他人の物を盗む行為には、一般的には窃盗罪が成立します。もっとも、一見他人の物を盗む行為であるように思えても窃盗罪が成立せず器物損壊罪が成立する場合もあります。また、他人の物を壊しても器物損壊罪が成立しない場合もあります。
そもそも窃盗罪や器物損壊罪とはどのような犯罪なのでしょうか。また、両者の違いはどこにあるのでしょうか。
この記事では、窃盗罪や器物損壊罪がどのような犯罪であるか、窃盗罪と器物損壊罪との違い、窃盗罪ではなく器物損壊罪が成立する場合などについて解説を加えています。
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目次
窃盗罪と器物損壊罪
窃盗罪と器物損壊罪の要件
窃盗罪は、刑法235条に規定されている罪です。窃盗罪が成立するための要件は、他人が占有する財物について他人の意思に反してその占有を自己の下に移転したことです。典型的には、他人の物を盗んで自分のものにする行為が窃盗罪に該当します。
占有とは、物に対する事実上の支配のことをいいます。例えば、手に持ったかばんの中に入れている財布などは事実上の支配が及んでいるといえ、占有している物にあたります。また、お店などに置き忘れたかばんや財布についても、置き忘れてからまだ時間があまり経っていない場合などには、事実上の支配が及んでおり占有しているとみなされることもあります。このため、置き忘れられたかばんを取って自分のものにしてしまう行為についても窃盗罪が成立することがあります。
器物損壊罪は、刑法261条に規定されている罪です。器物損壊罪が成立するための要件は、他人の財物について毀棄・隠匿行為を行ってその物の本来の効用を害することです。毀棄とは壊すことをいい、隠匿とは隠すことをいいます。物の本来の効用を害するとは、その物の本来の使い方ができなくしてしまうことと言い換えることができます。
典型的には、他人の物を壊して使えなくしてしまう行為が器物損壊罪に該当します。また、他人の物を隠すことによって使えなくしてしまう行為も、たとえその物を壊していなかったとしても、器物損壊罪に該当します。他人の物について壊したり隠したりすることによって、その物の本来の使い方ができなくしてしまう行為には、器物損壊罪が成立するのです。
窃盗罪と器物損壊罪の法定刑
窃盗罪の法定刑は、10年以下の懲役または50万円以下の罰金です。これに対して、器物損壊罪の法定刑は、3年以下の懲役、30万円以下の罰金、科料のいずれかです。科料とは、1万円未満の金銭を支払うべき刑のことを言います。
両者の法定刑を比べてみても分かる通り、器物損壊罪は窃盗罪よりも軽く処罰されることになっています。器物損壊罪が窃盗罪よりもより軽い刑によって処罰されるのは、窃盗罪の方が他人の財物を違法に自己のものとしてしまう点で悪質性が高いからです。窃盗罪の方が、器物損壊罪よりも一層強い非難を加えるべきだと考えられているのです。
窃盗罪と器物損壊罪との違い
窃盗罪と器物損壊罪は、他人の財物に関して成立する犯罪という点で共通します。
もっとも、窃盗罪は他人の財物を盗んで自己のものにしてしまう犯罪であるのに対して、器物損壊罪は他人の財物を壊したり隠したりして使えなくしてしまう犯罪であるという点に最も大きな違いがあります。
他人の物を盗んでも器物損壊罪が成立する場合
他人の物を盗んでも器物損壊罪が成立する場合がある
他人の財物を盗む行為であれば全て窃盗罪が成立するというわけではありません。他人の財物を盗んだとしても、窃盗罪ではなく器物損壊罪が成立する場合があります。典型的には、他人の財物をもっぱら毀棄・隠匿目的で盗む場合です。この場合には、窃盗罪ではなく、器物損壊罪が成立します。もっぱら毀棄・隠匿目的で盗むとは、盗む目的がただ壊したり隠したりするためだけであるという意味です。
壊したり隠したりするためだけに物を盗む場合としては、他人に嫌がらせをする目的などの場合があります。例えば、ある人に対して嫌がらせをする意図でその人の財布を盗んで川に捨てたというような場合には、財布を盗んだ行為について窃盗罪が成立することはありません。窃盗罪ではなく器物損壊罪が成立するのです。この場合には、たしかに他人の財布を盗んでいるものの、自己のものにする目的で盗んでいるのではありません。もっぱら嫌がらせのために捨てる目的で盗んでいることが、窃盗罪が成立せず器物損壊罪が成立する理由です。
不法領得の意思の意義
窃盗罪が成立するための要件の一つとして、不法領得の意思という概念があります。不法領得の意思が欠ける場合には、窃盗罪は成立しません。不法領得の意思とは、他人の物について、その物の権利者を排除してその物を自己の物として利用・処分する意思のことをいいます。不法領得の意思は、権利者排除意思と利用処分意思の2つから構成される主観的な要件です。窃盗罪と器物損壊罪との境界線を判断する際に問題となるのは、このうちの利用処分意思です。
嫌がらせのためなどの意図で、他人の物をもっぱら毀棄・隠匿する目的で盗む場合には、盗んだ物を自己の物として利用・処分する意思が欠けるといえます。壊したり捨てたりすることは、自己の物として利用したり処分したりするということとは異なるからです。利用処分意思が欠けることから不法領得の意思が欠けることとなり、不法領得の意思が欠ける以上、窃盗罪が成立しないのです。
器物損壊罪の成立を検討する意義
他人の財物を盗んだことについて、窃盗罪ではなく器物損壊罪が成立するのではないかと検討することには、意義があります。なぜなら、器物損壊罪は窃盗罪よりもはるかに法定刑が軽いからです。
捜査機関が窃盗罪の成立を前提として捜査をしていたとしても、実は器物損壊罪が成立するという場合もあり得ます。器物損壊罪は窃盗罪よりも軽い犯罪であるため、器物損壊罪が成立するのであれば不起訴になるという可能性も高まります。
さらに、器物損壊罪は親告罪であるため、告訴がなければ起訴することができません。これに対して窃盗罪は親告罪ではありません。親告罪とは、被害者からの告訴がなければ起訴をすることができない犯罪のことをいいます。捜査機関が窃盗罪が成立すると見込んで捜査をしている場合には、被害者から告訴が得られていないこともあります。実は器物損壊罪が成立するということが分かれば、被害者から告訴が得られていないことを理由として不起訴となることもあり得ます。
このように、器物損壊罪の成立を検討することは、実務上も大きな意義があります。窃盗罪が成立するのか器物損壊罪が成立するのかの判断は、簡単ではありません。このような場合には、刑事事件の経験が豊富な弁護士に相談して、どのようになるのか判断してもらうのが良いでしょう。
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物を壊しても器物損壊罪が成立しない場合
物を壊しても器物損壊罪が成立しない場合がある
他人の物を壊しても器物損壊罪が成立しない場合があります。このような場合としては、いったん盗んだ他人の物についてその物を盗んだ後で壊す行為などがあります。
一般的には、他人の物を盗む行為には窃盗罪が成立します。また、他人の物を壊す行為には器物損壊罪が成立します。このことから、他人の物を盗んでから盗んだ後にその物を壊せば、窃盗罪と器物損壊罪の両方が成立するかのようにも思えます。しかし、この場合には窃盗罪のみが成立し、器物損壊罪は成立しません。
不可罰的事後行為とは
このような場合に窃盗罪のみが成立して器物損壊罪が成立しないのは、いったん盗んだ他人の物を盗んだ後で壊す行為が不可罰的事後行為にあたるからです。
不可罰的事後行為とは、ある犯罪を行った後にさらに行った行為のうち、犯罪が成立しないものとして扱われる行為のことをいいます。不可罰的事後行為について犯罪が成立しないのは、後から行われた行為も先に行われた犯罪行為と合わせて処罰する扱いとされるからです。
窃盗罪と器物損壊罪の場合には、物を壊す行為が不可罰的事後行為となり、器物損壊罪が成立せず窃盗罪だけが成立します。他人の物を盗む行為が窃盗罪として処罰される以上、盗んだ後に他人の物を壊す行為は先に行われた他人の物を盗む行為と一体のものとして合わせて処罰されることになるのです。
不可罰的事後行為を検討する意義
他人の物を盗んでから物を壊した行為について、器物損壊罪が成立すると見込まれて捜査がなされることがあります。このような場合には物を壊す行為は不可罰的事後行為となるので、器物損壊罪が成立することはありません。代わりに窃盗罪が成立します。
窃盗罪が成立する場合、被害者との間での示談が重要となります。被害者に弁償をして、被害者が加害者を許して処罰を求めないという内容の示談が成立すれば、不起訴などの有利な処分を得ることができる可能性が高くなります。このことから、他人の物を盗んでから物を壊したような場合には、刑事事件の経験が豊富な弁護士に相談し、不可罰的事後行為とならないか検討してもらうべきです。窃盗罪が成立すると判断された場合には、示談に向けて活動してもらうのが良いでしょう。
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