被害者との示談が成立した、あるいは成立間近という段階で、「これで警察の捜査は終わりになるのだろうか」「示談したのに呼び出しや逮捕があるのでは」と不安を感じている方も多いのではないでしょうか。
結論から申し上げると、示談が成立しても警察の捜査が即座に終了するわけではありません。しかし、示談成立は逮捕回避や不起訴処分を得るうえで極めて有効な手段であることも事実です。
本記事では、示談成立後の警察の動き、親告罪・非親告罪による違い、そして示談成立後に取るべき具体的な行動について詳しく解説します。
目次
示談成立後でも警察は介入できる
基本的に、示談が成立しても、警察が捜査する権限が消えるわけではありません。 そのため、形式上は捜査が続くことがあります。
なぜ示談成立後でも警察が介入できるかについては、「民事」と「刑事」の違いを理解することが必要です。
民事と刑事の違い
- 示談(民事)
当事者同士(あなたと被害者)の話し合いで、賠償金などを払い解決すること。 - 警察の捜査(刑事)
国(裁判所)が「罪を犯した人に罰を与えるかどうか」を決めること。
上記のように、示談はあくまで当事者同士で解決する方法です。警察に対して「示談をしたからこれ以上事件を捜査しない」と約束するものではありません。
前提として、警察や検察が動くのは、個人のためだけではなく「社会全体のルールを守るため」です。犯罪は社会全体の秩序を乱す行為とみなされます。
たとえ被害者が「許す」と言っても、重大な凶悪犯罪の場合、国は再発防止や刑罰による犯罪抑止のために刑事責任を追及するケースもあります。
しかし、示談をすることが無意味なわけではありません。
警察や検察の目的は「処罰」ですが、被害者が「もう許します(示談成立)」と言っている以上、あえて厳しく処罰する必要性は低くなり、不起訴になる可能性があるためです。
被害届が提出される前なら警察介入の可能性は低くなる
警察が捜査を開始するきっかけの多くは、被害者からの被害届です。
つまり、被害届が出される前に示談を成立させ、「今後、被害届を提出しない」という約束を取り付けることができれば、警察が介入してくる可能性を限りなくゼロに近づけることができます。
警察に知られることなくトラブルを解決できるため、前科がつかないのはもちろん、逮捕や呼び出しの不安からも完全に解放されます。
ここで注意すべきは、示談書には必ず「被害届を提出しない」という条項(清算条項など)を明記することです。口約束だけでなく、書面に残すことで確実な安心が得られます。
親告罪と非親告罪で示談の影響が異なる
示談が刑事処分に与える影響は、その犯罪が「親告罪」か「非親告罪」かによって大きく異なります。
親告罪の場合
親告罪とは、被害者などの告訴権者による告訴がなければ、検察官が起訴できない犯罪のことです。
親告罪の例
- 器物損壊罪
- 名誉毀損罪
- 侮辱罪
- 過失傷害罪
- 親族間の窃盗罪・詐欺罪・横領罪(相対的親告罪)
親告罪において示談が成立し、被害者が告訴を取り消した場合、検察官は起訴することができなくなります。つまり、告訴取り消されれば確実に不起訴となり、前科がつくことはありません。
ただし、告訴の取り下げは起訴前に行う必要があります。起訴後に告訴が取り下げられても、すでに始まった刑事裁判が無効になるわけではありません。
非親告罪の場合
非親告罪とは、被害者の告訴がなくても検察官が起訴できる犯罪です。日本の犯罪の多くは非親告罪に分類されます。
非親告罪の例
- 暴行罪・傷害罪
- 窃盗罪
- 詐欺罪
- 不同意わいせつ罪・不同意性交等罪
- 盗撮(撮影罪・迷惑防止条例違反)
- 痴漢(迷惑防止条例違反)
非親告罪では、示談が成立して告訴が取り消されたとしても、検察官の判断で起訴される可能性は残ります。
ただし、これは「示談しても意味がない」ということではありません。被害者との示談が成立していれば、非親告罪であっても不起訴(起訴猶予)となるケースはあります。
特に、初犯かつ示談書に宥恕(ゆうじょ)文言が含まれている場合は、不起訴の可能性がより高まります。
一方で、以下のようなケースでは、示談が成立しても起訴される可能性があります。
- 犯罪の内容が重大である場合
- 同種の前科前歴がある場合
- 社会的影響が大きい事件である場合
- 犯行態様が悪質である場合
示談成立後にやるべき具体的な行動
示談書を作成しただけでは、警察や検察はその事実を知ることができません。示談の効果を刑事処分に反映させるためには、捜査機関への提出が不可欠です。
速やかに提出すべき書類
示談成立後、以下の書類を警察または検察に提出しましょう。
示談書の写し
示談が成立した事実を証明する最も重要な書類です。示談書には以下の内容が含まれていることが望ましいです。
- 当事者の特定(加害者・被害者)
- 事件の特定
- 示談金額と支払い方法
- 宥恕(ゆうじょ)文言
「被害者は加害者を許し、処罰を望まない」など - 清算条項
「本件に関し、本示談書に定める以外の債権債務がないことを確認する」など
示談書の効力や書き方、テンプレートはこちらの記事で詳細に解説しています。併せてご覧ください。
告訴取消書(親告罪の場合)
親告罪の場合は、被害者に告訴取消書を作成・署名してもらい、捜査機関に提出します。これにより、検察官は起訴できなくなります。
被害届取下書
被害届が提出されている場合は、被害届取下書を作成してもらうことで、被害者に処罰感情がなくなったことを明確に示すことができます。
示談金の振込証明書
示談金を支払った事実を客観的に証明する資料として、振込明細書なども添付すると効果的です。
提出先と提出方法
提出先は事件の進行状況によって異なります。
- 送検前
担当の警察署に提出 - 送検後
担当の検察官に提出
弁護士に依頼している場合は、弁護士が代理で提出します。弁護士は検察官に対して「不起訴処分にするよう」意見書を付けて提出することもあります。
宥恕文言の重要性
示談書に「被害者は加害者を宥恕し(許し)、刑事処罰を求めない」といった宥恕文言があると、不起訴の可能性がより高まります。
ただし、被害者の中には、金銭的な賠償は受け入れても「許す」とまでは言えないという方もいます。
そのような場合は、宥恕文言なしでも示談を成立させることが重要です。示談金を受け取ってもらったという事実自体が、被害回復がなされた証拠となり、加害者に有利な事情として考慮されます。
示談後の警察の動きと処分の見込み
冒頭でも述べたように、示談が成立したからといって、直ちに警察の捜査が終了するわけではありません。
警察は、検察官が起訴・不起訴を判断するために必要な事情や証拠を収集する役割を担っています。
捜査が十分に完了していない段階で示談が成立した場合は、示談書の写しを提出した後も、被疑者への取り調べが継続することがあります。
また、多くの事件において、取り調べは行われると考えておくべきです。示談が成立していても、取り調べ自体から完全に解放されるわけではありません。
在宅捜査への切り替え
すでに逮捕・勾留されている場合でも、示談が成立すれば早期に身柄が解放される可能性があります。
示談成立により「逃亡のおそれがない」「証拠隠滅のおそれがない」と判断されれば、身柄拘束が解かれ、在宅捜査に切り替わることがあります。
送検後の不起訴処分
警察での捜査が終わると、事件は検察官に送致(送検)されます。検察官は、以下のような諸事情を考慮して起訴・不起訴を判断します。
- 犯罪の軽重
- 犯行の態様
- 被疑者の反省の程度
- 前科前歴の有無
- 被害者の処罰感情
- 示談の成立状況
示談が成立し、被害者が処罰を望んでいないことが明らかであれば、「起訴猶予」として不起訴処分となる可能性が高まります。
起訴猶予とは、有罪判決を得られるだけの証拠は揃っているものの、諸般の事情を考慮してあえて起訴を見送る処分のことです。不起訴処分となれば前科はつきません。
起訴された場合の示談の効果
万が一、示談が成立している中で起訴されてしまった場合でも、示談の事実は裁判において有利に考慮されます。
- 量刑が軽くなる可能性がある
- 執行猶予がつく可能性が高まる
示談書を証拠として提出することで、被害者への謝罪と賠償が尽くされていること、被害者が加害者を許していることを裁判官に示すことができます。
示談は最も有効な防御策、ただし提出まで忘れずに
示談が成立しても、それだけで自動的に警察の捜査が終わるわけではありません。
しかし、示談は逮捕や前科を回避し、不起訴処分を得るための最も強力な手段です。親告罪であれば確実に捜査終了となり、非親告罪であっても処分が軽くなる可能性は飛躍的に高まります。
重要なのは、示談書や告訴取消書を速やかに「警察・検察へ提出すること」です。捜査機関は示談の事実を自動的には把握できないため、自ら書類を提出して初めて、法的な効力が発揮されます。
重大事件などの例外はありますが、示談が最善の防御策であることに変わりはありません。
もし手続きに不安があれば、早めに弁護士に相談し、交渉から書類の提出までを確実に行うことが、平穏な生活を取り戻す一番の近道です。


