責任能力がない人(心身喪失の場合)は、刑事裁判では無罪になります。責任能力が著しく低い人(心神耗弱の場合)は、刑が減軽される可能性があります。
責任能力とは、善悪の判断力や自己の行動を制御する能力のことです。
責任能力があるかどうかは、医師の精神鑑定をもとに、裁判官が判断します。では、なぜ責任能力によって無罪となったり、刑が減軽されたりすることがあるのでしょうか。
この記事では、刑事事件の責任能力とは具体的にどういうものか、心神喪失と心神耗弱の違い、精神鑑定の役割などを解説します。
責任能力が争点となった裁判例もご紹介するので、ぜひ最後までご覧ください。
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目次
刑事責任能力とは何なのか
まず刑事責任能力という言葉の意味について理解を深めていきましょう。
刑事責任能力とはどんなものか
責任能力は、物事の是非や善悪を判断できる「事理弁識能力」と、善悪の判断に従って行動できる「行動抑制能力」の両方をいいます。
刑事責任能力とは次のように定義できます。
刑事責任能力とは、法律や道徳的に許される行為かどうかを判断し、その判断に沿って自分の行動を統制できる能力のこと。
被疑者に刑事責任能力があるときは、自身の犯罪について責任を負う能力を持っていることから、刑罰を科すことになります。
一方で、被疑者が刑事責任能力を全く持たない心神喪失者であったり、刑事責任能力が著しく低下した心神耗弱者であった場合は無罪や不起訴、あるいは刑罰の減免といった処分がなされます。
心神喪失者とはどんな状態か
心神喪失者とは、事理弁識能力と行動抑制能力の両方またはどちらかが失われた状態のことです。
心神喪失者は「責任無能力者」とも言われ、刑法39条第1項にも心神喪失者の行為は罰しないと明記されています。心神喪失者による犯罪行為は刑事罰の対象とはなりません。
なお令和4年版犯罪白書によると、通常第一審において心神喪失を理由に無罪となった者は4人と極めて少ない状況です。
心神耗弱者とはどんな状態か
心神耗弱者とは、事理弁識能力と行動抑制能力の両方またはどちらかが相当程度失われた状態の事です。
刑法39条第2項にて、心神耗弱者の行為は、その刑を減軽すると明記されています。つまり心神耗弱者には一定の刑事責任能力があり、犯罪行為に対する刑事罰を限定的に受けることになるのです。
心神喪失者 | 心神耗弱者 | |
---|---|---|
刑事責任能力 | なし | 限定的 |
刑罰 | なし | 減軽される |
泥酔時は心神耗弱者になる?
飲酒によって普段よりも攻撃的になったり、衝動的な行動を起こしてしまうことがあります。なかには何をしたか記憶がないという方もいるほどです。泥酔時は心神耗弱状態にあったものとして刑の減軽を主張するケースも多くあります。
しかし、アルコールの影響等により心神喪失・心神耗弱に陥って犯罪行為をしたとしても、原因となる物質の摂取時に責任能力があったのであれば完全な刑事責任を問えるという「原因において自由な行為」という考え方のもと、刑事責任能力は完全にあったと判断されることもあります。
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14歳未満も刑事罰の対象ではない
刑法第41条では、「14歳に満たないものの行為は罰しない」と定められています。そのため、14歳未満の少年(触法少年)による行為は、犯罪とはなりません。
物事の良い・悪いを判断する能力や、その判断に基づいて行動を抑制する能力が、14歳未満では一般的に未熟であることを考慮し、年少者特有の精神状況と可塑性に鑑み、政策的に不処罰としているのです。
ただし、児童相談所へ送られて処遇が判断され、場合によっては家庭裁判所へと送致される可能性はあります。
責任能力がなく無罪と決めるのは司法
刑事責任能力の有無は申告制ではなく、精神鑑定によって判断されます。
誰が判断をするのかは、精神鑑定が行われるタイミング次第といえるでしょう。
例えば、起訴前であれば検察官が精神鑑定を依頼し、被疑者を起訴するかどうかの判断材料にすることもあるでしょう。あるいは起訴後であれば、弁護側の主張のもとで裁判官が精神鑑定を決定し、その結果を証拠として、被告人の刑事責任能力の有無を検討します。
精神鑑定の詳しい解説は後述しますので、このまま読み進めてください。
なぜ責任能力がないと無罪なのか
刑事責任能力がない者の行為が無罪になる理由は、犯罪行為として成立しないことにあります。
責任能力がないと犯罪として成立しない
犯罪が成立するには、構成要件該当性、違法性、有責性の3要件が必要とされます。このうち「有責性」が欠けてしまうため、責任能力がない者の行為は犯罪として成立しないのです。
たとえば、医師は手術中に患者の身体に傷をつけることになりますが、その行為は違法行為ではありません。違法性がないので、傷害罪といった罪に問われないのです。
やって良いことと悪いことの区別がつかなかったり、自分の行動を統制できなかったりと刑事責任能力がない状態では非難の対象とはならず、犯罪の成立要件とされる有責性がないため無罪とされます。
精神鑑定は責任能力の認定に重要
責任能力の有無を判断する際に信用性が高いとされているものが精神鑑定です。精神鑑定が行われる時期は様々ですが、起訴前と起訴後に大別できます。
起訴前鑑定
起訴前鑑定の目的は、検察官が被疑者を起訴するかどうか判断するためです。簡易鑑定と本鑑定の2パターンがあります。
簡易鑑定は、通常の勾留期間中に実施される鑑定です。勾留期間とは、逮捕に引き続く身体拘束期間で、検察官が起訴・不起訴を決定するまでの最長20日間をいいます。
一方の本鑑定は、通常の勾留期間とは別に鑑定留置の期間を設けて、およそ2カ月かけて実施される鑑定です。
鑑定結果をもとにして、検察官が被疑者に対して刑事責任能力があるかどうかを判断します。刑事責任能力があると判断され、証拠が十分にそろうと起訴される可能性は高まるでしょう。
一方で刑事責任能力がないとされた場合には不起訴となります。もっとも令和4年版犯罪白書によると、心神喪失による不起訴の割合は0.3%であり、まれなケースと考えておきましょう。
起訴後鑑定(公判鑑定)
起訴後鑑定(公判鑑定)は、裁判官が被告人の刑事責任能力の有無を認定するために用いられます。
検察に起訴されてから公判が開始されるまでには公判前整理手続きが行われます。
公判前整理手続きの目的は争点および証拠の整理です。被告人側から責任能力の問題が提起された場合に、裁判所の判断で起訴後鑑定(公判鑑定)が認められます。
また、裁判員裁判では審理期間も限定されており、適切な時期に鑑定結果を入手しなくてはなりません。そこで検察官、被告人もしくは弁護人の請求により又は職権によって、公判前整理手続きの段階で鑑定を行うことが認められています。規定した裁判員法に基づいて50条鑑定ともいわれる方法です。
起訴前鑑定 | 起訴後鑑定 | |
---|---|---|
簡易鑑定 | あり | なし |
実施の決定者 | 検察官 | 裁判官 |
結果の認定者 | 検察官 | 裁判官 |
精神障害があると無罪?刑事責任能力が争われた裁判
知的障害、人格障害、神経症性障害、発達障害、その他統合失調症や気分障害など様々な精神障害がありますが、病気自体が罪を免れる理由にはなりません。
精神障害があることを理由に無罪とされるのではなく、精神障害に起因して、事件当時に刑事責任能力がないと認定されたときに無罪とされます。
精神障害により、「違法なことだと分かっていても、行動に移してしまう」あるいは「自分の行動が法に触れることを理解できない」と認定されれば、心神喪失者と認定される可能性があるでしょう。
一方で、精神障害をもっていても完全に刑事責任能力はあった、あるいは一部刑事責任能力はあったと認定されて罪に問われることも十分あります。
これまでに刑事責任能力の有無が争点とされた刑事事件の判例の一部を抜粋します。
心神喪失ではなく心神耗弱との裁判例
被告人が親族の居宅に火を点け、居宅の一部を焼損させた事件でした。被告人は犯行当時アルコール離脱せん妄状態にあったとして、弁護側は心神喪失状態による無罪を主張しました。裁判においては精神鑑定の結果などを元に、犯行当時の行動には合理性も認められることから、あくまで心神耗弱状態であったと認定し、被害者側が被告人を許している事情も考慮して懲役3年執行猶予4年を言い渡したのです。(現住建造物等放火被告事件(横浜地方裁判所 令和3年(わ)第1221号))
心神喪失による無罪判決の裁判例
この事件は、生後1か月の実子を床に投げつけるなど頭部に衝撃を与える暴行を加え、急性硬膜下血腫により死亡させた傷害致死の事案でした。弁護側は、被告人が統合失調症を発症しており、幻聴や被影響妄想等に支配されていたとして心神喪失状態を主張しました。起訴後の精神鑑定の結果を踏まえ、裁判所は、本件行為をした時点では統合失調症による幻聴等の圧倒的な影響下にあり、正常な精神作用が働く余地が残されていなかったものとし、心神喪失により無罪と言い渡しました。(傷害致死被告事件(横浜地方裁判所 令和元年(わ)第1231号))
心神喪失や心神耗弱状態にないとした裁判例
本屋にて販売価格合計2万2,572円の書籍等を窃取した事件でした。弁護側は解離性同一障害に罹患しており、本件行為を別の人格が行ったものと主張し、本人には故意や不法領得の意思がないこと、また心神喪失の状態のため無罪と訴えました。精神鑑定の結果や本件当時の言動等より、被告人は解離性同一障害に罹患していないとし、裁判所は心神喪失ならびに心神耗弱状態はないとして懲役1年執行猶予3年を言い渡しました。(窃盗被告事件(静岡地方裁判所 令和2年(わ)第286号))
責任能力なしと認定された人のその後は?すぐ釈放される?
責任能力がなく無罪との判決が確定した者や不起訴処分となった者は、すぐに釈放されて無罪放免とはなりません。
心神喪失者等医療観察法に基づく鑑定入院や措置入院を経ることになり、社会復帰まで時間を要することになります。なお、対象となる事件は放火、不同意わいせつ、不同意性交等、殺人、強盗、傷害であり、以下の処分となった者が対象です。
対象者
- 放火、不同意わいせつ、不同意性交等、殺人、強盗、傷害の被疑者もしくは被告人
- 心神喪失を理由に無罪の確定裁判なたは不起訴処分を受けた者
- 心神耗弱を理由に刑を減軽する旨の確定裁判または不起訴処分を受けた者(懲役又は禁錮の刑を言い渡し、その刑の全部の執行猶予の言渡しをしない裁判であって、執行すべき刑期があるものを除く。)
審判を受ける
検察官は裁判所に鑑定入院の審判を申し立てます。審判によって医療を受ける必要があるかが決定され、入院ないし通院が決まれば、指定医療機関への入通院生活となります。
令和4年版犯罪白書によると、審判対象者は310人いて、そのうち入院決定が237人(約76%)、通院決定が24人(約8%)、医療を行わない旨が決まったものが37人、心神喪失者等ではないものが9人、取下げが1人という結果でした。全体の約84%の入通院措置が決まっています。
指定医療機関での入院や通院
裁判所の入院決定を受けたものは、全国に34ヶ所ある指定入院医療機関へ入院して医療を受けます。入院継続の確認は6月ごとに行われ、必要がなくなれば退院の許可または医療の終了の申し立てがなされます。申し立てを受けた裁判所の審判によって、退院や医療の終了が決定されます。
精神保健観察を受ける
入院ではなく通院決定を受けたり、退院許可決定を受けたら、原則として3年間は指定通院医療機関によって医療を受けながら、保護観察所による精神保健観察に付されます。
精神保健観察では、生活環境の調査が調整などが図られます。居住地を届け出ることや、保護観察所からの面接要請には応じなくてはなりません。
責任能力があっても起訴や実刑を避けることは可能
被疑者・被告人が刑事責任能力を有しているときでも、不起訴や執行猶予といった寛大な処分を受けられる可能性は十分あります。
本人の自覚と治療の実施
自身の抱える精神的な問題を認識して、改善をしたいと考え、治療を開始していることは重要なポイントです。
例えば、窃盗事件の被疑者にはクレプトマニア(窃盗症)である者もいます。クレプトマニアは窃盗行為そのものにスリルや達成感を感じてしまうため、別に欲しくないものや、お金を持っているのに窃盗行為をしてしまうのです。
責任能力がないことを理由に不起訴となるケースは少なく、起訴されてしまうと有罪率が極めて高いのが日本の特徴です。また、精神鑑定を挟むと判決の確定まで長期化する恐れもあります。
再発防止に向けて取り組んでいることを主張して、不起訴や執行猶予を狙うケースが最適な場合もあるでしょう。
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被害者との示談交渉も重要
精神疾患による犯罪行為であったとしても、被害を発生させたことは事実です。被害者のいる事件であれば適切な被害弁済を行い、可能な限り宥恕(被害者からの許し)を得られるのがベストでしょう。
しかし、被疑者本人や関係者が、被害者に示談を持ち掛けても拒絶されるケースも少なくありません。
弁護士を入れることで、被害者側も謝罪や示談を受け入れてくれる可能性が高まります。
こうして被害者にきちんと対応していること、許しをもらっていることなどを主張することで、被疑者への寛大な処分を求めることも有効です。
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