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痴漢神奈川

川崎簡易裁判所/平成13年(ろ)第48号

主文

被告人を罰金5万円に処する。
その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)
 被告人は,平成13年4月12日午前8時27分ころから同日午前8時33分ころまでの間,横浜市a区bc丁目d番e号所在のA鉄道株式会社B駅から川崎市f区g町h番地i所在の同社C駅間を走行中の電車内において,乗客D(当時23歳)に対し,その臀部左側をスカートの上から右手でなで,スカートのスリットから右手を入れてその大腿部をなで,もって,公共の乗物内において,婦女を著しくしゅう恥させ,かつ,不安を覚えさせるような卑わいな行為をしたものである。
(証拠の標目)省略
(有罪認定の理由)
第1 本件証拠上の争点
 弁護人及び被告人は,判示認定の被害事実は存在せず,また,仮に存在してもその犯人は被告人ではないとして,無罪を主張するところ,本件証拠上の争点は以下のとおりである。
すなわち,検察官側の中核をなす証拠は,被害者とされるD(以下「被害者」という。)の供述,本件犯行現場に居合わせ,被告人を逮捕したE巡査長(以下「E巡査長」という。)及びF警部補(以下「F警部補」という。)の各目撃供述であるが,被告人供述は,これらの被害供述及び目撃供述等の内容を否定し,真っ向から対立している。
 弁護人も,被害者,E巡査長及びF警部補の各供述の信用性を強く争い,さらに,弁護側において被害者らの証言を再現したとする状況を撮影したビデオテープ(弁10の1。以下「弁護側ビデオ」という。)を反証として提出して,被害者らの証言自体の問題点を指摘すると共に,被告人が本件犯行を行ったと仮定した場合の問題点を提示している。
 したがって,本件の有罪無罪は,被害者,E巡査長及びF警部補の各供述の信用性に係ってくるといってよい。そこで,以下では,まず前提となる外形的な事実を確定し,次に3名の公判廷での証言内容の要旨をまとめた上で,弁護側の主要な指摘に沿ってその信用性を吟味し,最後に被告人供述についても検討を加えてみることにする。
第2 前提となる事実
 関係各証拠によれば,概ね以下の外形的な前提事実が認められ,弁護人らもこれらの事実自体を争うものではない。
1 判示認定の日,被害者及び被告人は,B駅G線上りホーム7番線を午前8時24分に発車する同線上り列車(以下「本件電車」という。)に,同駅同番線から乗車した。また,神奈川県警察鉄道警察隊に所属し,当日はペアを組み,電車内,駅構内の犯罪取締りに従事していたE巡査長及びF警部補も,同駅同番線から本件電車に乗車した。
2 本件電車の停車駅は,B駅の次がC駅であり,午前8時33分C駅に到着した。C駅において,被害者は勤務先に向かうため降車し,被告人も続いて降車した。E巡査長は被害者を呼び止め,被害者を伴ってC駅分駐所に行き,他方,F警部補は被告人を呼び止め,痴漢行為を否定する被告人と共にC駅ホーム上から同分駐所に赴いた。
3 被告人及び被害者らの体格等は以下のとおりであった。
(1)被害者の身長は約169センチメートルで,床から被害者の足の付け根までの高さは約84センチメートルであった。また,床から,被害者が本件当時着用していたスカートの裾までの高さは約49センチメートル,同じくスリット上端までの高さは約69センチメートル,スリットの長さは約20センチメートルであった。被害者が本件当時着用していたサンダルのヒールの高さは約7センチメートルであった。
(2)被告人の身長は,本件当時着用していた靴を含めて約177.5センチメートルで,床から左手中指までは約74.5センチメートルであった。
(3)E巡査長の体格等は,本件当時と同じくらいの高さの靴を履いて,靴を含めて身長約171センチメートル,目の高さ約160センチメートルであった。犯行当日は,コンタクトを装着し,その視力は左右約1.2であった。
(4)F警部補の体格等は,本件犯行当日とほぼ同じ高さの靴を履いて,靴を含めて身長約174センチメートル,目の高さ約163センチメートルであった。その視力は,両眼で0.5ぐらいであった。
4 本件電車の混み具合については,乗客と乗客との間にわずかに空間があって,自分の足元が見える程度の状態であった。
第3 被害者の証言
 被害状況及びその犯人の特定等について,被害者が当公判廷において述べた証言内容の要旨は,以下のとおりである(以下「被害者証言」という。)。
1 被害者は,判示認定の日,川崎市内の勤務先に通勤するため,B駅のG線上りホームに上がったところ,ちょうど8番線から電車が発車するところであった。8番線には,被告人が,線路に背を向け,ホームを眺めて立っており,顔を被害者の方に向けていることに気づき,不審に感じた。被害者は,次発である向かい側の7番線に並んだが,振り返って見ると,被告人が,自分の右斜め後ろに立っていた。
2 その後,7番線に本件電車が到着し,被害者は,人波に押されながら乗車し,乗車したドアとは反対側である進行方向右側のドアの位置に,足はそのドアの方に向け,上半身と顔は進行方向に対して少し右側に向けて立った。すると,被害者の左横に沿って大きなカバン(以下「本件カバン」という。)を置く者がいたので,左側から振り返って見ると,被告人が,進行方向右側のドアの方を向き,被害者の左斜め後ろに密着して立っていた。本件電車が発車してから,後方に立っていた人が入れ替わったり,移動する気配は感じなかった。
3 本件電車が発車すると,被告人が被害者を押し,また,その左手は新聞紙を持ったまま,つり革や水平なパイプを持ち替えている様子が,被害者の視界に入った。発車後3分くらいして,被害者は,臀部の左側をスカートの上から触られるのを感じ,痴漢かもしれないと考え,臀部に神経を集中させていると,触っている手は見えなかったが,その感触から,指先で臀部の左側から左太ももにかけてなでられるのを感じ,その犯人は,後述のとおり,立ち位置からして,自分の左斜め後ろにいる被告人であると思った。
4 被害者は,このように触られていた間,進行方向とは反対方向を向き,本件カバンの左側に立っていた男性が自分の方をじっと見ているのに気づき,痴漢に気づいていてくれているのかもしれないと思って,目で訴えかけた。また,前記のように触られていた間,被害者は,犯人を威嚇しようと考え,左側から振り返って見ると,被告人が立っており,左手に新聞紙を持ってつり革を持ち,遠くを見る目つきをしているのが見え,至近距離で顔を見ているのにもかかわらず反応を示さないその態度から,ますます犯人は被告人であると確信した。その後も同様の痴漢行為は継続した。なお,時期ははっきりしないが,その後もう1回振り返ったと思う。
5 それから,被害者は,痴漢されている不快さを紛らわせ,また,携帯電話に貼付していた交際相手の写真を見せれば犯人に対する威嚇になるとも考え,提げていた紙袋から携帯電話を取り出し,右手に持ち,自分の顔の高さに掲げ,受信していたメールに対する返信を作成し,午前8時30分ころ,送信した。その間も,臀部の左側から太ももにかけてなでるように触られていたが,メールを送信した後,スカートのスリットから手を差し込まれ,左足の太ももの内側で,お尻の近くからスリットの切れ込みの上の部分までの間を上下前後に触られた。
 その感触は,左足の太ももの内側に,手の指の柔らかい部分を感じ,右足の太ももの内側に,手の甲の骨のごつごつしたような感じが当たるのを感じ,また,スカートの裾が後ろに突っ張られて前が少し持ち上がったことから,犯人は,右手をスリットから差し入れていると考え,その手は見えなかったが,その立ち位置や右手であることなどから,犯人は自分の左斜め後ろにいる被告人であると思った。
6 被害者は,痴漢行為がエスカレートすることを恐れ,両足をくっつけて抵抗した。一方,犯人の手は,ももから離れることもあったが,太もも内側を触るという前記痴漢行為は止まらなかった。被害者は,気を紛らわせるために着信履歴を見たりするなど携帯電話を操作していたが,本件電車がC駅に到着する手前付近で携帯電話を紙袋にしまった。前記のように太ももをなでる痴漢行為は,その後もC駅ホームに到着するぐらいまで継続した。
7 本件電車がC駅に到着すると,被害者は,後ろも振り返らず一目散に下車した。少し歩いたホーム上で,男性に呼び止められ,警察手帳を示された上,今痴漢にあっていましたよねと言われ,これを肯定した。被害者は,その警察官が本件電車内で自分の方をじっと見ていた前記男性であることに気づき,痴漢被害に気づいてくれていたことを嬉しく思うとともに,その警察官の求めに応じて,被害事実を説明するため,C駅分駐所に赴いた。同分駐所で,被告人を確認した。
第4 E巡査長の証言
 E巡査長が,目撃状況及び犯人の特定等について,当公判廷において述べた証言内容の要旨は,以下のとおりである(以下「E証言」という。)。
1 E巡査長及びF警部補は,神奈川県警察鉄道警察隊に所属し,電車内,駅構内の犯罪取締りに当たる警察官であったが,判示認定の日は,ペアを組み,F警部補の指揮の下,駅ホームの警戒に従事していた。
2 E巡査長は,判示認定の日の午前8時から,B駅G線上りホームの警戒を開始したところ,以前からホーム上を徘徊する様子を見かけ痴漢かスリではないかと考え,顔を見覚えていた被告人が,8番線に並び,身体は8番線に向け,顔を左右に振り返るようにしてホームを見ているのを発見した。F警部補も被告人に気づき,あいつだと言ってきた。
3 その後,被害者が7番線に並ぶのを見た。すると,被告人が,被害者の方を見た後,被害者の右斜め後方に並び替えた。E巡査長は,被告人が被害者に何かするのではないかと考えた。F警部補が,こいつにつくぞと言い,F警部補と共に被告人の後方についた。被告人は,被害者のほうをじっと見ており,被害者も1度被告人を振り返って見た。
4 本件電車が7番線に到着して,被害者と被告人が乗車し,E巡査長とF警部補も続いて乗車した。被害者と被告人は,乗車したドアと反対側のドア付近まで乗り込んだ。その際,被告人は,被害者の後方に密着するように乗車し,正面を被害者の方に向け,その後方に密着して立った。E巡査長は被告人の左斜め後方に,F警部補は被告人の右斜め後方についた。被害者,被告人,E巡査長,F警部補及びE巡査長において記憶のある周囲の乗客の立ち位置及び向きは,本件電車がB駅を発車してC駅に到着するまで,変化することはなかった。
 本件電車に乗り込むと,被告人は,本件カバンを被害者の左横に勢いよく置き,被害者は,被告人の方を見て嫌そうな顔をした。そして,被告人は左手に新聞紙を持ちつつ,つり革又は手すりにつかまった。
5 本件電車が発車した後,E巡査長は,被害者が痴漢被害にあっているかどうか確認しようとしたが,被告人は,左手でつり革や手すりを何回か持ち替えており,被告人の左腕や左手が邪魔になり,また被告人が身体を被害者に密着させているようであったため,被害者の臀部や身体全体を見ることができず,また,被告人の右手も見えなかった。E巡査長は,被告人の右手を見ようとするとともに,被害者や他の乗客の様子にも注目していたが,被害者は,何度か被告人を見た様子であり,また,E巡査長の方に視線を向け,少し困ったような顔をしていた。
6 本件電車がB駅を発車して約5分経過したころ,電車の揺れで被告人が左手をつり革又は手すりから離し,少し被害者から離れた際,その隙間に,被害者の臀部の左側を触る右手を見た。さらに,被告人が左手ですぐまた新聞紙を持ったままつり革か手すりにつかまった後も,被害者の臀部を触る右手を見た。その手は,手首から指先まで見え,大きくごつごつした男性の手であり,手の平を返して被害者の臀部に向いており,親指を上にし,他の4本の指をそろえて下にして,5本の指の腹で,親指を上から下へ,他の4本の指を下から上へ,同時に動かして,ゆっくりとお尻のラインに沿って1回なでるように触っており,手の平は被害者の臀部に触れていなかった。
 そして,その手は,小指が,左側にいる自分の方にあったので右手に間違いなく,被告人の身体の中心付近より右寄りで腰の高さ辺りから,被害者の臀部に向けてまっすぐ出ていた。また,後に詳述するように,被害者の周囲に立っていた4名の乗客の手でないことは,ある者についてはE巡査長自身が確認でき,ある者については立ち位置等から否定できると考え,また,それらの者以外に被害者の臀部左側を触れるような位置に居た者はなかったので,被告人の右手であることは間違いないと思った。
7 その後,被告人の身体が動き,その身体,左腕,左手で視界が遮られたため,被害者の臀部やそれを触った右手は見えなくなった。結局,E巡査長がその右手を見た時間は約10秒くらいであった。そこで,E巡査長は,F警部補に痴漢行為を現認したことを伝えようとしてアイコンタクトをすると,F警部補からも分かったという趣旨のアイコンタクトが返ってきた。
 被害者の臀部やそれを触った右手が見えなくなった後の被害者の様子については,少し困った顔をして2回ほど被告人のほうを振り返って見,また,携帯電話を操作しているのが見えた。被告人は,窓のほうを見て反応を示さなかった。
8 本件電車がC駅に到着すると,被害者は急いで降車した。E巡査長は,F警部補に対して,被告人の方を指差し,小声で,こいつですと言って電車外に出た。F警部補はわかったと言い,いつもそうであるように,E巡査長が被害者を追いかけた。E巡査長は,被害者に追いつき,警察ですが,痴漢の被害にあっていましたねと声をかけると,被害者が,これを肯定したので,F警部補に携帯電話で,被害の確認が取れた旨連絡した。その後,E巡査長が被害者を伴ってC駅分駐所に赴く途中,被害者に被告人の顔を確認させようと考えて,再度,F警部補に携帯電話で連絡したが,改札口付近で,被告人とF警部補を見かけ,被害者に対して,被告人を指差し,あの男ですよねと質問すると,被害者は,これを肯定した。
第5 F警部補の証言
 F警部補が,目撃状況及び犯人の特定等に関し,当公判廷において述べた証言内容の要旨は,以下のとおりである(以下「F証言」という。)。
 F警部補は,その身分,本件犯行当時従事していた職務内容,B駅G線上りホーム上で被告人と被害者を見かけてから,本件電車に乗り込むまでの状況について,E証言と同旨を述べた上,引き続き,以下のとおり証言する。
1 被害者は,乗車ドアと反対側のドアの左側に,そのドア側を向いて立ち,その背後に被告人が被害者に密着して立ち,F警部補は,被告人の右やや後方に,E巡査長が被告人の左側に立った。被害者,被告人,E巡査長,F警部補及びF警部補において記憶のあるその他の客の立ち位置や向きは,B駅からC駅までの間,大きな変化はなかった。
2 F警部補は,被害者を触ることができる位置にある者として,被告人とF警部補の右前,被告人の右横辺りにいた一見会社員風の中年男性客に注目していたが,後に詳述するように,その客の右手及び左手が被害者の臀部を触ることはなかった。被告人については,左手を上に上げていたので,F警部補は,被告人の右手を現認できるように注意を払っていたが,被告人が被害者に身体を密着させていたことと前記客の身体が邪魔になり,被告人の右肩は視界に入るものの,ひじから下方は被告人の身体の前になって見ることができなかった。被害者の身体については,臀部の右側面付近が,見えたり見えなかったりする状況であった。
3 本件電車が,B駅を出て5分後ぐらいに,被告人が右手を右側に動かしたためと電車の揺れで多少の隙間ができたため,被告人の右肩からつながっている手,すなわち被告人の右手が,軽く握られた状態で,被害者のスカートの上から,手の平側が被害者の臀部の中央よりやや右側辺りに押し当てられており,強いていえば小指側を離した角度で,親指の付け根の部分は完全に押し当てられているのを見た。その右手が被害者の臀部に押し当てられているのが見えた時間は,5秒から10秒間であり,その間,その右手が被害者の臀部を離れたことはなった。その後,前記客の身体が邪魔になり見えなくなった。その右手を見終わった後ごろ,被害者が携帯電話を操作しているのに気づいた。
4 本件電車がC駅に到着し,被害者と被告人が下車する直前,E巡査長の目に間違いないという反応があったので,F警部補は,E巡査長に被害者につくよう目配せして指示した。E巡査長は,被害者を追い,F警部補は,ホームを歩いていく被告人を追った。すると,E巡査長から,痴漢行為を現認したこと及び被害者に被害認識があることの連絡が入ったので,被告人を呼び止め,痴漢行為を否定する被告人をC駅分駐所に同行した。
第6 証言の信用性
 以上みてきた被害者証言,E証言及びF証言(以下,まとめて「3者の証言」ということもある。)は,たとえば,被害者証言については,被害者が受けた感触やそれに対してとった被害者の行動等,E証言については,目撃した右手の状況等,F証言についても目撃した右手の状況等具体的で臨場感も備え,その各証言内容において,特段不自然な点は見当たらず,弁護人の詳細な反対尋問にも崩れず,本件電車内での立ち位置等について作成した図面も含めて,捜査段階からほぼ一貫しているというべきである。さらに,3者の証言は,後記弁護人指摘のような食い違いもあるものの,それは細目にわたる事柄といえ,大筋においては互いによく符合しており,相互に信用性を高め合っているということもできる。
 加えて,被害者は,被告人とは初対面で,本件以前に被告人と何らの関係も有していなかったものであって,被告人に不利益な虚偽をあえて述べていると疑わせるような事情も見当たらないし,また,B駅ホーム上から,自分を見ている被告人を不審に思い,振り返るなどして,その動静を気にかけ,また,臀部左側を触られた際には痴漢かもしれないと思い,神経を臀部に集中するなどしていたのであるから,相当な注意を払って被告人を観察していたと考えられる。
 また,E巡査長及びF警部補も,警察官として警戒職務に従事していた者であって,いずれも,被告人にとって不利益な虚偽をあえて述べていると疑わせるような事情も見当たらない上,被告人を不審者として当初から注視し,誤認逮捕を防止するため,現認にあたっては,触っているのは誰の手であるか,被害者は誰か,その触り方(E証言)であるとか,犯人を誤認しないこととその行為(F証言)に注意していたというのであるから,相当な注意をもって,被告人や被害者等周辺の状況を観察していたと考えられるのである。
 そうとすれば,3者の証言は十分信用できるというべきであるが,弁護人は,3者の証言の信用性を詳細に論難するので,以下,被害者証言,E証言,F証言の順にみてゆくことにする。
第7 被害者証言の信用性
1 弁護人は,被害事実を述べ,被告人を犯人と特定する被害者証言の信用性を争う根拠として,被害者証言には不自然さや変遷,曖昧さがあるなどと指摘すると共に,弁護側ビデオを援用するなどして,仮に被告人において被害者の述べるような行為を行ったとした場合,看過しがたい不自然さや矛盾が生じてしまうなどという。
 弁護人指摘に係る後者の点は,項を改め,後記第11において弁護側ビデオを検討する際に論じることとし,本項では,まず,弁護人指摘の前者の点について扱うこととする。
2 まず,弁護人は,被害者は,左臀部から大腿部にかけて指先でなでられた旨証言するが,この供述は具体性を欠き,極めて曖昧であって,真実は,被告人が本件当時,右腰の前にさげていた携帯電話が当たったにすぎないなどという。
 そこで,この点についての被害者証言をさらに詳細にまとめてみる。被害者は,まず,検察官の主尋問に答え,電車が発車してから3分くらいたったころから,臀部左側をスカートの上から触られる被害を受け,この行為は,午前8時30分に携帯電話でメールを送信した後スリットの中に手を入れられ大腿部を触られる被害を受けるに至るまでの間継続した,触られた当初は,ものが当たっているのかもしれないと思って,すぐには痴漢と思わず,神経をお尻のほうに集中させた,すると,左側のお尻からももにかけて,指先でなでるように触られた,本件当時着用していたスカートは,薄いストレッチ素材で,臀部はぴったり張るような感じなので,すぐ分かったなどと述べ,触っているのが指先であることについては,「おしりに当たっている面積というか,感覚が,手のひらほど大きなものではなくて,指先の,細いというか,そのくらいの大きさだったと思いました。」などと根拠を説明している。
 さらに,弁護人の反対尋問に対しても,最初はものが当たっているのかもしれないと思って半信半疑だった,左側に神経を集中させた,左側のお尻からももにかけて上下に触られた,なでるような感じだった,「指先と,手の内側が当たるような感じ,軟らかい感じを感じたのと。なでるのが,指先の,面積が手のひらみたいにこんなにどかっとではなく,指先でなでていて。」,その指先は,止まっているときもあったが動いていたなどと主尋問とほぼ同旨を述べている。
 この供述は,弁護人の指摘を考慮しても,十分具体的かつ明確で,不自然な点もなく,臨場感も備わっているというべきである。また,弁護人の詳細な反対尋問にも崩れておらず,捜査段階における供述と対比しても,一貫しているといってよい。
 そして,被害者は,このような具体的な感触から,触れているのは指先であると思ったと述べているのであるから,携帯電話という無機質な物体が当たった感触を取り違えたとは考えにくい。
3 また,弁護人は,被害者は,スカートのスリット内に右手を差し入れられて,大腿部を触られたとの被害を申告するが,被害に関する供述の核心部分というべき大腿部の被害部位について,証言が変遷しているなどと指摘する。
そこで,この点についても,さらに被害者証言の詳細をまとめてみると,検察官の主尋問に対し,被害部位や受けた感触等について,メールを送信した後,スカートのスリットの上の部分から手を入れられ,お尻の近くから,スリットの切れ込みの上の部分までの間の左太もも内側を,上下前後に触られた,前後の動きについては,手が前に突き出るほどの勢いではないが,かなり深かった,本件当時は,網タイツを着用しており,編み目のところは素肌が見えるようになっており,素肌と素肌が触れ合うような感触があった,左太もも内側には,手の指の柔らかい部分を感じ,右太もも内側には,手の甲の骨のごつごつしたような感じが当たったなどと述べ,引き続き,前記第3において要旨をまとめたように,両足を閉じたり,携帯電話を操作した状況を述べている。
 また,弁護人の反対尋問に対しても,ワンタッチ目はスリットの切れ込みの上端の部分であった,左太ももの内側に手の柔らかい感じを感じた,右のももの内側に,手の内側よりは硬い骨のような感触を感じたので右手だと思った,左足のももの内側に入って最初前後の動きをした,痴漢の手が前後に動いた位置は,スリットより上の位置で,かなり股下に近かったが股下にはつかなかった,上下の動きについても股下にはつかなかったし,ひざの方まではいかなかった,スカートの裾の前の部分が後ろにつられる感じ,引っ張られる感じがしたなどと主尋問とほぼ同旨を答えている。
 この被害者証言も,やはり,十分に具体的で明確で,臨場感も備わっており,特段不自然な点もなく,弁護人の反対尋問に対しても崩れず,捜査段階における供述と対比しても,一貫しているというべきである。
 弁護人は,被害者が,弁護人から被害部位を細かく問われて,その特定が曖昧になり,変遷を生じたなどというが,被害者証言は,前記のとおり,被害部位は股下の近くからスリットの切れ込みの上端までの間という趣旨で一貫しており,弁護人指摘の点は,それをさらに数字で表すことになった場面でのものであって,被害者は,自分では痴漢の手は見えないからと述べ,法廷の場では,本件当時に着用していたスカートとは異なる服装をしており,触られたのはももの内側であるから,細かく何センチとは出せないと思うなどと答えているのであって,納得できる説明である。
4 また,弁護人は,被害者が,痴漢被害を受けているにもかかわらず,有効な回避行為や抵抗行為,被害の確認行為等をとっておらず,かえって,携帯電話でメールを作成,送信するなど,真に被害にあった女性としては不自然な行動をとっているなどという。
 しかしながら,前記第3において要旨としてまとめたとおり,被害者は,臀部左側への被害を受けた際に,まず,痴漢かどうか確認しようとして,臀部に神経を集中させ,自分の方に視線を向けていた男性に目で訴えかけ,犯人を威嚇しようと考えて,振り返り,被告人を見,その様子や立ち位置から,犯人は被告人であると確信し,不快さを紛らわせ,かつ,交際相手の写真を見せることによって犯人を威嚇しようと考えて,写真を貼った携帯電話を取り出して,顔の前に持ち,操作したと述べている。さらに,スリットの中で大腿部への被害を受けるに至って,それ以上の被害を防止するため両足を閉じ,また,気を紛らわせるため,携帯電話を操作していたとする。そして,本件電車がC駅に到着しドアが開くと,一目散に降車したと述べるのである。このようにみてくると,被害者は,十分回避行為や被害の確認行為等を行っているということができる。
 たしかに,弁護人がいうとおり,これらの行為によって,本件犯行を効果的に防止することなどはできなかったのであるが,単なる結果論に過ぎないし,また,被害者も,スリットの中に手を入れられて怖くなったとか,電車内の込み具合のため身体を移動できるような状態ではなかったなどと述べ,被害の確認についても,目で見なくても手ということは分かったなどと述べているのであるから,被害者が弁護人の指摘するようなより積極的な行動に出なかったことに不自然さはない。
5 以上によれば,被害者証言は,十分信用できるといってよい。弁護側ビデオに基づく主張の検討は後に述べるとして,弁護人のその他の指摘を考慮しても,被害者証言の信用性を揺るがすものは見当たらない。
第8 E証言の信用性
1 弁護人は,E証言について,以下のような諸点を指摘して,その信用性を論難し,E巡査長は,被告人が右手で自己の携帯電話を持って時間を確認した動作を誤認した可能性があると結論付けている。
2 弁護人は,E巡査長は,右手が被害者の臀部左側を触っているところを現認したかのように証言するが,その触り方という根幹部分において,捜査段階から公判廷に至るまで,供述内容が二転三転し,相互に相容れない内容になっている上,E証言の内容は,本件犯行後時日を経て初めて述べられた内容であるなどという。
(1)たしかに,弁護人指摘のとおり,E巡査長がF警部補との連名で作成した現行犯人逮捕手続書(甲1)においては,「被疑者が右手の指先で被害者のスカートの上から左臀部を下から上になでるように触っている状況を現認した」としており,F警部補作成に係りE巡査長も立ち合って撮影された写真撮影報告書(甲5)の写真7についての説明においては,「被疑者が右手指先,平で,被害者の左臀部をスカートの上から揉むように触った」あるいは「被害者の左臀部を被疑者が右手で揉むように触っている状況を再現」との記載があり,E巡査長の検面調書(甲3)においては,「被告人Hは,右手の指でDさんのお尻を上から下に撫でるようにして触っていました」とし,E証言においては,前記第4のとおり,親指を上にし,他の4本の指をそろえて下にして,5本の指の腹で,親指を上から下へ,他の4本の指を下から上へ,同時に動かして,ゆっくりとお尻のラインに沿って1回なでるように触っており,手の平は被害者の臀部に触れていなかったなどと述べている。
(2)しかしながら,まず,写真撮影報告書(甲5)における前記記載については,E巡査長は,F警部補の表現であるなどと述べ,また,F警部補も,E巡査長において再現した指の形や写真を見て,F警部補が文章にしたと述べているのであるから,この記載自体をE巡査長の供述の変遷として位置づけて論じる弁護人の指摘は当を得ないというべきである。
 そこで,現行犯人逮捕手続書(甲1),E巡査長の検面調書(甲3)及びE証言を対比してみることとする。たしかに,「下から上に」(甲1)「下に」(甲3),「親指を上から下へ,他の4本の指を下から上へ,同時に動かして」(E証言)という各供述は,その字面上,必ずしも同一の表現といえないことは弁護人指摘のとおりといわざるを得ない。
 しかしながら,E巡査長は,当公判廷において,弁護人からこの点を追及されて,現行犯人逮捕手続書(甲1)の記載も検面調書(甲3)の表現も,いずれも上下にという意味であって,自分としては,E証言で述べたと同一の状況を意味するものと思ったなどと説明している。
 この説明は,一応首肯できる上,被害者に触れていた右手の部位については,「右手の指先」(甲1),「右手の指」(甲3),「右手の指先」(E証言)と相互に矛盾しておらず,被害部位も被害者の臀部左側で一貫しているし,E証言の述べる右手の動きは,その検面調書(甲3)にも添付されている写真撮影報告書(甲5)の写真7に撮影された右手の状況と符合し,かつ,指先で臀部の左側から左太ももにかけて上下になでられていると感じた旨の被害者証言の述べる被害部位や被害状況とも矛盾していない。
3 次に,弁護人は,E巡査長は,右手が見え始めた瞬間と見えなくなった瞬間における右手の状態について,捜査段階から当公判廷に至るまで,際限なく供述を反転させているという。
(1)たしかに,弁護人が指摘するとおり,E巡査長は,その検面調書(甲3)においては,「そこで,私は,その隙に隙間からHの右手の方をのぞき込みました。すると,Hの右手は,Dさんのお尻を触っていました。」「私が,Hの右手を見ていた時間は,10秒くらいだったと思います。その間,Hの右手はずっとDさんのお尻を触り続けていました。」と述べていたのに対し,当公判廷においては,第6回公判において,まず,検察官の質問に答えて,見始めの瞬間について,初めて被害者のお尻を触っている被告人の右手を見たとき右手は触る直前であったとし,見終わりの瞬間について,見えなくなる直前は触っていなかったとか,手を離したとか,離れようとしているところで見えなくなったなどと述べ,第7回公判において,弁護人の質問に答えて,最初も最後もお尻に手はくっついていなかったと答え,さらに,裁判所の質問に答えて,見ていた間はずっと触っていたとか,離れるなと思った途端に見えなくなったということであるなどと述べている。
 このようにみてくると,右手が見え始めた瞬間と見えなくなった瞬間に,右手が被害者の臀部に触れていたかどうかの供述に,曖昧さや動揺があることは否定できない。
(2)しかしながら,前記曖昧さや動揺が示す差異は微妙な程度にとどまっている上,E証言の根幹部分は「右手が被害者の臀部左側を触っていた」との点にあるのであって,その現認の最初と最後の瞬間の右手の様子についての供述は,この根幹部分と密接に関連するとはいえ,根幹部分自体ではなく,この点に前記程度の曖昧さ等が存在しても,E証言の根幹の信用性に直ちに影響するものではないといってよい。
4 弁護人は,E巡査長は,それまで見えなかった右手を見ることができた理由について,つり革等を掴んでいたためE巡査長の視界を遮っていた被告人の左手を被告人が下ろしたためであると述べ,再び目撃できなくなった理由について,被告人の身体や再び上げた左腕が邪魔になったためであると述べるが,①再現写真(物2写真7)では,被告人が左手を上げた状態でE巡査長において被害者の臀部左側を触る右手を目撃している状態が撮影されており,矛盾している,②被告人は,本件新聞紙の端を両手で軽く握り,自分の前に持っていたのであって,弁護人から提出された本件当時被告人が所持していた新聞紙(弁6の1。以下「本件新聞紙」という。)には,この被告人供述に沿う皺や折跡はあるのに対し,E巡査長が述べるように,被告人が左手に本件新聞紙を持ったままつり革か手すりを持っていたというのであればパイプやつり革に当たって当然にできるはずの全体的な皺等がなく,E証言は本件新聞紙の客観的状況と合わない,③被害者の左横に本件カバンが置いてあり,そこに空間が生じていたので,E巡査長の視界は良好で,被害者の臀部左側を触る右手を容易に見ることができたはずなのであって,この客観的状況は弁護側ビデオに表れており,右手をなかなか見ることができなかったとするE証言と客観的状況とは矛盾しているなどの諸点を指摘する。
(1)しかしながら,①については,E証言は,右手を見始められるようになった理由として,被告人が左手を下げたことを挙げているだけであって,引き続き,被告人が再び左手でつり革等を掴んだ後も,右手が被害者の臀部を触っているところを見たと述べているのであるから,被告人が左手を上げた状態で右手を現認している状況を撮影した再現写真(物2写真7)と矛盾しない。
(2)②については,被害者も,被告人が左手に本件新聞紙を持ったままつり革等を持っていた旨証言し,さらに,本件新聞紙はくしゃくしゃには見えなかったと述べており,この被害者証言は本件新聞紙(弁6の1)の客観的状態と齟齬していない。E証言はこのように客観的証拠と齟齬しない被害者証言と一致し,また,被告人は左手を上げていたとのF証言とも整合している。
(3)③については,弁護人は,弁護側ビデオを援用し,その中で,E巡査長役が被告人の左腕の上あるいは下からのぞき込むことによって,被告人の右手が容易に見えたとしている点を指摘するが,E巡査長は,被告人の左腕の上下からのぞき込んだとは供述しておらず,また,この映像において被告人の左腕等の状態を特定した根拠も定かではないのであるから,この映像は,弁護人の前提とした条件下でのそれに過ぎないといわざるを得ず,本件当時E巡査長が右手を容易に見ることができる客観的状況にあったことの根拠とはいい難い。
5 以上みてきたとおり,E証言の問題点として弁護人が指摘する諸点は,当を得ないか,あるいはE証言の根幹部分の信用性を致命的に損なうものとはいえないものである。
 さらに,たとえば,E巡査長が右手を現認した時期と被害者が携帯電話を操作した時期との先後関係についての証言が曖昧で変遷しているとか,F警部補との間のアイコンタクトや連絡の回数などについてF証言との間で食い違いがあるとか,被害者に被告人を確認させた時期について被害者証言との間で食い違いがあるなどといった弁護人のその他の指摘を十分考慮しても,E証言の根幹部分の信用性は揺るがず,弁護人主張の誤認の可能性も否定するべきである。
第9 F証言の信用性
1 弁護人は,F証言について,以下のような諸点を指摘して,その信用性を論難し,F警部補は,被告人が右手を被害者の臀部中央よりやや右側に押し当てているのを目撃したとするが,本件新聞紙の端を軽く握っていた被告人の右手を誤認したにすぎないなどという。
2 弁護人は,F警部補において目撃したとする右手の状況についての供述内容が,捜査段階から公判廷に至るまで変遷しているという。
 すなわち,まず,平成13年4月21日に再現写真(物2写真10)が撮影されているが,F警部補は,その検面調書(甲4)において,「この写真に写っている手は,横側がDさんのお尻に触っていますが,私が見た時,Hの手は,もう少し手の平がDさんのお尻の方を向いていたと思います。」と述べ,当公判廷においては,検察官の主尋問に答えて,右手の角度について,「もう少しお尻のほうと平行になっていたと思います。」「強いて言うならば,小指側のほうが離れているというふうに表現できます。」「親指の付け根の膨らみの部分が完全に押し当てられていました。」と述べていて変遷しており,この供述の変遷は,F警部補が,検面調書(甲4)においては,「明らかに触っているとまでは見えませんでした。」とか「痴漢を現認したとは思いませんでした。」などと述べていたのに対し,公判廷においては,「痴漢行為に及んでいると認識いたしました。」と供述を強めたことに呼応したものであって,このように,F証言は,徐々に供述を強めているなどというのである。
3 しかしながら,まず,目撃した右手の状態についての供述であるが,右手を軽く握った状態であったとする点では物2写真10も含めて一貫しており,その押し当てられた右手の角度についての弁護人指摘の供述の違いはわずかで,その供述自体を別物に変容させるような違いではないといってよく,F警部補は,この点について,「現像が後なものですから,現像された写真を見て,若干は違うけれども間違いではないということでわざわざ被害者をまた呼んでまで撮影する必要はないと思いました。」と述べているのであって,F証言の信用性を致命的に損なうものとはいえない。
 また,F警部補は,被告人が5秒から10秒間右手を被害者の臀部に押し当てるのを現認したと捜査段階から公判廷に至るまで一貫して述べているのであり,痴漢行為の認識について供述を徐々に強めているとの弁護人からの追及に対しては,弁護人指摘の捜査段階及び公判廷での証言の意味について,自分の現認した行為は,故意に押し付けている痴漢行為ではあるが,指先が動くなど誰の目にも痴漢であることが明らかな行為ではなく,混雑のために当たったと言い逃れがきいてしまう恐れもあり,また,被害者の被害認識が確認できなかったから,現行犯逮捕するべき程度の行為にまでは至っていないと判断したという意味であるなどと説明しているから,F警部補は供述を変えたわけではなく,弁護人の指摘は当たらないというべきである。
4 また,弁護人は,F警部補が,被告人の右手が被害者の臀部中央よりやや右側に押し当てられていたと述べる点において,被害者が述べる被害状況,すなわち,臀部左側をスカートの上からなでられ,スリット内で大腿部をなでられたとの被害状況と対比すると,被害部位などの点において矛盾しているとする。
 しかしながら,この被害者証言は,その内容において,F証言を否定し,あるいは,両者が相容れない矛盾を呈しているとはいえないというべきである。
5 そうとすれば,弁護人の指摘を検討しても,F証言は十分信用でき,被告人が本件新聞紙を持っていた右手と誤認したとは考えられず,この結論は,弁護人指摘に係る弁護側ビデオの映像によっても左右されない。
 また,F警部補が右手を現認したとの合図をE巡査長に送っていないのは不自然であるなどという弁護人において指摘するその他の点を考慮しても,F証言の信用性は揺るがないというべきである。
第10 被告人と犯行との結びつき
1 信用できる被害者証言及びE証言によれば,判示認定のとおり,被害者は,その臀部左側を,スカートの上から右手でなでられ,スリットの中に右手を差し入れられて,大腿部をなでられるという被害を受けた事実が認められるというべきである。
 次に,その犯人であるが,この点を検討するに当たり,前記第3ないし第5において要旨としてまとめた証言内容に加え,さらに,本件電車に乗り合わせた他の客の状況等について,3者の証言の詳細をみてみることとする。
2 まず,E巡査長は,本件当時,被害者の臀部を触ることのできた者としては,被告人,E巡査長,F警部補及び付近の4名の客,すなわち,①進行方向に対してE巡査長の右側にいた客,②被告人及び被害者の右側にいた客,③被告人の後ろにいた客及び④被害者とドアの間にいた客の4名の客以外にはいないところ,①進行方向に対してE巡査長の右側にいた客については,その客が被害者の臀部に手を伸ばせば,E巡査長の目の前を通ることになるが,その客が手を伸ばしていないことをE巡査長が確認している,②被告人及び被害者の右側にいた客については,被害者の臀部左側を触ろうとすると手首を曲げなければならないところ,被害者の臀部左側を触っていた右手はまっすぐに出ていたので,この客の手であるとすると矛盾する,③被告人の後ろにいた客については,この客が手を伸ばせばE巡査長から見えるが,その客が手を伸ばしていないことをE巡査長が確認している,④被害者とドアの間にいた客については,被害者がその客の方を向いていたので,その客が被害者の臀部を触る可能性がないなどと述べている。
3 F警部補は,F警部補の右前にいた客,この客は,その立ち位置からして,E巡査長の述べる前記②被告人及び被害者の右側にいた客と同一人物と認められるが,被害者を触れる者として,被告人及びこの客に注目していたところ,仮に,この客が被害者の臀部を右手あるいは左手で触ればF警部補の視界に入るが,そのようなことはなかったなどと述べている。
4 被害者は,臀部左側をなでられたこと,スリット内に入ってきた手は右手であったこととや本件当時の立ち位置などからすると,自分の左斜め後ろに立っていた被告人が犯人であり,自分の背中の右側にいた者については,被告人が邪魔で触れないのではないかと思うなどと述べている。
5 そして,乗客の移動の有無について,被害者は,本件電車が発車してから,後方に立っていた人が入れ替わったり,移動する気配は感じなかった旨述べ,E巡査長及びF警部補も,本件電車がB駅を発車してからC駅に到着するまでの間乗客の位置関係に大きな変化はなかった旨一致して述べている。
6 そうすると,3者の証言によれば,①本件当時,被害者に触ることのできた者は,被告人,E巡査長,F警部補及びE巡査長とF警部補の述べる前記4名の客であるところ,その立ち位置等については,被告人は,被害者の左斜め後方で被害者に密着して立っており,これらの者の位置関係は本件電車がB駅からC駅に移動する間に変化しなかった,②被告人以外の前記客4名については,その立ち位置等からして,被害者の身体に触れば,E巡査長あるいはF警部補に目撃されるところ,E巡査長及びF警部補はそれぞれそのような事態を目撃していない上,かえって,被害者の身体に触っていなかったことを確認している,③被害者の臀部左側をなでた右手は,被告人の身体の中心付近より右寄りで腰の高さ辺りから,被害者の臀部に向けてまっすぐ出ていた,④被告人は,右手を被害者の臀部中央よりやや右寄りに押し当てるという行動をとったなどの事実を認めることができる。
 そして,これらの諸事情を総合考慮し,さらに,被告人のとった次のような行動,すなわち,B駅上りホーム上で被害者の方を見た上,その後方に並び,本件電車に乗り込んだ後も被害者の後方に立ち,被害者の足元に本件カバンを置いたなどといった行動や,本件電車内で被害者が至近距離で振り返ったのに対して反応を示さないとか,C駅で途中下車し,その場からホーム上を移動したといった行動などに認められる不自然さをも視野に入れると,本件犯行を行ったのは被告人であると認めるのが相当である。
第11 弁護側ビデオ
1 これに対して,弁護人は,①被告人と被害者の立ち位置からすると,被告人が,被害者証言等のとおり被害者の臀部左側を右手でなで回そうとすれば,右腕を左に振り出し,手の平を前面に向けて指を動かさねばならないが,右腕の筋がつれるような苦しい動作になり体勢的に困難であって不自然であるし,仮に,被告人が無理してこのようなことを行えば,その右腕や右肩等身体が不自然な動きをし,E巡査長やF警部補に目撃されたはずであるのに,実際はE巡査長もF警部補も認識しておらず,E証言やF証言と矛盾を来たすことになる,②被告人が,被害者のスリットの中に右手を差し入れて大腿部内側を触ろうとした場合,仮に体勢を崩さず行おうとすると,被害者証言に反して,股下や臀部等に右手等が触れざるを得ないし,仮に,被害者が述べるとおり,股下や臀部等に触れずに大腿部内側を触ろうとすると,体勢が崩れ,E証言やF証言に反して,E巡査長やF警部補に気づかれるはずであって,いずれにせよ,3者の証言の述べる被害状況や目撃状況と矛盾したり,不自然な点が生じるなどと主張して,結局,被告人は犯人ではないと結論付け,このことは,弁護側ビデオの映像によって明らかであるなどという。
2 ①の点については,被告人において被害者の臀部左側を右手でなでることが体勢として困難であり,不自然な動きになると直ちには考えられないところである。
 これに対して,弁護人は,反証として弁護側ビデオの映像を援用するが,弁護側ビデオの関係箇所においては,その映像の前提として,たとえば,被害部位の特定は,被害者証言において,その高さを被害者の腰骨辺りを基準にして述べた部分があることをとらえて,仮想被害者の腰骨の高さ等を基準にして特定しているものの,仮想被害者は被害者と体格が似通っているというだけであるから,被害部位の特定の正確性が必ずしも担保されているわけではない。
 被害者の臀部左側の触り方についても被害者証言は,犯人の右手を実際に見ておらず,弁護人から細かく問われて,上から下というのはよく覚えているなどとしつつも,それ以上の触られ方や触られた回数などははっきりしなかったのであり,また,E巡査長の見た右手の状態も約10秒間におけるそれにとどまっているから,本件証拠上,右手による触り方をそれ以上に特定することはできないといわざるを得ないところ,弁護側ビデオにおいては,弁護側で各証言内容を解釈し,補足して特定した触り方をもって再現しており,その特定の根拠が必ずしも明らかではない。
 3 ②の点については,床から被害者のスカートのスリット上端までの高さ,床から被害者の股下までの高さ,床から直立した被告人の中指までの高さなどに照らすと,被告人が,被害者の臀部等に触れることなく右手をそのスカートのスリットの中に差し入れて大腿部を触ることに,その動きが不自然にならざるを得ないような体勢的な困難が伴うとは直ちには考えにくい。
 これに対して,たしかに,弁護側ビデオの中には,弁護人の前記主張に沿う場面が存在している。
 しかしながら,犯人の右手を見ておらず,受けた被害の感触から,右手等が股下,臀部等に触れるところはなかった,まっすぐなどと述べる被害者証言から,直ちに,弁護人が弁護側ビデオにおいて前提としているように,その右手は,小指を下,親指を上にして,床と水平の方向に差し入れられ,大腿部をなでたなどと解することには飛躍があるといわざるを得ない。
 また,被告人供述や弁護側ビデオの撮影を指揮した弁護人である証人Iの証言によれば,触った太ももの位置が,必ずしも被害者証言どおりに保たれていなかったことも認めざるを得ない。
 さらに,スリットの中で手が動いた前後の深さについて被害者証言は必ずしも特定していないのに対し,被告人は,弁護側ビデオの再現においては,スリットの中に差し入れた右手は必然的に被害者の足の前に突き出ざるを得なかったと述べ,その前提として,被害者が,左太もも内側と右太もも内側に受けたと述べる感触をとらえて,そのような感触を得るためには,指だけが太ももの間に入って触れているのではなく,手のひらが太ももに触れる位置まで差し入れられたということになるなどと推論し,この推論に基づいて弁護側ビデオにおいて再現を行っていることが認められる。
 太ももを触った右手の腕の動きについても被害者証言は何も供述していないが,弁護人において,被害者が「手が上下前後というふうにおっしゃってますので,そこから合理的に考えたらあのような触り方になるだろうということで実験しました。」(I証言)などと解釈した上で,この解釈に基づき右腕ごと動かす方法に特定して再現を行っているのである。
4 このように,弁護側ビデオに対しては,弁護人や実演した被告人において,各証言を解釈し,補完して特定した前提等をもって再現を実施しているという問題点を指摘できる。したがって,弁護側ビデオの映像をもって,3者の証言の信用性を動揺させ,3者の証言に基づき,被告人を犯人として特定した結論を左右するには足りないといわざるを得ない
5 ところで,弁護人は,弁護側ビデオについて,3者の証言等だけでは再現できない部分があるのは,事柄の性質上当然であり,そのような部分は,合理的な推論により再現されており,かつ,いずれも3者の証言等が立証しようとしている事実に影響を与えない部分であるから,弁護側ビデオの正確性を損なうようなものではないなどとして,たとえば,前記②の点についての再現に関して,被告人がスリットの中に手を入れようとする段階で既に被告人の体勢が崩れることが示されているので,その後,手が触った太ももの位置や手が動いた前後の深さなどは,弁護人の主張を支えるに影響がないなどとするのである。
 しかしながら,スリットの中に手を入れようとする段階における体勢とスリットの中での手の動きは,一連の動作なのであるから密接に関連しており,両者を切り離して考える弁護人の見解にはにわかに左坦できない。また,前記2及び3において指摘した諸点は,それぞれ,再現しようとした各供述の根幹部分か,あるいはそれと密接に関係する前提に関わる点というべきであるから,いずれも看過しがたい問題点なのであって,弁護人の見解は採用できないといわざるを得ない。
第12 被告人供述
 これに対して,本件犯行を否定する被告人供述は,たとえば,以下のように,重要な点において3者の証言に反する供述部分を指摘でき,これを信用できないというべきである。
 1 本件カバンを置いた位置について,被告人は,自分の両足の間に挟んでいたなどと述べる。しかしながら,被害者が,被告人の足が本件カバンを挟んでいなかったところを見たと述べ,E巡査長も,被告人が本件カバンを使って盗撮をするのではないかと考えて,本件カバンをよく見たが,被告人は本件カバンを足の間に挟んではいなかったと一致して明確に証言しているところに,明らかに反している。
 2 被告人は,本件電車内での被害者,被告人及びその他記憶にある客の立ち位置について,被害者は本件電車の進行方向を向き,被告人は進行方向に対しやや右寄りを向いていた,電車の揺れに伴い被害者にくっつくこともあったが,普通に立った状態では被告人の胸から被害者の肩ないし背中までの間に約20センチメートルあったなどと説明して,この説明に沿う図面を作成し,かつ,図面上に被害者の真後ろに立つ客を記載する。
 しかしながら,前記第3ないし第5のとおり,被害者は,被害者については,足を進行方向右側のドアの方に向け上半身と顔を進行方向に対して少し右側に向けており,被告人については進行方向右側のドアの方を向き,被害者の左斜め後ろに密着して立っていたと説明し,E巡査長及びF警部補も,被告人は被害者の後方に密着して立っていたと述べている上,被害者,E巡査長及びF警部補がそれぞれ当公判廷等において作成した被害者及び被告人等の立ち位置を示した図面はおおよそ一致しているのに対して,被告人の前記説明及びその作成に係る図面は,3者の証言及びその作成に係る図面と異なっており,かつその差異は単なる表現の違いとはいい難い程度であるといわざるを得ない。
 3 被告人は,本件電車に乗車した後約2分間,左手で本件新聞紙を持ったままパイプを持っていたこともあったが,その後は,電車の揺れに応じ反射的に垂直方向のパイプに掴まったほかは本件新聞紙の両端を両手で軽く持ち,自分の身体の前に持っており,左手を頭より上に上げたことはなかったなどと述べる。しかしながら,前記のとおり,被告人が左手に本件新聞紙を持ちつつ,つり革あるいはパイプを持ち替えていたなどと一致して述べる被害者証言及びE証言や被告人は左手を上げていたなどと述べるF証言に明らかに反している。
第13 結論
 以上,本件犯行の被害状況や目撃状況を述べ,被告人を犯人として特定する被害者証言,E証言及びF証言の信用性について,弁護側の主要な指摘を吟味し,さらに弁護側ビデオの映像による反証も検討したが,3者の証言の信用性は十分に認められた。
 3者の証言及び関係各証拠によれば,判示のとおり認定することができ,被告人の供述は信用できず,無罪を主張する被告人及び弁護人の主張は,その他の点を含めて採用できないといわざるを得ない。
(法令の適用)
罰条            
平成13年神奈川県条例第78号(公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例の一部を改正する条例)附則2項により同条例による改正前の公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和38年神奈川県条例第26号)10条1項,2条2項
刑種の選択         罰金刑
労役場留置         刑法18条
訴訟費用の負担       刑訴法181条1項本文
(私選弁護人J,I,K各出席。求刑 罰金5万円)
平成14年5月28日
川崎簡易裁判所
裁判官   高木順子

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