと黙り込んで,「警察だけはやめてほしい。」という発言をしている。Bは,「そういう発言はまずいなあと思った。」と供述している。
 この点について,Cは,「その時は頭が真っ白で自分でも何を考えていたのか覚えがない。」と供述する。しかし,その供述によれば,Cは職務として被告人を追及する立場にあったはずであって,自己の責任を追及されているわけではなかったから,頭が真っ白になるというほどの苦しい立場に置かれていたわけではなく,合理的な理由とは思われない。
キ 小括
 以上のとおり,Cは,本件において強い利害関係を有する立場にあるところ,最も重要である供述内容,すなわち22日に4万円の不足に気付いたときの状況,29日朝のキャッシュボックスの点検の状況について,これを裏付けるものがないほか,これらに関連する22日のBへの連絡の経緯,29日朝のBの入店状況など重要事項について供述の変遷があり,その理由は説得的でない。また,その供述内容にも不自然な点があり,その言動にも理解できないところが見られる。
 したがって,その供述の信用性には問題があると言わざるを得ない。
(3) B供述
ア 概要
 私は本件店舗の実質的経営者である。11月22日の午後2時少し過ぎに,Cから電話があり,かなりうろたえていた。キャッシュボックス内にあるべきお金が4万円足らないという報告だった。Cに対し,現金収納票と現金をチェックすること,現金収納の履歴が記載されたジャーナルを印刷し,現金収納票を貼り付け,現金収納票がないものがあったら,その時間帯の勤務者を洗い出し,防犯ビデオを確認することを指示した。
 その日の午後4時半ころに店に行き,事情を聞いた。21日午後7時40分ころの被告人の担当の現金収納票がなく4万円が足りないとの報告だった。
 22日の午後6時に,毎週土曜日に行う本部のスーパーバイザー(以下「SV」という。)とCとのミーティングで相談をした。私は,「限りなく被告人が疑わしいと思うが,もしやっていればもう一度同じことをやるだろうから,様子を見たい。防犯ビデオは操作がしにくいからビデオをダビングして再生できるようにしてくれ。」と本部のSVに指示をした。
 その前に防犯ビデオを確認したが,通常はキャッシュボックスへ入れる作業は二,三秒で終わるのにかなりの時間を要しており,お金を入れるような入れないような動作を繰り返し,時間が長すぎる不審な行動と感じた。ただ,防犯ビデオでは,ポケットに入れたところは見ることができなかった。
 私は,被告人はもう一度やるだろうと考えた。勤務日のうち24日は近すぎるので27日の可能性があるから,27日午後6時のレジ点検に立ち会った。その日に,被告人は就職先が決まったから辞めたいと申し出た。茶髪に染めてサングラスをかけて出勤したのでびっくりした。直ぐにでも辞めてもらいたいと思ったが,もう一度やるだろうという思いもあったので,後任者のメドが立つまでは続けてほしいと言った。
 28日は,1週間後だし一番怪しいだろうと思っていた。そこでCに午後6時のレジ点検のときにキャッシュボックスを開けて点検しておくように指示した。
 毎週土曜日は朝7時半のスタートのゴルフに行くため本件店舗に午前6時前に来て,お握りを食べながらゴルフに行っていた。通常は午前5時45分くらいだが,11月29日は午前5時半ちょうどにCがシャッターを開けると同時に店に入った。(検察官から「同時に」というのは比喩としてかと聞かれて),開けた直後にと思う。午前7時30分スタートの三好カントリーに行くため午前6時20分くらいに友人と待ち合わせをしている日進市の喫茶店に行くためには,本件店舗を午前5時50分くらいに出ないと間に合わない。
 店に入ってすぐ,店長に業務引継表を持ってくるように指示した。私がキャッシュボックスを開けたと思う。5万円がないことを確認して,ゴルフに出かけた。
 29日午後6時ころ,防犯ビデオを確認したが,被告人がちょうど5万円を数えて,現金収納票を操作してクリップと現金を留めるところは見た。その後キャッシュボックスに入れたか入れないか不明な時間が長く続いた。その防犯ビデオを本部のSVに,再生できるようにしてくれと頼んだ。
 29日の午後8時過ぎに被告人に電話し,22日と29日のレジ締めで合計9万円がなくなっており,被告人を疑っているので面談したいと伝えた。その後Cに電話したところ,Cは被告人から電話があって今から行くと言われたというので,直ぐに被告人に電話をしてCに会いに行くことはするなと伝えた。
 30日に,被告人,本部のSV,Cとの話し合いの席で,被告人を追及したら「僕はやっていない。これは店長がやったんだ。僕が短期間で辞めるという意思表示をしたから,その仕返しで僕をはめたんだ。」と言った。そのときに,Cに「どう思う。」と聞くと,Cは,ずっと黙りこんで,「警察だけはやめてほしい。」と言った。店長のパニックが始まったなというのと,同じ釜の飯を食べて,短い間縁があったので親心みたいなものが出たんだな,でも店長がやったと言っているのに,そういう発言はまずいなと思った。
イ B供述の信用性
(ア) 利害関係
 Bは本件店舗の実質的経営者として,唯一の正社員である店長のCに信頼をおいていた。その一方で,被告人については,格好など好ましく思っておらず,辞める際の駄賃代わりの犯行と見ていたという。本件において,Cの説明や防犯ビデオの被告人の映像の評価や,Cに対する指示,警察に対する行動において,偏見や先入観がなかったか,慎重な検討を要するところである。
(イ) 裏付け等
 11月29日の朝の点検作業については,Bが被告人の犯行を予想し確証を得るために,前日夕方に現金を確認しておくなど,準備をして臨んだという割には,客観的な証拠が残っていない。
 Bは,公判廷で,11月22日朝の防犯ビデオの映像を収めたDVDは警察に提出していないが,11月29日朝の防犯ビデオの映像を収めたDVDは警察に提出したと供述した。
 しかし,証拠によれば,11月22日の朝の防犯ビデオの映像を収めたDVDはBから警察に提出されており,この点はBの勘違いと思われる。そのDVDが再生できなかったという証拠はない。ただ,Bの供述する本件の発覚の経緯からすると提出した意味が不明である。
 一方,Bは,11月29日朝の防犯ビデオの映像を収めたDVDは,県警の科学捜査研究所の職員に渡したと供述した。しかし,その任意提出書はない。
 検察官は,捜査機関が,任意提出という形を取らずに,DVDを事実上借り,映像が見えるかどうかを調べたが,映像が確認できていないために返却することもあり得ると主張する。
 しかし,本件の立証において重要な証拠となるはずの防犯ビデオについて,該当場面の映像の有無,再生の可能性の確認について,記録に残していないことについては,問題がある。防犯ビデオは,後に犯罪等の証拠とするために厳重な管理をしておくべきところ,傷が付いたということであれば,どのような傷が何によって生じたのかを解明しておかなければ,場合によっては証拠隠滅にもつながりうる重要なもののはずである。
 本来あるべきものがなく,その理由がはっきりしない場合,それを被告人の不利益に評価することが妥当か,問題があると思われる。
(ウ) 供述内容の合理性
 Bは,29日朝に自分が入店したのはCがシャッターを上げた直後であると供述しており,その根拠として,毎週土日は午前7時30分スタートのゴルフに間に合うためには本件店舗を午前6時前には出なければならないと言う。この根拠は,具体的には,日進市の喫茶店で待っている友人と午前6時20分ころに待ち合わせをしているとも述べている。午前6時前には出なければという表現などを合わせ考えると,一定の幅のある予定であるとも解される。
 また,Bの供述内容を前提とすれば,被告人の犯行であることを確証するためであったのであるから,どの時点の現金収納票がないかを確認した上で,防犯ビデオで担当者を特定することが重要であるのに,そのままゴルフに出かけたというのである。また,Cがパニック状態に陥りやすいことをBは知っていたことからすると,その時に犯人の特定をしないままゴルフに行ったということは直ちには理解しがたい。
 Cの供述によれば,「Bは,私がお握りとかを並べながら仕事の処理の仕方を話していたので,たぶん20分近くはいたが,ゴルフに行かなければならないので,午前5時50分前には出ていったと思う。」というのである。これを前提とすると,キャッシュボックスを開けて確認した後20分間くらい本件とは関係のない話をしていたことになる。被告人の犯行を確証するために事前に準備をし,早朝にキャッシュボックスを確認し,5万円の不足を発見した直後にしては,およそ緊迫感が伝わってこない供述である。
 さかのぼって考えると,弁護人の指摘するとおり,Bの供述内容には,断定的な表現が多く,決め付けや思い込みが伴うように思われる。例えば,22日のCからの報告について「真っ先に報告してきた」と捜査段階で供述していたのは,根拠が乏しいものであったし,被告人が限りなく疑わしいとして,「1週間後に絶対やる。1週間後にやらなかったら,絶対に1か月以内にやる。これは病気だから。」と言って,確証を得るための準備をするようにCに指示をしているが,他の可能性を検討した経緯はとくに認められない。
 このような供述態度からすると,上記の29日の朝の点検状況についても,言葉どおりに認定することには,躊躇を感じざるを得ない。
(エ) 小括
 Bは,本件について強い利害関係を有する立場にある。29日朝のキャッシュボックスの点検について,あるべき裏付けがない。供述内容にも理解しがたい点があり,思い込みが強い供述態度も見られる。したがって,その供述の信用性には問題があると言わざるを得ない。
(4) 事件発覚の経緯等のまとめ
 発覚の経緯等についての検察官の主張は,前記のとおりであり,CとBの各公判供述に基づくものであるが,それらの公判供述には,信用性について疑問が残り,検察官の立証は,不十分であると言わざるを得ない。
4 防犯ビデオの映像
(1) 映像の内容
 本件店舗には問題のレジの後方の上の方からレジ付近を常時撮影している防犯カメラがある。検察官は,その防犯カメラで撮影された被告人の現金収納行為の各防犯ビデオ場面を,間接事実として主張する。
ア 第1事件
 11月21日午後7時40分ころの映像は,被告人が,レジから何かを取り出すような格好をし,タッチパネルを操作し,体の前で何か作業をする態勢をとった直後,キャッシュボックスの前に行ったことが認められる。
 そして,被告人は,キャッシュボックス前で約7秒間かがみ込み,キャッシュボックスをのぞき込むような姿勢をとり,両手でキャッシュボックス周辺を触るような動作をした。約20秒後には,再度キャッシュボックス前で約3秒間かがみこみ,キャッシュボックス周辺を見て,左手でキャッシュボックス周辺を触るような動作をした。
イ 第2事件
 11月28日午後8時42分ころの映像は,被告人がレジから何かを取り出すような格好をし,タッチパネルを操作し,体の前で何か作業をする態勢をとった直後,キャッシュボックスの前に行ったことが認められる。
 そして,被告人は,キャッシュボックスの前で約14秒間かがみこみ,キャッシュボックスをのぞき込むような姿勢で,両手でキャッシュボックス周辺を触るような動作をした。その約15秒後に,またキャッシュボックス前で約7秒間かがみ込んだ。
(2) 映像の証明力
ア 検察官の主張
 検察官は,次のように主張する。
 防犯ビデオにはキャッシュボックスに投入した様子が映っていないこと,キャッシュボックスの投入口は広く,奥まったところにはなく,簡単に投入することができ,投入行為に約7秒間もかかるというのは不自然であること,長身であっても,しゃがんだりしなくても投入は可能であることから,不自然な挙動である。被告人は当日の服装を理由に,盗んだとしても隠すことができない旨述べるが,一万円札数枚と現金収納票1枚は非常に薄く,容易に折り畳むことができ,ポケット等に入れて隠すことが可能である。
イ 弁護人の主張
 弁護人は,次のように主張する。
 被告人は186センチメートルの長身であり,キャッシュボックスの収納口の位置はガラスケースの下で低く,開口部は狭くて,しゃがまなければ収納口も見えないため収納が困難であって,被告人にとっては,自然な姿勢である。
 作業に要した時間については,11月21日分の防犯ビデオは,特段問題はない。11月28日分の防犯ビデオでは,同月21日と比べれば少々長くかかっているが,被告人の供述のとおり,キャッシュボックスの周囲のテープの貼りかすなどの掃除をすることも考えられ,不審とは言えない。
 また,防犯ビデオを見ても,現金を隠すような挙動は見られない。当日の被告人の服装は,下はスキニーパンツという体に密着したズボンであって,ポケットに入れることは困難であり,上のAの制服のポケットに入れるのも困難である。
ウ 検討
 各防犯ビデオには,被告人のレジ付近での作業状況が映されているが,犯行状況の映像が映っているわけではない。検察官はキャッシュボックスに投入した様子が映っていないと主張するが,カメラの角度からして投入口が画面に映されていないとしか言えない。
 被告人の映像は,見方によっては不自然という評価も可能かもしれないが,そのように断定することは困難である。すなわち,被告人の供述するとおり,長身の被告人が,低い位置にある収納口に,しゃがんで作業することも十分にあり得るし,その周囲の掃除をすることも,あり得ると考えられる。
 これに対し,Cは,店員が掃除をしているところを見たことはないと断言する供述をしているが,台の上にはコロッケ等の販売用の棚があるのであって,出し入れ時にかすが落ちることは十分に推測できることである。Cのこの点の供述には,無理がある。
 そもそも,不審な挙動かどうかは,被告人の通常の作業のための行動と比較して,理解困難な行動をとっているかどうかの観点からの評価が必要不可欠であるところ,その比較対照となる防犯ビデオが証拠として提出されていない。
 Cは,「何か普通の人と全く違った行動で,不審な動きをしているとしか言いにくい動きをしていた。」と,Bは,「通常は二,三秒で終わるのにかなりの時間を要しており,お金を入れるような入れないような動作を繰り返し,時間が長すぎる不審な行動と感じた。」と,それぞれ供述するが,これらは,被告人が犯行を犯したという前提での評価と考えられる。
 したがって,各防犯ビデオは,間接事実としては証明力が乏しいと言わざるを得ない。
5 動機等
 犯行の動機に関連し,検察官は消費者金融等の債務について主張し,弁護人は債務はあっても返済の見込みがあったし,生活費に不足する時には同居の母親に援助してもらう状況であった旨主張している。また,事後の被告人の言動についても,双方がそれぞれ主張している。いずれも,それぞれそれなりの立証をしているが,どちらにしても決め手になるとは思われないし,総合評価においても,余り意味を持つとは思われない。
6 弁護人立証について
(1) 被告人の供述
ア 概要
 現金収納作業は,キャッシュボックスの投入口が台の下に奥まっているので,よく見えず,いつもしゃがんで行っており,当日も普段と変わらないと思う。
 その周辺には,コロッケのかすや伝言のテープの貼りかすが落ちていたりして掃除や物の整理をしたりする作業があった。どちらの日も体にぴったりのスキニーパンツをはいていた。
 もともと就職が決まったら辞めるという話をしており,ちょうど就職も決まったので27日ころ辞めることを申し出た。気分転換で茶髪にしており,外出先から直接店に入ったのでサングラスをしていたが,店内では外して普通の眼鏡に替えた。
 11月29日の午後8時ころ,Bから電話がかかってきたが,28日の勤務のことについて聞きたいことがあるとの内容だった。そこで,なんだろうと考え,相勤者のEに電話をしたが,分からないと言われた。次にCに電話をしたが,何も知らないと言われた。Bから直接電話がかってくることはないので,と言ったら,Cは話ぐらいは聞いてあげるから,今店に来ていいと言った。その後,Bから電話があり,Cに会いに行くなと言われたが,Cとは付合いが長かったので話を聞いてくれると思って,店に行ったがいなかった。家に行ってインターホンを押したが応答がなく,電話をしたが出なかったので,ドアをノックをした。その後,Eに電話をしたらCの家の前に来てくれたが,結局,留守だろうと思い,家に帰った。その日に防犯ビデオを見るとか無言電話をするようなことはしていない。
 11月30日の朝6時半か7時ころ店に行った。Cとは,質問したことに答えないような返事が返ってきたり,やり取りができなかった。防犯ビデオは見ていない。Cに「お金がなくなったみたいなんだけど」と言われて自分が疑われていることを知った。その日の夕方,B,C,本部のSVと話合いをした。Bは99パーセント怪しいという言い方をした。それに対して,私は,自分ではないだれかという言い方をした。しかるべき場所に持っていくという話が出たが,それは警察と思った。
 その後12月の初めに,Bから,話合いで解決できるかもしれない,謝れば許してあげるという留守電があった。それに対して,自分はやっていないのでどうしてもらってもかまわないと返事をした。
イ 検討
 被告人の供述は,それ自体,内容的に矛盾するところはなく,それなりに実質的な内容を持った供述内容と考えられる。そして,職場でBから疑いをかけられて追及を受けたときも,その後,Bから,謝って穏便に済ますか警察沙汰にするかの選択を求められたときも,一貫して犯行を否定する供述をしている。後述のとおり,それまで特段の問題行動の経歴がない被告人が,このような行動を敢えてとっていることからすると,被告人が罪を免れるために弁解をしていると簡単に断じることは相当ではない。
 むしろ,このような一定の合理性を有する被告人の供述を念頭に置きつつ,それを排斥するに足りるだけの検察官立証があるかを,慎重に吟味しなければならない。
(2) その他の事情
ア 本件の性質
 本件は,前記の前提事実に記載したように,記録として残す現金収納票に時刻と金額が書かれており,その場面の防犯ビデオで照合すれば,だれが収納したかが確実に分かるという状況下での事件である。また,いずれも相勤者のEが店舗内におり,特に第2事件は相勤者のEの休憩時間が終わる2分前と直前であり,Eがいつレジカウンター内に戻ってくるかもしれないという状況下であった。
 弁護人は,容易に犯人と分かるリスクを冒してまで,このような態様の窃取をするであろうかという疑問を提起しているが,被告人の犯行であると認定できるかを考える上では,このような素朴な疑問を超えるだけの十分な証拠があるかを検討する必要がある。
イ 被告人の人間像
 被告人は,母親とともに,本件店舗の隣にある,母親が購入した中古の分譲マンションに居住していた。被告人は自宅から通える仕事を探しており,今後もずっとそこで母子が居住していく予定であった。被告人は,複数の転職を経験しているが,それなりに理由があり,勤労意欲は認められ,問題行動の前歴があるわけではない。
 通常は,自宅の隣の店で,犯人が自分と直ぐ分かるような犯罪を犯したら,家族を含めて,通常の生活をしていけなくなるであろうと容易に予想されることである。
 このようなことは,検察官の立証に対して直接的な疑問を提起するものではないが,このような素朴な疑問を解消するほどの証拠があるかどうか,より慎重に判断すべき要素と思われる。
(3) 他の可能性の指摘
 弁護人は,第1事件の11月21日の件については,被告人による窃盗以外の可能性として,キャッシュボックスを開けた後何らかの原因で4万円を見失い,その後だれかが自分のものにした可能性,Cや第三者の窃取の可能性などがありうると指摘している。
 そして,4万円の紛失の背景事情として,Cは,精神科で投薬治療を受けておりパニック状態になりやすい性質であり,当時長女の離婚問題や次女のトラブルなどで不安定な精神状態にあったこと,Cの当時の交際相手が店舗内に出入りすることがあったこと,事務机の乱雑状況なども指摘しており,それらの点については,それなりの証拠もある。
 そして,弁護人は,第2事件の11月28日の件については,第1事件について,仮に紛失等のミスを含めて何らかの態様でCが関与していたとすると,Bから被告人が犯人であり更に同じことを行うからと言われてその確証を得るための準備を指示された際に,自己保身のために,それに沿った行動をとることも十分考えられると指摘しており,直ちには排斥できないと思われる。
7 結論
 本件は,一つの職場内における金銭のトラブルに端を発した刑事事件であり,極めて利害関係が強い関係者の間での供述に基づく捜査であった。事件の発覚の経緯についてのBとCの各供述については,前記のとおり,信用性に問題が残る。29日朝のキャッシュボックス内の現金を確認する作業についても,防犯ビデオが証拠化されていない。公訴事実の各犯行時の防犯ビデオの映像については,証明力に限界がある。その他の動機,事後の被告人の言動については,いずれにも解されうるもので,証明力を持たない。
 したがって,検察官の立証は,弁護人の指摘する諸点を踏まえて検討すると,各公訴事実について,いずれも立証不十分であると言わざるを得ない。
第4 結語
 以上のとおりであり,本件は,被告事件について犯罪の証明がないときに当たるので,刑事訴訟法336条により,無罪の判決をする。
(検察官藤川浩司,弁護人山田万里子(主任),同山田陽介(各私選)各出席)
(求刑 懲役2年)
平成22年1月28日
名古屋地方裁判所刑事第2部
裁判官   伊藤 納

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