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覚せい剤札幌2

札幌高等裁判所判決/昭和57年(う)第23号

主文

 本件控訴を棄却する。

理由

 本件控訴の趣意は、検察官寺西賢二(同本間達三作成名義)提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
 控訴趣意第一及び第二について
 所論は、要するに、原判決は、本件公訴事実(覚せい剤の自己使用)に対する被告人の自白を補強する主要な証拠として検察官が取調べを請求した「被告人の尿の任意提出書」、「右についての鑑定承諾書」、「その鑑定嘱託書謄本」、「尿の鑑定書」及び「被告人の腕部の注射痕の写真撮影報告書」 (以下、これらを一括して「尿の鑑定書等」という。)の収集過程に重大な違法があると認定し、「尿の鑑定書等」の証拠能力を否定してその取調べ請求を却下したが、原判決の右認定、判断には、事実の誤認ないし訴訟手続に関する法令の解釈適用の誤りがあり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであって、原判決は破棄を免れない、というものである。
 そこで、記録を精査し当審における事実取調べの結果を合わせて検討すると、原判示の警察官らが、被告人に対する職務質問の際、被告人の任意の承諾によらず、逮捕と同視しうる程度の物理的強制を加えて被告人をパトカーに乗車させて機動捜査隊まで連行したとの原判決の認定はこれを是認することができ、この事実を前提とすると、右強制的な連行に引き続いて行われた被告人からの尿の押収及び被告人の腕部の注射痕の写真撮影などは、違法な身体拘束状態を利用して行われた違法な証拠収集であり、右違法は令状主義の精神を没却せしめるような重大なものであって、将来における違法な捜査活動の抑制の見地からもこれを看過するのは相当でないと認められるとして、「尿の鑑定書等」の取調べ請求を却下した原審の判断及び措置もこれを肯認することができ、原判決には、所論のような事実誤認ないし訴訟手続に関する法令の解釈適用の誤りはない。以下、その理由を詳述する。 
一 《証拠略》を総合すると、次の諸事実を認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。
(1)北海道警察本部刑事部機動捜査隊に所属する角森正人警部、山田秀雄巡査部長、前木敏博巡査の三名は、かねてから札幌市北区北三五条西五丁目所在の角栄ビル一階にある遊技場「ゲームセンター三五」(以下、「ゲームセンター」という。)が、覚せい剤の密売人や暴力団関係者が出入し覚せい剤の取引場所になっているとの情報を得ていたので、昭和五五年一一月一七日午後一一時すぎ、右ゲームセンターを視察内偵する目的で、いわゆる覆面パトカーに乗車して、同市西区八軒一条西三丁目一番九号所在の北海道警察本部琴似庁舎(以下、「琴似庁舎」という。)を出発し、同日午後一一時三〇分ころ、右ゲームセンター付近に到着し、その店舗の向側の道路端に停車した車内から、店舗内の状況を視察していた。
(2)ところが、約一〇分間経過したころ、右店舗の表出入口のガラス引戸を開け首を出して辺りを見回したうえパトカーの方を見るやあわてて店舗内に引っ込んだ男(後に、被告人と判明した。)が認められたところから、これを挙動不審者と認めて職務質問をするため、右三名の警察官はパトカーから下車し、角森警部は右店舗の北側通路の東側(歩道側)出入口付近に赴き、また、山田巡査部長は右通路を通って右店舗の北側通路に面した出入口(以下、「裏出入口」という。)から同店舗内に入り、さらに、前木巡査は同店舗東側の表出入口から店舗内に入った。ところが、すでに店舗内には男がいなかったので、店舗内にいた同店経営者兪炳来にその行方を尋ねたところ、裏出入口から出て行った旨教えられたので、山田巡査部長、前木巡査は直ちに裏出入口から通路に出たところ、通路の東側出入口に立っていた角森警部から右男が通路西側の便所に入るのを見た旨告げられ、右三名の警察官は同便所の前へ行った。
(3)前木巡査は、男が便所に入っているかどうかを確認するため便所の扉を叩くなどして便所内の様子をうかがい男のいることを確認した後、いったん通路から外へ出て前記パトカーの停車位置に行き、これをUターンさせ右通路の東側出入口付近の道路端に移動したうえ、再び便所の前に戻り、他の警察官らとともに男の出てくるのを待った。その間、便所内で水を流す音が聞こえたが、まもなく便所から出て来た被告人を見ると、顔がやせて青白く覚せい剤の使用者ではないかとの疑いが持たれたので、角森警部は直ちに便所内に入って、遺留物の有無などを調べたが、覚せい剤事犯に関係するような物は発見できなかった。しかし、警察官らは被告人の前記挙動や顔色等から職務質問をしようと考え、山田、前木の両警察官が、右通路において、被告人に対し警察官である旨告げ、種々質問を始めたが、被告人は拒否的な態度を示した。
 その後における職務質問の状況及び被告人が右通路東側出入口付近の道路端に停車していたパトカーに乗車するまでの経緯については後記二において検討するが、結局、警察官らは被告人を右通路から外へ連れ出し、右パトカーの運転席側の後部座席に被告人、その横に角森警部、助手席に山田巡査部長がそれぞれ乗車し、前木巡査が運転して同所を出発し、翌一八日午前零時一〇分ころ、前記琴似庁舎に到着した。
(4)右到着後、警察官らは、被告人を同庁舎二階の機動捜査隊取調室に入れたうえ被告人に対して所持品の呈示を求め、被告人がポケットから出して呈示した財布、身分証明書等を取調べた後、被告人に対し覚せい剤を使用しているのではないかと聞きただしたが、被告人はこれを否定した。警察官は、さらに尿の提出を求めたところ、被告人がすぐには排尿できない旨答えたので、それまでの間とりあえず「尿の任意提出書」等の書類を作成させるため、その説明をしたうえ、「尿の任意提出書」、「鑑定承諾書」中被告人の署名指印欄を除くその他の欄に所定事項を記入させ、次いで、被告人に着衣のそでをまくり上げさせて、被告人の左腕部に認められた注射痕について写真撮影を行い、更に、被告人に対して覚せい剤の使用の有無について取調べを行ったところ、被告人はこれを否認し、かつ腕部の注射痕は前回の事件で検挙された際の注射痕である旨供述したので、その旨の供述調書を作成した。そして、同日午前一時一〇分ころ、被告人が排尿する旨述べたので、同庁二階の便所において被告人から尿の提出を受けた。そうした後、被告人に前記「尿の任意提出書」及び「鑑定承諾書」に各署名指印をさせ、同日午前二時ころ、警察官が被告人を自動車に乗せて当時居住していた同市東区《番地略》所在のBハウスに送り届けた。
二 そこで、前記職務質問の状況及び被告人がパトカーに乗車するまでの経緯等についてみると、この点に関する被告人の供述と警察官らの各供述の要旨は、原判示のとおりであって、顕著な対立がみられるが、さらに詳しくその内容を示すと、次のとおりである。
(1)まず、被告人の原審及び当審公判廷における各供述、原裁判所の昭和五六年六月九日施行の検証調書中の被告人の指示説明部分などによれば、被告人は、おおよそ次のとおりの趣旨を述べている  「当日自分は、ゲームセンターでスロットマシンをし、最高点のスリーバーが出たのでうれしくなり、他の客に話しかけたり表出入口から外をのぞいたりしたが、最高点が機械に表示されるまで数分くらい時間がかかるのでその間に便所に行った。便所から出て通路の出入口の方へ歩きかけると、二人の男がいて、警察官だと名乗られ、その中の山田巡査部長から『今流しただろう。』と言われたので、自分が『何よ。』と答えると、『覚せい剤だ。』と言うので、自分は『知らない。』と答えた。それで、自分が通路の東側出入口の方へ歩いていくと、警察官から『ちょっと聞きたいことがある。』と言われて立ち止ったところ、警察官から『もうやっていることは分っているんだ。』とか、その他いろいろしつこく言われたので、自分は腹が立ってきて言葉が荒くなり『お前らにグダグダ言われる筋合はないんだ。』などと言うと、警察官から『お前はどこの組の者だ、大そう偉らそうな口を聞くじゃないか。』などと言われた。このようなやりとりをしているうちに、山田巡査部長が自分のズボンのポケットに手を触れてきたので、自分は『さわるな。』と言って手でこれを払うと、自分の右腕を山田巡査部長が、左腕を前木巡査がつかんだ。腕を動かせないくらいの強さでつかまれた。そうしたうえで、今度は、角森警部が自分のズボンの後ポケットから財布を取り出してその中をのぞき、『けっこう入っているじゃないか、この金はどうした。』と言った。また、前木巡査は自分の左腕のそでをむりやりまくり上げ、左腕の注射痕を見て『これは何んだ。』と言うので、自分は以前に注射した跡だと答えたりした。それで、自分は、つかまれた両腕を振りほどこうとして暴れたが振りほどけず、そのまま両腕をつかまえられたまま、通路からゲームセンター前付近の歩道上に連れ出され、『ちょっと行くべ。』などと言われ、歩道寄りに停車しドアが開けられていた状態のパトカーの方に連れて行かれそうになったので、自分は、必死になって両腕を振りほどくため『放せ。』と言いながら前木巡査の足をけり上げた。すると、前木巡査は、『おう、やるか。』と言いながら平手で自分の顔面を殴り、これと同時に、後方から、山田巡査部長に思いきり強い力で胸を羽交いじめにされた。また、前木巡査に足払いをかけられ、自分は歩道上に背中から落ちるようにして転倒した。顔を殴られたとき、自分が掛けていたサングラスの縁がこわれた。また、自分がパトカーの方に連れて行かれまいとして歩道上に立っていた看板にしがみついたとき、看板が倒れた。さらに、パトカーのところでは、前木巡査と山田巡査部長に両側から『乗れ。』と言われて、頭を押されたので、自分は、車体とドア付近に手をつき、身体を支えて、乗せられまいと抵抗したが、そのころには、自分は心臓がドキドキして、ひどく息切れしてしまい、もう、何を言ってもだめだと思って、抵抗を断念して乗車した。」旨供述している。
 他方、原審及び当審証人前木敏博、原審証人山田秀雄、同角森正人の各証言、原裁判所の昭和五六年六月九日施行の検証調書中の角森正人の指示説明部分などによって、警察官三名の各供述をみると、その相互の間には、種々のくい違いがあるが、その共通部分を中心にして要約すると、おおよそ、次のとおりの趣旨の供述をしている。すなわち、
「前記のような事情から、被告人が覚せい剤の使用者ではないかと疑われたので、通路内で被告人を呼び止め、『警察の者だが、ちょっと聞きたいことがある。』と話しかけたところ、被告人は、はじめから、興奮したような口調で『お前らに聞かれる筋合はない。』などと言って、通路の東側出入口の方へ歩き始めた。そこで、前木巡査と山田巡査部長が、被告人を両脇からはさむような形で同一方向へ歩きながら、『覚せい剤のことについて聞きたい。』、『待て、話を聞けよ。』などと話しつづけ、通路の中ほどまできたところ、今度は、被告人は、われわれに食ってかかってくるような感じで、足をあげたり手を振ってきた。それで、山田、前木の両警察官は、殴られまいとして、少し被告人から離れたり、または、振り回している被告人の腕を押えるなどして防ぎ、『落ちつけ。』、『やめれ。』、『お前、こちらは警察なんで、けんかを売りに来たのではない。そんなことをするな。』、『ただ、われわれが知りたいことを聞いて納得すればいいのだ。』などと説得し、また、角森警部が『いい加減にしろ。』と一喝したところ、結局、一、二分くらいして、被告人は落ちついた。それで、前木巡査が、『お前が、覚せい剤を知らないというのであれば、腕をみせろ。』と言うと、被告人は、ちょっとモジモジしていたが、『わかった。』といって左腕を見せた。それを見ると、腕部にタコ状の注射痕があり、血もにじんでいたので、『これは何だ。』と尋ねると、被告人は、『病院にかかっている。』などと洛えたが、結局、『前の事件の際の覚せい剤の跡だ。』と弁解した。しかし、注射痕もあり、前記の暴れ方が覚せい剤使用者の中毒症状によるように思われたので、『さらに覚せい剤について聞きたいから、機動捜査隊まで行こう。』と告げたところ、被告人は『わかった。』と答えたので、通路から外へ連れ出し、パトカーに乗せた。ただ、通路から出てパトカーの停車地点に行くまでの間に、被告人が『逃げないから、そんなにくっつくな。』と言って、二、三度、腕を振り回した。また、パトカーに乗車する直前、被告人が車の屋根に手を掛け、『俺みたいの、見逃してくれ。』、『見逃してくれたら、今度、いい話をするから。』と言って、乗車するのを嫌がる態度を示したが、前木巡査が、『さっき分ったんだから、乗れよ。』と言って、被告人の肩を軽く叩くと、被告人は素直に乗車した。被告人を殴ったり、被告人に足払いをかけたり、被告人を羽交じめにしたり、被告人の腕を強くつかんだりしたようなことはない。ただ、被告人が前木巡査を蹴りつけ、被告人の足が前木巡査の股の間に入り、そのため同巡査が両足で被告人の足を締めたような形になった際、被告人の腰がくだけるようになったことがある。被告人が便所から通路に出てきたときにはサングラスを掛けていたように記憶するが、その後、サングラスがどうなったか記憶がない。」などと述べ、要するに、被告人は、職務質問を開始した段階で、興奮し、暴れたりしたが、それは、一、二分間で静まり、以後、全くといってよいほど素直な態度に変り、納得してパトカーに乗車し琴似庁舎に同行した、というのである。
(2)右各供述の信用性を比較するのに先立ち、一応第三者的地位にある前記ゲームセンターの経営者である原審証人兪炳来の証言をみると、同証人は、右職務質問の状況及び被告人がパトカーに乗車するまでの経緯についてその一部を目撃しているにすぎないが、次のとおり注目すべき証言をしている。すなわち、
「警察官が店内に入ってきたときには、すでに被告人は通路の方へ行っていた。自分の推測であるが、被告人は警察官の入ってくるのを察知して出て行ったのではないかと思う。」、「被告人が当日、スリーバーを出したことは事実である。」、「警察官らが通路において被告人を取り囲んだりしていた状況の一部を見ている。・・・・・・自分は、通路の方が騒々しいので(店舗の)裏出入口を開けてみると、通路内で警察官四人(自分は四人だったと記憶する。)が被告人を取り囲んでいた。被告人と警察官らの言葉のやりとりははっきり覚えていないが、警察官は、被告人の肩や腕をつかみ、『お前、どうして逃げたんだ。』と言い、これに対して、被告人は大分興奮した様子で抵抗していたような感じであった。被告人は相対している警察官に殴りかかったと思うが、その理由は、警察官が被告人の腕をつかんだからと思う。」、「被告人が警察官に殴りかかったところ、警察官は被告人に足払いをかけ、被告人は倒れた。そして、(被告人を)上から押えつけて、いろんなことを言っていた。『なめるな。』とか、『お前がそうやってくるんなら、こっちだって、やってやる。』などと言っていた。」、 「被告人が最初、一、二度と思うが、(警察官に対し)手を出したのは事実で、それが警察官にあたったかどうか記憶ないが、その後は、(被告人は)手を出すほどの余裕はなかったと思う。足払いがあったり、上から押えつけられたりしていたからである。」、「自分は、・・・・・・もう、これ以上見たくないという気持で、裏出入口の戸をしめた。」、「それから、どのくらい時つ間が経ったか分らないが、再び店外が騒々しくなったので、まだ騒いでいると思って、表出入口から出てみると、歩道上で、警察官らが被告人をパトカーに乗せようとしていた。その際、被告人は乗らないといって抵抗し、相手方は強引に乗せようとしていた。車の後部のドアがすでに開けられていて、警察官が、二人か三人がかりで力づくで、被告人を乗せようとし、被告人が自動車の屋根に両手をついて乗せられまいとして抵抗していたが、むりやり押し込まれたという状態で乗車させられた。」、「当時、自分のほかに、二階にいた女性も一緒に見ていたが、その女性は、『もう、どうせ、ああなったら、(被告人)は早く乗っちゃえばよいのに。』と一言いっていた。」旨供述している。
 同証人の証言については、同人が前記ゲームセンターの経営者であり被告人がその客であったこと等に関連して、証言の信用性について色々な見方も可能であるが、その供述自体には不自然さや作為的な点は見受けられず、とくに、記憶している事項とそうでない事項とを区別し、推測部分は推測として述べ、被告人の不利と認められる事項についても触れており、供述全体は具体的詳細であること、及び反対尋問に対しても何ら動揺していないこと等に照らすと、原判決の指摘するとおり、同証言は、細部又は出来事の順序などの点はともかくとして、大筋においては十分これを信用することができるものと認められる。
(3)そこで、被告人の供述と警察官らの供述の信用性について考えると、前記兪の証言に徴すると、本件職務質問の状況及び被告人がパトカーに乗車するにいたった経緯は、少なくとも、警察官らが供述するように、当初被告人が一、二分間興奮し暴れたりした後、すぐに素直な態度に変ったというようなものであったと思われないこと、また、警察官らにおいて、暴れ又は抵抗する被告人に対しほとんど受動的かつ防禦的な態度に終始していたというようなものであったとも思われないこと、ことに、被告人がパトカーに乗せられる際、なんらの抵抗もせず納得して乗車したとは思われず、以上の「点において、警察官らの各供述は信用し難いこと、他方、被告人の供述にはその立場等に照らして誇張や歪曲などが含まれていることが考えられるが、少なくとも、承諾又は納得してパトカーに乗車したものではなく、相当に激しく抵抗したが力尽きて乗車したという点に関する被告人の供述は、詳細かつ具体的で迫真性を備えており、かつ、前掲兪の証言ともほぼ符合し、これを信用できるものと認められ、その他、原判決の指摘する警察官らの供述の信用性に関する疑問点等を総合すると、右警察官らが被告人の承諾によらず逮捕と同視しうる程度の物理的強制力を加えて被告人をパトカーに乗せて琴似庁舎まで連行した旨の原判決の認定はこれを是認することができる。
 そこで、右事実と、前記認定にかかる琴似庁舎に連行した後警察官らが被告人に対し覚せい剤使用の有無について事情の聴取を行い、所持品を取調べ、腕部を写真撮影し、かつ尿を提出させてこれを押収し、「尿の任意提出書」や「鑑定承諾書」を作成させるなどした一連の諸事実とを合わせ考慮し、原判決が前掲「尿の鑑定書等」の証拠能力を否定すべきであるとした判断の当否について考えてみると、警察官らが被告人に対する職務質問の方法として被告人を琴似庁舎に連行する際にとった諸措置の態様は、前記のとおりであって、警察官職務執行法一条一項、二条三項の規定等に照らし職務質問の方法として許される限度を著しく越え、刑事訴訟法の諸規定に基づく逮捕の際にはじめて許されるような方法を用いたもので、その違法性は明白かつ重大であること、加えて、連行した時刻が深夜であり、かつ連行した場所も同法二条二項にいう「附近の警察署、派出所又は駐在所」にあたる場所とは認められないこと、更に、およそ通常人が、このような時刻に、数名の警察官により令状もないのに前記のような物理的強制力を加えられてパトカーに乗車させられ警察庁舎に連行されたうえ、尿の提出や腕部の写真撮影に応ずるよう求められた場合、これを拒否することは著しく困難であろうと認められること等の諸事情を総合すると、結局、本件尿の押収及び腕部の写真撮影等は、違法な強制的連行及び身体の拘束状態を直接に利用してなされたものと認めるほかはなく、その違法は令状主義の精神を没却せしめるような重大なものであり、かつ、その態様等に照らし、警察官らに当初から令状主義に関する諸規定を潜脱しようとの意図があったものとうかがわれ、将来における違法な捜査活動を抑制する見地からもこれを看過するのは相当でないというべきである。したがって、これと同旨の判断のもとに、右押収にかかる被告人の尿、被告人の腕部の写真撮影報告書及びこれに付随する関係書類からなる「尿の鑑定書等」の証拠としての許容性を否定して検察官によるその取調べの請求を却下した原審の措置ないし判断は、正当である、と認められる。
三 所論は、警察官が覚せい剤を使用した疑いのある者を警察庁舎に同行し又は出頭させる手続と 同行し又は出頭させた後警察官がその者から任意に尿の提出を受けこれを押収し又はその者の腕部の注射痕を写真撮影する手続とは別個独立の関係にあり、前者の手続における 法は後者の手続の適法性の判断に影響を及ぼすものではないから、本件において、警察官らが被告人を琴似庁舎に同行ないし出頭させた際にとられた措置の態様などのいかんにかかわりなく、同庁舎に同行ないし出頭させた後における本件尿の提出、押収及び腕部の写真撮影の手続は適法なものと解すべきであると主張し、その論拠について詳論するが、このような見解は、本件のような事実関係のもとにおいては、採用することができない。
 原判決が「尿の鑑定書等」の取調べ請求を却下すべきであるとした点に、所論のような事実の誤認ないし法令の解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。
控訴趣意第三について
 所論は、要するに、前記「尿の鑑定書等」を除外しても、被告人の自白の真実性を保障するに足りる補強証拠があるのに、原判決が本件公訴事実について無罪を言い渡したのは、証拠の評価を誤り、事実を誤認したものである、というのである。本件公訴事実については、被告人は、原審公判廷においてこれを認めたほか、被告人の司法巡査(昭和五五年一一月二九日付)及び検察官に対する各供述調書において、詳細かつ具体的にこれを自白しており、これによれば、被告人は昭和五五年一一月一五日午後八時ころ、札幌市東区《番地略》Bハウス一〇号室において、フェニルメチルアミノプロパンを含有する水溶液○・二五ミリリットルを自己の左腕部に注射して、覚せい剤を使用したというのである。
 右自白の補強証拠について、所論は、(イ)
 原審証人前木敏博、同山田秀雄の各証言によれば、これらの各証人が前記ゲームセンター北側通路で被告人に対し職務質問をした際、被告人の左腕部に新しい注射痕のあったことを目撃したことが認められ、この事実は、その二日前である本件公訴事実記載の日時に被告人が左腕部に注射したとの自白に沿い、自白を補強するものである、(ロ)また、《証拠略》によれば、被告人の友人であり覚せい剤の使用歴をもつAが、昭和五五年一一月末ころ、被告人から覚せい剤の小分け用具と思料されるはかり及び分銅を預かり、かつ、そのころ被告人から覚せい剤一回分をもらい受けこれを注射使用したことが認められ、これによると、被告人は、本件公訴事実記載の日以後も覚せい剤やそれに関係する物品を所持していたことが明らかであり、この事実も被告人の自白を補強するものである、(ハ)更に、被告人は昭和五三年一二月覚せい剤取締法違反等により懲役一年六月に処する旨の確定判決を受けているが、右判決で認定された事実によれば、被告人は昭和五一年ころから覚せい剤に親しんでいたことが認められ、この事実も被告人の本件自白を補強するものである、などと主張する。
 しかしながら、(イ)についていうならば、被告人の原審及び当審公判廷における各供述並びに原審証人兪炳来の証言によれば、前記通路において警察官らが職務質問をした際、被告人は相当興奮し腕を振るなどしていたことが認められるから、前木、山田両証人がどれほど正確に被告人の左腕部の注射痕の新旧の状態を観察することができたかは疑問であり、右各証言は、その二日前ころに左腕部に注射したとの被告人の自白の真実性を保障するに足りるものではないと認められる。また、(ロ)についていうならば、被告人が昭和五五年一一月末ころ友人のAに対しはかり及び分銅を預けたこと、また、そのころ、被告人が同人に対し覚せい剤と告げて一回の使用分くらいの薬物を無償譲渡したことが認められるが、右はかりや分銅に覚せい剤の成分が付着されていたというような証拠はなく、また、Aに無償譲渡した薬物が覚せい剤であることを確認することができるような証拠もなく、更に、Aに譲渡した右薬物の出所ないし仕入先と被告人が本件自白で述べている注射液を作るのに用いた薬物の出所ないし仕入先が同一であるというような証拠もない以上、右(ロ)の各証拠も被告人の本件自白の真実性を保障するに足りないものといわなければならない。(ハ)の事実が本件自白の真実性を保障するに足りないことについては、多言を要しないであろう。
 その他原審記録を精査しても、被告人の自白の真実性を保障するに足りる信ずべき証拠はない。
 原判決が被告人の自白を補強するに足りる証拠がないとして本件公訴事実について無罪を言い渡すべきであるとした点に、所論のような違法はなく、論旨は理由がない。
 よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、主文のとおり判決をする。
(裁判長裁判官 渡部保夫 裁判官 仲宗根一郎 大渕敏和)

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