2024年6月、一部事業者に対して、子どもと接する職業に就く人の性犯罪歴を確認することを義務付ける法律である「日本版DBS(こども性暴力防止法)」が成立しました。
日本版DBSは子どもたちを性犯罪から守るための重要な仕組みですが、同時に「自分の過去の過ちはどう扱われるのか」「仕事は続けられるのか」という不安を抱えている方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、日本版DBSについて、制度の基本から、刑の消滅と期間の違い、不起訴や執行猶予の扱い、現職への影響など、法的なポイントを分かりやすく解説します。
※本記事は執筆時点(2025年11月末)での政府発表・成立した法律内容に基づいています。
※ 無料相談の対象は警察が介入した事件の加害者側です。警察未介入のご相談は原則有料となります。
目次
日本版DBSとは?
日本版DBSとは、子どもと接する職業に就く人の性犯罪歴を確認し、性犯罪リスクのある人が子どもに関わる業務に就くことを未然に防ぐ制度です。
この制度は、性犯罪から子どもたちを守り、誰もが安心して教育・保育を受けられる環境作りを目的としています。
正式名称は「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」といい、「こども性暴力防止法」とも呼ばれています。
また、本制度はイギリスの「Disclosure and Barring Service(DBS)」と呼ばれる、子どもに関わる業務従事者の犯罪歴確認の仕組みを参考に設計されています。
いつから始まる?
日本版DBSの施行予定日は2026年12月25日です。本法は公布(2024年6月26日)から2年6ヶ月以内に施行されることが決まっており、政府は2026年度中の運用開始を目指しています。
日本版DBS運用スケジュール
| 時期 | 段階 |
|---|---|
| 〜2025年度末 | 詳細設計 |
| 2026年 春〜夏 | システム構築 |
| 2026年 秋頃 (施行の約3ヶ月前) | 事前登録開始 |
| 2026年 冬 (12月頃) | 法律施行・本稼働 |
施行後、新規採用者や異動者は「配置(採用)の直前」に必ず照会が実施されます。
現職の方は施行後すぐに照会が始まりますが、猶予期間が1~3年程度(後述する義務化されている事業者が3年、認定事業者が1年)あります。
また、定期確認のルールが設けられており、前回の確認から5年ごと(または昇進や配置転換のタイミング)に再照会を行う義務があります。
誰が対象?(事業者)
日本版DBSの対象事業者は、義務化されている事業者と任意事業者で分けられています。
日本版DBS対象事業者
- 義務化されている事業者
学校(小中高・大学等)、保育所、認定こども園、幼稚園など - 任意事業者
学習塾、スポーツクラブ、放課後デイサービス、ベビーシッターなど
学校や認可保育所などは法令(学校教育法など)に基づき、国や自治体の認可を受けて運営する必要があります。
これらの施設は子どもが日常的に通う教育機関で、公的な役割が非常に大きいため、日本版DBSの実施が義務付けられています。
一方、学習塾やスポーツクラブなどは民間が自由に設置・運営できる事業で、学校や保育所のような統一的な法律上の枠組みや基準がありません。
事業者の数や形態も多様であるため、日本版DBSでは「任意参加」とし、希望する事業者が認定を受けられる仕組みになっています。
なお、任意の事業者は、認定を受けることで国から認定マークがもらえます。
認定マークは「こども家庭庁から公表」「認定マークが広告に使用できる」などのメリットを得られるため、多くの事業者が参加すると見込まれています。
事業者がやるべきこと
重要なのは、システム導入だけでなく、「もし該当者が出たときに、会社としてどう対応するか」を法的に固めておくことです。
事業者がやっておくべきこと
- 就業規則の見直し
社労士などと相談し、「配置転換」や「内定取り消し」の条項案を作成する。 - 採用スケジュールの見直し
DBSは内定を出した後にしか照会できないので、選考~採用までの工程が増えることを見越してスケジュールの見直しを行う。 - 職務内容の線引き
自社の中で「DBSチェックが必要な業務(子どもと接する)」と「不要な業務(バックオフィス)」を明確に線引きする(※配置転換の検討時に必要)。 - 情報管理体制の構築
「個人情報取扱規程」や「情報管理規程」など、取得・利用・保存・提供・削除・廃棄等の段階ごとに具体的な規律を定めること。
また、任意事業者は国の認定を受ける必要があるので、その準備をする必要があります。
例えば、「セクハラ・性暴力防止のための研修を行う」「相談窓口を作る」「面談体制を整える」などが挙げられます。
DBSの情報から何がわかるのか
DBSには、以下の情報が登録されます。
DBSに登録される情報
- 申請対象者情報(氏名、住所、生年月日、性別等)
- 特定性犯罪事実の確認日
- 特定性犯罪事実の該当性(犯歴あり/なし)
- 特定性犯罪事実該当者の区分(拘禁刑/執行猶予/罰金刑)
- 特定性犯罪の裁判確定日(犯歴ありの場合のみ)
一方で、事業者がすべての情報を閲覧できるわけではありません。事業者が閲覧できるのは「性犯罪歴の有無」「刑罰の区分(例:拘禁刑、執行猶予、罰金刑)」「裁判確定日」などの基本的事項のみです。
どこまでが対象犯罪?
日本版DBSの対象となるのは、「不同意性交」「不同意わいせつ」などの刑法犯だけではありません。都道府県の迷惑防止条例に基づく痴漢・のぞき行為や、「性的姿態撮影等処罰法」に違反する盗撮行為なども含まれます。
対象犯罪
| 法令の分類 | 主な対象行為 |
| 刑法 | ・不同意わいせつ、不同意性交等 ・監護者わいせつ・性交等 ・不同意わいせつ等致死傷 ・16歳未満への面会要求(わいせつ目的) ・強盗・不同意性交及び同致死 |
| 性的姿態撮影等処罰法 | ・性的姿態等撮影(盗撮) ・撮影した映像の提供、保管、送信、記録 |
| 児童ポルノ法・ 児童福祉法 | ・児童買春、その周旋・勧誘 ・児童ポルノの所持、提供、製造 ・淫行させる行為 |
| 都道府県条例 | ・痴漢 ・盗撮 ・卑わいな言動 ・淫行 |
上記の対象犯罪には、未遂罪の一部も含まれるとされています。
なお、日本版DBSでは該当の性犯罪以外で有罪判決を受けた方(暴行や窃盗など)はDBSに登録されません。
刑が消滅していても対象になる可能性がある
通常、前科がついても一定期間(拘禁刑なら10年、罰金なら5年)何事もなく過ごせば、法的に前科は消滅します(刑の消滅)。履歴書の賞罰欄に書く必要もなくなります。
日本版DBSでは、その期間よりも長く記録が参照されることになりました。「刑法上の前科が消えているから大丈夫」とはなりませんので注意が必要です。
照会可能な期間(DBSに登録される期間)
| 処分の内容 | 刑法上の「刑の消滅」までの期間 | 日本版DBSでの照会可能期間 |
|---|---|---|
| 拘禁刑 | 刑の終了から10年 | 刑の終了から20年 |
| 罰金刑 | 刑の終了から5年 | 刑の終了から10年 |
| 執行猶予 | 猶予期間の経過 | 裁判確定日から10年 |
法律上の「前科」としては扱われなくなっても、DBSのシステム上ではさらに長い期間(最長20年)、記録が残り続けることになります。
不起訴・執行猶予・前歴はどう扱われる?
「過去にトラブルがあったが、DBSに載るのか心配」という方のために、法的なステータスごとの扱いを解説します。
執行猶予判決の場合
性犯罪歴が記載されます。執行猶予は刑罰の執行が猶予されるだけで「有罪判決」には変わりないため、DBSの登録対象となります。判決が確定した日から10年間は照会可能です。
不起訴処分の場合
性犯罪歴は記載されません。逮捕されたり捜査を受けたりしても、最終的に検察官が裁判所に訴えを起こさない「不起訴」とした場合、前科はつきません。
日本版DBSは「前科(有罪判決)」を対象とするため、不起訴であれば記録には載りません。
前歴(逮捕歴など)のみの場合
性犯罪歴は記載されません。前歴とは捜査機関に関わった記録のことですが、前科とは明確に区別されます。
示談成立などで事件化しなかった場合や、微罪処分などで終わった場合はたとえ逮捕されていても対象になりません。
現職の教員・保育士も対象
「すでに働いている人は関係ない」ということはありません。この制度は、現職の職員に対しても適用されます。
過去の犯罪も掘り起こされる
制度開始後、現職者に対しても過去の性犯罪歴の確認が行われます。
「不遡及の原則(新しい法律で過去を裁かない)」に反するのではないかという議論もありましたが、子どもの安全を優先し、過去の犯歴も照会対象となりました。
最悪の場合は解雇の可能性がある
日本版DBSにより性犯罪歴が明らかになっても即座に解雇されるわけではありません。法律では、以下のような段階的な措置を求めています。
解雇までの流れ
- 配置転換
子どもと接しない部署や業務へ異動させる。 - 解雇・契約終了
配置転換がどうしても不可能な場合に限り、解雇等の措置が検討される。
しかし、教育現場などでは「子どもと接しない業務」を見つけるのが難しく、実質的に職を失うリスクがあるのが現状です。
早期に弁護士へ依頼して適正な処分を受ける
日本版DBSの導入により、性犯罪に関する処分は単なる刑罰だけでなく、その後の職業生活にも長期的な影響を及ぼすことになりました。
このような重大な結果を伴うからこそ、被疑者(犯罪の疑いを受けている人)は早急に対応しなければいけません。
冤罪や不当な判決は不起訴を目指す
刑事手続においては、事実に基づかない不当に重い処分や、冤罪を不起訴などの形で防ぐ必要があります。
- 冤罪の防止
身に覚えのない容疑については、捜査段階で客観的な証拠や主張を尽くし、誤った起訴を防ぐ必要があります。 - 過剰な処分の回避
事実であっても、行為の態様や反省の度合いに比して、不当に重い処分(裁判による有罪判決など)を受けることを避ける必要があります。
被疑者の段階で適切な弁護活動を行うことは、単に罪を逃れるためではなく、「法的に適正な判断を受ける」ために重要です。
弁護士による「被害回復」と事実の精査
捜査段階において、弁護士は主に以下のような活動を行います。これらは、検察官が最終的な処分を決定する上で、大きな判断材料となります。
被害者への謝罪と被害回復(示談)
被害者に対して真摯に謝罪し、生じた損害を賠償する示談は、法的に「被害の回復がなされた」と評価されます。これにより、起訴の必要性が低い(起訴猶予)と判断される可能性が高まります。
事実関係の正確な主張
捜査機関の見立てと事実が異なる場合(例:合意があった、故意ではなかった等)、法的な観点から正当な主張を行い、記録に残します。
早期の相談が結果を変える可能性があります
刑事事件の手続きは時間との戦いです。特に、逮捕されている場合や、捜査が進行している場合、検察官が処分を決めるまでの期間は限られています。
| 段階 | 状況 | DBS登録リスク | 必要な行動 |
|---|---|---|---|
| 事件発生 | 被害届提出前 など | ☆ (低) | 示談交渉 (事件化阻止) |
| 捜査段階 | 警察・検察による取調べ | ★★★ (中) | 不起訴の獲得 (示談・弁護活動) |
| 裁判・処分 | 略式罰金 公判請求 | ★★★★★ (確実) | 裁判で無罪を勝ち取る |
| 判決 | 罰金刑 執行猶予 実刑 | 登録確定 | – |
「まだ警察に呼ばれただけだから」と様子を見ている間に、起訴か不起訴かの判断が下されてしまうことも少なくありません。
ご自身のケースでどのような法的対応が可能か、見通しを知るだけでも不安は軽減されるはずです。適正な手続きと将来を守るために、専門家である弁護士への早期相談をご検討ください。
【簡易チェック】自分はDBSの対象になる?
ご自身の状況が日本版DBSの照会対象(登録対象)になる可能性があるかどうか、簡易チェックリストで整理しましょう。
⚠️ DBSに登録される可能性が高いケース
以下の条件に当てはまる場合、DBSによる照会で過去の記録が開示される可能性があります。
執行猶予付きの判決を受けた
→判決確定日から10年間は対象
罰金刑を受けた(略式起訴含む)
→刑の終了(罰金納付等)から10年間は対象
実刑判決(拘禁刑)を受けた
→出所(刑の終了)から20年間は対象
なお、刑法犯だけでなく、性的な条例違反も対象犯罪に含まれます。
✅ DBSの対象外となるケース
以下の場合は、原則として日本版DBSには登録されません。
不起訴処分で終わった
示談成立による起訴猶予や、嫌疑不十分など
逮捕されたが、裁判にならなかった
警察での取り調べや微罪処分のみで終了したケース(前歴のみ)
期間が十分に経過している
執行猶予・罰金なら10年以上、実刑なら20年以上経過している
性犯罪以外の前科である
窃盗や交通事故、傷害など、性的な要素を含まない犯罪
※このリストは一般的な目安です。ご自身の正確な「期間の計算」や「処分の法的性質」については、個別の事情により判断が難しい場合があります。就業への影響が不安な方は、一度弁護士にご相談されることをおすすめします。
日本版DBSの問題点と課題
この制度は子どもの安全のために不可欠ですが、法的な課題も議論されています。
職業選択の自由とプライバシー
刑期を終えて更生した人の「社会復帰する権利」や「プライバシー」が、長期間制限されることへの懸念です。
日本国憲法の枠組みでは、公共の福祉の観点から双方の人権保障の調整が求められ、性犯罪歴を有する者に対する人権の制約が憲法違反とならないかという見解もあります。
犯罪歴の調査や情報開示は、個人情報保護法の規制下にあり、本人の同意なく取得・利用することは原則として認められていません。
冤罪(えんざい)リスク
痴漢冤罪などで有罪判決を受けてしまった場合、長期間にわたり教育職に就けなくなるリスクがあります。
懲戒解雇や普通解雇は、労働契約法上「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は権利濫用として無効」とされており、個別事案ごとに合理性・相当性の判断がなされます。
犯歴のみをもって直ちに解雇することは難しく、冤罪の場合には特に慎重な判断が求められます。
労働法上の問題(現職者の解雇の妥当性)
過去の行為を理由に、現職者を解雇することの妥当性について、今後裁判などで争われる可能性があります。
解雇以外の選択肢が取れない場合、普通解雇の有効性は「児童対象性暴力等の防止等の責務」や「配置転換等の検討状況」などを総合的に考慮し、最終的には司法の場で個別具体的に判断されます。
採用時に特定性犯罪歴の有無を確認していない場合、犯歴のみで直ちに解雇することは一般的に困難とされています。
日本版DBSに関するよくある質問
交通事故や窃盗などの前科もバレてしまいますか?
交通事故や窃盗などの前科はバレません。 日本版DBSで照会されるのは性犯罪の前科です。
刑法の不同意わいせつ罪、不同意性交罪に加えて、児童ポルノ禁止法違反、各自治体の迷惑条例違反などが対象となります。
交通事故、窃盗、傷害、横領などの前科は、このシステムの照会対象には含まれません。
この情報は、保護者や一般の人も見ることができますか?
保護者や一般の人は見れません。 日本版DBSの情報照会ができるのは、認定を受けた事業者(学校や塾などの雇用主)に限られます。
保護者や一般の人が、特定の先生の犯罪歴をネットなどで検索・閲覧できるシステムではありません。
自分の記録がDBSに残っているか、自分で確認できますか?
本人開示請求により自分で確認できるようになる予定です。
就職活動をする前などに、自分の記録がシステムに登録されているかどうか、本人が確認できる仕組みが整備される予定です。詳細な手続きは施行に向けて今後発表されます。
過去に「下着泥棒」や「ストーカー」での前科がありますが、対象になりますか?
下着泥棒(窃盗罪や住居侵入罪)やストーカー行為は対象外とされています。 日本版DBSは、法律で定められた「性犯罪(特定性犯罪)」の罪名に基づいて照会されます。
下着泥棒は通常「窃盗罪」、ストーカー行為は「ストーカー規制法違反」として処罰されるため、DBSのリストには含まれません。
ただし、犯行時に盗撮を行っていた(性的姿態撮影等処罰法違反)など、性的な罪名も併せて有罪となっている場合は対象となります。
個人で活動するボランティアや、個人契約の家庭教師はどうなりますか?
「誰かの下で活動するか」によって異なります。 学校やスポーツ少年団など、DBSを導入している団体に所属するボランティアであれば、その団体から照会を受ける対象となります。
一方、どこにも所属せず個人で契約している家庭教師やシッターの場合、義務ではありません。
ただし、個人事業主として自ら国の認定を受け、身の潔白を証明することは可能です(その場合、自分の記録を国に確認してもらう形になります)。
不安な方は早期の弁護活動が重要です
日本版DBSの導入により、性犯罪(痴漢・盗撮・条例違反含む)による前科のリスクは、これまで以上に大きくなりました。
もし、ご自身やご家族の状況が不安な場合は、弁護士を通じて適正な処分を目指しましょう。
- 被害者との示談交渉
- 再犯防止への取り組み
- 事実関係の精査
これらを弁護士を通じて適正な処分を受ければ、DBSへの登録を回避できる可能性が高まります。不安を抱えたままにせず、早めに弁護士等の専門家へ相談することをお勧めします。


